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自民と親密な産経新聞に「森元首相へ200万」スクープが掲載された理由

AOKIホールディングス、KADOKAWA、パーク24と、容赦なく「東京五輪汚職」の捜査を進める検察当局。そんな中にあって、森喜朗元首相に関するスクープが産経新聞紙上で伝えられていたことをご存知でしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、誰が何の目的で「AOKI側から森元首相に200万円が渡った」という情報を産経にリークしたかを推測するとともに、同記事を後追いする大手メディアが現れなかった理由を解説。さらに自民党と親密な産経新聞に、このような記事が掲載された裏事情を考察しています。

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「森元首相に200万円」という産経スクープの裏側

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会を舞台にした汚職事件が、ついに政界に広がったか、と思われた。

9月1日の産経新聞のスクープ(下記)によってである。

東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件で、紳士服大手「AOKIホールディングス」前会長の青木拡憲容疑者が東京地検特捜部の調べに対し、大会組織委員会の会長だった森喜朗元首相に「現金200万円を手渡した」と供述していることが31日、関係者への取材で分かった。

それまでは、スポンサー契約をめぐり組織委員会の元理事、高橋治之容疑者(元電通専務)が青木拡憲容疑者から総額5,100万円の賄賂を受け取っていたというところにとどまっていたが、元首相にして、自民党最大派閥「清和会」の大ボス、森喜朗氏へ捜査の手が伸びるとなると、事件の様相は変わる。

ところが、意外なことに、この記事への他社の反応がイマイチだったのである。共同通信が金額を明示せずに後追い記事を書き、その配信先である東京新聞など地方紙が掲載、週刊誌系のネットメディアも追随した。しかし、朝日、読売、毎日、日経などの全国紙やNHKが静観を決め込んでいるため、民放テレビ番組へもほとんど波及していかない。

元総理にかかわる重大事なのに、なぜなのか。おそらく、検察当局が否定しているか、もしくは、立件する気がないからだろう。

7月20日付けの1面トップで、高橋治之容疑者が大会スポンサーのAOKIから現金を受け取っていたという特ダネを報じたのは読売新聞だった。立件を前提とした検察のリークであることはまず間違いない。その6日後には高橋容疑者の自宅や電通本社を捜索するなど強制捜査に着手しているからだ。

今回の産経のスクープも、検察のリークによるものだろうが、ガン治療をしていた森氏へのお見舞いに2回に分けて計200万円を渡したという青木容疑者の供述以外に具体性がない。

特捜部はなぜ産経にリークしたのかという点だが、かりに読売と産経の記者がこの件の取材で他社に先駆けていたとして、読売にリークしたら、次はその埋め合わせを産経にするというケースはよくあることだ。

ただし、森氏の一件が事件化されるかどうかは、かなり微妙である。なにより、青木容疑者が組織委の会長だった森氏に直接手渡した200万円という金額は、総理経験者へのワイロとしては低すぎるのだ。

青木容疑者は「ガン治療をしていた森氏へのお見舞いだった」と言っている。見舞金としては常識外れの高額に違いないが、それを否定してワイロだとするのも、検察としては証明に骨が折れるだろう。

そのため、青木容疑者から供述は得たものの、検察の上層部は森氏の捜査に消極的なのではないか。この程度の金額で立件し、自民党最大派閥の「清和会」と摩擦を起こすのは得策ではないという判断をしている可能性が高い。

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しかしそれでは、せっかく大物の尻尾をつかんだ現場の検事たちは面白くないだろう。森氏の捜査に着手することで、堕落した政界にメスを入れるチャンスが広がるはずだ。そういう現場の不満のなかから、リークの動きが出たとも考えられる。

その場合の情報元は、特捜部長ら幹部のみならず、ヒラ検事、もしくは検察事務官まで、可能性がある。

東京地検特捜部では、情報漏洩を防ぐためヒラ検事にメディアとの接触を禁じているようだが、実際には記者と親しく付き合う検事が少なくない。情報のギブアンドテイクをするためだ。まれには検察事務官を抱きこむヤリ手記者もいる。

森喜朗氏をめぐっては、かねてから疑惑があり、メディア各社とも目をつけていた。

その疑惑は、東京に五輪を招致するための買収工作に関与していたのではないかというものだ。森氏が代表理事・会長を務めた「一般財団法人嘉納治五郎記念国際スポーツ研究・交流センター」に招致委員会から約1億4,500万円が支払われていたことがわかっている。

セガサミーホールディングスの里見治会長が2013年、当時の官房長官、菅義偉・前首相から「アフリカ人を買収しなくてはいけない。4億~5億円の工作資金が必要だ」「嘉納治五郎財団というのがある。そこに振り込んでくれれば会長にご迷惑はかからない」と依頼を受けたという「週刊新潮」2020年2月20日号の報道もある。

高橋治之容疑者が招致委員会から約8億9,000万円相当の資金を受け取り、IOC委員らにロビー活動をおこなっていたことがロイター通信の報道で明らかになっているが、それとは別に嘉納治五郎財団を介した招致工作ルートがあったということだ。嘉納治五郎財団は「スポーツ国際交流・協力等の活動を通して国内外のスポーツの発展を図る」と謳いながら、2020年12月末になって活動を終了させており、怪しさが漂っていた。

当然、検察は巨額資金が動く東京五輪をマークしていただろう。しかし、捜査には慎重を期す必要があった。

東京五輪は「アベノミクス4本目の矢」として安倍元首相が力こぶを入れていた国家事業であるからだ。これを支えたのが当時の菅官房長官や、森元首相ら政界の大立者だった。

しかし、安倍元首相の死によって状況は一変した。その“重し”が外れ、動きやすくなった検察は五輪捜査を本格化させ8月17日、高橋元理事を受託収賄の容疑で逮捕、AOKIの青木前会長ら3人を贈賄容疑で逮捕した。

同23日、スポンサー契約をめぐって高橋容疑者が森氏に青木容疑者を紹介したという毎日新聞のトクダネが出たが、そのころ、司法記者たちは森氏を念頭に、検察関係者へ“夜討ち朝駆け”で取材合戦に及んでいたはずだ。産経のスクープもそんな状況のなかで掴んだのだろう。

しかし、ここで疑問が湧く。産経は自民党「清和会」と親密なはずである。いくら社会部の司法担当記者がトクダネだと意気込んで出稿しても、政治部、あるいは経営陣から「待った」がかからなかったのだろうか。記事が日の目を見たのはなぜか。

理由として思い当たることの一つは、産経新聞内部の力関係の変化だ。きっかけは2017年6月、大阪社会部育ちの飯塚浩彦氏(現会長)が社長に就任したことだった。当時の政治部長、石橋文登氏は希望退職に応じて社を去った。大阪社会部時代の先輩にあたる飯塚氏が社長になり、極端に右に寄った論調をややマイルドに修正しようとしたことを嫌気したのではないかとみられる。

石橋氏は、安倍元首相に最も近い記者であり、産経新聞が親安倍路線を続けてきた原動力だった。その人物が社外に出たことで、政治部の発言力が弱まり、社論に影響を与えているのではないだろうか。

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もう一つは、もちろん安倍元首相が亡くなったことだ。もはや、安倍氏に阿る必要はない。統一教会に関する産経の社説を見てみよう。

政府や政治家は、疑念を払拭できない教団とは明確に一線を画すべきである。まっとうな政治活動や政策まで白眼視される状況を深刻に受け止めなければならない。国民の信用、信頼を失えば、政治は前に進めない。(中略)勝共連合は当初、反共を旗印に自民党右派や右翼団体と接触を図った。これは歴史的事実である。目的が近い団体との接近は自然なことだったろうが、表裏一体の教団による霊感商法などの反社会的活動が明らかになった時点で関係を断つべきだった。

(産経8月12日主張)

統一教会と政治家の関係に触れることは、教会票を差配していたとされる安倍元首相を批判することにつながる。とりわけ、勝共連合と「関係を断つべきだった」というくだりは、安倍氏が存命なら、書けなかったかもしれない。

森元首相の疑惑スクープも、安倍氏に気をつかう必要がなくなった今だからこそできたのだろう。だが、その続報はいまだに出ていない。このまま、うやむやになってしまうのだろうか。

産経の報道が事実なら、検察は森氏を立件すべきである。金額の多寡はともかく、“みなし公務員”の組織委会長が受け取ったのだから、高橋容疑者と同罪とみなされても仕方がない。いやむしろ、元総理だからこそ罪は重いはずだ。

森氏には嘉納治五郎財団問題など五輪招致にまつわる疑惑も残されている。他に、電通出身の大臣経験者の名前も取りざたされている。スポンサー契約がらみでは新たに出版大手「KADOKAWA」の元専務らが贈賄容疑で逮捕されたが、注目すべきは、これから先、政界へ検察が切り込めるかどうかだ。その瀬戸際で、メディアの報道合戦が熱を帯びている。

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image by: 首相官邸

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