北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長が15日、「ウクライナはこの戦争に勝利できる」と述べるなど、ロシアの劣勢が顕著に叫ばれるようになってきました。この先も長引くことが懸念されるウクライナ情勢、その様子を固唾を呑んで見守る人たちがいました。沖縄・与那国島へ取材に行った政治ジャーナリストの清水克彦さんが、台湾有事の恐怖に揺れる島民たちの生の声をレポート。「漁場はすでに戦時下」という現状を伝えます。
清水克彦(しみず・かつひこ)プロフィール:
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師。愛媛県今治市生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。アメリカ留学後、キャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサーなどを歴任。現在は報道デスク兼解説委員のかたわら執筆、講演活動もこなす。著書はベストセラー『頭のいい子が育つパパの習慣』(PHP文庫)、『台湾有事』『安倍政権の罠』(ともに平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『人生、降りた方がことがいっぱいある』(青春出版社)、『40代あなたが今やるべきこと』(中経の文庫)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)ほか多数。
ウクライナ情勢は泥沼化する
ロシアによるウクライナ侵攻からおよそ3カ月。アメリカ軍関係者や陸上自衛隊の元幹部らを取材すると、「数年単位の長い戦争になる」との声が聞かれる。筆者もほぼ同じ見立てである。
このところアメリカとロシアの防衛相が電話会談するなど、対話の機会も生まれてはいるが、肝心のロシアとウクライナ間での停戦交渉は進まず、このまま泥沼化してしまう可能性は少なくない。
ウクライナ侵攻がこの先も長引く理由とは?
(1)ロシア軍が今よりもウクライナ軍に押され始める
アメリカ政府が4月28日、議会に承認を求めたウクライナへの軍事支援(約204億ドル分)が、6月になるとウクライナ全域に行き渡るため。
(2)ロシア国内で経済制裁の影響が出始める
経済制裁は効き目があるようになるまでに数か月を要する。侵攻開始後に欧米諸国が実施した制裁の影響がじわじわとロシア経済に響いてくるようになる。
(3)国境を接する国々でロシア包囲網が強固になる
フィンランドやスウェーデンのNATOへの加盟が承認されれば、ロシア包囲網が一段と進む。
一方のロシア政府は、国内の不満や不安を抑えるため、隣国モルドバやジョージアに対し、沿ドニエストル共和国、南オセチア共和国といった親ロシア派が支配する地域を中心に揺さぶりをかけ、火種を拡大させてしまう可能性がある。
(4)アメリカはロシアを疲弊させるまでウクライナや周辺国の支援を続ける
ウクライナ支援が最大の目標だったバイデン政権が、ロシアの疲弊、プーチン体制の弱体化に舵を切った。これによりロシアが音を上げるまで戦いが続く可能性が高くなった。
戦時への備えが着々と進む「台湾に一番近い島」与那国
ロシアとウクライナ、中国と台湾、しばしば比較されることが多い関係だが、長引くロシア軍のウクライナ侵攻を見ながら、「ここも第2のウクライナになってしまうのでは?」と危機感を募らせているのが、与那国島(沖縄県与那国町)の住民たちである。
筆者は、沖縄本土復帰50年に合わせ、その与那国島へと飛んだ。
与那国島は、日本の最西端に位置する島だ。人口は約1700人。台湾とは約110キロしか離れていない。天気が良い日には台湾の東岸が目視できる。
台湾軍が中国軍の侵攻に備え大規模な軍事演習を実施すれば、その砲撃音が聞こえてくるという距離にある。
つまり、与那国島は、台湾に一番近い島であり、中国が台湾や尖閣諸島に侵攻した場合は最前線となる島である。
かつては「防衛の空白地帯」と言われた与那国島など八重山諸島に、防衛省が自衛隊の駐屯地など設置し始めたのは2016年のことだ。この年の3月、与那国島に陸上自衛隊の沿岸監視隊が160人規模で駐屯するようになったのである。
島のほぼ中央、イランダ林道と呼ばれる道路からは、陸上自衛隊が設けた巨大レーダーを目の当たりにすることができる。このレーダーで東シナ海の中国船や中国機を監視しているのだ。
それ以降、2019年には宮古島に駐屯地が置かれ、た。石垣島にも今年度中には陸上自衛隊の警備隊、地対艦ミサイル、地対空ミサイル部隊が配備される予定になっている。
また、与那国島には今年4月、航空自衛隊の移動式レーダー部隊が配備され、来年度には陸上自衛隊の電子戦専門部隊も追加配備される予定だ。
普天間飛行場問題などアメリカ軍基地問題で翻弄されてきた沖縄県の50年。それを思えば、「基地」と聞くだけで島民からはさぞかし否定的な声が聞かれるだろうと尋ねてみた。
すると、「いや、自衛隊の基地は充実させてほしいです。やはりウクライナを見て考え方が変わりましたね。よく『基地があるから攻撃される』と言いますよね。私は基地があってもなくても中国軍は攻撃してくると思います」という声が返ってきた。
まだまだ遠い、中国軍への備え
筆者が聞いた限り、島民の間で自衛隊駐屯地強化に真っ向から異論を唱える島民は1人もいなかった。むしろ「まだ不十分」という声も聞かれる。与那国町長の糸数健一である。
「こんな状態で、果たして島を守り切れるのだろうか。電子戦の専門部隊を増派するといっても車両2台分くらいの増員ですよ。もっと増やしてほしいと言いたいくらい」
「島民避難の問題だってあるんですよ。一夜に疎開はできません。フェリーだと石垣島に避難させるのに片道4時間かかります。乗れるのは1回120人程度。到底間に合わないです。飛行機でも1便50人しか運べません。飛行場拡大の用地はあるので整備してほしいし、物資を運び入れる港湾整備も必要です」
糸数町長は、岸田政権には、もっと与那国島の現状に目を向けてほしいと訴える。
これまで配備されてきたのは監視を任務とする部隊である。目と鼻の先の台湾や尖閣諸島で有事が起き、すぐさま海上警備行動がとれるようにするには、海上自衛隊の部隊を配備すべきである。
島民避難という課題も深刻だ。自然災害に備えた避難訓練は実施しているものの、台湾有事に備えた避難訓練、なかでも島外への避難訓練は一度も行っていない。まだシミュレーションの段階である。
避難経路などを考えている与那国町役場の課長補佐、田嶋政之はこう語る。
「島民避難には1週間かかります。冬の波の高いときはどうするのかとか、細部は全然詰め切れていません」
漁場はすでに戦時下
与那国町漁業協同組合の組合長、嵩西茂則さんによれば、漁協にはほぼ毎週のように水産庁からある文書が届くという。「漁業安全情報」という文書である。
これは、軍事演習などによって操業に危険が及ぶ可能性がある海域を事前に漁業者に知らせ、近づかないよう注意を喚起するための文書だ。
相手は中国船の場合もあるが、大半が台湾軍だ。去年2021年は、1年で実に200回を超える演習が行われている。それだけ中国軍の脅威が迫っている証でもある。
周辺海域は、ハマダイなど高級魚が獲れる豊かな漁場で、台湾の漁船との間では日台間で協定が結ばれているが、嵩西さんは、「有事に備えた動きで漁場が狭くなっている」と語る。
そのうえで筆者のインタビューにこう答えた。
「もし有事が起きたら台湾は中国に勝てません。台湾が中国に支配されてしまうと与那国は厳しい状況に置かれることになります。これまで100キロ沖合で漁ができたのに、50キロ先に中国軍がいるとなると、50キロはおろか30キロも行けなくなります。そうすると漁を止める人が出てきてさらに過疎化が進みます。ますますここでの漁業は厳しいものになってしまいます。それ以前に、ます島内にシェルターを作ってほしいですね。ウクライナでも無事だった人は地下壕に避難できた人たちですから」
著書紹介:ゼレンスキー勇気の言葉100
清水克彦 著/ワニブックス
清水克彦(しみず・かつひこ)プロフィール:
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師。愛媛県今治市生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。アメリカ留学後、キャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサーなどを歴任。現在は報道デスク兼解説委員のかたわら執筆、講演活動もこなす。著書はベストセラー『頭のいい子が育つパパの習慣』(PHP文庫)、『台湾有事』『安倍政権の罠』(ともに平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『人生、降りた方がことがいっぱいある』(青春出版社)、『40代あなたが今やるべきこと』(中経の文庫)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)ほか多数。
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