会見での険しい目つきと強い口調での主張が特徴だった中国報道官、趙立堅氏の左遷やビザ発給一時停止のニュースに、日本の多くのメディアが「戦狼外交」の文字を踊らせました。こうした決めつけるような捉え方が、中国の真の姿を見誤る原因になっていると指摘するのは、多くの中国関連書を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、訪中したフィリピンのマルコス大統領との会談で見せた中国の「修正力」に注目。相互内政不干渉を重視し、経済協力を軸に友好関係を深める姿勢は、ASEAN諸国との親和性が高いと解説しています。
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フィリピンのマルコス大統領の訪中から見える中国とASEANの深い関係
中国外交を「戦狼外交」と呼ぶことは、習近平の対外政策を誤解させている。その陰に隠れた中国の強かさをかえって見えなくさせてしまうからだ。
20大(中国共産党第20回全国代表大会)後に「権力を強化」し、「ブレーキ役を排除した」政権の危険性の強調も同じだ。行き着く先は「独裁者の暴走」となるのだが、そんな単純な話はどこにもない。むしろ日本が警戒しなければならないのは、中国の修正力である。
20大で党中央政治局委員に昇格した王毅外相(国務委員)が発表した「2023年の中国の特色ある大国外交の6大任務」(=以下、6大任務)からはそれが読み取れる。
6大任務のなかで王毅は、「中米関係の修正と正しい進路への回帰を目指し、中国EU関係の安定した持続的な発展を推進し、周辺諸国との友好・相互信頼と利益の融合を深め、発展途上国の団結と協力を強化する」ことを打ち出している。また「中露の包括的・戦略的協力パートナーシップを揺るぎないものに」することにも言及しているので、要するに全方位だ。
習指導部がこうした選択をする背景には、ASEANの存在が大きい。2022年を「内政の一年」と位置付けてきた中国は、20大後、一気に外交に力点を移した。そして、この2カ月余の動きから見えてくるのは、「対立の解消」への努力だった。その成果の一つが、フィリピンのフェルディナンド・マルコスの中国への公式訪問(1月4日)だ。
絵解きを急げば、中国はこのポジションをとることで国際社会での中国の存在感を大きくし、求心力を高められると学んだのだ。それは繰り返しになるがASEANとの関係から導き出されたと考えられるのだ。事実、1月4日の習近平国家主席とマルコス大統領の会談の中身は、中国側から見てほぼ満点だった。
マルコスは「これは私が大統領に就任してから東南アジア以外の国を訪れる初めての公式訪問だ」と訪中の重要性に触れた後、「中国はフィリピンにとって最も強力な協力パートナー。比中の友好の継続と発展を妨げて得るものは何ない」と友好関係をアピールした。
両国が接触する度に「懸案」と報じられる南シナ海問題でも、マルコスは「われわれは友好的な協議と交渉を継続することによって問題を処理したい」とした上で「石油や天然ガスの開発に向けた交渉を再開したい」と中国に呼びかけ、少なくとも深刻な対立を抱えていることを感じさせなかった。会談の最後には共同声明が発せられ、一帯一路をはじめとした数々の協力文書に両国が署名したのである。
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実は、中国がASEANを意識して対立の解消と全方位の立ち位置を模索していると書いたのは、その中国の姿勢がASEANとの関係を強化する上で最も受け入れられやすいという事情があるためだ。
ASEANは周知のように、軍事同盟だった組織を加盟国が中心となり1967年から経済を中心とした組織へ移行してきた経緯がある。その性格はいまも引き継がれ、対立よりも経済発展を優先する傾向が強い。
この性質は昨今のアメリカと実は相性が悪い。米中対立を積極的に域内に持ち込もうとする行為を警戒するからだ。この点では中国のような経済協力以外の要素をできるだけ持ち込もうとしない国の方がストレスは少ないといえるだろう。またASEANは相互内政不干渉も重視しているため、この点でも中国との親和性が高いのである。
アメリカはバラク・オバマ大統領の2期目から明らかなアジアシフトを掲げ、中東地域に向けていた力をアジアへと振り向けた。この流れはジョー・バイデン政権の下でさらに強化されている。その象徴がアメリカ・ASEANサミット(2022年5月12日)であり、IPEF(インド太平洋経済枠組み)の立ち上げへとつながっている。だが、いずれの動きもASEAN側の反応は芳しくない。
IPEFがASEANの国々から敬遠されていることは、このメルマガで何度も書いてきたが、アメリカ・ASEANサミットも決して成功とはいえなかった。というのもその目的が中国排除であることが露骨であったからだ。また経済発展を重視するASEANの国々に対して、そのメリットをきちんと示せなかったことも──(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2023年1月15日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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