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焦る日本と冷静な金正恩。北朝鮮のミサイル発射が「今しかない」訳

今年に入ってすでに41発、9月25日からに限ってみれば10日あまりの間に8発ものミサイル発射を行った北朝鮮。4日にはJアラートの対象地域が二転三転するなど日本国内で混乱も見られました。なぜ金正恩総書記は今、ここまでミサイルを連射するのでしょうか。その背景を考察するのは、政治ジャーナリストで報道キャスターとしても活躍する清水克彦さん。清水さんは今回、北朝鮮がミサイルをハイペースで撃ち続ける裏側を分析するとともに、金正恩総書記がミサイル発射を「今しかない」と判断しているであろう理由を解説しています。

清水克彦(しみず・かつひこ)プロフィール
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師。愛媛県今治市生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。アメリカ留学後、キャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサーなどを歴任。現在は報道デスク兼解説委員のかたわら執筆、講演活動もこなす。著書はベストセラー『頭のいい子が育つパパの習慣』(PHP文庫)、『台湾有事』『安倍政権の罠』(ともに平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『人生、降りた方がことがいっぱいある』(青春出版社)、『40代あなたが今やるべきこと』(中経の文庫)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)ほか多数。

私が金正恩でも「今しかない」と思う北朝鮮ミサイル発射のタイミング

10月4日午前、北朝鮮が発射した中距離弾道ミサイルは、いつもの日本海ではなく、青森方面を飛び越え、日本のEEZ(排他的経済水域)外へ落下した。

防衛省によれば、推定飛距離は4,600キロ。日本列島を飛び越えたのは5年ぶりのことだ。

その距離から、私は、今回、発射された「火星12」型の中距離弾道ミサイルは、アメリカのグアム基地を射程に入れたものではないかとみている。

それと同時に、私が金正恩朝鮮労働党総書記(以下、金正恩と表記)でも、ミサイル発射や核実験に踏み切るなら、「今しかない」と考えるだろうな、と感じたしだいである。

金正恩は再び「ロケットマン」に

北朝鮮は今年に入り、かつてないハイペースでミサイル発射実験を実施している。

今年1月から3月までだけをみても15発の弾道ミサイルを発射した北朝鮮。これだけでも、金正恩総書記の父親、金正日氏のときに発射した弾道ミサイルが17年間で16発だったのを思えば、かなりの数だ。

金正恩体制になってからの通算では100発をゆうに超えている。2018年6月、シンガポールでの米朝首脳会談以降、しばらく鳴りを潜めていた金正恩は、かつて、アメリカのトランプ大統領(当時)に揶揄された「ロケットマン」に逆戻りしてしまったことになる。

問題なのは数だけではない。その質だ。

北朝鮮は、1月5日、11日にミサイル試射を行い、それらが「極超音速ミサイル」であると発表した。北朝鮮は、1月14日、17日にもそれぞれ2発ずつミサイルを発射し、日本をはじめとする国際社会に軍事的脅威を与えている。

3月には「火星17」と主張する新型のICBM=大陸間弾道ミサイルの発射にも成功したと主張した。

今年に入ってICBM級ミサイル発射の1回目は2月27日、首都ピョンヤン郊外のスナン付近から。2回目はその6日後の3月5日。同じスナン付近から弾道ミサイル1発を発射している。

3回目、3月16日の発射は空中爆発し失敗したとみられているが、3月24日には4回目の発射を成功させている。しかも移動式発射台で、だ。

北朝鮮は短期間のうちに、迎撃しにくい「極超音速ミサイル」とワシントンDCが射程圏内に入る長距離弾道ミサイルの発射に成功したわけだ。

なぜハイペースで撃ち続けるのか

北朝鮮は先月25日、28日、29日に続き1日も短距離弾道ミサイル2発を発射しており、異例のペースでの軍事挑発が続いている。

私は、当日、ソウルに滞在していたが、韓国当局や現地メディアの分析では、

「これら5発のミサイル発射は、日米韓合同軍事演習やアメリカのハリス副大統領訪日や訪韓に合わせたもの」

「1日に打ったのは、韓国が『国軍の日』と呼ばれる軍の記念日で、尹錫悦大統領が『北朝鮮が核兵器使用を試みるなら、韓米同盟と韓国軍の圧倒的かつ決然とした対応に直面することになる』と警告したことに反発したもの」

といったものであった。

短期的にみれば確かにそうだが、このところ続く発射は、北朝鮮の「国防力発展5カ年計画」(2021年の朝鮮労働党大会で提示された計画)にもとづく戦略の一環なので始末が悪い。

事実、金正恩は、今年1月、「極超音速級ミサイル」の発射に成功した際、

「国防力発展5カ年計画の『中核5大課業』のうち、最も重要な戦略的意義を持つ部門で大成功を収めたミサイル研究部門の科学者ら担当者の実践的成果を高く評価する」

「国の戦略的な軍事力を質量共に、持続的に強化し、わが軍隊の現代性を向上させるための闘いにいっそう拍車をかけなければならない」

と語っている。

これまでなら、北朝鮮の挑発は、日米韓3か国の何らかの動きに反発したり、アメリカを6か国協議(日米韓+中朝ロの外交会議)の場に引きずり出したりするために、「こっちを見て!」とばかりに発射したと分析することができた。

しかし、今は緻密な計画に沿って研究開発が進んでいる。それだけに日米韓にとっては脅威になるのだ。

今後、北朝鮮は?

北朝鮮のミサイル発射は今後も続く可能性が極めて高い。2017年9月以来となる核実験も、近く、10月16日から始まる中国共産党大会が終了したあたりで行われる危険性がある。

なぜなら、金正恩が示した国防力発展5カ年計画の「中核5大課業」を成し遂げる必要性があるからだ。

問題の「中核5大課業」とは、大まかに言えば、次の5つに大別される。

  1. 超大型核弾頭の生産
  2. 1万5,000キロ射程圏内の任意の戦略的対象を正確に打撃、掃滅する核先制および報復攻撃能力の高度化
  3. 極超音速滑空飛行戦闘部の開発導入
  4. 水中及び地上固体エンジン大陸間弾道ロケットの開発
  5. 核潜水艦と水中発射核戦略武器の保有

    これらのうち、(3)は、今年の度重なる発射によってすでに達成された。(1)と(2)は、ICBM級のミサイル発射や核実験を行えば、近く到達できる。

だとすれば、北朝鮮は、これら2つの成功を急ぎ、あとは(4)と(5)に全力を傾注してくる可能性が極めて高いということになる。

北朝鮮は、先に触れたように、2018年6月の米朝首脳会談を契機に、核実験とICBM級ミサイルを発射しない猶予期間を維持してきた。しかし、国防力発展5カ年計画によって、それが反古にされる形になったと言わざるを得ない。

ロシアのウクライナ侵攻から得たもの

「核兵器を持ち、軍事力を強化してこそ、国外からの侵略から自国を守ることができるとの思いを強くしたことは間違いない」

こう語るのは、北朝鮮事情に詳しい慶應義塾大学教授、磯崎敦仁氏である。

現在のウクライナ情勢は、ロシアがウクライナ東部と南部の州4つを強制併合したものの依然として分が悪く、苦戦が続いている。

とはいえ、アメリカもNATO諸国も直接的な軍事介入をできないでいるのは、ロシアが核をちらつかせているためで、北朝鮮も小さな核弾頭をICBM級ミサイルでアメリカ東海岸へも飛ばせる技術を確固たるものにできれば、最大の抑止力になると踏んでいるのだ。

金正恩は日米韓、そして中国を見ている

加えて、東アジア情勢をめぐる関係国の動きをよく見ていることも背景にある。だからこそ、「今しかない」のだ。

〇日本

岸田政権が旧統一教会問題と安倍元首相国葬問題で窮地に立ち、この先、どうなるかわからない状態。旧統一教会問題では国民の政治不信が拡がり、国葬問題では国民世論の分断を招いた。岸田首相は、3日に召集された臨時国会では野党と世論の批判を一身に受け、政権運営が行き詰まる可能性もある。

〇アメリカ

バイデン大統領率いる民主党が11月の中間選挙で上下両院とも共和党に敗北する可能性が濃厚。そうなれば求心力を失い、年齢とも相まって2024年大統領選挙での再選は遠のく。バイデン政権は、北朝鮮の揺さぶりに振り向きもしないが、求心力が低下したり再選されなければ風向きが変わる可能性もある。

〇韓国

発足して5か月の尹錫悦大統領は早くも支持率が20%台まで下落。議会は野党が過半数を握りねじれ状態。南北首脳会談に応じた文在寅前政権とは異なり、北朝鮮に対しては厳しい「北風政策」の尹政権だが、4年半余り任期を残しながらレームダック状態に陥りつつある。

〇中国

10月16日から始まる中国共産党大会で習近平総書記の3選が確実視されている。3選後は、個人崇拝の色合いをさらに強め権限が強化される可能性が高い。ゆくゆくはアメリカに並ぶ軍事力を維持することになる。中国が台湾統一の動きに出るなら、北朝鮮の協力は中国にとって不可欠になる。

こう考えれば、最初に述べたように、私が金正恩でも「今こそチャンス」と考える。

アメリカに対抗する抑止力を蓄えるには、日米韓の政治リーダーが、いずれも足元に揺らぎに苦しみ、かつてほど蜜月関係にはないにせよ中国の政治が安定している「今しかない」のである。

私たちから見れば好ましくないが、北朝鮮にとってこの秋は、またとない「実りの秋」になってしまいそうである。

著書紹介:ゼレンスキー勇気の言葉100
清水克彦 著/ワニブックス

清水克彦(しみず・かつひこ)プロフィール
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師。愛媛県今治市生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。アメリカ留学後、キャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサーなどを歴任。現在は報道デスク兼解説委員のかたわら執筆、講演活動もこなす。著書はベストセラー『頭のいい子が育つパパの習慣』(PHP文庫)、『台湾有事』『安倍政権の罠』(ともに平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『人生、降りた方がことがいっぱいある』(青春出版社)、『40代あなたが今やるべきこと』(中経の文庫)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)ほか多数。

image by : 朝鮮労働党機関紙『労働新聞』公式サイト

清水克彦

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