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プーチンを弱体化したいだけ。いつまでもウクライナ戦争を終らせる気がない米英の魂胆

東部地域にロシア軍の猛攻を受けるも、徹底抗戦の構えを崩すことのないゼレンスキー大統領。そんなウクライナに対してこれまで大量の兵器を供与してきた欧米諸国ですが、未だ停戦の見通しすら立っていないのが現状です。このような状況を「米英2国の意図によるもの」とするのは、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さん。上久保さんは今回、米英がウクライナ戦争を長引かせたい理由を解説した上で、彼らがこの戦争を停戦させる理由など何ひとつないと断言しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

ウクライナへの支援は“戦争を長引かせる”ため。米国が本気で狙う「プーチン弱体化」

ロシアとウクライナの本格的戦争が始まってから1年が経った。しかし、停戦への兆しがまったくみえていない。ロシアは、「特別軍事作戦を継続している」と表明し、最前線への攻勢を強めている。一方のウクライナは、ロシアに対する徹底抗戦の決意をあらためて示した。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、国内外のメディアに対して「ウクライナのパートナーが約束を果たし、われわれ全員が課題を実行すれば勝利は必然だ」と述べ、欧米各国に戦闘機などさらなる兵器の供与を呼びかけた。

欧米各国は、対戦車ミサイル「ジャベリン」、トルコ製のドローン「バイラクタルTB2」、地対空ミサイル「スティンガー」など、さまざまな兵器類、弾薬類を、支援のためウクライナに送り続けて支援を続けてきた。

特に、北大西洋条約機構(NATO)の「3大戦車」とも称される、英「チャレンジャー2」、独「レオパルト2」、米「M1エイブラムス」の投入が注目されている。これは、ロシア軍がウクライナに多数投入している戦車に、大きな威力を発揮すると期待されているからだ。

だが、戦車の投入だけでは、戦局を変えるのは難しいだろう。例えば、英国は数週間以内にチャレンジャー2を14台、ウクライナに提供すると発表している。だが、14台は1個中隊規模にあたり、その展開する範囲は数百メートル程度に限られるという。

一方、ロシア軍は数個師団の規模で、数十から数百キロの範囲で作戦を展開している。つまり、米英独などの支援は、ゼレンスキー大統領が戦争の目的とする「領土回復と人々の解放」を達成させるほどの規模ではない。むしろ、より戦況を膠着させてしまうものだ。

総兵力の5割以上が失われ壊滅状態のウクライナ正規軍

また、ウクライナの正規軍が壊滅状態にあるという。ウクライナ戦争の開戦時、ウクライナ正規軍は約15万人、予備役が約90万人だったという。しかし、2023年1月初めの時点で、総計55.7万人が死傷したという報道がある。総兵力の5割強が失われた。

ウクライナ軍は、45歳以上の老兵や徴兵年齢に満たない15、16歳の少年兵まで前線に投入しているようだ。その苦境を補うために、ウクライナの戦場で実際に戦っているのは、米英仏、ポーランド、ルーマニアなど東欧諸国などからの約10万人とされる個人契約、義勇兵などである。

そもそも、NATOが供与したHIMARS、ジャベリンなどのハイテク兵器をウクライナ軍は使うことができない。NATO諸国からの将校や下士官がシステムを操作しながら戦闘を行ってきたのだ。

要するに、外国の武器で、外国の兵士が戦っているのがウクライナの現実なのである。

欧米諸国がしていることは、瀕死の重傷患者に大量の輸血をして、体中の血液が入れ替わっても延命させようとしているのと同じにみえる。つまり、ウクライナが失った領土を回復させて、戦争を終結させるために支援しているのではない。むしろ、戦争を延々と継続させるために、中途半端に関与しているのではないだろうか。

なぜ開戦前に露軍の動きを把握していた米英は戦争を止めなかったのか

私は、米国や英国のウクライナ戦争へのかかわりに方に焦点を当ててきた。重要なのは、開戦前の2022年11月に、米英はロシア軍の動きを完全に掌握していたことだ。ロシア軍約9万人がウクライナ国境沿いに終結していたことも、その予想されるウクライナへの侵攻ルートも的中させていた。

戦闘が始まると、ウクライナ軍が、ロシア軍の経路、車列の規模、先端の位置などを把握して市街地で待ち伏せして攻撃し、ロシア軍は、多数の死者を出した。これは、米英の情報機関の支援があったからと考えられる。

しかし、そこまでわかっているならば、どうして米英は戦争を止めなかったのか。米英にとってウクライナ戦争が、「損失」が非常に少なく、得るものが大きい戦争だったからだ。開戦後も、停戦に向けて欧州首脳の努力が続く一方で、米英は対話による紛争解決に消極的な姿勢に終始してきた。それには、経済面・政治面の2つの要因があった。

経済面では、ウクライナ戦争開戦後、ロシアに対する経済制裁が行われた。その結果、高インフレにより、世界的に経済が悪化した。制裁を加えた側にも損害があるということだ。だが、あえて言えば、米英にとってウクライナ紛争は経済的な好機でもある。

米英の大手石油会社に訪れた千載一遇のチャンス

1960年代後半以降に、ロシアと欧州の間に天然ガスのパイプライン網が敷かれるようになる前は、欧州の石油・ガス市場は米英の大手石油会社(メジャー)の牙城であった。そのメジャーにとって、今回のロシア産石油・天然ガスの禁輸措置は、欧州の石油ガス市場を取り戻す千載一遇の好機となるのかもしれないのだ。

ウクライナ戦争の前、ロシアは欧州のガス供給の約40%を担っていた。そのパイプラインによる供給の約65%がドイツと結ぶノルドストリーム経由だった。ノルドストリーム経由の供給は8月末から停止している上に、2022年9月26日、破壊工作とみられる爆発が起きた。近い将来、供給が再開される見込みはない。この、ロシア経済への影響は甚大である。

だが、2022年に、ロシアの石油・天然ガス分野の輸出は増加したという。ロシアへの経済制裁に加わっていない中国、インドや新興国向けの輸出が増えた。また、世界的に石油・ガス価格が高騰する中、それらの国々に対して、ロシアが格安で取引しているからだ。だが、これは長く続くことはないはずだ。パイプラインによる石油・ガスの輸出額の規模は、ロシアの輸出額の約6割を占めていた。そのうち、欧州向けの比率は、石油の5割超、天然ガスの7割超を占めてきたのだ。

その最大の問題は、パイプライン・ビジネスの特徴が「売り先を変えられないこと」だ。ロシアが欧州向けのパイプラインを止めれば、単純に輸出の売り上げがなくなる。それを、他国向けに振り替えることは不可能だからだ。たとえ、中国、インド、新興国向けを増産しても、その大きな穴を埋めることはできない。それは次第にロシア経済を追い込むことになるだろう。

ドイツの「レオパルト2供与の決定」が象徴するもの

一方、ドイツは、ガスの新たな輸入インフラを構築してきた。北海沿岸のビルヘルムスハーフェンに液化天然ガス(LNG)輸入ターミナルを完成させた。また、洋上でLNGを受け入れて貯蔵し、温めて再ガス化してパイプラインへ高圧ガスとして送出する「浮体式LNG貯蔵・再ガス化設備」を5隻チャーターした。2003年1月には、LNGタンカーの受け入れ、稼働を開始した。

さらに、ドイツへの売り先をみる。米国は「シェール革命」によって、すでに石油・天然ガスの世界最大級の生産国となっていたが、LNG輸出で、2022年1-9月に初めて世界一になった。欧州向けが急増したからである。

このように、欧州のロシア産石油・天然ガス離れは確実に進んでいる。ロシアとの停戦のための対話を粘り強く続けてきたはずのドイツが、「レオパルト2」戦車をウクライナに供与することを決めたのは、「ロシア離れ」を象徴しているのかもしれない。

米英のメジャーにとって、欧州の石油ガス市場を取り戻す好機は、現実のものとなりつつあるのだ。ウクライナ戦争が長引けば長引くほど、米英にとって有利な状況だ。

プーチン弱体化の好機。政治的にも停戦させる理由のない米英

政治的にも、米英にとってウクライナ紛争の長期化・泥沼化のデメリットはない。紛争が長引けば長引くほど、「力による現状変更」を行ったプーチン大統領は国際的に孤立し、国内的にも、追い込まれることになるからだ。

米英にとってウクライナ戦争とは、20年以上にわたって強大な権力を集中し、難攻不落の権力者と思われたプーチン大統領を弱体化させ、あわよくば打倒できるかもしれない好機なのだ。政治的にも、ウクライナ戦争を停戦させる理由がない。

東西冷戦終結後、約30年間にわたってNATOは東方に拡大し、ロシアの勢力圏は、東ベルリンからウクライナ・ベラルーシのラインまで大きく後退した。ウクライナ戦争は、ボクシングに例えるならば、まるでリング上で攻め込まれ、ロープ際まで追い込まれたボクサーが、かろうじて繰り出したジャブのようなものだ。

その上、ウクライナ戦争開戦後、それまで中立を保ってきたスウェーデン、フィンランドがNATOへ加盟申請した。ウクライナ戦争中に、NATOはさらに勢力を伸ばしたといえるのだ。

要するに、NATOの東方拡大とロシアの勢力縮小という、東西冷戦終結後、約30年間にわたる大きな構図は変わらないのだ。仮に、今後ロシアが攻勢を強めて、ウクライナ全土を占領したとしても、世界的に見ればロシアは後退している。すでにロシアは敗北しているという状況なのだ。

米英の掌の上にあるウクライナ戦争の帰趨

米英にとって、さらに有利なことがある。私は、仮に「新冷戦」というものが存在するならば、それは欧州ではなく、北東アジアだと考えてきた。それは「台湾有事」や「北朝鮮」を巡る冷戦だが、ウクライナ戦争が長引けば長引くほど、ロシアはそれに関与する政治的・経済的・軍事的な余力を失うことになるのだ。

要するに、米英にとって、ウクライナ戦争が長期化することにメリットがある。一方で、すでにロシアには勝利したに等しい状況でもあるので、いつでもやめられる。ウクライナ戦争の帰趨は、米英の掌の上にあるといえるのではないだろうか。

image by: Володимир Зеленський - Home | Facebook

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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