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越えてしまった一線。ロシアの民間人大虐殺で近づいた第3次世界大戦

7日に開かれた国連総会の緊急特別会合で、国連人権理事会理事国の資格停止決議が採択されるなど、国際社会からの批判が高まるロシア。西側諸国は蛮行を繰り返すロシアに対して厳しい制裁を科していますが、実情は決して一枚岩とは言い難い状況であることも否めません、そのような中でウクライナ紛争は今後、どう推移してゆくのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、各国の思惑が複雑に絡まりあったこの紛争の裏側を詳細に解説。さらに紛争調停の現場に身を置く島田さんだからこそ見えてくる「図式」や、自身の偽らざる思いを記しています。

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ウクライナ紛争の裏側!?

「ウクライナ紛争は、解決まで数年単位必要となるだろう」

米軍統合参謀本部議長であるミリー氏が議会下院の軍事委員会の公聴会でそう述べたことで、いかに今回のウクライナをめぐる紛争が複雑なものであるかが分かります。

これには戦争の終結のみならず、停戦後のウクライナの復興と、新しい地域安全保障のために行われる支援体制を固めるまでの期間も入れているようです。

3月末を境にロシア軍がキーウ周辺から撤退したと報じられたことで、「ロシアは戦略的な重点を東部ドンバスに移し、確実に“勝利”を取りに行った」という憶測が流れましたが、実際のところは誰にも分かりません。

ただ、このロシア軍のキーウ周辺からの撤退はおぞましい現実を国際社会に見せつけることとなりました。

それは4月3日以降、いろいろな立場の違いはあるものの、ブチャ市をはじめとするいくつかの都市の凄まじい破壊の跡と、数百人単位の路上や現場に放置された一般市民の惨殺死体の惨状に、国際社会は言葉を失いました。

私自身、旧ユーゴスラビアやコソボ、アフガニスタンなどの数々の紛争現場で殺戮の惨状に出くわしてきましたが、今回、カメラを通じて届けられる映像には、何とも言えないショックを受けました。

あえて誤解を生む可能性のある言い方をしますが、“だれがこの殺戮に加担したか”については徹底的な調査が必要だと思われますが、今回の悲惨な現状は、ついに戦争が起こしうる人間の恐ろしさを浮かび上がらせ、越えてはならない一線を越えたきっかけとなると思われます。

プーチン大統領およびロシア軍が2月24日にウクライナ全土に攻撃を仕掛けた際、欧米メディアは「核兵器が使われるか、ウクライナに欧米勢力が直接介入することになれば、第3次世界大戦が勃発する」と伝えましたが、今回の一般市民の惨殺という恐ろしい事態は、核兵器の利用の有無にかかわらず、私たちを一歩も二歩も世界的な戦争に近づけたと思われます。

ブチャおよびその周辺都市における惨状が明らかになるにつれ、NATO加盟国は挙って対ウクライナ軍事支援のレベルを引き上げ、ついには戦車や無人自立式攻撃ドローン(かみかぜドローン)のウクライナへの供与が表明されました。まさに反ロシア包囲網がさらに強化された1週間です。

アメリカは無人ドローンの投入(すでにポーランドに到着している100機をウクライナに移送)を実行に移し、ドイツは軍事支援のレベルを上げ、さらには同じくドローン兵器の自国への配備およびNATOを通じたウクライナ支援に用いることを公表しました。

チェコについては、先んじて旧ソ連製の(ウクライナ軍が操作に慣れていると言われている)戦車をウクライナに供与すると表明しましたし、今週末に大統領選の第1回目の投票を控えるマクロン大統領は、戦争の脅威と国家安全保障の強化の必要性を訴えかけて支持を集める戦略に出ました。このマクロン大統領の戦略は、同時に、予てより訴えかけてきた“米国およびNATOに頼らない欧州共同安全保障体制構想”にもつながり、それは、若干の方向性は違うものの、フランス独自の安全保障を叫ぶ極右および極左の意見をも取り入れ、完全にウクライナ紛争を自らの支持につなげ、それを背景にこれまでのプーチン大統領との直接対話に加えて、軍事的なコミットメントも強める方針のようです。

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ブチャおよび周辺地域での悲惨な光景を受けて、欧米諸国と日本は挙って制裁の強化で一致しましたが、それでもまだ一枚岩でロシアに対して強固な制裁を課すほどの団結は見せていません。

その顕著な例が、エネルギー安全保障に絡むエリアです。

強硬な制裁を主張するアメリカは、シェール革命以降のenergy independenceと恩恵をベースに、ロシア産原油・天然ガス・石炭の購入を米国企業に対して禁じ、国内のロシア資産および権益の凍結に踏み切りました。

先々週、損得勘定で描きましたが、アメリカはその禁輸措置と欧州の同盟国におけるエネルギー安全保障の名目でLNGの対欧州輸出を拡大させ、その結果、エネルギー部門での売り上げが上昇するという利益を得ています。

欧州はどうでしょうか?石炭の輸入禁止には踏み切りましたが、脱ロシアを掲げつつも、かなり高い割合でロシア産の天然ガスに依存する国々からの慎重な姿勢を受け、結局、天然ガス関連の制裁は見送りました。ドイツのある閣僚の表現を借りると、「ウクライナにおける惨状には心を痛め、ドイツとしては連帯を示すが、同時にドイツ国内のエネルギー安全保障を確保するということも優先事項として存在する」ため、急激な脱ロシアに舵を切れない現実が足並みを乱しています。

そしてこの対ロ包囲網における団結の綻びと穴は、ウクライナ紛争前に欧米で築いてきた対中包囲網の団結も崩れ始めるという副作用が出ています。特にウクライナ・ロシアと地続きで、いつロシアの脅威がウクライナ国境を越えて東欧に波及してくるかわからないという見解もある中、欧州各国は実際に中国にまで手が回らないというのが現状です。同じことはアメリカ・バイデン政権にも言えるでしょう。

その結果、中国は政府も企業も、欧米が見捨てた・切り捨てたロシア産天然ガスを安価でロシアから仕入れることが出来るという、いわば“漁夫の利”を得ることに繋がっています。

世界の目がウクライナ・ロシアに向く中、一旦事態が落ち着いたときには、リバースできないかもしれないレベルまで中国の影響力がいろいろなところに伸長しているという状況を見ることになるかもしれません。

G7と歩調を合わせると表明している日本はどうでしょうか?

唯一の同盟国米国の方針や、国際的な圧力とは袂を分かち、エネルギー安全保障上、切り捨てることが出来ないサハリン1と2に対して継続的なコミットメントを維持することにしました。ブチャとその周辺地域における惨状に対し、政府としては珍しく戦争犯罪という表現を用いてまでロシア非難に打って出ましたが、気候変動問題での脱炭素方針と同じく、「欧米と日本(アジア)では直面している現実が違う」ということで、自国の重要な権益をキープする方向に舵を切りました(注:違ったらごめんなさい)。この影響が今後どうなるのかは見えてきませんが、うまく戦略的に立ち回っておかないと、状況が落ち着いてきたころに、何らかのバックラッシュがくるかもしれません。

日本の一歩踏み込んだ姿勢は、サハリンの継続を明言したにもかかわらず、ロシア政府からのバックラッシュに直面し、懸案の北方領土問題も、北東アジアでの安全保障体制についても、そしてこれまで進められてきた日ロ経済協力も、ロシア側からのはしご外しに遭っています。これらに対して、どのように具体的に対応していくのかをしっかりと示しておく必要があるでしょう。

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エネルギー安全保障に絡んで、中途半端になってしまったのが、金融部門での対ロ制裁です。

ロシアの主要行のSWIFTからの排除は、これまでのVTB(ロシア第2の銀行)をはじめとする制裁に加え、今回、アメリカ政府は、ロシア最大のズベルバンクや第4位のアルファバンクの国際決済網からの排除を提案することで、ロシア経済の苦境を一層悪化させようとしています。

しかし、ここでも「ズベルバンクのエネルギー関連アカウントを例外的に排除対象から外す」という抜け道を作ってしまいました。

一応、同盟国である欧州各国や日本への配慮と言われていますが(もしくは同盟内での支持が得られなかった)、抜け道をこの期に及んでまだ設けていることを見ると、経済的な核爆弾とさえ評される金融制裁も、限界に達しているのではないかと勘繰りたくなります。

金融とエネルギーという観点では、EU内での団結の綻びが露呈しました。

先週だったかと思いますが、プーチン大統領が「すべてのエネルギー関連の支払いをルーブル建てにする」という大統領令を出しましたが、欧州も日本も、これを契約に対する重大な違反と主張して、契約通り、ドル建てまたはユーロ建てでの支払いにこだわるはずでした。

その団結を破ったのが、先週末の選挙で首相に再選されたオルバン首相が率いるハンガリーでした。

ご存じの通り、ハンガリーはEUの加盟国であると同時にNATOの加盟国でもありますが、オルバン首相は公然とプーチン大統領への支持を訴え、首相再選後すぐに、プーチン大統領からの要請に沿う形でルーブル建ての支払いに同意し、欧州発の対ロ制裁の壁に穴をあけてしまいました。

この事態により、2017年以降問題視されてきたEUとハンガリーの係争が再燃することになりました。それは、「法の支配」をめぐる問題で、ハンガリーのオルバン首相の独裁色が強まり、ハンガリー国内での基本的な人権の尊重や、市民社会の発言権の制限、メディアへの統制、野党への妨害といった「法の支配」の確保という、EU条約に盛り込まれた“価値観の共有”条項に著しく反すると欧州議会が問題視しています。

同じくEU議会がRule of Law問題で懸念しているのが、ウクライナ危機で一気に脚光を浴びているポーランドです。

ハンガリー政府同様の懸念を欧州議会はポーランド政府の施策に対しても抱いており、2017年以降、法の支配の尊重を訴えかけてきましたが、今回の250万人とも300万人ともいわれるウクライナからの避難民を受け入れることで、「人権・人道的支援への配慮」というアピールカードを手に入れましたし、NATO軍の対ウクライナ支援窓口として国内の基地を提供することで協力体制をアピールし、欧州議会が発動を考えているEU条約第7条に基づく制裁措置の実施を、棚上げにさせています。

「今は域内問題よりも、まずはロシアによる脅威に対抗するべき時だ」

そう欧州委員会も議会も述べて、対ロ戦線での協力を優先させていますが、少しうがった見方をすれば、ハンガリーもポーランドも、ウクライナ危機を利用して、自国の利益を守っているとも考えられます。

ちょっと言いすぎでしょうか?

ただこのハンガリー・ポーランド問題の先送りは、EUによっては「結束」に対する“東欧時限爆弾”となりかねません。

もしこのままEUと袂を分かち、ハンガリー・オルバン政権がプーチン大統領からの誘いに乗ってロシア側に流れた場合は、EUおよびNATOにとっては大きな脅威になりかねません。

かつてトランプ政権時代にアメリカとロシアの間でシーソーゲームに挑んだトルコのエルドアン大統領のように、不思議な地政学上の駒としてハンガリーが使われかねません。

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また今回、何度も話題になるNATO憲章第5条の集団的自衛権の行使に即して、もし噂されるようにロシア軍の影響がウクライナの国境を越えてポーランドに及んだ場合、EUやアメリカは本当にポーランド防衛のためにロシアと戦う用意はあるでしょうか?

そのようなジレンマに襲われかねない状況がすぐそこまで来ているかもしれません。

EUおよびNATOにおけるポーランドとハンガリーの問題は、ウクライナ紛争への対応と並行してしっかりと解決されておく必要がありますが、実際のNATOとEUの対応を見ていると、あえて見て見ぬふりを決め込んでいるように思われます。

ちょうど、このメルマガが皆さんの下に届くころ、まだブリュッセルで開催されているであろうNATO外相会議で、この問題にどう向き合われるかによって、今後の方向性が見えてきてしまうかもしれません。

そのNATO外相会議ですが、域外の日本・韓国・オーストラリアもゲストとして迎えられていますが、その会合でのテーマは「軍事的な支援の拡充へのコミットメント」と「経済的な対ロ制裁の強化」、そして早くも「ウクライナの戦後復興に向けたプラン」と伝えられています。

その中で軍事的な支援の拡充に絡み、米英豪(AUKUS)が“ロシアへの対抗”という名目で寄合い、よりハイテクで高速の兵器開発と配備で協力し、先端軍事での協力を謳うそうです。

ロシア軍がウクライナで使用した極超音速ミサイルに対抗するために、極超音速兵器の共同開発に乗り出すようですし、DARPAの名で知られる「米国防高等研究計画局」によると、極超音速の巡航ミサイルの製造が終わり、近々実戦配備され、また無人の自律型潜水艦も配備されるというように、ロシアの脅威を盾に、実質的な軍拡に向かっているように見えます。

一応、ロシアを直接に刺激しすぎないようにとの配慮からか、トランプ政権以降、継続されてきた長距離弾道ミサイル(ICBM)の開発と実験は停止されているようですが、先端軍事の方向に協力の軸を移すことで、ロシアではなく、実際には中国に対する圧力を強めているとも考えられます。

そして今、ウクライナ軍の抗戦を助けるという名目で、欧米諸国が挙って軍事支援を行っていますが、そのレベルが次第に高度化していく中で、見えてくる図式があります。

それは、各国の先端兵器の実戦での実験がロシアを相手に、ウクライナ軍の手を借りて行われているという見解です。

今回、2月24日のロシア軍によるウクライナ全土への侵攻を受けても、NATOは動かずに、ウクライナへの武器供与にとどめてきていますが、この裏には「自ら手を下して、直接的にロシアに牙をむくのは避けつつ、ロシアの弱体化を図りたい」との意図が見え隠れします。

ウクライナ軍による抗戦というナラティブを通じて、ロシアを自国の兵器で攻撃し、その出来栄えを確認するという、残念ながら、欧米諸国の武器商人の皆さんの見本会場として、ウクライナが使われているように思えてなりません。

もしかしたら、また私の妄想かもしれませんが、いろいろと提供される報告や情報を俯瞰してみてみると、そのような図式が見えてしまいます。

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プーチン大統領とロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻や、一般市民を巻き沿いにした戦争は、その理由がいかなるものであったとしても、許容できるものではありませんし、それは本当に非難されるべき事態です。

そして、ブチャをはじめとするキーウ周辺都市で行われた蛮行は、決して看過できるものではありません。ただ、これに関して「ロシアが行った」、「いや、ウクライナの自作自演だ」という責任転嫁の応酬に注目するのではなく、公平な視点から事実確認を行い、徹底的に真相の究明を行う取り組みが必要でしょう。

実行犯の誰かを激しく非難するのは、“事実”が証明されてからでも遅くはありませんし、その際には一切の手加減は必要ありません。

今週、ブチャ市をはじめとする周辺都市での信じがたい蛮行の数々にショックを受けている最中、大統領選を控えるフランスの極右・極左の支持者や、中国の市民がそろって「これは私たちの戦争ではない。まずは自らの安全が第一だ」と口々に叫んでいる状況に、残念ながら、私たちを取り巻く悲しい現実を見た気がします。

流れるニュースを見て涙し、共感し、怒ってみても、恐らく次の瞬間には自らの日常に戻り、決してウクライナやほかの紛争地で起こっていることを、真に自分事として感じることはありません。それは、紛争を調停する現場にいる私自身もそうだと思います。

さて最後にみなさんに質問させてください。

今回のウクライナ紛争はどのような紛争で、どのような影響を感じていますか?

メディアなどで伝えられる“情報”は一旦横において、静かに考えていただければと思います。

一日も早くこの狂った状況に終止符が打たれ、ウクライナの人たちに日常が戻るように祈りつつ、調停プロセスをはじめ、いろいろなアプローチをとってみます。

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image by: lev radin / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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