前例のない「国家主席3期続投」を目指していた習近平氏ですが、もはやその座は確実なものとなったようです。政治ジャーナリストで報道キャスターとしても活躍する清水克彦さんは今回、習近平国家主席が3期目を勝ち取ったと見られるさまざまな「状況証拠」を紹介。さらにこの先、権力を強化した習氏が日本の前に「アジアの怪物」として立ち塞がる可能性を指摘するとともに、国民からの信頼を失った岸田首相では到底太刀打ちできないとの見解を記しています。
清水克彦(しみず・かつひこ)プロフィール:
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師。愛媛県今治市生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。アメリカ留学後、キャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサーなどを歴任。現在は報道デスク兼解説委員のかたわら執筆、講演活動もこなす。著書はベストセラー『頭のいい子が育つパパの習慣』(PHP文庫)、『台湾有事』『安倍政権の罠』(ともに平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『人生、降りた方がことがいっぱいある』(青春出版社)、『40代あなたが今やるべきこと』(中経の文庫)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)ほか多数。
3選をほぼ手中にした中国・習近平。日本の岸田首相では太刀打ちできない厳しい現実
着々と進む習近平総書記3選への布石
習近平総書記の3選がかかる中国共産党大会(10月16日開幕)まで3週間あまりとなった。
党大会では、最高規則である党規約を改正し、習近平総書記(国家主席)の権威を高める表現が明記される可能性が高い。
すでに、党中央政治局は今月9日の会議で、党規約に重大な戦略思想を盛り込む方針を確認した。
5年前の2017年10月、2期目に突入した党大会では、「習近平新時代の特色ある社会主義思想」が明記された。これが、習近平総書記個人崇拝への起点ともなった。
北京からの情報によれば、3期目に入る今回の大会では、「毛沢東思想」と同様、「習近平思想」という言葉や、これまで毛沢東にしか使われてこなかった「領袖」という呼称が、党規約の中に色濃く打ち出されるものとみられる。これらは、習近平総書記を、建国の父、毛沢東と同格に扱うことを意味するものだ。
不協和音を排除した習近平
中国では、厳格な「ゼロコロナ」政策に伴う行動制限への不満や低迷する経済への不安が根強い。ウクライナ侵攻で批判を浴びるロシアと共同歩調をとっている外交面への懸念もある。本来であれば、異例の3選に「待った」がかかるところを、習近平総書記は乗り切った。
通常であれば、8月上旬から中旬にかけ、河北省の北戴河で開かれた中国共産党の元指導者(江沢民政権や胡錦濤政権を支えた最高幹部)ら長老たちが集まる会議で、3選への批判が噴出しかねない状況であった。
しかし、習近平総書記は、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長が台湾を電撃訪問したことへの対処を理由に、途中から参加し、「台湾統一は志半ばであり、もう1期続ける」と宣言したとされる。
長老たちも、アメリカの台湾関与の姿勢を見せつけられては「引退勧告」はしにくく、習近平総書記3選が固まったというのが、今年の北戴河会議の顛末である。
北戴河会議の直後、習近平総書記は、遼寧省錦州市にある遼瀋戦役革命記念館を訪問した。遼瀋戦は中国共産党と中国国民党による国共内戦の1つである。
私は、習近平総書記が、会議の後、最初にこの記念館を訪問したことについて、「自分こそが毛沢東路線の継承者であり、自分の代で必ず台湾統一を実現する」と誓ったものと受け止めている。
中国の国内メディアが、習近平総書記を礼賛し、最高指導者として君臨してきた2期10年の成果を強調し始めたのはこの頃からである。
久々の外遊で見せた習近平の新戦略
習近平総書記が先頃、ウズベキスタンとカザフスタンを歴訪した。外遊は実に2年8か月ぶりのことだ。
ウズベキスタンでは、上海協力機構(SCO)首脳会議に出席したが、同じく会議に出席したロシアのプーチン大統領と9月15日に行った首脳会談には驚かされた。
習近平総書記は、会議に参加した首脳と個別の会談を行ったが、プーチン大統領と会談したのは、中央アジア4か国とモンゴルに次いで6番目。この順番は「あまり重視していませんよ」と匂わせたようなものだ。
ちなみに、上海協力機構は、中国とロシアが主導する地域協力組織で、中国、ロシアのほかインド、パキスタン、中央アジア4か国(ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)、イランの9か国が加盟している。
日本人には馴染みが薄いが、加盟国を合わせた人口は世界の半数近くを占め、GDPでも2割に上る無視できない強大な組織である。
習近平総書記はこの場を、9年前に提唱して推し進めてきた広域経済構想「一帯一路」の成功を内外に見せつける機会として利用した。
そしてプーチン大統領との会談では、今年2月、北京冬季オリンピック開幕直前の和やかな会談とは打って変わり、笑顔ひとつなく用意された文面を淡々と読み上げることに終始した。ウクライナ問題にも言及することはなかった。
対してプーチン大統領は、落ち着きがなく、時折、苦悶の表情を浮かべながら、習近平総書記の話を聞いていたが、話を切り出すと、「中国のバランスの取れた立場を高く評価している。我々は中国側の懸念を理解している」「我々は『ひとつの中国』の原則を堅持している。台湾海峡における米国とその衛星国の挑発を非難する」などと述べて、習近平総書記におもねるフレーズを連発した。
つまり、中ロ首脳会談は、中国からすれば、習近平総書記による「一帯一路」の成功とロシアとべったりな関係ではないことをアピールすることに成功した会議。一方、ロシア側からすれば、国際社会からの孤立を防ぐために中国に擦り寄るしかないという窮状が露わになった会議と言えるだろう。
かくして習近平総書記は、北戴河会議で長老たちの批判をかわし、上海協力機構という強大な組織で存在感を示した。
大事な中国共産党大会を前に外遊できること自体、3選に揺らぎがないという証だと思うが、したたかに足場を固めてきた習近平総書記は、この先、さらに権力を強化し、“アジアの怪物”として日本の前に立ち塞がる可能性が高くなったと言えるだろう。
足場が崩れつつある岸田首相
こうした中、岸田首相は厳しい局面に立たされている。失速が止まらず、足場を固めるどころか崩れかかっている。
10月4日、岸田首相は首相就任1年を迎える。しかし、自民党内からは、「岸田さんのままでは、来年春の統一地方選挙は戦えない」「来年5月の広島サミットを花道に、では遅い」といった声が聞こえてくる。
参議院選挙で圧勝してから3カ月足らず。岸田首相の永田町における求心力は、今や遠心力に変わっている。
連日、報道されたように、岸田首相は9月21日(現地時間20日)、国連総会で一般演説に臨んだのを皮切りに、ニューヨークを舞台に首脳外交などを着々とこなした。しかし、岸田首相が得意とする外交も、政権浮揚、支持率回復には寄与しない。
それだけ「毎日ショック」は大きい。毎日新聞が9月17日、18日に実施した世論調査では、内閣支持率は危険水域となる29%まで落ち込み、不支持率は実に64%に達した。
これまで支持率が比較的高めに出ていたNHKや産経新聞の世論調査でも、軒並み40%台前半と、少なくとも黄信号が灯る状態まで急落している。
岸田首相に浮上の目はない
9月27日に安倍元首相の国葬を執り行い、滞りなく弔問外交をこなしたとしても、国民の反発や疑問はしばらく続く。
旧統一教会(世界平和統一家庭連合)問題も、自民党が9月8日に発表した党所属国会議員の調査結果で氏名が公表されなかった木原誠二官房副長官らの新たな関わりが浮上し、“報告漏れ”が相次いだこと、そして山際経済再生相が旧統一教会関連のイベントに出席していたことを認めたことなど、国民の不信感は頂点に達している。
これに、OPECプラス(石油輸出国機構とロシアなど産油国)が原油減産を決めたことに伴う原油高、10月から約6,500品目が値上げとなる空前の物価高、そして、1ドル=150円まで下落する可能性すら出てきた円安が追い討ちをかける。
10月からは臨時国会が召集され与野党の論戦が火ぶたを切るが、岸田首相にとっては最悪のタイミングで質疑が続くことになる。
防戦一方となって、内閣支持率は軒並み30%を割り込む「危険水域」になるかもしれない。
私は先頃、他メディアの記事で、岸田首相がさらに追い込まれれば、衆議院の解散に踏み切るのでは?との論調を目にした。これは間違いだ。
「衆議院の10増10減で新たな区割りになったところでは支部長を決めなきゃいけないのにそれすら進んでいない。今の支持率では解散できないだろうが、この先もできない」
自民党議員からはこのような本音が漏れる。つまり、岸田首相は八方ふさがりの中、10月に国民の批判と野党の追及を正面から受けることになるのだ。
自民党所属国会議員381人(衆参議長を含む)の中で岸田派はわずか43人。全体の11%にすぎない。党内基盤が脆弱であることに加え、世論の支持も失えば、政権はダッチロール状態にならざるを得ない。
年内に岸田降ろし?
私は、10月解散はない、と見ているが、「10月は政局になる。遠出はできない」と腹を括る官邸関係者もいて、年内に10増10減の区割りを待たず解散、もしくは岸田降ろしの突風が吹く可能性も否定できない。
そのような政権が、3選はおろか、それ以降の体制作りも進めている“アジアの怪物”と対峙できるだろうか。
岸田首相が頼みにするアメリカのバイデン大統領も、11月8日に行われる中間選挙では、自ら率いる民主党が上下両院ともに共和党に敗北する公算が大きい。そうなるとバイデン大統領の政策はことごとく議会で却下され、政権はレームダック化していく。
本格的な秋の到来を前に、習近平総書記だけがほくそ笑んでいるに相違ない。
著書紹介:ゼレンスキー勇気の言葉100
清水克彦 著/ワニブックス
清水克彦(しみず・かつひこ)プロフィール:
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師。愛媛県今治市生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。アメリカ留学後、キャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサーなどを歴任。現在は報道デスク兼解説委員のかたわら執筆、講演活動もこなす。著書はベストセラー『頭のいい子が育つパパの習慣』(PHP文庫)、『台湾有事』『安倍政権の罠』(ともに平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『人生、降りた方がことがいっぱいある』(青春出版社)、『40代あなたが今やるべきこと』(中経の文庫)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)ほか多数。
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