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平和ボケ国家ニッポン。台湾問題への余計な「口出し」が祖国を滅ぼすワケ

ロシアによるウクライナ侵攻を受け、国内でもこれまで以上に高まりを見せ始めた国防に関する議論。しかしそれは極めて冷静さに欠けた、自らを危険な状況に陥れてしまう可能性を含んだもののようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんが、米国を追従し進んで中国の「敵」になりに行くかのような我が国の外交姿勢を強く批判。さらにアジアの知日派大物政治家たちの日本に対する言葉を引きながら、日本政府に対して警告を発しています。

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中国とロシア、北朝鮮は本当に日本の領土を狙っているのか?露ウクライナ紛争後に日本で囁かれる「軍事侵攻」の真偽

中国やロシア、北朝鮮が日本を攻めてくる未来はあるのか──。ロシア・ウクライナ戦争(以下、ロウ戦争)が起きて以降、こんなことをよく訊かれるようになった。

答えは簡単ではない。国際関係は常に多種多様の変数を抱え、変化し続けている。二国間関係もその影響下だ。新型コロナウイルス感染症の拡大によって世界を取り巻く環境は大きく変わったし、ロウ戦争は国際社会に深刻な亀裂をもたらした。今秋に予定されるアメリカの中間選挙も、その結果次第で世の中の空気を一変させることだろう。

つまり、我々の目に映る現実はどれも永遠ではないのだ。二国間関係にも不変なものはない。常に不可測性にさらされている。

実際、多くの専門家が「ない」と判断したロシアによるウクライナ侵攻──仕方がない判断だが──は目の前で起きた。米軍のアフガニスタン撤退に世界は驚愕し、また「老いぼれ」、「ロケットマン」と互いに罵り合い、日本のテレビ番組のなかでは専門家が「開戦前夜」と断じていた朝鮮半島では、トランプ大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長が並んで板門店の軍事境界線を越えるというパフォーマンスを演じてみせた。

そうであれば、中国、ロシア、北朝鮮が日本に侵攻する可能性も排除することはできない。しかし、それが目下の情勢で「現実的か」と問われれば、答えはやはり「否」である。

侵攻による収支の計算が合わないからだ。民主主義体制であれ独裁体制であれ、自国の発展に鈍感な国はない。そして現代において領土の拡大がそのまま経済利益につながることはない。戦争のコストもさることながら侵攻後の経済制裁の逆風も重くのしかかる。

武力で奪った土地を支配しようとすれば、住民の強い反発が予測され、大きな負担だ。このプラスマイナスの計算こそが、国のトップに武力行使を思いとどまらせる壁となっているのだ。

現状を見る限り、中ロ朝がそれぞれ大きな代償を払ってまで日本の領土を狙う、とは考えにくい。また蓋然性も低い。中ロ朝軍が海を越えてくる能力にも限界があるだろう。

だが損得の壁は、ある特殊な条件下では機能不全に陥る。例えば歴史的経緯から侵攻を正当化でき、かつ為政者が国民にそれを政治的勝利として報告できるケースや対立する国に対し、公然とレッドラインを宣言し、相手がそれを踏み越えたときだ。そして、最も危ないのは民族感情を煽られた国民が熱狂し、武力行使を求めるケースだ。

第一次世界大戦から戦争は総力戦となり、終わらせることのできない戦争となった。戦勝国は戦いに勝っても破壊尽くされた敗者から得るものはないという厳しい現実と向き合わざるを得なくなった。凄まじい破壊に見合う利益はどこにものだ。

それはロウ戦争も同じだ。たとえロシアが戦争を有利に進めても、ウクライナがロシアを駆逐しても、戦争を避けて経済発展していた場合と比べればどちらも敗者だ。また長期的にみればユーラシア大陸を巻き込んだ広い範囲に大きなダメージが及び、欧州全体を負け組に落としてしまうことだろう。インフレ、エネルギー不足、食糧危機、難民、貿易不振……。たとえ対ロ制裁が効いたとしても欧州に明るい未来はない。

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本来、ロウ戦争を見てアジア人が気が付かなければならないのは、当事者に冷静な収支計算をさせられなくなった時点で、その地域は「敗者」だということだ。外交力をもたない地域の悲劇と言い換えても良い。戦後70年以上の発展は、大なり小なりこの賢明さに支えられていた。

3月29日、ロシア・ウクライナ間で停戦協議が最も進んだ。このときウクライナ側は「中立」と「NATOへの加盟申請の放棄」を提案したと報じられた。もし、この提案を昨年末の時点でしていれば、ヨーロッパの現状はもっと違ったものになっていたのではないだろうか。そんな発想がアジアの危機をマネージする上で重要になってくるのだ。

だがロウ戦争が起きて以降、日本に湧き上がったのは冷静な思考とは真逆の、隣国への警戒と防衛力強化の呼びかけだった。敵基地攻撃能力へ道を開こうと動く一方で、台湾問題にも踏み込む発言を常態化させた。

台湾海峡は文字通りアジアの火薬庫だ。その危険性を認識せず、安易に口を挟むのは、ある意味で最上級の「平和ボケ」だ。

台湾海峡問題の源流は戦後間もなく起きた中国共産党と中国国民党の内戦だ。現在も内戦は続いているが、長らく戦闘は起きていない。それは米軍の存在からも説明できるが、やはり大きいのは中国が一方的に「平和統一」を掲げ、舵を切ったことだ。

背景には経済発展を優先したい中国の事情もあるが、一方で「現状維持」を黙認するメリットを計算したのだろう。

ただ共産党指導層がこの収支を冷静に受け入れるためにはどうしても譲れない条件が一つあった。それこそが「台湾独立」だ。中国が「平和統一」を掲げながら武力統一の旗を完全には下ろさないのは、その線を越えれば「いかなる犠牲を払っても」阻止するという決意を示すためだ。

いま台湾海峡がきな臭くなってきているのは、長らく中台間で「一つの中国」を確認する──いわゆるレッドラインは踏み越えないとする──記号だった「九二コンセンサス」を蔡英文政権が「なかった」と公言したためだ。中国はそれまで、同コンセンサスを踏まえて台湾をWHOをはじめいくつかの国際機関に参加させる道を開いてきた。それを突然なかったとされれば面子はない。猛烈な勢いで反発を始めたのだ。

いまアメリカは中国をけん制するツールとして台湾を利用し始めている。それを中国が警戒する構図だ。中国が度々口にするのは「中国の覚悟を試すな」という警告だ。

こんななか日本がアメリカの手先となって台湾問題に口を出すメリットは何なのだろう。口を挟んでも日本の安全保障環境が好転することはない。むしろ明確な敵を一つ作り出し、悪化は明白だ。日本の過去の侵略が台湾から始まったことを考えれば、戦後77年間の平和への取り組みも水泡に帰すかもしれない。

それ以上に心配なのは戦争の可能性だ。日本の動きに背中を押された台湾独立勢力が本格的に中国を挑発し海峡危機が勃発したとき、日本に何ができるのだろうか。煽るだけ煽ってNATOのように見捨てるのだろうか。

冒頭からの流れでこれを説明すれば、中国には日本の領土を奪う野心はなくとも、攻撃する明確な動機が生れることになる。しかもわざわざレッドラインを設けて警告したにもかかわらず、アメリカの手先となり、したくもない戦争に巻き込んだ日本に対して中国はどれほど激しい感情を向けるだろう。このとき敵基地攻撃能力がどれほど役に立つのだろうか。

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また台湾海峡が戦火に包まれれば、アジアの発展は大きな後退を余儀なくされる。

本来、中国に冷静な損得勘定ができる場所にいてもらうことこそが日本と地域の最大のメリットなのだが、そう考えるのは戦争に巻き込まれかねないアジアの多くの国々ではないだろうか。

5月23日、「インド太平洋経済枠組み(IPEF(アイペフ))」に参加するのに合わせて来日したマレーシアのマハティール元首相は、NHKのインタビューに答えて以下のように語っている。

「経済発展には安定が必要で対立は必要ない。アメリカは中国を締め出すことに熱心なようで、南シナ海に艦艇を送り込んでいる。いつか偶発的な事故が起きて暴力行為や戦争になるかもしれない。これはASEAN諸国の経済発展にとってよいことではない」

つまり、争いをASEANに持ち込むな、と日本に警告しているのだ。同じく来日したシンガポールのリー・シェンロン首相も、日本で行われた「アジアの未来」で講演し、「日本は自らの歴史をどのように処理するかを考えた上で、長期的に未解決となっている歴史問題を解決するべきだ」と釘を刺した。二人とも知日家で、日本を高く評価していた国のトップだけに重い言葉だ。

アジアの大物政治家の目には、いまの日本がどこか危なっかしい存在となっていると映っているのかもしれない。

アジアはいま世界の中で最も発展する地域となるチャンスを迎えている。だが、本当にその栄冠をつかむためには不和をマネージする外交力が不可欠だ。日本がそれを理解しなければ、自ら作り出した敵との戦いに引きずり込まれてゆくことになるかもしれない。

(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2022年5月29日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみ下さい。初月無料です)

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image by: 首相官邸

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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【著者】 富坂聰 【月額】 ¥990/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

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