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プーチン止められず北方領土も戻らず。安倍外交「やってる感」の末路

2月27日に放送された報道番組で「核共有」の議論の必要性を口にし物議を醸した安倍元首相ですが、どうやらそれは安倍氏の姑息なごまかしの一つに過ぎないようです。元毎日新聞で政治部副部長などを務めたジャーナリストの尾中 香尚里さんは今回、このタイミングでの元首相の核武装論とコロナ禍での改憲論との間に共通項が見て取れるとして、その理由を解説。自らの力の無さが露呈した際に批判をそらすため安倍氏が用いる、このような「政治手法」を批判的に記しています。

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

ロシアのウクライナ侵攻と安倍氏の「核共有」論

ロシアによるウクライナ侵攻から、明日24日で1カ月。事態を憂慮しているが、同時に、この問題に対峙する日本の政治家の姿に目を向けることも忘れてはいけないと思う。ロシアが当事国であるだけに、プーチン大統領と個人的関係があったと「される」安倍晋三元首相に、やはり目を向けずにはいられない。

プーチン氏との良好な関係を誇示していた安倍氏が、世界を震撼させている現在の事態に、積極的に役に立とうとしていない。それどころかこの状況に乗じて「日本核武装論」まで展開してのける。そんな安倍氏を見ていると、筆者はなぜか、首相時代のコロナ対応を思い出してしまうのだ。

ロシアのウクライナ侵攻とコロナ対応では、全くジャンルが違うと思われるかもしれない。だが、筆者はここに「非常事態における政治指導者の振るまい方」という共通項をみる。

安倍氏はコロナ禍のような困難な政治課題に直面すると、問題解決のために「今すぐにできること」を模索し、地道に汗をかくことを十分にしてこなかった。そして、解決できない理由を法律や制度の不備などに転嫁し、自分の能力のなさから国民の目をそらした上で、いきなり実現不可能な「大風呂敷」を広げ、「不要不急の」政治課題に強引に引きつけて「やってる感」を演出してきた。

こうした安倍氏特有の振る舞いが、ウクライナ情勢においてもみられたと筆者は考える。

コロナ禍における安倍政権の振る舞いを思い出してほしい。

安倍氏は最初のうちこそ「一斉休校要請」「大規模イベント自粛要請」などを大々的に打ち上げたが、結果として感染拡大を止めることにも、コロナ禍で打撃を受けた国民を救うことにも、まともに対応できなかった。すると安倍政権は、対応の不備を「国民のせい」にしようとした。

「37.5度の発熱4日間以上」という「相談・受診の目安」を設けるなど、国民にPCR検査をできるだけ受けさせないようにする施策を取っておきながら、いざ検査件数が伸びないことを批判されると、目安の解釈について「国民の誤解」だと主張した。飲食店などが安心して休業できるための補償措置をとらなかったにもかかわらず、倒産を恐れ休業要請に応じない店が出ると、批判の矛先を店側に向けた。

やがて安倍政権は、国民が政府の要請に十分に従わないのは「法律に罰則がないから」などと言い、自分たちの対応のまずさを制度や法律の不備に転嫁した。最後には「憲法のせい」にして、改憲による緊急事態条項の制定の必要性にまで言及した。

こういう安倍氏の言動に、筆者は逆に「危機感のなさ」をみた。

非常事態に行政がやるべきことは、いつ実現するか分からない憲法改正を叫ぶような「政治ごっこ」ではない。今目の前で苦しむ国民の命や暮らしを守るため、現行法や制度を使い倒して「今すぐにできること」に集中することだ。仮に緊急事態条項の制定がコロナ対応に役に立つとしても、憲法改正にどれだけの時間がかかり、その間にどれだけの国民が命を落とすのかを冷静に考えれば、この事態を前に行政のトップが憲法改正という「夢物語」を口にすることなど、普通ならとてもできないはずだ。

コロナ対策であれば、何も憲法を改正しなくても、現行の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいて緊急事態宣言を発令すれば、政府は臨時病院の建設をはじめ、相当に強い対策を取れた。だが、安倍政権は緊急事態宣言の発令に極めて消極的だったし、発令した後も早々に宣言を解除しようと焦りを見せた。政府のコロナ対応で経済活動が止まり、後に補償などの責任を負わされることを恐れたのだ。

現行法さえまともに使いこなせない政権が、仮に憲法を改正しても、それを国民のために有効に使うことなどできるわけがない。彼らの改憲論など、しょせん言葉いじりの「ごっこ遊び」に過ぎないのだ。

ウクライナ情勢における安倍氏の言動にも、これと同様のメンタリティーが感じられる。

7年8カ月も日本のリーダーであり続け、主要国首脳とも親交が深い「はずの」安倍氏が今すべきことは「プーチン氏の暴挙を止めるために持てる政治力をフル活用する」ことだろう。誰もが思いつくのが、政府特使としてロシアを訪れ、プーチン氏に直接停戦を求めることである。実際、3月8日の参院外交防衛委員会で、立憲民主党の羽田次郎氏が「安倍特使案」について質問した。

しかし、林芳正外相は「現時点で特使を派遣する考えはない」と、にべもなく答弁した。そしてその2日後、安倍氏はなぜか、ロシアではなくマレーシアに旅立った。

安倍氏のマレーシア訪問はもともと昨年12月に予定され、コロナ禍で延期されていたという。今この時期に訪問する必然性も緊急性も感じられない。対露関係で自らに注目が集まるのを避けたと言われても仕方がないだろう。

リアルな外交交渉において「安倍・プーチン関係」が何の役にも立たないことは、実のところみんな分かっていた。現実に今、主要国の首脳などから、安倍氏とプーチン氏の関係に期待して、日本に相応の役割を果たしてもらおうなどという期待の声は、全く聞かれない。

ロシアのウクライナ侵攻によって、その現実が可視化されたに過ぎない。

安倍氏は日露関係最大の懸案事項だった北方領土問題で、日本政府が長年積み上げてきた外交方針をひっくり返し「2島返還」を半ば既成事実化させてしまった。安倍氏は領土問題を事実上後退させる「売国的な」(この言葉は好きではないが、あえて使う)外交を行ってしまった。

今や2島返還どころではない。プーチン氏は3月9日、北方領土への外国企業誘致に向け「免税特区」を創設する法律を成立させた。ロシアによる北方領土の実効支配は、さらに強まったと言えるだろう。そして21日。外務省は日本との平和条約締結交渉の中断を発表した。北方領土のビザなし交流は停止され、日本の国会における来年度予算案の審議でもたびたび議論となった北方領土での共同経済活動についても、日本側から見直しを言い出す前にロシア側から撤退を言い渡された。岸田文雄首相は22日の参院予算委員会で「ウクライナ侵攻の責任を日露関係に転嫁するロシアの対応は極めて不当。断じて受け入れられない」と抗議する考えを示したが、「今さら」という言葉しかない。

「プーチンが異常な行動をとったから」で許されることだろうか。こんな事態を生むまでの、安倍政権以降の日本の対露外交を冷静に振り返る必要はないのか。17日の参院予算委員会で、立憲民主党の蓮舫氏が安倍氏の対露外交について「プーチン氏を助長させたのでは」と質問していたが、ここまでの流れを見る限り同感だ。

これが「やってる感外交」の末路なのだ。

自分の外交力が役に立たないことが露呈するや否や、安倍氏はまた無意味な大風呂敷を広げ始めた。3月3日の自派の会合。安倍氏は、米国の核兵器を日本の領土内に配備して共同で運用する「核共有」について、議論の必要性を強調した。

発言は安全保障政策の文脈で大きな波紋を呼んだが、それはあっさりと火消しされた。国会では岸田文雄首相が「政府として議論することは考えていない」と明言。自民党の安全保障調査会でも積極的な意見は出ず、5月にまとめるという党の提言にも盛り込まれない見通しとなった。

「議論すべき」というから議論はしたが、政府・党ともに採用しないという常識的な結論がさっさと出た。安全保障の観点からの話は「以上、終わり」であり、騒ぐこと自体に意味を感じない。

しかし、これを安倍氏のコロナ対応と関連付けて考えると、なかなか興味深い。要するに安倍氏は「プーチン氏との関係」という最大の売り物のメッキがはげたことから国民の目をそらし、実現不可能に近い「核共有」なる大風呂敷を掲げることで、この非常事態に「やってる感」を演出しようとしただけなのである。コロナ禍で緊急事態宣言をまともに使い倒すことができなかったことから国民の目をそらし、実現不可能に近い憲法改正を持ち出したのと同じように。

安倍氏は前述の派閥会合で「プーチン氏のようなリーダーが選ばれても、他国への侵略ができないようにするのが憲法9条」とつぶやいた共産党の志位和夫委員長のことを「思考停止」と断じていた。だが、本当に思考停止しているのは、おそらく安倍氏の方だろう。

安倍氏がよく使う、この種の一見「勇ましい」言葉が、過去に「現実的な外交・安全保障政策」などと持ち上げられたのは、当時の日本が「平時」だったからだ。だが、東日本大震災やコロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻のような「リアルな非常事態」が現実のものとなった時、こうした「勇ましい言葉を言えば勝ち」のような「政治ごっこ」は何の意味もなさないことが、白日のもとにさらされつつある。

安倍氏のように言葉遊びにふけるだけの政治家こそ、今や本当の「平和ボケ」なのである。

image by: 首相官邸

尾中香尚里

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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