MAG2 NEWS MENU

お金のプロが警告。中途半端な知識が大損を招く「年金繰り下げ」受給

将来受け取れる年金額が増額するため、メディアでもしきりにおすすめされている繰り下げ受給。しかしそこには大きすぎる落とし穴も存在することをご存知でしょうか。今回、繰り下げ受給を巡る勘違いから550万円もの大金をみすみす受け取り損ねた男性のエピソードを紹介しているのは、ファイナンシャルプランナーで『老後資金は貯めるな!』などの著書でも知られ、NEO企画代表として数々のベストセラーを手掛ける長尾義弘さん。長尾さんはこのような泣くに泣けない事態が起きてしまった理由を解説するとともに、少しでも不明点がある場合には年金事務所の相談窓口へ出向くべきとアドバイスしています。

プロフィール:長尾 義弘(ながお・よしひろ)
ファイナンシャルプランナー、AFP、日本年金学会会員。徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。新聞・雑誌・Webなどで「お金」をテーマに幅広く執筆。著書に『コワ~い保険の話』(宝島社)、『最新版 保険はこの5つから選びなさい』『老後資金は貯めるな!』『定年の教科書』(河出書房新社)、『60歳貯蓄ゼロでも間に合う老後資金のつくり方』(徳間書店)。共著に『金持ち定年、貧乏定年』(実務教育出版)。監修には年度版シリーズ『よい保険・悪い保険』など多数。

他人事じゃない。中途半端な「年金繰下げ受給」の知識で約550万円も大損した男性の実体験

「年金は、繰下げた方が得になるんですよね。私は、働いていると年金が減らされるので、厚生年金だけを繰下げて、基礎年金を受け取っています」と、数年前に年下の女性と結婚したAさんが、自慢げに話してくれました。

しかし、ここには複数の勘違いがあり、Aさんはなんと「約550万円の損」をすることになってしまいます。

この話は、最近あったビックリ年金相談です。

「繰下げ受給をすると得になる」という記事が多くなっているので、繰下げ受給を検討されるのはとてもいいことなのですが、中途半端な知識、勘違いの知識でことにあたると、とんでもない失敗に繋がってしまいます。

年金制度は複雑なので正しい知識を身につけていただきたいと思っています。

なぜ、この話がそんな大きな金額の損に繋がってしまうのか、解説したいと思います。

聞きかじったお得情報

Aさんは、66歳(男性)の契約社員。妻は14歳年下の52歳です。Aさんは65歳までも契約社員で働いてきたのですが契約満了で退職、その後系列の会社に転職して70歳ぐらいまでは働く予定です。年金は厚生年金だけを繰下げて、基礎年金は受け取っています。

「どうして、そうしたのですか?」とお尋ねすると。

「65歳まで働いていたときは、給料があったから年金が支給停止になっていたんですよ。だから、65歳から厚生年金は繰下げ受給をすることにしたです。そうするとその分は年金が増えるでしょう。でも、生活費がちょっと足りないんで、基礎年金は受け取ることにしたんですよ。これって正解ですよね!」と得意げに説明をしているのです。

それを聞いた私は、「え~~!(@_@;)(◎-◎;)、それって逆ですよ!」と思わず言ってしまいました。

このAさんは、たぶんネットとかニュースなどで聞きかじった「繰下げ受給が得」という情報を得ていたのだと思います。たしかに繰下げ受給がお得というのは、正しいのですが、きちんと理解していなかったのでしょうね。年金制度について複数の勘違いをしています。

どんな勘違いなのかを解説していきましょう。

繰下げ受給をしても在職老齢年金で支給停止になった年金は戻ってこない

まず、65歳までの年金というのは「特別支給の老齢厚生年金」です。会社員として働いていると収入と年金の合計額が28万円以上になれば、年金が一部または全額支給停止になります(在職老齢年金)。この制度は2022年4月に基準額が47万円以上に改正されました。Aさんの場合は、基準額が28万円のときでしたので年金が全額停止になってしまいました。

65歳以降も会社員などで働く場合は、収入と年金額の合計が47万円以上になれば、年金の一部または全額が支給停止になります。しかし、47万円というと会社役員クラスの収入になるので、適用される人は少ないです。Aさんも年金と給与の支給額の合計は47万円以下なので、年金は支給停止にはなりません。

Aさんの勘違いは、「働いていると年金が支給停止になると思い、繰下げれば大丈夫」と思ったところです。実際は、基準額以下なので年金は満額受け取れます。そして仮に支給停止になった場合、繰下げ受給をしても後で受け取ることができませんし、増額もされません。支給停止になった年金は、そのままなくなります。

繰下げ受給をすると加給年金を受け取ることができない

総じて「繰下げ受給」は、将来の年金受給額が増額するので、よい選択です。

しかし、Aさんのさらなる失敗は、14歳年下の配偶者がいるので、14年分の加給年金が丸損になるということです。加給年金の支給額は年間約39万円なので、14年分だと総額546万円の損をしてしまいます。

加給年金とは厚生年金の家族手当のようなもので、配偶者が65歳になるまで支給されます。ところが、繰下げ受給をしている間は加給年金を受け取ることはできません。

配偶者の年齢差が5歳未満くらいならば、厚生年金を繰下げることで増額した年金を受け取った方が得になるケースもあります。しかし10年以上の年齢差がある場合には、加給年金を受け取った方がはるかに得になります。

Aさんの場合の、もっとも得する年金の受け取り方は、65歳で厚生年金を受け取り、基礎年金を繰下げ受給することだったのです。そうすると、加給年金も受け取ることができるし、基礎年金も増額になります。

65歳からの年金を未支給分として一括で受け取る

年金は一度受け取ってしまうと、途中から変更することができません。Aさんの場合には、65歳から基礎年金を受け取っているのでそのまま基礎年金を受給します。

そこでAさんには、厚生年金の支給開始の手続きをしてもらいました。66歳からの支給開始ならば、繰下げ受給にすると1年分の増額(8.4%)になりますが、繰下げ受給にしてしまうと1年分の加給年金を受け取ることができません。繰下げ受給ではなく、65歳からの未支給分として一括で受け取る方法にしました。

Aさんは、その後は基礎年金+厚生年金+加給年金(配偶者が65歳になるまで)を受け取ることになります。

年金事務所に相談を

年金の繰下げ受給とは、66歳以降に受け取ることで年8.4%の増額になります。最長75歳まで繰下げることができ、最大84%の増額になります。繰下げ受給は結構融通が効く制度で、繰下げをいつやめても大丈夫です。繰下げる受給を途中でやめて、年金を受け取る場合の方法は二種類あります。支給開始のときの増額した金額を一生涯受け取ることもできますし、65歳からの未支給分を一括で受け取ることもできます。一括で受け取る場合には、65歳での支給額で計算され、その金額が一生涯受け取れます。

このように年金制度は複雑です。そのため知らないと損をしてしまうこともあります。そのかわり知っていると得をすることも多いです。

わからないことがあれば、年金事務所の相談窓口へ行ってみてはいかがでしょうか。または、私の執筆した年金についての本をご購読いただいて知識を深めていただければ幸いです。

プロフィール:長尾 義弘(ながお・よしひろ)
ファイナンシャルプランナー、AFP、日本年金学会会員。徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。新聞・雑誌・Webなどで「お金」をテーマに幅広く執筆。著書に『コワ~い保険の話』(宝島社)、『最新版 保険はこの5つから選びなさい』『老後資金は貯めるな!』『定年の教科書』(河出書房新社)、『60歳貯蓄ゼロでも間に合う老後資金のつくり方』(徳間書店)。共著に『金持ち定年、貧乏定年』(実務教育出版)。監修には年度版シリーズ『よい保険・悪い保険』など多数。

image by: Shutterstock.com

長尾 義弘

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け