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日本がエネルギー危機に?「中東リシャッフル」の兆し拡大で大混乱の恐れ

今月10日、アメリカが戦闘部隊撤退の準備をすすめるイラクで実施された総選挙。その結果は、今後の中東情勢を大きく揺るがすトリガーとなってしまう可能性が高いようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、選挙結果を受けた周辺各国及び米中ロの超大国それぞれの思惑と今後の動きを、さまざまなソースを元に推測。その上で、エネルギー資源の大部分を中東に依存する日本にとっても決して無関係ではなく、地政学上のリスクになりうるとの見方を示しています。

動き出す中東情勢-イラク総選挙がもたらす“ひずみ”の拡大

アフガニスタンにおける、タリバンによるカブール陥落から約2か月半。10月10日には、アメリカとのその仲間たちがテロとの戦い・大量破壊兵器の査察、そしてISの掃討というように、武力侵攻し、その後、駐留の目的と対象を変えつつも、欧米諸国がかかわり続けたイラクで、総選挙が行われました。

欧米諸国が“イラク国民の開放”と“大量破壊兵器の保有疑惑とテロへの支援への疑惑”を理由に攻撃し、サダム・フセインによる独裁に終止符が打たれ、その後、UNを始めとする国際社会による戦後復興が始まりました。私もその始まりのころに関与し、ボスでメンターでもあるセルジオを亡くしたのも、イラク紛争と戦後復興のプロセスにおいてでした。

2003年8月19日の国連バクダッドオフィスビルへの爆弾テロ事件からすでに18年の歳月が経ちましたが、果たしてイラクは“自由で民主的”になり、“平和と安定”を取り戻したのでしょうか?あくまでも私の意見ですが、この18年にわたるアメリカ軍とそのお友達の駐留は、イラクに安定をもたらすどころか、逆に多宗派・民族間の分断を再度表面化させたと考えています。

そのような状況にもかかわらず、アメリカは今年末までに戦闘部隊の撤退を実施する予定です。とはいえ、アフガニスタンのケースとは違い、イラク治安部隊への訓練および情報提供任務を行う人員は残し、隣国イランの動向に備える方針のようです。

イランと言えばシーア派のドンともいえますが、イラクの人口の約60%がシーア派で、予てよりイランとの関係の近さを指摘されていました。スンニ派を優遇し、シーア派を弾圧したサダム・フセインのバース党による統治・独裁の間は、シーア派の影響力は押さえ込まれていましたが、サダム・フセインという重しがアメリカ連合軍によって取り去られたことで、混乱を封じ込めていた蓋が開けられ、その後はやはりシーア派の影響力がぐんと上がるという結果になっています。

そして今回、アメリカ戦闘部隊の撤退を前にした総選挙でも、シーア派の指導者サドル師が率いる政党連合(行進者たち)をはじめとするシーア派政党が6割前後の得票を占めました。シーア派政党はどれも反米でそろっていますが、イランとの距離感は微妙に異なり、今後、連立政権を樹立するにあたり波乱が予想されています。

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ちなみに、今回第1党となったサドル師の政党(行進者たち)は、実は反米であるだけでなく、イランからの干渉に嫌悪感を抱く“反イラン”のグループであり、かつて首相を務めたマリキ氏の法治国家連合や、元運輸大臣のアミリ氏が率いる征服連合のように親イランの勢力と、同じシーア派とはいえ、連立を組めるかは微妙な状況と言われています。

つまり、2003年のサダム・フセイン失脚後、権力の座についてきたシーア派内で不協和音が出るようなことがあると、イラクの混乱は深まることになりかねません。

自らも法学者でありながら、イランでのシーア派の会合で蔑まれた経験から反イランに転じたとされるサドル師ですが、彼自身が率いる政党(行進者たち)は貧困層を中心に支持を得ており、アメリカによる18年にわたる支配と、行き過ぎたイランによる介入、そしてその結果、イラクに飛び火する暴力の連鎖(例:米軍による空爆など)に嫌気がさしたイラク人(特にシーア派)も合わせた幅広い支持を集めているとのことです。

サドル師自身は今回の議会選挙には出ておらず、どちらかというと、イランにおけるハーマネイ師のような立場で最高指導者の座を狙っているとされ、今後、どのような連立を組むかによっては、今後のイラクの統治において強大な権力を握ることとなります。

問題は、誰と組むか。シーア派という共通点を強調して、対イランの姿勢を不問にして連携するのか?それともスンニ派やクルド人の不満を集める政党と、反イランの旗印の下、連立するのか。それによって今後のイラクの政情の安定度合いが決まるのではないかと考えます。

そのような状況下で、今回のシーア派政党が得票を伸ばした事実を利用したいのがイランでしょう。イランは、ハーマネイ師をはじめ、ライシ大統領もサドル師の勝利を祝福し、政党行進者たちの反イラン姿勢を最小化し、同時に反米ポジションで連携しようと画策しているようです。

ライシ大統領も、サドル師も、そしてイランのハーマネイ師も、筋金入りの反米主義者であり、サドル師の権威をイランでも高めるような仕掛けがなされるのであれば、ほかの親イラン勢力も巻き込んだ政権が成立する可能性も否めません。

特に、年末にアメリカが戦闘部隊の撤退を公言している今、アフガニスタンでタリバンが「(外国勢力)アメリカからの完全独立」をアピールしたように、イラクでも同様のアピールのおぜん立てができれば、もしかしたら反米・反イスラエルでイランとイラクの政権が連携して、地域における一大勢力になりうるかもしれません。

それを非常に警戒しているのが、アメリカ、イスラエル、そしてサウジアラビア王国です。まずアメリカですが、相次ぐ米軍の撤退方針からも分かるように、中央アジア・中東地域に対する関心は薄れており、どこまで本気でイラクの心配をするかは分かりませんが、同盟国イスラエルの防御と、政権に関係なくアメリカの敵として認定されるイランの伸長を防ぐという政策から、今後、成立する政権のイラン色を見極める必要を感じています。

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サドル師は反イランとされているため、彼の反米の立場は認識しつつ、何とか反イランで連携できないか、バイデン政権は模索しつつ、彼の反イラン度合いを見極める方針を取るようです。

サドル師が、噂通りに反イランを貫き、アメリカとの関係構築を拒まないのであれば、アメリカにとってはイランとイスラエルの間に大きな緩衝地帯を作ることが出来るため、アメリカによる直接的なコミットメント度合いを減らすことが出来ると判断することになるでしょう。

逆に同じシーア派ということで、イランから懐柔された場合には、スンニ派への支援を強化するか、もしくは、“イランと組んだ敵国”というレッテルを貼って、制裁措置に出ることもあるでしょう。

しかし、後者の場合、実際に困るのはイスラエルです。アフガニスタンの例でも分かるように、アメリカがイラクから命からがら逃げるような形で撤退させられた場合、アメリカによってイラク治安部隊に供与された近代兵器が新政権下の軍に奪われ、その矛先がイスラエルに向けられるかもしれません。

特に、政権の樹立のために、サドル師がスンニ派勢力も取り込むような形式を選択した場合、フセイン政権下でトレーニングされた精鋭の空軍パイロットの復権も考えられ、場合によってはイスラエルや周辺国に牙をむくかもしれません。

イスラエルは、すでに最悪のシナリオを立てて戦略を練り、臨戦態勢に入る準備を整えているようです。外交的には、サドル師にコンタクトを取り、関係構築を模索しているようですし、軍事的には不意の攻撃に備える姿勢を取り、また即応的に報復攻撃をできるように準備もしているとのことです。どのような状況が生まれるか、まだ不透明ではありますが、どちらに転んだとしても、イラク発の大きな中東リシャッフルが起きるかもしれません。

そして、イラクの今後に戦々恐々としているのは、サウジアラビア王国も同じのようです。サウジアラビア王国といえば、まさにスンニ派勢力の雄とされ、これまでに反イラン(反シーア派)の急先鋒として、アラビア半島のスンニ派諸国をまとめる立場にあります。ゆえに、これまでにもイラクにおけるシーア派の復権と、影に潜むイランの影響力拡大をとても警戒しています。

幸いサドル師は反イランと言われていることもあり、現時点では表立ったコメントや反応はありませんが、こちらもアメリカやイスラエル同様、サドル師が実質的に権力を握ると思われるイラクの動向を注視しているようです。とはいえ、サドル師はシーア派のリーダーであるため、反イランで強調できても、連携するようなシナリオは考えづらいですが、代わりにケンカを吹っ掛けるようなこともないかと思われます。

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ただ、最近、アフガニスタン問題でも沈黙を貫いたように(理由としては、ウサマ・ビンラディンがサウジアラビア国籍であることで、口出ししづらかったらしい)、あまり外交的な舞台でプレゼンスを発揮できておらず、UAEの台頭と相まって、スンニ派勢力の雄らしい存在感はありません。そのことが、イラクの今後を決める段階でどのように影響を及ぼすのかは、未知数です。

これまでも中東情勢は、非常にデリケートなバランスで何とか均衡を保ってきましたが、トランプ大統領によるイスラエルを交えた国交樹立の動きによってアラビア半島におけるスンニ派勢力の結束はかき混ぜられ、そこに行く先が見えづらいイラクの情勢が絡むことで、中東全体のリシャッフルの兆しが強くなってきているように思われます。

そして、アメリカのエネルギー安全保障が確立してきたことを受け、これまでのように中東地域でのいざこざにコミットしなくなり、イスラエルも独自路線を取るようになる中、戦争を止めるような抑止要素が薄れてきているように見えます。

その隙をついてくるのが、ロシア、中国、そしてトルコでしょう。中国にとっては、その大勢がどうであれ、アラビア半島は親中国で固められているため、もしかしたら各国のギャップを埋める緩衝材もしくは糊のような立場を取ることが出来れば、一気に勢力圏を広げることが出来るでしょう。

ロシアについては、すでにイランとシリアに拠点を持っており、その2か国で挟み込むことで、シーア派の三角形を共に築くことが出来、その勢力圏もまた地盤も強固になると思われます。

そして、もしかしたら一番得をするのが、トルコではないかと思います。かつてのオスマントルコ帝国の名残、首相時代から崇められてきたエルドアン大統領の手腕と、スンニ・シーア関係なく付き合うリーダーシップ、そしてアラブ地域に及ぶ広く厚い経済的な基盤の存在などがあるため、混乱に乗じた大トルコ帝国の再興を狙ってくるかもしれません(まるで大中華帝国の再興を狙う習近平国家主席みたいですね)。

そしてトルコは、中国とも、ロシアとも通じているため、やり方によっては、ロシア中国から一気にアラビア半島を横断してトルコまでつながる国家資本主義体制の“帯”が出来てしまうかもしれません。もしそんなことが起きたら、地政学上の勢力図も一気に変化しますし、まさに中東地域が超大国の勢力拡大のための草刈り場になるかもしれません。

今回の話は、サドル師を中心とした政権がイラクに誕生するという、まだまだ不透明な内容が出来たと仮定したうえで展開したものですが、イラクから入ってくる情報をじっくりと見て、分析してみると、ただの空想とも言い切れないような気がしています。エネルギー資源の大部分をまだ中東地域に依存する日本。これぞThe地政学リスクと呼べるかもしれませんね。皆さんはどうお考えになりますか?

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image by: Hayder Mohsin / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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