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もっと心を豊かに。なぜ人は「オンリーワンの服」を着なければいけないのか

興味の薄い向きからは「高価すぎる」と思われがちではあるものの、新作の発表を心待ちにするファンも多数存在するラグジュアリーブランド。その購買行動は、どのような動機に支えられているのでしょうか。今回のメルマガ『j-fashion journal』ではファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんが、顧客がアイテム、ことアパレル商品を購入する際に最も大切にするもの、重視することをさまざまな側面から考察。さらに、坂口さんが思うところの「オンリーワンの服」を着るべき理由を説いています。

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個人が作るファッション

1.個人に権限と責任を与える

欧米アパレル企業と、日本アパレル企業とは意志決定に違いがある。

欧米アパレルが商品企画をクリエイティブディレクターやデザイナーという一人の人間が統括するのに対し、日本のアパレル企業は合議制であることということ。日本国内でもデザイナーズブランドは、デザイナーが一人で方向性を決定するので、これは欧米型に近い。

そもそもブランドとは、一つの世界観を表現するものであり、ブランドに統一感を持たせるには、一人の人間が判断することが望ましい。これは、あらゆるクリエイティブな表現活動に共通している。

個人にはそれぞれの嗜好がある。例えば、色の好みは様々だ。一口に赤といっても、人によって好きな赤は異なる。したがって、正解はない。多くの人間の意見を聞いて色を決定すると、統一感がなくなる。統一感を持たせるには、一人で調整する方が合理的なのだ。

欧米のファッションビジネスはコレクションを作る業務と、それをビジネスに展開する業務とに分かれている。コレクションはデザイナーに決定権がある。

そして、コレクションを商品にする権限、数量や価格決定の決定権は、プロダクトマネージャーやマーチャンダイザーが決定権を持っている。

個人に権限を与えて任せる。その代わり、売れなければその個人を排除する。これが欧米の考え方である。個人に権限を与えるからプロフェッショナルになるのだ。

2.合議制で決定し、全体の責任にする

日本では会議で決定することが多い。それぞれの会社やブランド内部には独自の力関係が存在する。そして、会議では、実質的に発言権や決定権を持つ個人が全体を調整する。しかし、会議で決定する形態を取るために、個人が責任を負うのではなく、連帯責任となる。個人に任せない代わりに責任は追求しない。そして、プロフェッショナルは育たない。

アパレルにクリエイティブな要素、ファッションの要素を盛り込もうとすれば、合議制より個人が決定した方が良い。しかし、個人の感性に依存しない実用衣料のような商品ならば、無難で平均的なものの方が良いのかもしれない。

日本の大手アパレルはライセンスブランドが多い。そのため、商品の方向性はライサンサーが示してくれる。ライセンシー企業はコレクションを作る業務とは無縁である。したがって、合議制でもビジネスが成立する。

あるいは、売れ筋後追い型のアパレルであれば、売れ筋商品の情報をキャッチして、それをいかに安く素早く作って安く売るかが勝負となる。ここでも、コレクションを作る業務とは無縁だ。他社のコレクション商品をコピーすればいいのだから。

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3.サプライチェーンと顧客の共同体

ラグジュアリーブランドは、どのように商品を高く販売しているのか。モノとしての商品だけを見るなら、一等地に一流の建築デザイナーが建てるのは無駄である。スーパーモデルを使ったファッションショーも、一流ファッション雑誌に広告を出すのも無駄である。それらの無駄な資金を商品作りに集中すれば、もっと品質の良い商品が安く提供できるだろう。

日本では、こうしたモノ偏重の考え方が主流である。しかし、世界の市場はそうではない。そもそもモノの違いなど素人には分からない。ましてや価格の違いの根拠も分からない。

それよりも、好きなブランドの商品を販売しているスタッフがリッチな生活を維持することができて、その商品を作るメーカーの社員も豊かな生活を維持することができること。その商品を購入した自分自身も豊かな気持ちになることが重要なのである。

サプライチェーン全体と素敵な顧客達のコミュニティ、共同体を維持すること、常に刺激的なコレクションを発表する活動を維持することに対して、顧客は投資し、満足感とステイタストというリターンを受けとっているのである。

これは最早、モノだけの世界ではない。モノだけならいくらでも安い商品があふれている。

安く作って安く販売するのは、人件費の低い新興国のビジネスだ。先進国のビジネスは、安い原材料でも、そこに高い付加価値を加え、高く販売するという豊かで文化的かつ芸術的な社会のエコシステムを意味する。少ない資源で大きな付加価値を生み出すことと、大量生産により大量の資源を消費し、売れ残りの商品を大量に廃棄することと、企業としてどちらを選ぶのか。それが問われているのである。

4.個人の人格を演出するファッション

アパレル企業がどうなろうと、顧客には関係ない。大手アパレルが淘汰されようと、中国生産からベトナム生産に切り替わろうと全く関係がない。

国内生産でも、ブラックな環境で生産しているなら支持しようとは思わない。また、経営者が膨大な資産を蓄えているのに、社員の生活が貧しければ、そんな企業の商品を購入する必要はない。

ファクトリーブランドでも、デザイナーズブランドでも、インフルエンサーブランドでも関係ない。要は、商品と作り手の思想、サプライチェーンに共感できるのか、否かである。

購買行動とは、モノと現金の交換ではない。社会への投資であり、企業の評価であり、サプライチェーンと顧客によるコミュニティへの支援なのだ。

アパレル商品と他の商品の違いは、それを着用した顧客の人格や個性そのものを演出するアイテムであるということ。

したがって、人権や環境を軽視している企業の商品を身につけることはできない。人権を軽視しているブランドの服を着ることは、自ら人権を軽視していることを宣言することになるからだ。

ヨーロッパの無印良品のファンが、「無印良品は大好きなのに、新疆綿を使っているので買えない」とテレビで語っていた。この発言を軽視してはならないだろう。

また、ブランドの服を身につけることは、商品を作るデザイナーの哲学、美意識、価値観に賛同した証でもある。自社の利益だけを考えて作られた商品をわざわざ着用する意味はない。そして、そうした企業の姿勢は顧客に伝わるのである。

持続可能とは、顧客が持続可能を願うからこそ意義がある。持続しなくてもいい企業、商品は淘汰されて欲しいと願っているだろう。

これまでの大多数の日本企業は自社の利益を追求することに専念していた。それが悪いことだとも思っていなかった。しかし、時代は変わった。特に、ファッションに関する消費行動はその典型となるだろう。

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編集後記「締めの都々逸」

「個人が着るもの 個人が作る 大衆向けには 工場が」

服って何なのでしょう。安くて丈夫なら工業製品で十分だし、それなら大量生産が望ましいのでしょう。しかし、個人の人格、哲学、個性、感性を演出するアイテムであれば、やはりオンリーワンの服を着なければいけないのではないか。

規格化され農薬と化学肥料で育てられた野菜は外見は整っていますが、免疫力を高める力はありません。害虫や病気に晒されるから、自らを守る力がついてくるのです。

服も同じなのかもしれません。大量生産の服を着ても、心が豊かにならない。命にエネルギーが補充されない。しかし、一人のために一人の人間が作る服は、心の栄養価が高いと思うのです。(坂口昌章)

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image by: Shutterstock.com

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