MAG2 NEWS MENU

引退後に自殺した選手も。スポーツ中の脳震盪にどう対応すべきか

体と体の激しいぶつかり合いが魅力のフルコンタクトスポーツですが、競技中のアクシデントが多発するのも事実。昨年には取組中に脳震盪を起こした大相撲力士が命を落とすという痛ましい事故も発生し、現場で適切な対応を取ることができなかった相撲協会に批判が殺到しました。こうした悲劇を起こさぬために必要となるのは、どのような対策なのでしょうか。今回のメルマガ『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』では著者でジャーナリストの伊東森さんが、脳震盪がどれだけ危険で深刻なものであるかを、具体的な症状を挙げつつ詳しく紹介。その上で、スポーツ中の脳震盪に対し求められる安全対策について考察しています。

この記事の著者・伊東森さんのメルマガ

初月¥0で読む

 

相撲の取り組み中に脳震盪を起こし、その後に亡くなった響龍さんの事故から1年が経過 改めて問われるスポーツ中の脳震盪の危険性

大相撲の取り組み中に脳震盪を起こした三段目力士の響龍(本名・天野光稀)さん(28)が、呼吸器不全により亡くなった事故から1年が経過。相撲界に対しては、脳震盪への対策が不十分であると、以前から指摘されていた。

響龍さんは、昨年2021年春場所13日目の3月6日に負傷。その際に、土俵近くにいた関係者らが当時、5分以上、何も医療的な措置を取らなかったとして、批判も相次ぐ(*1)。

当時の取り組みの映像では、響龍さんは、まず頭から土俵に倒れる。そのまま動かなくなり、対戦相手は様子をうかがった。ただ、響龍さんは一時的に頭を動かす。その後、担架に乗せられて都内の病院に運ばれる。

メディアによると、響龍さんは搬送中、体のしびれを訴えていたという情報も。

入院中は改善の兆しが見られ、体が動くようになったとの報道もあったが、しかし、昨年4月28日に容態が悪化、亡くなった。

響龍さんの死を受け、力士への医療措置などが一時問題となり、何か改革が必要であるとする声が上がった。

Twitter上には、

周囲に人がいる中、動けないままうつぶせにされていたのはとんでもないことだ。相撲界における医療が大きく変わることを心から望む。

との声が。

力士の脳震盪による事故は、今回が初めてではなかった。昨年の1月の春場所でも、幕下の湘南乃海が取り組みで相手に頭からぶつかり土俵上に倒れた。その際、湘南乃海は脳震盪のような症状を示す。

ただ、審判団が見守るなか、湘南乃海は何度かふらつきながらも立ち上がる。湘南乃海は取り組みを続行したいと審判団に伝え、取り組みは再開。

しかしその後、インターネット上には、取り組みの続行を認めた審判団の判断を批判する声が上がり、力士の身体を守る必要があるという意見が上がる。

そのようなことを受け、日本相撲協会は規則の変更を検討する。

目次

この記事の著者・伊東森さんのメルマガ

初月¥0で読む

 

相撲と脳震盪

思い返せば、昨年ほど、「相撲と脳震盪」との問題が取りざたされることはなかっただろう。

とくに、初場所の10日目、22枚目の湘南乃海と朝玉勢との一番は大きな波紋を呼んだ。立ち合いから両者が頭からぶつかり、湘南乃海が腰から崩れ落ちた。

立ち合いは行司から「待った」がかかり不成立となるが、しかし湘南乃海は立ち上がることはできない。明らかに脳震盪のような症状だった。

その後も湘南乃海は立ち上がろうとするが、ふらついて倒れ、仕切り直しができない。結局、両者をいったん、土俵下に下がらせ、審判団が土俵に上がり協議が行われる。

しばらくたったあと、湘南乃海自身が取り組みの続行に意思を示すも、協議の説明がないまま取り直しが行われた。このような説明不足の影響もあってか、大きな波紋を呼んだのだ。

相撲は、ラグビーやアメリカンフットボールと同じく、コンタクトスポーツでもある。

コンタクトスポーツとは、競技者との間で接触をともなう競技のこと。このうち、コンタクトスポーツはおもに、

の4段階に分別できる(*2)。

フルコントクトは、力を抑制せず相手選手に直接、接触する形式の競技で、ラグビーやアメリカンフットボール、レスリング、柔道が当てはまる。

セミコンタクトは、力を抑制したうえで、相手選手に直接、接触する形式の競技。カンフーやテコンドー、剣道が該当。

リミテッドコンタクトは、相手選手と接触をすることもあるが、しかし基本的は相手と距離を置く競技のことで、バスケットボールや野球、サッカーを指す。

ノンコンタクトは、相手選手と直接、接触しない競技であり、テニスや卓球、バドミントン、バレーボールなどが該当。

このうち、相撲は、フルコンタクトスポーツに相当する。

このようなフルコンタクトスポーツであるのにもかかわらず、しかし相撲の場合、これまでほかの競技のような脳震盪に関する規定やガイドラインは設けられてこなかった。

脳震盪は非常に危険な症状であり、最悪の場合は死に至る。ラグビーの場合、脳震盪の疑いのある選手は、その時点でプレーから離れるという規定がある。

さらに脳震盪であると正確に診断された場合には、軽傷でも1週間は試合にでることができない。

脳震盪は、それほど深刻な症状なのだ。

この記事の著者・伊東森さんのメルマガ

初月¥0で読む

 

スポーツ関連脳震盪

脳震盪のなかでも、とくにスポーツをしている最中に脳震盪を起こした人は、脳震盪の再発や恒久的な脳への損傷といった深刻な影響を与えるリスクが高まる(*3)。

この症状を「スポーツ関連脳震盪」という。体の接触をともなうスポーツの選手のうち約20%が、1年間に1度は脳震盪を経験するという。

スポーツ関連脳震盪の年間推定件数は、20万件から380万件とかなり幅がある。幅が生じるのは、スポーツ選手が病院で診断を受けないこともあるため、正確な数を把握することが難しいためだ。

スポーツをしない一般の人の自動車事故といった原因とは違い、継続的に競技を行うスポーツ選手は常に脳震盪のリスクにさらされ、再発するリスクも高まる。

選手が以前に起こした脳震盪から完全に回復する前に別の頭部への外傷を負った場合も、とくに脳震盪が起こりやすい。

一度も脳震盪を起こしたことのない選手と比べ、再度脳震盪を起こすリスクは2~4倍になる。さらに2回目以降は、1回目に脳震盪を受けたときよりも弱い衝撃で脳震盪が起こるという。

スポーツ関連脳震盪が深刻なのは、個別の脳震盪は最終的には完全には回復するものの、一見軽いもので脳震盪を数回起こした人がある人の約3%に、長期的な脳の損傷が残る。

このような損傷は、「慢性外傷性脳症」と呼ばれ、始めにパンチドランカーという言葉が出てくるなど、ボクシングをする人の間で報告された。

慢性外傷性脳症の人は、CTやMRIの検査で明らかな脳への損傷が認められ、認知症のような症状がみられる。

慢性外傷性脳症の具体的な症状としては、以下の通りだ。

※ MSDマニュアル「スポーツ関連脳震盪」

脳震盪を複数回起こした有名なスポーツ選手のなかには引退後に自殺をした人もいて、慢性外傷性脳症との関連が指摘されている。

この記事の著者・伊東森さんのメルマガ

初月¥0で読む

 

スポーツにおける脳震盪への対策

脳震盪が多様な症状を示すだけでなく、時間の経過とともに比較的早い速度で症状が変化するため(*4)、注意が必要だ。

そのため、影響を受けた選手が立ち上がり、見た目には回復をしていて、自身が「大丈夫です」と言い出しても、審判団やコーチたちは必ず、プレーに戻すことを許可せずに、まずは安静にさせ、医師や脳震盪に詳しい医療スタッフの脳震盪に関する“評価”を受けさせる必要がある。

万が一、脳震盪を受けた場合のその日の行動としては、

※ 慶応義塾大学スポーツ医学研究センター「スポーツ現場における脳振盪Sports Related Concussion (SRC) への対策」

ということが求められる。

脳震盪を受けた場合、自覚症状が完全に消失するまで、原則、競技への復帰は禁止だ。それには、数カ月、あるいは数年をかかることもある。

症状が残ったまま競技への復帰をした場合、繰り返すが再度、脳震盪を起こすリスクが高まり、恒久的な障害が残るためだ。

そのため、段階を経て競技へ復帰することが求められる。

■引用・参考文献

(*1)「相撲取組で脳振とうの響龍さん、入院1カ月後に死亡」BBC NEWS JAPAN 2021年4月30日

(*2)「コンタクトスポーツ」Quint Dental Gate

(*3)「スポーツ関連脳震盪」MSDマニュアル

(4)「スポーツ現場における脳振盪Sports Related Concussion (SRC) への対策」慶応義塾大学スポーツ医学研究センター

(『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』2022年6月26日号より一部抜粋)

この記事の著者・伊東森さんのメルマガ

初月¥0で読む

 

image by: J. Henning Buchholz / Shutterstock.com

伊東 森この著者の記事一覧

伊東 森(いとう・しん): ジャーナリスト。物書き歴11年。精神疾患歴23年。「新しい社会をデザインする」をテーマに情報発信。 1984年1月28日生まれ。幼少期を福岡県三潴郡大木町で過ごす。小学校時代から、福岡県大川市に居住。高校時代から、福岡市へ転居。 高校時代から、うつ病を発症。うつ病のなか、高校、予備校を経て東洋大学社会学部社会学科へ2006年に入学。2010年卒業。その後、病気療養をしつつ、様々なWEB記事を執筆。大学時代の専攻は、メディア学、スポーツ社会学。2021年より、ジャーナリストとして本格的に活動。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版) 』

【著者】 伊東 森 【月額】 ¥330/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け