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海外パビリオン申請ゼロ「大阪万博」に開催危機。会場建設工事を妨げている2つの要因

開催まで2年を切った大阪万博。しかしその目玉である海外パビリオンの建設申請が未だゼロという異常事態に見舞われています。何がこのような状況を招いてしまったのでしょうか。今回、政治学者で立命館大学政策科学部教授の上久保誠人さんは、その原因として「アベノミクスの失敗」を指摘。さらに大阪万博を巡る問題が浮き彫りにした「日本の現実」を記すとともに、この国が今後地道に取り組むべき課題を提示しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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2025年大阪・関西万国博覧会(以下、大阪万博)に参加する国や地域が独自に建てるパビリオン建設で問題が生じている。万博の中心となるのは、中国、ドイツ、オランダなど約50の国・地域が、自ら費用を負担して建設する施設だ。しかし、その建設に必要な申請が大阪市に1件も提出されていないことが判明したのだ。

以前から、万博の会場整備に関する建築工事の入札で、不落・不調が続いていることが懸念されていた。例えば、政府が出展する「日本館」の建設工事の入札が不成立となって、随意契約に切り替わった。また、日本国際博覧会協会(万博協会)が担う八つのテーマ館の一部で建設業者が未定のままである。

2025年4月の万博の開幕まで2年を切っている。複雑な構造の施設も多く、開幕までに工事が完了しないのではないかと、懸念が広がっている。

この問題の背景には、物価高による資材価格の高騰、少子高齢化による深刻な人手不足がある。例えば、会場建設費が、当初想定の1.5倍の1,850億円に膨らんでいる。複雑な構造のパビリオンでは、費用が想定を超えてしまったケースも出ている。予定価格引き上げや簡素なデザインへの変更で入札のやり直しが続出している。そのため、建設会社から、万博の建設工事が敬遠されている可能性もあるという。

物価高の背景には、ウクライナ戦争に端を発した石油・ガスなど資源や穀物の供給不足による世界的なインフレがある。だが、より本質的には歴代政権の「無策」が問題だ。

「無策」の典型は「アベノミクス」である。中途半端に斜陽産業を延命させる異次元のバラマキを行う一方で、新しい産業を育てる成長戦略が欠けていた。その結果、現在、世界各国の中央銀行がインフレ対策として、次々と利上げに踏み切る中、日本銀行は金融緩和を継続して景気を下支えし続けるしかなかった。アベノミクスの延命策が、産業から利上げに耐えられる体力を失ってしまったからだ。

要するに、政府の長年の政策の失敗で、日本の産業は脆弱化してしまったため、円安、物価高の進行に有効な策を打てないでいる。それが、資材の高騰により建設会社が工事を請けることができず、万博の建設工事が進まないことの、本質的な理由なのである。

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深刻な建設業界の人手不足と日本に来ない外国人労働者

建設業界の深刻な人手不足は、物価高以上に問題である。少子高齢化により労働力人口が減少する日本では、様々な業界が人手不足に悩んでいる。特に、建設業は深刻である。

例えば、厚生労働省のデータによれば、建設業の「有効求人倍率」は、他業界より顕著に高い。有効求人倍率とは、公共職業安定所(ハローワーク)に申し込まれた求人数を求職者数で割った値である。有効求人倍率が5倍の場合、5社が求人を出して、1名の申し込みがあるということだ。有効求人倍率が高いほど人手不足が深刻ということである。

そして、建設業全体の有効求人倍率は、5.42倍、建設躯体工事の職業のみだと有効求人倍率が10.07倍である。介護サービス3.09倍、機械整備・修理4.33倍などに対して、顕著に高い。深刻な人手不足の現状を示している。

また、国土交通省の「最近の建設業を巡る状況について【報告】」によれば、2020年における建設業の就業者数は492万人で、ピーク時の1997年の685万人と比べて約28%減少した。今後も、建設業の労働人口は減少すると予想されている。2025年には、約90万人不足すると予測されている。

建設業における人手不足の原因の1つは、労働人口の高齢化と若者の建設業離れがある。建設業に対する3K(きつい・汚い・危険)のイメージの広がりや、低賃金が労働時間に見合わないなどが原因となり、若者の建設業離れが起きている。

そして、若者の新規雇用が減ることで、現在働いている労働者が退職できず、労働者の高齢化が進むことになる。そして、高齢化によって、次世代へ技術継承できないことが懸念されている。

その一方で、大阪だけでも万博、IRなどが予定されるなど、建設業の需要は全国的に拡大している。そこで、建設業界で人材を確保するために、外国人労働者を受入れざるを得なくなっているのだ。

2019年、安倍政権時に、単純労働分野での外国人労働者の受け入れを認める「改正出入国管理法」が成立した。それまでは、医師、弁護士、教授など「高度専門人材」に外国人の就労資格を限定してきた。それを「非熟練の単純労働」に広げる、日本の入国管理政策の歴史的な大転換であった。

新たな在留資格「特定技能」は、2段階で設けられている。「特定技能1号」は、最長5年の技能実習を修了するか、技能と日本語能力の試験に合格する「相当程度の知識または経験を要する技能」を持つ外国人が得られる資格である。滞在期間は通算5年で、家族は認められない。

「特定技能2号」は、さらに高度な試験に合格し、熟練した技能を持つ人に与えられる資格である。1~3年ごとの期間更新が可能で、更新回数に制限がなく、配偶者や子どもなどの家族の帯同も認められる。10年の滞在で永住権の取得要件の1つを満たし、将来の永住に道が開ける。一方、受け入れ先機関が外国人労働者に日本人と同等以上の報酬を支払うなど、雇用契約で一定の基準を満たす必要があることも法案に明記されている。

この新制度導入で、外国人単純労働者は増加してはいる。だが、日本国内の人手不足は埋まっていない。日本政府は当初、この新制度で34万人の外国人単純労働者を受け入れる目標を立てた。だが、2023年2月時点で、1号は約14万6,000人、2号は10人にとどまっている。その理由は、国際的な観点からみると、外国の単純労働者にとって、日本は既に魅力ある働き場所ではないからだ。

アジアの労働者から見限られた日本

実は、アジアの労働市場において、日本の優位性が低下している。近年、中国人「労働者」が実は減少している。「外国人技能実習生」の受け入れがピーク時だった2008年には、およそ80%が中国人であった。

だが、中国経済の急激な発展によって、上海など都市部では建設ラッシュだ。賃金面で日本の優位性はなくなっている。現在では、中国の山間部まで募集をかけないと実習生候補が集まらない。中国人実習生の数はピークの半分程度に落ち込んでいるのだ。

また、韓国や台湾の単純労働者受け入れ政策への転換がある。韓国は、かつて日本の「技能実習生」をモデルに1993年に「産業研修生」制度を始めた。だが、労働者としての権利が保障されない制度には問題が大きいとして、日本に先駆けて2004年に単純労働者を受け入れる「雇用許可制」に移行した。この制度では、技術が習得できれば熟練労働者に移行することもできる。

台湾は、労働市場補完性の原則に基づく「雇用許可制」のもとで、製造業と介護分野を中心に外国人労働者を受け入れている。最大12年間(介護は14年間)の滞在延長が認められる。いずれも、日本より滞在の要件が緩い上に、労働者の人権にも配慮した制度であるといえる。

また、韓国、台湾と日本の賃金格差も、アベノミクス以降の円安の進行でなくなってしまった。日本の最低賃金はソウル、台北の賃金と変わらない水準となった。その結果、高い人権リスクを冒してまで日本で働くよりも韓国や台湾へ行こうと考える出稼ぎ労働者が増えている現状がある。建設需要が旺盛でも、簡単に海外から労働者を集められない状況なのだ。

さらに問題なのは、日本の外国人労働者に対するさまざまな人権侵害が、国際的な批判を浴びていることだ。

「外国人技能実習制度」という、一時的外国人労働者受け入れ制度がある。中国、ベトナム、インドネシア、フィリピンなどアジア諸国から技能実習生として人材を受け入れる。1年間の研修の後、技能テスト合格を得て2年間技能実習生として勤務することができるという制度だ。

本制度の目的は、元々外国人労働者が研修で技能を習得して帰国し、その母国へ技能が移転されることを通じて、開発途上国の経済発展に貢献することだ。だから、外国人技能実習生は、労働ビザに該当しない「実習生ビザ」で来日している。

だが、実際にはこの制度は、中小企業や農業の人手不足を補う目的で使われてきた。そして、外国人技能実習生に対する、劣悪な環境の中で、労働基準法に違反した長時間の労働や暴言や暴力、不明瞭な賃金の差し引きや母国にある送り出し機関からの搾取や不必要な管理などが行われるなど、人権侵害問題が多数発覚する事態となった。

そして、人権侵害の問題は、SNSツールなどにより世界中に拡散されていく。外国人の技能実習生や労働者は、SNSでネットワーク化し、活発に情報交換を行っている。人権侵害を行う企業はごく少数に限られるとしても、SNSで拡散されれば、それが世界における日本の悪いイメージとなっていく。

また、国連人権委員会の作業部会は、日本の人権問題に関するさまざまな勧告を行っている。その中に、「技能実習生を含む外国人労働者や移住労働者の労働条件を改善し、彼らに対する人権侵害を防止するよう日本に求める」勧告が含まれる。

このように、日本の外国人に対する劣悪な労働環境や人権侵害などが、国際的に広く知られる事態となり、批判を浴びれば、日本で働きたい外国人労働者が減少していくのは当然であろう。

今更遅い「外国人に選ばれるOSAKA」

万博の開催地である大阪府は、建設業の人手不足の本質的な問題に気付いてはいる。例えば、大阪府および大阪出入国在留管理局(大阪入管)は「外国人材受入促進・共生推進協議会」を設置している。

この協議会では、「外国人に選ばれるOSAKA」を標榜する。従来の外国人労働者を「管理」することを「受け入れと共生」に発展させて、多文化共生社会を築くことを目指すという。具体的には、国の「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」を積極的に活用しながら、大阪に外国人労働者が流れてくる枠組を構想するという。

このような取り組みが重要であることはいうまでもない。だが、あくまで中長期的な観点での外国人労働者受け入れの基盤づくりである。万博の建設工事に間に合う話ではない。

2021年に開催された東京五輪、2025年の大阪万博の開催は、かつて日本の高度経済成長の象徴となった2つのイベントを再び開催することで、日本が輝きを放った時代の「夢よ、もう一度」という国威高揚につなげることを目的としたものであることはいうまでもない。

だが、2つのイベントが浮き彫りにしたことは、経済の凋落、劣悪な労働条件、人権侵害問題などで外国人に選ばれず、施設の建設すら進まない、経済・社会が停滞した日本の現実だ。

万博の開催は、巨額の財政を無理やり突っ込むなどすれば、なんとか格好はつくのかもしれない。しかし、そこから我々は何を得られるというのか。大事なことは、日本の経済・社会が抱えた深刻な諸問題から目を背けることなく、本質的な解決に長期的な視点を持って、地道に取り組んでいくことではないだろうか。

image by: Twitter(@Expo2025 大阪・関西万博

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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