2016年の「パナマ文書」の流出をきっかけに、その存在が一般的にも知られることとなったタックスヘイブン(租税回避地)。そんな土地を利用した日本人による脱税事件が昨年末に報じられましたが、なぜ「租税を回避できる地域」を使ったにもかかわらず彼らの悪事は露呈してしまったのでしょうか。今回のメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』では元国税調査官で作家の大村大次郎さんが、タックスヘイブンの仰天的な実情と脱税が発覚してしまう「落とし穴」を解説しています。
※本記事は有料メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』の2023年3月1日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:大村大次郎(おおむら・おおじろう)
大阪府出身。10年間の国税局勤務の後、経理事務所などを経て経営コンサルタント、フリーライターに。主な著書に「あらゆる領収書は経費で落とせる」(中央公論新社)「悪の会計学」(双葉社)がある。
「タックスヘイブン」を使った脱税事件にはどんな“落とし穴”があったのか?
先日、非常に興味深い脱税事件が報じられました。それは「タックスヘイブンを利用した脱税」です。
事の顛末はこうです。大阪の不動産会社2社と元社長二人が、約6,600万円を脱税した疑いで大阪国税局に告発されました。元社長らは、研修費や調査費などの名目でシンガポールやサモアの会社に送金し、いくつかのペーパーカンパニーを経由させるという手法で脱税していたのです。そして、最終的にそのお金を現地から持ち帰っていたのです。
このニュースを聞いて、「?」がいくつも浮かんだ方もいるはずです。まずタックスヘイブンって何?何のためにあるの?ということ。
それと、なぜ最終的にお金を現地から持ち帰らなくてはならなかったのか?送金ではダメだったのか?ということです。
それらの「?」について順に説明していきましょう。
シンガポールやサモアはいわゆるタックスヘイブンです。タックスヘイブンというのは、個人や法人の税金が著しく低く設定されている国や地域のことです。世界中の富裕層や大企業が、このタックスヘイブンに籍を置き、税金を逃れているのです。
たとえば、シンガポールでは、キャピタルゲインには課税されていません。つまり株式や不動産投資でいくら儲けても、税金は一切かからないのです。そのうえ、所得税は最高でも20%と日本に比べれば非常に低いのです。だからヘッジファンドのマネージャーなどがシンガポールに住んでいるケースも非常に多いのです。
シンガポールは国策として、海外の富豪や投資家などを誘致しようとしています。彼らがたくさん稼いで、多額の金を落としてくれれば、シンガポールとしては潤うからです。そのためさまざまな便宜を払っています。ちなみに、シンガポールでは贈与税や相続税もありません。
だからシンガポールで稼いで、その金をシンガポール在住の子供に贈与すれば、税金はまったくかからないということになります。そのためシンガポールには世界中から富豪が集まってきているのです。
またシンガポールに対抗して、香港でもほぼ同様の制度を敷いています。香港にも同じように移り住む金持ちが増えているのです。
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大充実。タックスヘイブンの「脱税ヘルプサービス」の実態
次にもっと悪質なタックスヘイブンの利用法について説明しましょう。富裕層や大企業の多くは、なかなかタックスヘイブンに「移住」することまではできません。だから、彼らは籍だけをタックスヘイブンに置いたり、タックスヘイブンにペーパーカンパニーを作っていろんな名目で送金したりするのです。冒頭にご紹介した脱税事件も、シンガポールにあるペーパーカンパニーに送金していたのです。
しかし、現在の先進諸国の法律ではそれはなかなかできないようになっています。先進諸国ではタックスヘイブン対策として「実態のない会社との取引は認めない」という取り決めをしているからです。
が、富裕層や企業の中には、法の抜け穴をついているものもたくさんいるのです。巧妙に、「タックスヘイブンに会社の実態がある」というように見せかけるのです。具体的に言えば、タックスヘイブンの中に、オフィスを構え従業員も雇うのです。「会社の実態」を作るため、最低限の条件をクリアするのです。
そして、タックスヘイブン側も、そういうものに手助けをしています。タックスヘイブンには各国から集まってくる企業や資産家を、守るためのサービスをする会社も数多く存在します。それらのサービス会社は、多国籍企業のオフィスをタックスヘイブンに開設し、従業員もいるようにして、本社としての実体があるかのようなアリバイ工作をしてくれるのです。
ケイマン諸島、香港などのタックスヘイブンでは、日本人向けの銀行口座開設や法人設立の代行をしてくれる業者もたくさんいます。「タックスヘイブン 法人設立」などの言葉で検索すれば、そういう業者はすぐに見つかるのです。
これらの業者は、法人設立をした場合に、現地で事務所の確保など会社の体裁を整え、ちゃんと社員もいるような形態に見せかけてくれます。「会社の実態がない」として、税務当局から否認されないようにです。つまりは、現地の業者が偽装工作をしてくれるということです。これらの業者は弁護士と提携し、法律的な面でもぬかりがないものです。
冒頭でご紹介した大阪の不動産会社にも、現地の手引き役がいました。海外在住の税理士が、脱税スキームをすべて作っていて、大阪の不動産会社はそのスキームに従って脱税をしていたのです。
この脱税事件は、むしろこの税理士が指南役となっていたようです。この大阪の不動産会社だけじゃなく、ほかの会社にも同様の手口で脱税を指南していたからです。
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ロンドンの高級住宅街がタックスヘイブンのペーパーカンパニーに買い占められている訳
ただこの脱税スキームには大きな難点があります。タックスヘイブンのペーパーカンパニーまでは無税で送金することはできます。しかし、そのペーパーカンパニーからお金を引き出して日本に持ち込むときに、課税されてしまう恐れがあるのです。
タックスヘイブンのペーパーカンパニーから、普通に配当金として日本に送金すれば日本で税金が課せられてしまいます。またペーパーカンパニーから何らかの名目で送金しても、やはり日本の会社は「収入」として計上しなくてはならず、
そこには税金が発生します。
つまり、この脱税スキームでは税金を逃れようと思えば、お金をタックスヘイブンのペーパーカンパニーに置きっぱなしにしておかなければならないのです。実際、タックスヘイブンのペーパーカンパニーに、お金を置きっぱなしにしている投資家もたくさんいます。
もちろんいくら税金を逃れても置きっぱなしにされて塩漬けにされれば意味がありません。だから投資家や企業は、様々な方法を駆使して、タックスヘイブンからお金を引き出そうとします。たとえばタックスヘイブンのペーパーカンパニーに、自分が欲しいものを買わせるということもあります。たとえば、ペーパーカンパニーのお金を使って自分が欲しい別荘などを買い、その別荘を自分が使うのです。こうすればペーパーカンパニーから本国に送金せずに、ペーパーカンパニーのお金を使う事ができます実際に、ロンドンの高級住宅街の多くは、タックスヘイブンのペーパーカンパニーによって買い占められているのです。
国税もバカじゃない。現金を持ち込まなくても脱税がバレる訳
が、お金がすぐに欲しい人はそういう悠長なことはできません。そのため、冒頭の不動産会社の社長らは、わざわざ現地から現金を日本に持ち運んできたのです。
しかし、現地でお金を引き出して日本に持ち込めば、これは、完全に「脱税」になります。いくら完璧なペーパーカンパニーをつくってお金の流れを誤魔化しても、自分で資金を引き出した時点で、すでに帳簿外のお金になっていますので言い訳はできません。
しかもこれほど煩雑なスキームを使えば、バレる確率も上がります。多額の現金を日本に持ち込む場合は、入管に申告しなければなりませんが、もちろん脱税金を持ち込む場合は申告などできないので密輸ということになります。まずここで発覚する可能性が出てきます。
また国税もバカではないので、多額のお金がタックスヘイブンに送金されていれば、その行方を追います。タックスヘイブン国も、昨今では世界の非難を受け、ある程度脱税の摘発には協力するようになっています。だから日本の税務当局から、ペーパーカンパニーのお金を出し入れを確認させろという要望があれば、それには答えざるを得ません。ペーパーカンパニーに多額の送金がされ、しかもそのお金が引き出されてどこに行ったのかわからない、となると、当然、脱税の疑いが濃いということになり、査察の強制調査などが行なわれ脱税での告発ということになるわけです。
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