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プーチン“自作自演”。ロシアの「ルーブル」が持ち直したカラクリを暴く

ウクライナへの軍事侵攻後、半値以下に暴落したロシアルーブル。しかし現在は値を戻しており、プーチン大統領は「欧米の経済制裁は失敗に終わった」と主張しますが、なぜこのような現象が起きたのでしょうか。今回のメルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、ルーブルが侵攻前の水準に戻ったカラクリをリーク。さらに西側諸国による「地獄の制裁」が、今後のロシアに何をもたらすかについて解説しています。

ロシアルーブルはなぜ上がったの?

今日は、読者さんからしばしばされる質問にお答えします。その質問とは、

「ロシアルーブルは、ウクライナ侵攻開始後、大暴落しましたが、後で戻しました」

「日本では、ウクライナ軍善戦と報じられていますが、為替の動きを見ると、ロシアが勝っているのではないですか?」

言葉はいろいろ違いますが、このような主旨の質問をたくさんいただきます。今回は、この【謎】にお答えしましょう。

ルーブルの動向

まず、ルーブルの動向を見てみましょう。

ウクライナ侵攻開始は2月24日です。その直前、1ドルは70ルーブルでした。3月7日時点で140ルーブルまで大暴落しています。侵攻後11日で、ルーブルの価値は半分になった。

ところが、その後、ルーブルが上がり始めます。5月5日時点で、1ドル69ルーブル。完全に侵攻前に戻しています。

これを見て、「経済制裁は効いていない」「ロシアは完全勝利した」と考える人もいる。理解できます。

ルーブルは「紙切れになった」という事実

しかし、ウクライナ侵攻があった2月24日前と後を同じ基準で見ることはできません。2月24日前、ルーブルは、他の通貨と同様、自由に売買されていました。つまり、ルーブルの値段は、需給を反映したものだったのです。

2月26日、ロシアの金融機関の多くはSWIFTから排除されました。EUは、最大手ズベルバンクと3位ガスプロムバンクを例外とした。しかしEUは5月4日、最大手ズベルバンクもSWIFTから排除すると発表しました。ロシアの金融機関がSWIFTから排除された時点で、ルーブルは「ただの紙切れ」になったのです。

もちろん、ロシア国内では使えます。しかし、外国ではただの紙切れです。

たとえば、テレビを見ていたら、こんな様子が流れていました。タイにいるロシア人が、ロシアに戻ろうと思った。それで、チケットを買わなければならない。両替所にいき、ドルやユーロを買おうと思った。すると両替所の人は、「ルーブルは買えません。後で売れないからです」といって断った。

その人は、「クレジットカードで買うこともできない」と嘆いていました。なぜかというと、制裁で、ロシアで発行されたカードはロシア国外では使えないからです。

この人は、どうやってロシアに戻ったのでしょうか?考えられる可能性は、友達、知人から、ドル、ユーロを借りて帰国することです。実際どうなったのか、もちろんわかりませんが。

なぜ、ルーブルは上がったのか?

では、なぜ紙切れルーブルは上がったのか?これは、ロシア政府とロシア中銀が、「上げた」のです。

どうやって?

ロシア最大のお得意は、欧州です。欧州は、すでにロシアからの石炭輸入を、8月から停止することを決めています。そして、年内には石油輸入を全面的にストップする方針を打ち出しています。

しかし、現状欧州は、ロシアから石油、石炭、天然ガスを輸入しているのです。その代金は、ガスプロムバンクにドル、ユーロで入金されます。ガスプロムバンクは、欧州からエネルギー代金のドル、ユーロを受け取ったら、即座に【ルーブルを買う】のです。

なぜ?

ロシア中銀が、そう決めたからです。つまり、ルーブルが上がっているのは、【強制的に需要を作り出しているから】なのです。だから、ルーブルが上がっているのを見て、

「フォローザマネー。お金の流れはウソをつかない。ロシアが勝っているから、ルーブルは上がるのだ」

というのは、今のロシアのケースには、あてはまりません。

制裁の効果は、長期で見る必要がある

ロシアの友人、知人に、「制裁どう?」と尋ねることがよくあります。答えはいつも同じで、「インフレがすごい」です。ロシア連邦統計局の発表によると、今年3月のインフレ率は、前年同月比で16.7%だそうです。びっくりの数字ですが、「壊滅的打撃」とはいえないでしょう。

しかし、制裁の効果は、長期で見る必要があります。たとえば、2014年のクリミア併合後の制裁は、今年の制裁よりずっと緩いものでした。しかし、2014年から2020年のGDP成長率は、年平均たったの0.38%です。

ちなみにロシアは、2000年から08年まで、年平均7%の成長率を誇る、急成長国家でした。それが、クリミア併合後、まったく成長しなくなった。2014年、ロシア国民は、「制裁なんて効かないね!」と笑っていました。ところが、実際は、「ものすごく効いていた」のです。

今回の制裁は、2014年とは比較にならないほど厳しいものです。世銀によると、2022年のロシア経済は、マイナス11%だそうです。しかも、プーチンがトップの間、制裁が解除される可能性は低い。つまり、ロシア経済は、「瀕死の状態」が「長期間つづく」のです。

制裁下のロシアをイメージしてみよう

私の知人は、スズキの車に乗っています。故障したので、修理に出そうとしたら、「修理は無理です。部品が入ってこないので」といわれました。どうするのでしょうか?廃車にするのでしょうか?

日米欧の自動車メーカーは、ロシアへの輸出と現地生産を停止しました。部品もです。ロシア人は、日本車、ドイツ車が大好きですが、もう日本車、ドイツ車を買うことはできません。すでに日本車、ドイツ車に乗っている人はどうでしょうか?故障したらそこまでです。

ロシアの自動車メーカーもあります。AVTOVAZ、GAZ、UAZ、KAMAZなど。しかし、これらの会社は、輸入部品を使っているので、生産できなくなります。

飛行機は、どうでしょうか?ロシアが使っているのは、ほとんどボーイングとエアバスです。ロシアは、リース契約していた飛行機の返還を求められ、堂々と盗むことにしました。しかし、故障したらそこまでです。部品がないのですから。

どうでしょう?「制裁は長期で見なければいけない」の意味、ご理解いただけるでしょう。今の経済はグローバル化が進んでいて、「輸入品がなくなってもやっていける国」はありません。あるとしたら北朝鮮ぐらいでしょう。救いは、中国、インドが、これまでどおり貿易をつづけていることです。

とはいえ、アメリカは、世界GDPの約24%を占めている。EUは約18%、日本は約6%、イギリス約3%、カナダ約2%。合わせると、世界GDPの53%。つまり世界GDPの半分以上が、ロシアとの取引を拒否している。

一方、中国は約18%、インドは約3%です。確かに、ないよりはだいぶマシですが、「53%の取引先を実質失った」ロシアの悲惨さ、商売をしている人なら、理解できるでしょう。

というわけで、「ルーブルが戻したからロシアが勝った」という話にはなりません。

ロシアは、ウクライナとの戦闘に勝つかもしれませんし、負けるかもしれません。戦闘に勝つことができても、「地獄の制裁」はつづいていきます。だから、私は、ウクライナ侵攻がはじまる前から書いていたのです。ロシアがウクライナに侵攻すれば、【戦略的敗北】は不可避であると。予想通りの展開になっています。

(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2022年5月7日号より一部抜粋)

image by: Alexander Khitrov / Shutterstock.com

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【著者】 北野幸伯 【発行周期】 不定期

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