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プーチンか、欧米か。終わらぬウクライナ紛争「真の悪者」の正体

数週間以内のロシア軍による大規模攻撃が予想されるなど、和平の兆しがまったく見えないウクライナ紛争。このプーチン大統領の世紀の蛮行は、世界にどのような影響を与え、またどのような変化をもたらしたのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、ウクライナと国際社会をめぐる状況は悪化の一途を辿っているとし、特筆すべき「5つの変化」を挙げそれぞれについて詳細に解説。さらに、これら全ては間違いなく日本にも影響を及ぼすと警鐘を鳴らしています。

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ポスト・ウクライナの世界像

「ロシアによるウクライナへの侵攻は、直接的な被害に直面しているウクライナの人々はもちろん、世界中の発展途上国に暮らす人々の日常を奪うものだ」

4月13日、グティエレス国連事務総長が語った内容の抜粋です。

高値安定してしまったエネルギー価格。これから表出してくる穀物類や植物性油脂の供給不足と流通の著しい遅延による価格の高騰(食糧危機)。鉱物資源の供給不足と金属製品の製造ラインのストップによる“メタルショック”が襲撃する建設・自動車・インフラ事業。各国による軍事費・防衛費の再拡大のトレンドが奪う“支援”のリソース。

例を挙げればキリがありませんが、現在も進行し、これからもう一山あると言われているロシア・ウクライナ紛争は、決して報じられることがない裏側で、深刻な事態を国際社会に与えています。

コロナウイルスのワクチン接種にかかる問題でも懸念されましたが、限られたリソースが富める者・持てる者たちによって囲い込まれ、必要とする大多数の人々には届かないという状態が表出してきています。

そして、東アフリカで状況が悪化し続ける治安と憎悪の波や4ヶ月雨が降らないことによる深刻な干ばつ問題、ミャンマーで継続される国軍と民主派グループとの出口の見えない戦いと暴力などは、国際社会からの十分なattentionが注がれないまま、悲劇を日々生み出しています。

そんな中、参加したMediation Groupの会合で出た質問にちょっと考えさせられました。

それは「この状況を作り出したのは誰で、そして誰が悪いのか?」という参加者のつぶやきでした。

プーチン大統領?
ロシア政府とロシア軍?
ウクライナも悪い?
加えて欧米各国?
それとも…。

現在の悲劇につながった原因の追究と徹底的な分析は必須だと考えますが、悪人探しをしても恐らく実りは薄いと思います。

紛争調停官時代にいろいろな先輩たちやリーダーたちから言われたのは、【戦争は人間が生きている限り決してなくなることはない。だがその被害を小さくする働きかけはできる。人の心が戦争の行方を支配しているからだ。また、戦争においてどちらかが勝者で、どちらかが敗者ということは、実はない。あるのは、戦争が起きてしまうと誰もが敗者になる状況だ。そのような状況で、実際の戦争の決定に加わることが出来なかった市民の苦しみを少しでも和らげるべく、決定権のあるリーダーたちの心に働きかけて、一刻も早く戦争を終結させる後押しをするのが、紛争調停官の仕事だよ】ということでした。

悪者探しは避けるべきなのですが…そのうえであえて「悪者探し」をするならどういうことになるでしょうか?

「プーチン大統領が悪いということには疑いの余地はありませんが、そのような状況に追い込んだり、状況が緊迫化していることをしっていながら、事が起こるまで何も手を差し伸べてこなかったりした人たちも悪い。今になってその人たちが挙ってプーチン攻撃に出ているのはもう最悪だ」という意見がmediation groupで出てきましたが、これについては同意することも多いのでご紹介しておきます。

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国際的なMediation Groupが組織され、依頼が来たらすぐに取り掛かれるように準備が進んでいますが、その間にもウクライナと国際社会をめぐる状況は悪化の一途を辿っています。

1つ目は【戦況の変化の兆し】です。

ロシア軍が撤退したとされるキーウ周辺では、一般市民が虐殺された“事実”が残されていました。誰が実行したのかについては、今後の捜査および審議を待ちますが、これは完全なる戦争犯罪であり、明らかに一線を越えています。

多くの紛争では、この“一線を超えそうな時”に戦況の変化が生まれます。また、仮に一線を越えてしまったことが明らかになった際、戦意が一気に低下し、休戦ムードが高まることも多く見受けられます。

しかし、ロシア政府とロシア軍が選んだのは、ドンバス地方を形成する親ロシア派勢力が多いウクライナ東部と黒海への玄関口となるウクライナ南部のオデーサ、そしてその要所となるマリウポリに攻勢を集中させ、ここにロシア軍の勢力が陣取る回廊を作る作戦のようです。

これが5月9日のソ連対独戦勝記念日までに、“当初”の目的だった東部ウクライナの“解放”を成し遂げて勝利をアピールしたいということなのか、それとも、再度一斉攻撃をウクライナ全土にかける準備に充てるためのカモフラージュとして使いたいのかは分かりませんが、ロシア政府の作戦は確実に次のステップに対する恐怖心を周りに植え付けています。

その筆頭が、プーチン大統領が“やっと”任命した対ウクライナ侵攻の総司令官に“あの”アレクサンドル・ドゥボルニコフ将軍を充てたことでしょう。

ドゥボルニコフ司令官はかつてチェチェン紛争で徹底的な破壊を指揮し、チェチェンの反ロシア勢力に壊滅的な打撃を与え、2015年以降激化し、いまだに解決していないシリア内戦において、アサド政権軍側に付いたロシア軍を指揮して、アレッポの“虐殺”などを実行した司令官と言われています。

そして何よりも目的の遂行のためには手段は選ばず、シリアによる虐殺がそうであったと言われますが、化学兵器の投入を厭わないほどの徹底ぶりだそうです。

今回、対ウクライナ戦線の総司令官に就く際、「問題があり、危険が底に潜んでいる可能性があるなら、それは私たちの科学者たちがあぶりだし、解決することになるだろう」という、以前の発言を繰り返したことが、「どうもウクライナでロシア軍が…」という未確認情報が拡散されるという事態も起こしているほどの恐ろしさと言えます。

確かに公式のデータベースには、ロシアにおける(推測という但し書きはあるものの)大量のサリンやVX、マスタードガスなどが貯蔵され、Stand Ready(いつでも使用可能な状態)であることがハイライトされています。

先週号でも触れた核兵器の使用はもちろんですが、化学兵器が投入されるような事態になったら、確実に私たちは全く違った世界に直面することになります。その決定権を握っているのは、プーチン大統領なのでしょうが。

【関連】越えてしまった一線。ロシアの民間人大虐殺で近づいた第3次世界大戦

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それに影響を与えるかもしれないのが、2つ目の状況の変化である【欧米諸国による外交の活発化】です。

ブチャおよびその周辺での悲劇の後、欧米のリーダーたちが続々とキーウ入りし、ゼレンスキー大統領と会談し、ウクライナとの連帯を示しています。

フォンデアライデンEU委員会委員長や英国のジョンソン首相、ポーランドとバルト三国の首脳のキーウ訪問などは、確かにイメージ戦略という観点ではインパクトがありますが、実際にはどうでしょうか?

「決して見せないが、リーダーがそこにいるということは、相当な護衛が同行しており、欧米の軍がキーウにもアクセスできることを示した」という見方は面白いと思いますが、それを「プーチン大統領に対して欧米のリーダーたちが結束していることを示した」という宣伝は違うのではないかと考えます。

プーチン大統領やロシア軍は、もう相当なレベルの挑発行為を行っていますが、ここで欧米のリーダーたちに手を出していいことはないはずですから、外交的なパフォーマンスに過ぎないと言えるかもしれません。

しかし、あまりこれ以上、プーチン大統領を煽らないほうがいいと考えるのは私だけでしょうか?

また、オーストリア首相のプーチン大統領訪問は、他の欧米のリーダーたちがしようとしない一歩踏み込んだ行為でしたが、この会談にかけたオーストリア側のアプローチには間違いがあったように思います。

中立国であるという立場をアピールし、ウクライナの中立化のイメージを重ねさせようとしたのであれば、彼はEUそして欧米諸国側の“代表”として訪問し、欧米サイドの見解や立場を堅持しつつ、「仲介・調停」を目的に掲げたのは、ロシアからすると信頼を寄せることが出来る土台を作れない要因となったと思います。とことん中立を貫いてほしかったというのが、調停官としての意見です。Nice try, but with a wrong approach and mindsetでしょうか(あ、これはフランスのマクロン大統領も同じです)。

今週起きた外交戦で面白いなと感じたのが、アメリカ・バイデン大統領によるインド・モディ首相へのアプローチです。

オンラインでの首脳会談では、対中包囲網の1つであるクワッドの意義を強調しつつ、中国への対抗力強化という名目で、インドへのアメリカ製武器の安価での供与が持ち出されました。

これまでインド政府は、今回のウクライナ問題に対する国際社会の対応について、戦争が起こったことへの批判はするものの、対ロ制裁からは距離を置き、ロシアとも関係を維持しています。

アメリカ政府および欧州各国から、何度も対ロ戦線に加わってほしいとの要請(圧力)を受けていましたが、インド政府関係者曰く「常に上から目線で、依頼なのか、命令なのかわかったものではない。安価な武器供与については、インドの国家安全保障の強化に寄与するので素直に感謝するが、誰かを締め出して、世界を二分化する企みに乗るわけにはいかない」とのことで、こちらも態度を大きく変えることはなく、インドにとって必要とされるクワッドでの協力強化という点のみをありがたくいただいたそうです。5月には日本でクワッドの会合があるそうですので、ここでどのような展開があるのかないのか、関心をもって眺めたいと思います(ところで、日本政府はどのような役割を果たすのでしょうね?)。

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3つ目の状況の変化は【中東諸国が選択した実利・現実主義体制の構築】です。

この動きは、アメリカにおけるシェール革命によって、中東地域に対するアメリカ外交・エネルギー安全保障上の重要性が下がった頃から進んでいた傾向でしたが、今回のウクライナ戦争を機に、一気に加速したと思われます。

この場合の“中東”は、実際には西は地中海岸のイスラエルからペルシャ湾岸のイランまでをカバーする広義の意味です。

イスラエルの建国、そしてその後のイラン革命を受けて、中東地域・アラビア半島では三つ巴の戦いが繰り広げられてきました。イスラエルとアラブ諸国、イスラエルとイラン、そしてイランとサウジアラビア(シーア派 vs. スンニ派)という図式での戦いが、それぞれの強弱はあるものの、このトライアングルの緊張のバランスによって何とか地域のデリケートな安定が保たれてきています。

それがウクライナ戦争を機に(実際にはバイデン政権誕生時に)イスラエルとアラブの“戦い”が一旦棚上げされ、それぞれの領空の通過まで許可するというレベルまで接近しています。

実際にウクライナから退避してくるイスラエル国民とウクライナ人をアラブ首長国連邦のエティハド航空機が運んでくるという異例の事態になっていました。

イラン絡みでは、イスラエルとイランの相克についてはまだまだテンションが高いのですが、サウジアラビア王国とイランの戦いについては、一旦“停戦”状態になっており、相互に話し合いのテーブルに就き、いかにして地域の安定を保つかについて協議するという驚きの事態になっています。またイランとの距離の近さを非難されて、スンニ派諸国からつまはじきにされてきたカタールとの関係改善も行われ、今では協力の輪に交じっています。

一言でいえば“地域の結束の強化”が進み、地域各国の安全と結束、そして経済発展を最大の要素として協力し合っている態勢です。

その半面、欧米諸国との関係性は希薄になってきています。その一因は、バイデン政権が強調する人権などの原理原則が、中東における専制体制や独裁体制への圧力材料として使われかねないという懸念からの防衛意識です。

また各国の生存のために、欧米とも、ロシアとも、そして中国とも“うまく”付き合い、自らの独自の立ち位置を保っています。

今回、ウクライナ戦争で原油価格・天然ガス価格の高騰が続く中、ロシア依存を急ぎ離脱したい欧州各国から原油の増産をしきりに要請されても、その圧力を協力してスルーしていますし、欧米諸国からの再三の対ロ制裁への参加もスルーして、ロシアとの“良好な”関係も維持します。

つまり欧米諸国が求める“同盟への協力”よりも、ロシアも加わっているOPECプラスの結束を重視した現実的な対応を取り、そのプロセスでイランとも協力して、利益確定に徹しています。

混乱の国際情勢下で、コロナの影響や原油価格の下落なども経験して、各国の経済状態は悪化していましたが、非常に皮肉なことに、今回起きたウクライナ戦争(ロシアによる侵攻)に対する対ロ制裁の影響で原油・天然ガス価格の高騰が止まらない状況は、それらの国々の経済をスランプから脱出させ、一気に回復させる効果が見えてきています。

そしてそのような行為の裏には、「圧力をかけても、ロシア産の天然ガスを遮断する行為に出る中、欧州各国は我々に対して決して強く出ることはできない」との読みもあるでしょうし、アメリカに対しては「イランとの緊張状態を打開するために我々のサポートを必要としていることに加え、欧州に比べてエネルギー関連の懸念はかなり低いか皆無なので、自国の国家安全保障が最優先課題のアメリカも我々に強くは言ってこないし、何もしてこない」という認識と戦略が透けて見えます。

70年代のオイルショック時とは性格が違うかもしれませんが、中長期的な視点から見ると、ウクライナ情勢にまつわる国際情勢において、大きな影響力を握っている1グループとなるのは間違いないでしょう。

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4つ目の現状の変化の兆しは、中東諸国と同じような動きを見せている【トルコの動き】です。

今回のウクライナ紛争においては、ロシア・ウクライナ双方と“話すこと”ができる数少ない存在として、和平協議のホストを買って出て、外交上のメインプレーヤーグループへ返り咲きたいと思惑が見えます。

肝心の和平協議については、対話のチャンネルをキープしているという点では、以前【無敵の交渉・コミュニケーション術】でも触れたとおり、大きく評価できますが、和平協議自身は、まだ“機が熟していない”ため、今のところ物別れに終わっています。

和平協議については、トルコは決してこの“仲介者”としてのステータスを投げ出さないことが非常に重要になるでしょう。

予てより、エルドアン大統領はNATOの同盟国でありつつ、ロシアとの関係改善も模索するというギャンブルにも思われる外交姿勢・戦略を取っていますが、その姿勢の継続によって、ウクライナ戦争がどちらに転んでも、トルコとしては大丈夫なようにしっかりとリスクヘッジを行っています。

EU加盟問題を通じてわかった欧州の“本音”と、中東諸国にとってのトルコの特別な地位、そしてNATO軍の核弾頭を国内に持ち、同時にロシアのS400まで配備している特殊な国は、時々エルドアン大統領が漏らすように、オスマントルコ帝国の再興をイメージした活動をしています(帝国の再興という夢は、プーチン大統領の大ロシア帝国とも、習近平国家主席の大中華帝国構想にもつながります)。

面白いのは、カショギ氏殺害問題でサウジアラビア王国のMBS(モハメッド・ビン・サルマン皇太子)の弱みを握り、圧力をかけ続けていたのに、今回、あっさりと被疑者をサウジアラビアに引き渡し、審議(裁判)権をサウジアラビア王国に譲った動きです。これは先ほどお話しした中東での結束と、「いまは嵐が過ぎ去るのをじっと助け合って待とう」という戦略に繋がっているようです。

最後となる5つ目の変化は【中国の台湾侵攻に対するオッズ(確率)】です。

中国政府は、今回のウクライナ戦争(情勢)から意図的に距離を取っています。理由はいくつか考えられます。

例えば、【たまたま開戦が北京冬季五輪の閉会式とパラリンピックの間だったから、そちらに忙殺されている】ことにできたからというポイントです。

これには、習近平国家主席が、2月4日のプーチン大統領との会談時に、プーチン大統領の意図・本心を、思い込みから読み違えたことを“隠す”意図があるようです。

それに加えて【実際に国際的な対応で主導権を取るタイミングを逸した】という事情もあるようですが、これはまあ建前でしょう。

より重い理由があるとしたら【今回のロシアへのウクライナ侵攻への賛否の表明は、確実に“国内”で抱える新疆ウイグル自治区、チベット、そして香港問題に飛び火する】という懸念です。

ロシアに対する非難の輪に加わってしまうと、確実に係争地となっている新疆ウイグル自治区などでの蜂起が起き、気が付けば迅速に欧米主導の対中非難の輪が広がります。

逆に明確な指示と連帯をロシアに対して示した場合は、国際社会および欧米諸国との間に存在する緊張の高まりは、決定的な状況になるでしょう。

ロシア・プーチン大統領が行ったウクライナへの攻撃“理由”に一定の理解を示して、国際社会が課す対ロ制裁に反対する立場を取っていますが、これは裏返すと【中国におけるintegrityの綻びを隠し、再度、秋の共産党大会に向けて、国内の統一性と共産党一党支配の基盤の強化】を意図しているのではないかと考えます。

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その中でも最大のフォーカスは【台湾マター】です。

言い換えると、習近平国家主席の第3期目が承認されるとされる秋の共産党大会後に計画されているという見方が強い【台湾への武力侵攻】の可否、そしてPros and consをいろいろなアングルから分析しています。

ロシアはウクライナへの侵攻によって国際経済からの締め出しという制裁に直面することとなりましたが、台湾侵攻をうけて中国も同じ状況に直面することになると思われます。ただ、ロシア経済の約10倍の規模を誇り、国際経済との深く広いつながりをもつ中国に対して、欧米や日本がどれだけ制裁を徹底できるかは未知数です。

ただ中国にとっては、最近は伸び率が低下してきていますが、共産党支配への国民からの支持の引き換えに高い経済成長と所得の伸びを提供してきただけに、侵攻時の国際的な制裁に中国経済が耐えることが出来るか否かは大きな生命線となります。

侵攻を強行した場合、今回のウクライナもそうなのですが、台湾を手中にするには短く見積もっても数年はかかりますし、侵攻を受けて確実に反中感情が台湾で高まるため、台湾の併合という、習近平国家主席の宿願を現実にするのは困難でしょう。

とはいえ、台湾への圧力を弱めるようなことがあれば、それは共産党内から引きずり降ろされかねませんし、国民からの支持も得られず、習近平体制は終焉するかもしれません。

ゆえに進むも地獄、退くも地獄と言えるでしょう。

侵攻の実施の可否は、懸念と強気にさせる要素(ファクター)とのバランスによって変わります。

中国にとって、侵攻を思いとどまらせる懸念材料は、【今回のロシアのように、奇襲を仕掛けようとしても、各国のスパイ衛星によって瞬時にすべての行動が筒抜けになり、一気に世界に広がることで、国際的な批判の圧力がかかり、それが国内に波及するという情報戦を欧米に仕掛けられる恐れ】です。

欧米からの非難に対しては何とでも答えるでしょうし、それはこれまでに慣れているプロセスですが、国内世論に影響を与えられて(フェイクニュースを含む)共産党支配の足元を崩されることがあれば…。

そして確実に課せられる国際社会からの経済制裁がどのレベルになるのかが分からないという懸念です。

先述の通り、ロシア経済の規模に比べると約10倍の規模があり、各国の対中依存度の高さからも思い切った制裁を迅速に、そして結束して課すことは困難だと思われますが、中国経済への心理的な影響は絶大だと考えられます。ゆえに、中国政府はすでに有事の際の制裁に対する耐性を強化し始めていますし、軍事面でも装備の強化とアップデートに加えて、戦略および兵力の能力増強に勤しんで準備しています。

外交的には、中国の強い経済力に支えられた外交力の弱化と、ロシアと共に主導する国家資本主義体制陣営の構築に影響をきたします。

いかなる失敗もかつての100年の恥辱につながると説いている中国共産党からして、いかなる後退も許されず、ひたすら拡大あるのみという姿勢ですので、他地域他国を引率できる経済力の死守は大きな命題となります。

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しかし、今回のロシアの行動は、中国に大きな戦略上のヒントも与えています。

それはずばり【核兵器を保持し、その使用も厭わない姿勢を示すことで、アメリカによる直接的な軍事介入を防ぐことが出来る】という見解です。

中国はロシアの保有数に比べると桁が2つほど少なくなりますが、今でも300発以上の核弾頭を保持し、その数は年々急ピッチで増加していることに加え、極超音速ミサイルもすでに配備済みで、ICBMも保持していることなどもあり、アメリカは中国との核戦争を恐れて、仮に中国が台湾に武力侵攻しても軍事介入に踏み切れないという、ロシアと同じロジックが成り立つと、習近平国家主席が認識している場合は、侵攻に踏み切る可能性が高くなるでしょう。

そのバランスは、ロシアによるウクライナ侵攻が、ロシアにとってどのような形で“終わる”かという結果次第で変わると思われます。

さてここまでいろいろな“現状の変化”について触れてきましたが、これらすべてに日本は間違いなく影響されます。

ロシアは日本が対ロ制裁の輪に加わり、欧米諸国との連携を明確にしたことに怒り、今週には日本海での軍事的な威嚇行為を実行していますし、津軽海峡をロシア艦隊に通過させたり、北方領土問題の協議の無期延期または終結を宣言したりと、じわじわと、でも確実に圧力を加えています。

そして台湾有事に先立って、中国が日本に釘を刺しに来るだろうと思われる尖閣諸島問題に際し、これまではロシアが中国を抑えてくれるとの説があったのですが、それも可能性として消えたと思われます。

そしてパーセンテージとしては欧州に比べてかなり低いと言われている対ロエネルギー依存の構図も、サハリン1と2への継続投資を宣言しているとはいえ、確実に変化を経験することになるでしょう。

そのようなポスト・ウクライナの情勢、特に日本が直面するいくつもの課題にどう対応するのかを、ちゃんと今、考えているのか不安です。

そして、もう1つ分かることは、その図式とパワーバランスの変化、そして利潤追求の構造に、現在の発展途上国は含まれていないことでしょう。

ASEAN諸国については、インドがとっているようなどっちつかずの独自のスタンスを取っているため、直接的な戦火が及ぶことがないウクライナ情勢そのものの副作用を軽減できるかもしれませんが、今後、米中対立の構造で同様のことが起きた場合には、確実に火の粉を被ることになります。非常にデリケートで難しいかじ取りが各国に要請されます。

今、ウクライナで起きていることは、確実に世界の現実を変え、人々に不安を植え付け、そして国際協調の時代の終焉を明確にするものだと思います。そのような新しい時代を、どう迷子にならずに生きていくのか。しっかりと自分自身で考えておかなくてはなりません。

いつすればいいか?

今です。

ここ数週間でまた大きな戦闘が予測されており、残念ながらそれに対して“国際社会”はそれを防ぐ手段をもっていません。

リーダーたちのエゴのぶつかり合いによって、罪なき人たちが犠牲になるこの戦争に抗議します。

「誰が悪いか?」

この答えは見えたでしょうか?

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image by: Rokas Tenys / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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