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フォークやナイフがいい例。ヨーロッパ発「道具の脱人間化」とは

結婚披露宴などホテルの食卓で、日本人がまず面食らうのが、目の前に並ぶスプーンやフォークなどカトラリーの数々。箸が一膳あれば事足りると考える私たちとヨーロッパの人々とは、そもそも「道具」に対する考え方が違うのが見て取れる例と言えるようです。今回のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』で、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田教授は、用途に応じて、一番使いやすい道具を使う「道具の脱人間化」という指向性がヨーロッパの農業を発展させたと考えます。効率的に収穫できるようになったことで、「人類の自己家畜化」が進んでいく過程について論じています。

「道具の脱人間化」と「人間の道具化」

前回述べたように、川田順造は、17世紀初頭から1960年代までのフランスと日本の自己家畜化の様相を比較して次のように述べた。前者の指向性として、1.個人的な巧みさに依存せずに、誰がやっても同様な結果が出るように、道具や装置を工夫する。2.できるだけ人間以外のエネルギーを使って、より大きな結果を出したい。一方、後者の指向性として、1.機能が未分化の単純な道具を、人間の巧みさで多様に、そして有効に使いこなす。2.よりよい結果を得るために、人間の労力を惜しみなく注ぎ込む。

川田は、前者の指向性を「道具の脱人間化」、後者を「人間の道具化」と呼んでおり、これは彼我の自己家畜化を比較するうえで、極めて有効なコンセプトなので、いずれ詳細に論じたいが、ここでは、卑近な例として、食事を食べる時の道具について述べたい。

日本では多くの人は、二本の棒きれである箸を器用に使いこなし、これで、ほとんどの食事は事足りるが、ヨーロッパでは、カトラリー(スプーン、フォーク、ナイフなど)がないと埒が明かないことが多い。

時々、会食などで、フランス料理が出されると、用途に応じて沢山のカトラリーが食卓に並んでいるが、分厚いステーキは別として、日常的に箸を使っている身としては、箸一膳あれば、間に合うだろうと思うことが多い。一つの道具を様々な場面で使い回すのではなく、用途に応じて、一番使いやすい道具を使う指向性が、ヨーロッパ人には身に付いているのだろう。

箸を使うのは、おおよそ、日本、中国、韓国、ベトナムなどの東アジアに限られ、東アジアとヨーロッパ圏以外の、アジアやアフリカなどでは、手を使って食べることが多い。これも、結構技術が必要で、「人間の道具化」の例と考えて差し支えない。従って、「道具の脱人間化」はヨーロッパから始まった自己家畜化の指向性であることは間違いない。

というわけで、ヨーロッパ発の「道具の脱人間化」について、以下論じてみたい。ヨーロッパの農業は、コムギの栽培と、ウシ、ヤギ、ヒツジなどの家畜の飼育が結合した、農牧複合から始まっており、それが中世になって、三圃制が主流になる。三圃制とは3年周期の輪作で、1年目には人間の主食である冬作のコムギやライムギ、2年目には家畜の飼料であるオオムギやエンバク、3年目には休閑を兼ねた放牧地の牧草栽培というローテーションで行う農業で、円滑に行うためには、ある程度広い土地をいくつかに分割する必要がある。

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人間の主食であるコムギを作った土地は3年後でないとコムギが植えられないため、常にコムギを作るためにはかなり広い土地を計画的に管理する必要がある。そうなると当然、農地の集約化が進み、領主の権力の増大に資したと思われる。三圃制にとって、家畜は食料としてばかりでなく、労働力としても重要で、畜力は畑を耕す効率が人力よりはるかに高く収量が増大した。

余剰生産物は貨幣化されて、農民の自立を促し、農奴性の崩壊の契機を作ったと言われている。ともあれ、家畜を使う畑の耕起は「道具の脱人間化」の一環であり、生産手段を人間以外のものに移して、自給自足から多少遠ざかるわけで、自己家畜化が進むことになる。

18世紀になると、農業革命が起こる。農業革命は三圃制よりさらに効率がいいノーフォーク農法と呼ばれる休閑をなくした農法と、囲い込みによる、収量増大運動で、この結果、穀物生産量が飛躍的に増え、ヨーロッパの人口増加を促した。

ノーフォーク農法は4年周期の輪作で、同一耕地にオオムギ→クローバー→コムギ→カブなどの根菜、を順番に栽培するもので、クローバーとカブは家畜の飼料となった。冬の寒さに強いカブを栽培することで、1年を通して穀物の栽培と家畜の飼育が可能になった。

クローバー(他にもサインフォイン、ライグラスなど)は地力を回復させる性質を持っているため、放牧と同時に地力回復を図れ、家畜の冬季の糞も肥料になったため、この農法はきわめて合理的であった。しかし、この農法は三圃制よりも集約的な労働と、広い耕作単位を必要としたため、土地を借りて農業を行っていた小作農から土地を取り上げる、いわゆる「囲い込み」が起こり、多くの農民が賃金労働者になったと言われる。

食料を曲がりなりにも自分で作って、自分で食べるというやり方から、食料を作って賃金を貰い、それで食料を買うというより間接的なやり方になったわけだ。貨幣経済の発達がこれを可能にしたが、自己家畜化は一段と進んだことになる。

農業が効率的になった事により、同じ収量を得るために必要な農業人口は、減少する。もちろん食料が増えたので、人口は増加するが、農村は増えた人口を労働力として使う必要がなくなってくる。そこで、起きたのが産業革命である。産業革命は工業革命とも言われ、従来、人力で行っていた労働の一部を機械化して、人力以外のエネルギーを投入して、効率的に製品を作ろうとする運動である。(一部抜粋)

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image by: Shutterstock.com

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