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日本に得るものなし。従軍慰安婦問題への反論が世界に広げる誤解

日韓両国の対話を難しいものにしている、従軍慰安婦や元徴用工を巡る問題。このままの状況が続く限り、隣国と正常な関係性を得ることは困難であると言っても過言ではありません。そのような問題の解決策を提示するのは、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さん。上久保さんは今回、従軍慰安婦や元徴用工問題の本質を解説するとともに、岸田首相が任期中に両問題の解決のみならず、「現代の日本」の誇りを守るため世界に示すべき姿勢を具体的に提案しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

韓国で尹錫悦新大統領が就任。日本側の期待通りに日韓関係が改善するかは不透明

韓国の新大統領に尹錫悦氏が就任し、5年ぶりに保守政権が発足した。尹新大統領は、リベラル系の文在寅前大統領と異なり、日米韓国の連携を最重要視する姿勢を示している。

文政権下の日韓関係は、「戦後最悪」だったといっても過言ではない。特に問題となったのは、「従軍慰安婦問題」について、日本が軍の関与と政府の責任を認めるとともに、元慰安婦への支援を目的に韓国政府が設立する財団に10億円を拠出することを約束し、この問題を「最終的かつ不可逆的な解決」とすると安倍晋三政権と朴槿恵政権が合意した、いわゆる「元慰安婦をめぐる日韓合意」を、文政権が空文化したことだ。

これに対して、安倍首相(当時)は「韓国はいつもゴールポストを動かす」と強く反発した。そして、「65年の日韓請求権協定に基づき、両国民の財産や権利などの問題は解決済み」「元慰安婦・元徴用工問題はいずれも決着済みで、それを蒸し返したことを収拾する責任が韓国側にある」という基本方針を頑として譲らない強い姿勢を打ち出した。

その後、日韓関係の悪化は止まらなくなった。従軍慰安婦問題だけではなく、「韓国海軍レーザー照射問題」「元徴用工問題」が起こり、日本による対韓半導体部品の輸出管理の「包括管理」から「個別管理」への変更と韓国を「ホワイト国」から除外する決定、そしてそれに対する韓国の報復と続いた。

そして、文政権が日韓で防衛秘密を共有する「日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)」の破棄を決定し、米国の説得で協定失効前日に破棄を撤回するという、安全保障上の深刻な事態まで起きた。

しかし、尹新大統領は、日韓関係について「未来志向の日韓関係をつくる。過去よりも将来どうすれば両国や国民の利益になるかを探っていくことが重要だ」と発言した。長い「冬の時代」を経て、ようやく日韓関係が改善に向かうと期待されている。

だが、日本側の期待通りに日韓関係が改善していくかは不透明だ。韓国国会では、野党「共に民主党」が議席の過半数を占めている。尹新大統領が「慰安婦問題」「徴用工問題」で、日本の要求を受け入れるという方針を打ち出したら、野党が反発し、国会が機能停止してしまう。

尹新大統領は、しばらくの間、韓国国民の関心が高い国内問題に集中して実績を上げて、支持率を高め、次の総選挙で野党が過半数を勝ち取ることを目指すとみられている。これに対して日本は、当面「問題は解決済み」という原則を貫きながら、韓国の動きを様子見する構えだ。

だが、日本は韓国を様子見するだけでいいのだろうか。私は、尹政権が日本と交渉できる状態になる前に、日本がやっておくべきことがあると考える。それは、いわゆる「国際世論戦」と呼ばれるものへの対応である。

日本は歴史的に「国際世論戦」に弱いとされている。古くは満州国建国を巡って日本は中国に敗れて孤立し、最終的に国際連盟を脱退する事態に至った。韓国との関係では、2019年4月に世界貿易機関(WTO)を舞台に韓国と「東日本産水産物の禁輸措置の解除」を巡って争い、日本が敗れた。そして、「従軍慰安婦問題」「元徴用工問題」の、いわゆる「歴史認識」も、国際世論戦の側面を持っているのだ。

ただし、韓国が仕掛ける国際世論戦と真っ向から戦えというつもりはない。それ以前に、日本にとって大事なことがある。まず、私が英国在住時に会った、ある英国人の学者のコメントを紹介したい。

それは、「日本、中国、韓国はなぜ1回戦争したくらいで、これほど険悪な関係なのか。英国や他の国で催されるレセプションやパーティーで、日中韓の大使が非難合戦を繰り広げているらしいじゃないか。会を主催する国に対して失礼極まりないことだ。英国とフランスは、百年戦争も経験したし、何度も戦った。ドイツ、スペインとも戦った。勝った時もあれば、負けたこともある。欧州の大国も小国もいろんな国同士が戦争をした。それぞれの国が、さまざまな感情を持っているが、それを乗り越えるために努力している。日中韓の振る舞いは、未熟な子どもの喧嘩のようにしか見えない」というものだった。

要するに、どんな国でも歴史をたどれば「スネに傷がある」ものだ。それにこだわっていても仕方がないではないか。ましてや、関係のない他国を舞台に喧嘩をするなど愚の骨頂だというのだ。

私は、英国で7年間生活し、「人権意識」が高い学者・学生が世界中から集まっていた大学に身を置いたことがあるが、欧州で日本の過去の振る舞いを理由に、現在の日本を批判する人に、個人的には会ったことがない。

確かに従軍慰安婦問題は、今でも世界のメディアで「性奴隷」と表現されている。ただし、それは、あくまで「過去の戦争における負の歴史」という扱いでもある。戦争が繰り返された欧州であれば、どこの国にでもある「過去」だということだ。「現在の日本」まで特別に責められているわけではないということだ。

言い換えれば、世界が関心を持っているのは「現代の女性の人権」である。従軍慰安婦問題に様々な反論を試みることで現在の日本が疑われているのは、いまだに女性の人権に対する意識が低いのではないかということだ。

例えば、安倍晋三元首相がかつてよく言っていた「強制はなかった」「狭義の強制、広義の強制」という主張などは、海外からはよく理解できない。そういう細かな主張をすればするほど、「日本は、いまだに女性の人権に対する意識が低い」という誤解を広げてしまうだけなのだ

韓国が熱心に行っている世界中での慰安婦像の設置についても、過剰に反応しても日本が得るものはない。なぜなら、慰安婦像を受け入れる国の人は「過去の日本」の振る舞いを責めようとしているのではない。「女性の人権を守るための像」だと理解するから、設置を認めているのだ。

例えば、米サンフランシスコ市が慰安婦像の寄贈受け入れを決めた時、大阪市の吉村洋文市長(当時)が、これに抗議するために、サンフランシスコと大阪市の姉妹都市関係の解消を通知する書簡を送ったことがあった。これに対して、ロンドン・ブリード・サンフランシスコ市長は、解消決定を「残念」とした上で、大阪市との人的交流を維持する考えを示した。

ブリード市長は、慰安婦像について「奴隷化や性目的の人身売買に耐えることを強いられてきた、そして現在も強いられている全ての女性が直面する苦闘の象徴」「彼女たち犠牲者は尊敬に値するし、この記念碑はわれわれが絶対に忘れてはいけない出来事と教訓の全てを再認識させる」と声明を出した。

ブリード市長は明らかに、慰安婦像の意義を日本の過去の振る舞いよりも、より一般的な問題であり、現在も存在する「性奴隷・人身売買」など女性の人権侵害を根絶するためのものと理解していたように思う。そして、仮に過去に不幸な出来事があったとしても、「現在の日本」を批判はしていない。だから、今後も日本との交流を続けたいと表明したのだ。

おそらく、吉村市長の怒りはブリード市長にはまったく伝わっていなかっただろう。女性の人権を守るのは政治家として当然のことなのに、いったい何を一方的に怒っているのか、さっぱり分からないと思っていたのではないか。ましてや、突然の姉妹都市解消の通知には「60年という姉妹都市の歴史を断ち切るほどの問題なのか?」と、ただあぜんとしていたと思う。結局、吉村市長は、世界中から「人権意識の低いポピュリスト」だという「誤解」を受けるだけとなってしまった。

日本は、確かにかつて戦争を起こした「ならず者国家」としての負の歴史を背負っている。一方で、日本は戦後70年間、平和国家として行動し、負の歴史を償おうとしてきた。そのことは世界中に認められている。英公共放送「BBC」の調査で示されたように「世界にいい影響を与える国」と高評価してくれる人々が、世界中に増えてきているのも事実だ。

その意味で、たとえ「ならず者」と呼ぶ人がいても目くじら立てることなく謙虚に受け止め、「いい影響を与える国」と言ってくれる国が1つでも増えるよう、誠意のある行動を続けていけばいいのではないだろうか。

具体的に、日本がこれからどう行動すべきかを考える。私は、岸田文雄首相が従軍慰安婦問題や元徴用工問題について直接、韓国民に会って話をしたらいいと思う。岸田首相が持ち味の「聞く力」を発揮すればよい。

岸田首相は、元慰安婦・元徴用工の方々に謝罪する必要はない。日本政府の立場の「細かな説明」も必要ない。しかし、両国の間に「不幸な歴史」があったこと、少なくとも「侵略された」韓国側が、より民族・国家としての誇りを深く傷つけられていることを率直に認めるほうがいい。そして、その不幸な歴史に「心が痛みます」というメッセージを発し、世界中のメディアに発信する。

そして、これをもっと発展させた提案をしたい。岸田首相は、「岸田平和人権宣言」とでも呼ぶべきメッセージを全世界に向けて発信するのだ。そして、「日本は戦争をしない。戦時における女性の人権侵害という不幸な歴史を二度と繰り返さない」と宣言するのだ。

続いて、現代の日本は「人権を世界で最も守る国になる」とアピールし、「岸田人権マニフェスト」を発表する。現在、日本は人権問題について世界から批判を受けている状況にある。それらを、岸田首相が「自らの任期中に一挙に解決する」という決意を示すのだ。それは例えば、次のさまざまな問題の解決の宣言である。

  1. 数々の企業の上級・中級幹部における女性の割合が諸外国と比べて低いことの改善
  2. 「下院議員または一院制議会における女性議員の比率、190カ国のランキング」で、日本が166位であることの改善
  3. 国際連合女子差別撤廃委員会から「差別的な規定」と3度にわたって勧告を受けている夫婦同姓をあらためて「選択的夫婦別姓」の導入
  4. 「女性差別撤廃条約」の徹底的な順守を宣言
  5. 国連の自由権規約委員会や子どもの権利委員会から法改正の勧告を繰り返し受けている婚外子の相続分差別の撤廃
  6. 外国人技能実習生の人権侵害問題の解決などによる、多様性のある日本社会の実現
  7. 同性結婚などLGBTQの権利の保障

尚、国連に対して、日本に勧告を出すようロビー活動を行っている組織・団体には、さまざまな問題があるものもあるという。「岸田人権マニフェスト」は、そのような組織・団体から日本政府に対する圧力が続くのを断ち切るために、先手を打つという意味もある。

そして、「岸田平和人権基金」を設立する。「岸田平和人権基金」は、アフリカや中東、アジアなど世界中の全ての人権侵害問題を援助の対象とし、元従軍慰安婦や元徴用工への援助は当然これに含まれることになる。金額は、慰安婦問題解決の基金10億円の10倍の規模である「100億円」とする。日本政府および趣旨に賛同する企業が資金を拠出する。

さらに、「平和の人間像」を日本がつくり、世界中に設置する。現在の慰安婦像は「女性の人権を守るための像」ではある。しかし、その対象は「過去、戦時に人権侵害を受けた韓国人女性」を事例として限定したものだ。それでは、対象が狭いのではないだろうか。

「平和の人間像」は、世界中の男女・LGBTを問わず全ての人に対する人権侵害問題を完全解決することを宣言する像とする。そして、全ての人々を対象とするのにふさわしい、抽象的な造形とする。

「平和の人間像」のイメージ。顔は「ムクゲ」で花言葉は「信念」「新しい美」。右足に引きちぎられた「赤い斑点の薔薇」の鎖。花言葉は「戦争」「戦い」。筆者の友人が作成。無断転載禁止

「平和の人間像」の第一体目は、ぜひソウル市の「青瓦台」の前に設置させてもらおう。像の除幕式では、尹新大統領と岸田首相ががっちりと握手をして、両国が世界の人権侵害の歴史の終焉と、現在の人権問題の完全解決を高らかに宣言するのだ。

この時、従軍慰安婦問題・元徴用工問題は確かに終わる。「日本が不誠実」という韓国の主張が崩れるのを世界が見ることになるからだ。一方、韓国はこれを嫌がるかもしれない。だが、嫌がれば韓国は「人権意識の低い国」ということになる。慰安婦像の設置は「単なる反日のための行動」であったと、世界中から批判を浴びることになってしまうのだ。

要するに、「国際世論戦」において、従軍慰安婦問題や元徴用工問題の細かな事実関係を争っても、あまり意味がない。韓国など一部の国を除けば、海外の人たちは、日本の過去についての事実関係などどうでもよく、関心があるのは、現在の「人権問題」なのだ。

これは言い換えれば、日本が過去の「大日本帝国」の誇りを一生懸命守ろうとしても意味がないということだ。そういうことをすればするほど、いまだに人権意識の低い国だと「現在の日本」の評価が下がることになる。

本当に守るべきことは、「現代の日本」の誇りである。そのためにすべきことは、すべての日本国民、そして世界中の人々の平和と基本的人権を、日本が徹底的に守る国だということを示すことなのである。

image by: Chintung Lee / Shutterstock.com

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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