MAG2 NEWS MENU

中国ですら手懐けられず。国民を虐殺するミャンマー司令官の正体

フライン総司令官率いるミャンマー国軍がクーデターで政権を掌握してから2月1日で1年となりましたが、「恐怖政治」の終わりは見えないようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、何がこのような状況を招いたかを分析・解説。そこには北朝鮮問題と酷似した、「非難すれども行動せず」という国際社会の姿勢が大きな影を落としていました。

国際情勢の裏側、即使えるプロの交渉術、Q&Aなど記事で紹介した以外の内容もたっぷりの島田久仁彦さんメルマガの無料お試し読みはコチラ

 

光を失ったビルマ・ミャンマー

2022年2月1日は、ミャンマー国軍によるクーデター発生からちょうど1年。そして、ミャンマーから民主化の光が消されてからちょうど1年経ちました。

クーデター後も民主化運動グループはミャンマー(ビルマ)各地で抵抗をつづけ、2月1日にはサイレント・デモも実行されましたが、各地で増す国軍による締め付けは、かつて【アジア最後のフロンティア】として欧米のリーダー・企業・投資家が押し寄せ、あっという間に近代化が進められた10年ほどの時代に終止符を打ちました。

投資家たちはミャンマーから資本を引き揚げ、プロジェクトは一気に凍結されました。ミャンマー経済における企業の形態は、国軍系との合弁事業も多く、欧米系の企業は「人権侵害と強権に加担している」との非難を嫌い、ミャンマーを捨てました。

かつてミャンマーに押し寄せた欧米の政治リーダーたちも、今やミン・アウン・フライン総司令官率いる国軍と暫定政府に対する非難の最前線に立っています。

近く国連の人権高等弁務官がミャンマーを訪問するとの報道もありましたし、独立調査委員会がミャンマー入りして国軍による民衆への弾圧状況を調査するとの報道もありましたが、フライン総司令官率いる暫定政府は「アウン・サン・スー・チー女史との面会を求めない」という条件付きでの受け入れを行うようです。そのような状況下で、実態を把握し、停滞した対話を再活性化できるのか否かは不明ですし、訪問の先々で必ず国軍の関係者が同行するという状況は、impartialityを謳う独立調査委員会の中立性に疑問符をつけてしまうことになるとの
懸念もあります。

スー・チー女史絡みでは、昨年末まではASEANも“隣国”ミャンマーの問題解決に意欲を示し、特使派遣まで計画していましたが、スー・チー女史との面会にこだわるASEAN側と、絶対にそれを許さない国軍側で調整がつかず、対話の糸口も見つけられません。

またASEANも、各方面からの圧力もあったのか、フライン総司令官とその暫定政権を事実上承認することにつながりかねないと、フライン総司令官の首脳会談への出席を拒絶するという選択肢を取ったことで、地域における対話の機会は失われたと言えます。

欧米諸国が早々とミャンマーを去った後、プレゼンスを一気に高めたのが中国とロシアで、中国による経済支援、ロシアによる軍事支援が提供されることに合意されたようですが、その両国に対してさえ、フライン総司令官は気を許さず、距離を保っていると言われています。

中国としては“隣国”として、一帯一路の要所とも言えるミャンマーを確実に影響下に置きたいと考えており、他のアジア諸国に比べると中国に対するアレルギーが少ないとされているミャンマーを国家資本主義陣営に引き入れたいと考えているようです。

そして、安全保障上ではミャンマーは中国とインドに挟まれる形で存在することもあり、対インドの防波堤的な役割も期待されているようです。

国際社会から孤立している中、中国から手を差し伸べられている状況は助かるはずですが、いろいろな情報をまとめると、どうもフライン総司令官は中国にも接近することはしないようです。

なぜでしょうか?

国際情勢の裏側、即使えるプロの交渉術、Q&Aなど記事で紹介した以外の内容もたっぷりの島田久仁彦さんメルマガの無料お試し読みはコチラ

 

一つの理由として考えられるのは、「中国に対する警戒心を解かないこと」があるようですが、同じ国軍出身で、予想に反して民主化への移管をスムーズに進め、かつミャンマーに経済成長の基盤をもたらしたティン・セイン政権の“成功”のイメージに自らを重ねたいとの思いもあるようです。

ティン・セイン政権が成功した理由は、欧米諸国からの投資を積極的に受け入れると同時に、中国ともよい関係を保ち、2010年に軟禁が説かれたアウン・サン・スー・チー女史を政権に取り込むことで、欧米諸国にラスト・フロンティアという幻想を強調できたことと考えられます。

この考えは、実は2月1日に行われたミャンマー情勢に関する会合で、かつてビルマ出身で国連事務総長を務めたウ・タント氏のお孫さんが表明したものなのですが、この見解に照らし合わせてみると、フライン総司令官が行っている様々な方式は悉くティン・セイン政権のケースと逆方向に進行させていることが分かります。

一応、来年の8月までに民主的な総選挙を行うと約束し、自らの政権を暫定政権と位置付けるのですが、ティン・セイン政権時との大きな違いは、“民主主義のシンボル”に位置付けられるリーダーが存在せず、逆に再度軟禁状態に置かれているという状況です。

アウン・サン・スー・チー女史も、残念ながら10年にわたり国民の期待のみならず、国際社会からの期待にもこたえられなかったと言えます。外務大臣兼国家顧問の立場にありながら、国軍によるロヒンギャへの残虐行為に対して何一つできなかったことは、「しかたなかった」とする意見もありますが、大きな失望を生み出したと思われます。

その結果がどうかは断言できませんが、スー・チー女史の窮状と民主主義の衰退、そして国軍による強権などに対して、民主主義サミットまで開催した国々は実質的には何も効果的な策を打っていません。

「民主主義は失敗した」との批判に耐えられないアメリカの国内事情、「人権擁護を訴えつつ、対応にばらつきが目立つ欧州各国」という事情もありますが、今、争うべきは中国との最前線、つまり台湾と南シナ海という位置づけが、ミャンマーへの対応の遅れと物足りなさを生んでいるのだと感じます。

実際には中国とインドに挟まれた、アジア地域における地政学的な要所にあるにもかかわらず。

そしてそれは、アジアシフトを打ち出している割には、中国以外のアジアにはさほど関心がないのではないかとの疑問につながります。

それは、かつて私が国連にいた際に仲良くなったビルマ人コミュニティの皆さんも感じているようで、ビルマ(ミャンマー)問題を話し合う際のUNにおける各国の煮え切らない雰囲気に強いフラストレーションを感じているようです。

個人的にはどこか北朝鮮問題に似ているような気もしています。

大きな違いは核問題が絡まないことですが、非難はしても行動を取ってこないという現在の状況を嘲笑うかのように、フライン総司令官と国軍は、この1年間で少なくとも2,500件の武力衝突を引き起こし、数えきれないほどの蛮行と虐殺が国軍と警察という治安勢力によって行われています。

クーデター直後は、少数民族と接近することでNLDとの切り離しを行おうとしたフライン総司令官ですが、それがうまくいかないことを悟ると、態度を180度転換して、少数民族への攻撃を徹底し、その攻撃が残虐さを増すことで、「反抗する者は殺害する」とのメッセージを打ち出す強権政治の体裁を示すようになってきました。

これには内政不干渉を掲げるASEANも、隣国中国も大きな懸念を示しているのですが、それぞれに国内での人権問題や少数民族問題を抱える立場であることもあり、フライン総司令官に対する効果的な行動の抑止力にはなっていません。その証拠に、9月以降の半年で、一気に虐殺や蛮行が報告される案件が急増しており、弾圧の糾弾に対しても、その存在を否定しないという国軍側の姿勢は、完全に国際社会からの離脱を厭わない意思が見えます。

国際情勢の裏側、即使えるプロの交渉術、Q&Aなど記事で紹介した以外の内容もたっぷりの島田久仁彦さんメルマガの無料お試し読みはコチラ

 

口先だけの介入と非難を続ける欧米諸国。

人権擁護や民間人の安全の確保という大原則を掲げつつも、空洞化する国連。

寄り添っているように見せかけつつも、実際には自国経済を豊かにするための“財布”としか取られていない中国。

国際社会からの総スカンを食らう中、武器供与と外交的なサポートで支持を確保し、アジアに勢力の飛び地を確保しようとするロシア。

そして、自国周辺のことについては何としても自分たちで解決したいASEANと、内部で綱引きが過熱する状況。

そして、欧米諸国に続いて、フライン総司令官と国軍による弾圧に避難と懸念を示しつつも、企業の撤退を命じない日本。

そして、誰もdecisiveな行動を取れないことが分かっているフライン総司令官と国軍。

そして“だれも本気で助けに来てくれないことを悟った”ミャンマー・ビルマ国民。

かつて現在のタイ王国とラオスを支配し、中国からの遠征軍をことごとく駆逐して、自らを“あまねく者を征服する民族の長”を意味するミャンマーと名付けてビルマ王国を築き、その首都を「敵は尽き果てた」という意味のヤンゴンと命名したほど栄華を極めた人々は、大航海時代に超大国になった英国によって従属させられ、その後、世界の最貧国の一つに数えられるまでになりました。

ビルマの人々は今でもその屈辱の歴史と過去の栄光を語り継いでいますが、その屈辱も栄華も、誰も真剣に気にしなくなってしまった今、その存在までもが風前の灯火となってしまうのかもしれません。

いろいろとまだまだ書きたいこともあるのですが、これからミャンマー情勢のFact Finding Teamとの夜通しの会合に臨むため、このあたりで終えておきたいと思います。

子供のころに小説を読み、そして観た映画『ビルマの竪琴』で描かれた、素朴だけれど、人々に平和があったビルマのイメージと、国連での仕事を通じてとてもよくしていただいたビルマ人の友人たちに、再び安寧の時が訪れることを切に願って。

(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2022年2月4日号より一部抜粋。この続きをお読みになりたい方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

国際情勢の裏側、即使えるプロの交渉術、Q&Aなど記事で紹介した以外の内容もたっぷりの島田久仁彦さんメルマガの無料お試し読みはコチラ

 

image by: R. Bociaga / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

有料メルマガ好評配信中

    

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』 』

【著者】 島田久仁彦(国際交渉人) 【月額】 ¥880/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 金曜日(年末年始を除く) 発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け