会社から支給される交通費を不正受給した正社員。これが意外と多い不正だと言われていますが、そのことを理由に社員を懲戒解雇したいという会社は、裁判で勝つことができるのでしょうか? 今回の無料メルマガ『「黒い会社を白くする!」ゼッピン労務管理』では、著者で特定社会保険労務士の小林一石さんが、実際の判例を紹介して詳しく解説しています。
交通費を100回不正請求。懲戒解雇は認められるのか
私がご相談いただく内容で意外に多いのが「交通費の不正受給」についてです。これは本当に多いですね。普通に考えれば
「定期券を買う」→「定期券代を申請」→「その金額を会社から受給」
と何も問題が無いように思われるかも知れません。
ただ、もし通常の定期券代が「¥12,800」のところ、「¥14,800」で申請していたらどうでしょうか?毎月¥2,000の不正請求になります。
そこで、それを防ぐために、毎月、定期券のコピーを提出してもらっている会社があります。これで解決しそうなものですが、それほど簡単な話ではありません。
なぜなら、定期券は払戻ができてしまうからです。買ってコピーをとった後に払戻をしてしまえば、そのあとは自転車で通勤していようと徒歩で通勤していようと確認しようがありません。
また、現住所の確認として住民票を提出してもらっている会社もありますが、住民票の住所はあくまで登録上の住所であって必ずしも現住所を証明するものではありません。
これは実際に以前、私が勤めていた会社であったことですが、ある社員が
「住民票は実家のまま」→「実際は会社近くで1人暮らし」→「会社と実家の往復の定期代を受給」
という事件がありました(当時、人事責任者をしていた私にとっては大事件でした)。その他にも不正受給の方法はいろいろとあり、ここですべてをお話はしませんが、どれも結構、簡単にできてしまうため(もちろんみなさんには絶対におすすめはしませんが)トラブルにもなりやすいのです。
では、もし不正受給があった場合はどのような懲戒処分になるのでしょうか。
それについて裁判があります。
ある郵便会社で、社員が100回にわたり、旅費の不正受給をしていたとして懲戒解雇になりました。そこでその処分に納得がいかなかったその社員が会社を訴えたのです。ちなみにその不正受給の方法は
・社用車を使用していながら公共交通機関を利用した場合の交通費を請求
・クオカードが宿泊費に含まれるプランで宿泊し、クオカードを含む宿泊費を請求
などでした。そして、その総額はなんと約194万円(正当な旅費との差額は約54万円)にもなったのです。
では、この裁判はどうなったか?
「懲戒解雇は無効」
会社が負けました。
その理由の一つが「他の懲戒処分の社員との懲戒処分のバランス」です。実はこの会社ではこの交通費の不正受給に関連し
・3名→懲戒解雇
・1名→停職3ヶ月
・9名→減給
と多数の懲戒処分を行っていました。そこでこの社員と他の懲戒解雇の社員と比較するとそこまで悪質ではなく(他の懲戒解雇の社員はホテルから未記入の領収書をもらい、虚偽の宿泊日数や金額を記載した領収書を提出するなどしていました)、むしろ停職3ヶ月の社員と同程度くらいでした。それにも関わらず懲戒解雇は重すぎるため「懲戒解雇は無効」と裁判所は判断したのです。
いかがでしょうか?実務的にはこの「懲戒処分のバランス」というのは非常に重要なポイントです。
例えば、以前にある事案で懲戒処分を「減給」としていながら同じような事案で今回は「懲戒解雇」とするのは、通常は認められない場合が多いでしょう。
逆に、なんらかの事情で懲戒処分を軽くしてあげたいと考える事案があったとしても今後、別の誰かが同じような事案を行ったとしても同じ懲戒処分で良いかということも考える必要があります。
また、もう1点、この裁判で会社が負けた理由として実務的に気を付けるべき点があります。それは、
・多数の社員が同様の不正受給を繰り返していたなど、会社の旅費支給事務にずさんな面もみられる
と裁判所が判断した点です。会社の管理がどんなにずさんであろうと不正受給をしていいわけが無いのは当たり前の話ではありますが、なにか不正があったときには会社の管理体制が問われることが多いのも事実ではあります。
例えば今回のような交通費に関して言えば、就業規則や賃金規程で決めている会社も多いと思いますが、例えば「自宅から会社までの通勤に対して定期代を支給する」と決めていたとします。
一見すると特に問題が無いように思えますがもし通勤経路が2つあり、金額が違ったらどうでしょう?金額の高い方の経路で申請し、実際は安い方の経路で通勤していても厳密には違反していないことになります。
もしそれを防ぎたいのであれば「自宅から会社までの通勤に対して定期代を支給する。ただし、支給するのは最も安価で実際に通勤している経路の分とする」のようにする必要があるでしょう(ただし、最も安価な経路ですと時間がかかるとか、乗り換えが多いとか、不便な場合もありますので場合によっては別の経路も認めるようにしたほうが良いでしょう)。
最後に、では実際にこのような不正受給がおきた場合、懲戒解雇は認められないのでしょうか。
私は認められる余地は充分にあると考えます。実際に経費や手当の不正受給では懲戒解雇が認められている裁判例もたくさんあります。
ただ、不正受給があったときに懲戒解雇が認められるかどうかを考えるよりも、いかに不正受給を発生させないかがもちろん重要です。不正受給ができない仕組みをいかにつくっていくかを考える必要があるかも知れませんね。
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