大規模な内戦こそ避けられたものの、一時は「反乱部隊」を率いてモスクワまで200kmの地点にまで迫った民間軍事会社ワグナー代表のプリゴジン氏。しかしプーチン大統領の彼らに対する「甘い」処分が一部露軍内の反発を買っているようです。今回のメルマガ『国際戦略コラム有料版』では日本国際戦略問題研究所長の津田慶治さんが、一進一退の攻防が続くウクライナ戦争の戦況を各方面ごとに詳しく解説。さらにプーチン氏が国内外で四面楚歌的な状況に追い込まれつつある現実を紹介しています。
ロシア軍が、ウ軍の手薄なクレミンナ方面で「カウンター反転攻勢」に出た
ウ軍は、本格的な攻勢のフェーズであるが、バフムト、ザポリージャ州、ヘルソン州で前進しているが、その速度が遅い。それとウ軍の情報統制が厳しいので、情報が入ってこないようだ。マリャル国防次官は「戦時情報体制への移行」というが、ウ軍提供の情報がなくなっている。
ロ軍には、ロミルブロガーがいるので、多くの情報があるが、こちらは真偽が不明である。そして、ロ軍の配置は、クレミンナ方面に、7万人から9万人のロ軍兵がいる。リシチャンスク方面は、1~2万人のロ軍兵、クピャンスクとスバトバ方面には2~3万人のロ軍兵で、10万~15万人が配置されている。
バフムト方面は5万人のロ軍がいる。そして、クピャンスクからクレミンナ一帯のロ軍がカウンター反転攻勢に出てきた。
ロ軍はドネツク・ザポリージャ方面には、15~20万人である。ヘルソン州にもロ軍は戻り始めていて、3万人の状態まで戻した。ロ軍の全体規模は、30万~35万と見込まれている。
クピャンスク方面
ロ軍はリマンペルシーからシンキフカ方向に攻撃を開始している。しかし、攻撃は続かなかった。
スバトバ方面
ノボセリフカに攻撃して、ロミルブロガーによると、ノボセリフカをロ軍が占領したというが、ウ軍参謀本部は撃退したと発表している。
また、ステルマヒフカにもロ軍の大規模部隊が攻撃をしたが、ウ軍は撃退した。
クレミンナ方面
ロ軍は、クレミンナ一帯で攻勢に出ている。特にクレミンナの西側で、大規模な攻撃を行い、ウ軍陣地を突破して、要衝リマンに近いトルスケの街まで大きく前進したが、このトルスケでウ軍部隊に、前進を止められた。
このため、ウ軍はトルスケの隣のザリチネに予備兵力を送り込ん、トルスケの防衛を強化した。クレミンナ方面が、一番ロ軍メイン部隊がいるので、危ないし、リマンを取られると、交通の要所であり、以後の戦局に影響するので、増強したようである。
ディブロバにも攻撃したが、ウ軍に撃退されている。
この方面に、ウ軍当局は、ロ軍空挺部隊、歩兵部隊、ロ軍予備役部隊、領土防衛部隊、退役軍人民間軍事会社、ストームZ突撃部隊を集中させているという。
このように、クピャンスクからクレミンナ方面一帯で、ロ軍はカウンター反転攻勢に出たが、ウ軍に止められた。攻勢は数日しか続けることができなかった。
リシチャンスク方面
ロ軍はスピルネを攻撃して、南側で前進している。そしてビロホリフカへの攻撃は、撃退された。
ウ軍は、ソルダールの北で南進を進めており、かなり食い込んできいる。ヤコブリフカにいるロ軍は、このウ軍を押し返そうとしている。ロ軍がソルダーを取られると、バフムト北側のロ軍は包囲されるからである。
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バフムト方面
ロ軍は、ドボボバシュリフカからオリホボバシュリフカとM03号線の間の広い領域を占領したが、次の日にウ軍はこの領域の8割程度を奪い返した。
ウ軍は、ベルキウカとヤヒドネに攻撃しているが、ロ軍はベルキウカのウ軍に逆襲をしてきたが、ウ軍は撃退した。
バフムト周辺の2ヶ所の高台をウ軍が確保して、市内を火砲の射撃管制下に置き、バフムトに入ろうとするロ軍兵、補給部隊などに砲撃できるようになった。
そこに、チェチェンの「アフマト連隊」がバフムト増援部隊をして、市内に入ろうとしたが、ウ軍の砲撃を受けて数十人が死傷した。
ロミルブロガーは、この高台をロ軍は奪い返したと述べるが、まだ、砲撃が市内に入るロ軍に浴びせられているので、嘘でしょうね。
市内南側では、ウ軍は、ロ陣地を突破して、クリシチウカ、クデュミウカとオザリャニフカで市街戦になると思われるが、ウ軍は死傷者数が多くなる市街戦を避けて、街の包囲をする作戦であるという。
このため、ウ軍の激しい砲撃で、クリシチウカは街全体が白い煙でおおわれている。もしかしたら、クラスター弾を使用した可能性もある。
ロ軍は、予備兵力を優先的にバフムトに投入して、防衛をしているが、それでもウ軍に押され美味である。
ウ軍は6万人規模の兵力を投入しているし、ロ軍は5万人規模を投入して、追加で予備兵力を投入し続けている。
ドネツク市北側
ウ軍は、クラスノホリフカとベゼルとオプトネの一部を奪還したが、ロ軍に奪い返された。
ロ軍は、アウディーイウカ要塞とケラミクを攻撃したが撃退されている。
ドネツク市南側
ロ軍は、マリンカとノボミハイリフカに攻撃したが、ウ軍に撃退されている。
ザポリージャ州方面
この地域では、ウ軍は突破できそうな地点に、周辺の部隊もまとめて攻撃突破をしているが、ロ軍は広く薄く分散した防衛を守っている。分割されたロ軍は、相互の協力はなく、自部隊内での守備と攻撃をするしかない。ウ軍は「ロープ・ア・ドープ」戦術を採用している。しかも、ロ軍の予備兵力は東部に引き抜かれて、前進にしかロ軍兵はいない。
1.ベルカノボシルカ軸
東側、ウ軍は、ノボドネツクの市内北側に前進したが、まだ、ノボドネツクは陥落していない。
中央では、ウ軍はウロジョイナを激しく砲撃後、総攻撃を開始した。ロ軍もウロジョイナからダトネの方向に逆襲をしているが、ウ軍に撃退されている。
ウ軍は、ウロジョイナ陥落後、隣町のストロマイオルスクを包囲する方向のようだ。直実に前進している。
西側では、ウ軍はプリュトネの北と西側で支配地を拡大しているが、まだ、ロ軍は粘っている。
2.フリアポール軸
ロ軍は、マルフォビルからドロジニャンカ一帯で、逆襲を開始して、ウ軍は防戦になっているが、逆襲は失敗したようである。
3.オリヒウ軸
ウ軍は、ロボティネの北東部の前哨陣地を突破した。北と北西の最後の陣地は突破しているので、ロボティネ市内入口に到達したことになる。
この入口にロ軍陣地があり、この陣地の縦深は200m~300mであり、ウ軍は、米国から供与されたクラスター弾を使う可能性がある。このため、この陣地周辺に住民がいないことを確認中のようである。
4.カムヤンスク軸
ウ軍は、ジェネビヤンキー集落に威力偵察部隊が突入したが、ロ軍の砲撃が厳しいので撤退した。しかし、ロ軍砲撃地点が判明したことで、砲撃戦にして、砲門を破壊した後、最後威力偵察部隊を送ることを繰り返して、ジェネビヤンキーを占領するようだ。
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ヘルソン州方面
ドニプロ川の東岸、アントノフ橋付近のダチに、ウ軍は橋頭保を確保しているが、ロミルブロガーは、ドニプロ川東岸のウ軍部隊が補給と増援ルートを断たれたというが、ウ軍はオレシキーを攻撃しているので、このロミルブロガーの意見も嘘でしょうね。
しかし、ロ軍の砲撃監視で、上流のクリヌキー付近のロ軍砲兵陣地を砲撃し破壊したという。
そして、下流のキゾミスの南で、ウ軍はドニプロ川と島で作戦を開始した。ウ軍はロ軍占領地に対して、全縦深で偵察活動を行い、ロ軍の手薄な地点を探っている。ここも守るロ軍兵士の間でコレラが発生しているので、手薄な場所があると、ウ軍は見ているようだ。
6月にウ軍は、ドニプロ川の西岸に数個旅団を配備しているので、本格的攻勢を、ドニプロ川の東岸で行う可能性もある。
そのため、ドイツから戦車橋ビーバーが、既に10両をウ軍に提供しているので、渡河作戦は実行可能である。
しかし、まだ形成作戦段階であり、本格的な機械化部隊の渡河作戦を行っていない。
その他方面
トクマクでは、ザポリージャ方面のロ軍補給基地、整備修理拠点、弾薬庫、補給倉庫などがあり、重要地点であるが、そこをウ軍は、GMLRSで砲撃している。このため、指揮官を含む200名以上の戦死が確認されている。
このような攻撃を受け、トクマクでは、FSB将校の家族や親族をトクマクからロシア本土に引き上げさせ始めているという。
それと、ベルジャンスクの司令部がストームシャドーで攻撃されて、第58諸兵科連合軍副司令官のオレグ・ツオコフ中将が戦死した。これで、ロ軍将官は、この戦争で10名戦死したことになる。この攻撃でロ軍将兵200名以上が死傷している。
ドネツク市への砲撃をウ軍は再度始め、旧トパーズ工場に設置したロ軍司令部を砲撃した。
ウ軍はロシアのクルスク州クルチャット市とボロネジ市にUAV攻撃をしている。
これは、キーウへの連日のロ軍によるシャヘド無人機による攻撃への報復であろう。しかし、13日も、ロ軍はクルスク州とアゾフ海からドローン20機を、黒海からは巡航ミサイル2発を、クリミア半島からはイスカンデルミサイルを発射した。
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ウクライナの状況
7月11日~12日のNATO首脳会議で、NATO加盟のプロセスを簡素化することで合意したが、具体的なスケジュールは示せなかったが、NATOとG7諸国は、ウ軍を戦争中、永続的に支援するとした。しかし、ロ軍との戦いは、ウクライナ一国で戦い続けることになった。戦争終結までは、ウクライナはNATO加盟はできないことも明確化した。
それと、ロシア凍結資産は、ロシアがウクライナへの賠償が済むまで資産を封鎖することになった。
NATO首脳会議で、トルコは、加盟を反対していたスウェーデンのNATO加盟を容認した。この前には、アゾフ連隊の指揮官など5名をウクライナに帰国させるなど、ロシアの意向とは違う動きをし始めた。
それと、エルドアン大統領は、プーチンに穀物協定の延長に同意するように交渉して、プーチンは合意したようである。ロシアは、足元を見られて弱くなっている。
岸田首相もNATO首脳会談に出席して、ウ軍にUAV探知システムを提供するとした。
F-16の訓練が8月より始まることで、来年3月以降にしかF-16が供与されないことになったようである。このため、今行っている攻勢は、来年も続けるという。航空優勢を得ないと、進捗が進まないことによる。
米軍のダグラス・シムズ中将も、ウクライナの戦場状況では現在、F-16戦闘機の運用に「理想的ではない」と述べた。パイロットを訓練で戦場を離れると、ウ軍は空爆ができなくなり、戦況が不利になるということである。
しかし、いつかはF-16の訓練をして、戦況を改善する必要もある。どちらを取るかでしょうね。
現時点、ウ軍は前線での防空システムが不足している。このため、米国は、台湾で退役した対空システム・ホークを買取り、ウ軍に供与するという。徐々にウ軍の問題点をカバーすることで、ウ軍優位を確立したいようだ。
もう1つ、長射程ミサイルATACMS供与もない。米国としても在庫数が少なく、アジアで紛争が起きた時の備えしかなく、現時点で、ウクライナに供与できないようである。
この代わりに、クラスター弾を米国は供与して、ウクライナは非常に有効だと述べ、既に届ているが、ウ軍はまだ使っていないという。
そして、ザルジュニーウ軍総司令官は、クリミア奪還について、「手段が生じ次第、私はすぐに何か行う。誰も私を止められない」とした。この手段として、大きいのが、ATACMSとF-16なのであろう。
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ロシアの状況
ワグナー軍の反乱開始後、数時間で治安部隊はスロビキン大将など軍幹部10人超を拘束し、現在13人を拘束、15人を解任したようである。特に軍情報機関や参謀本部情報総局(GRU)などの高官である。
しかし、プリゴジンと35人の幹部が、プーチンと6月29日に極秘会談を行い、今後、ワグナー軍は8月にもウクライナ戦線で戦うことで、プーチンは罰をあたえないという。ワグナー反乱後3日目に会談をすることに唖然とする。
プーチンは、プリゴジン氏のワグナー軍への指揮権委譲を求めたが、即座にプリゴジン氏は拒否した。今もプリゴジン氏がワグナー軍を指揮している。それと、ロシア国内での移動と通信の自由を認めた。
この対応で反発が起きることになる。軍内部の粛清はするが、反乱したワグナー軍は、許すという、ハチャメチャな対応をプーチンは行っているからだ。これには、軍内部から文句が出ると思った。
早速、第58諸兵科連合軍指揮官イワン・ポポフ少将は、「対砲兵戦の不足、砲兵偵察所の欠如、交代要員もいないことで長期にロ軍兵は前線にいること、そして敵火砲により我が軍に大量の死傷者が出ている状況に疑問がある」とゲラシモフ総司令官に提言した。
なぜ、ポポフ少将は、このような提言をしたのかというと、後方に予備兵力がなく、前線部隊を突破されると、後方はスカスカでウ軍にアゾフ海まで、ほとんど抵抗もできずに進軍される危険性を感じたからだと小泉悠さんはいう。
なぜ、後方の予備部隊がいないかというと、予備部隊をルハンシク州クレミンナに移動させて、カウンター反転攻勢に使うためであり、前線部隊の司令官が見ている戦争とゲラシモフなどの上位司令官で見る戦争の違いが、その根本にあるようだ。
そして、即座に提言をしたポポフ氏は解任された。多くのロシア情報筋はポポフ氏を「知的で有能な権威者」で、「軍隊から支持、尊敬される優れた指揮官だ」だとしている。ロミルブロガーはポポフ少将に高い評価を与えている。反対に、ゲラシモフとショイグへの長年の軽蔑が情報空間で顕在化している。
しかし、ロ軍では、有能な司令官たちを喪失しつづけている。続いて、バフムト正面の主力部隊の106空挺師団長セリヴェストロフ少将も解任された。ポポフ少将と同じ不満を前線部隊の司令官は共有しているようだ。負け戦の前線司令官は大変である。専制主義国家の部隊は上意下達であり、現場の問題点を上にあげることは御法度である。上位司令官に反逆したことになるからだ。
これは、ウ軍にとっては良いことである。
それと、プリゴジン氏が指揮権を持つワグナー軍は、ウクライナの戦場には登場できない。このため、ワグナー軍のような自由で創意に満ちた戦闘員が、ウ軍への攻撃をしないことになる。これもウ軍によっては良いことである。
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なぜ、プリゴジン氏を排除できないかというと、アフリカでの大きな影響力と鉱物資源などのアクセスを持つことで、プーチンの隠れ資産になっているからだという。
このため、ロシア国内で、戦争の継続に疑問視する意見が出ていると、ギルキン氏は述べている。特にプーチン側近でもプーチン退陣を画策する動きがあるという。
それに対して、プーチン支持派のジョイグ国防相、ボロベフ・モスクワ州知事、ソビャニン・モスクワ市長などが、反対派を押さえようとしているが、反対派の力も強く、終戦に向かうようであるという。
このような状況で、プーチン大統領は、「民間軍事会社ワグナーは存在しない。ロシアには民間軍事組織に関する法律はない」と述べ、ワグナーが法律の枠組みを超えた存在だと認めた。今後、ワグナーなど非正規部隊への規制を検討するとした。
ということで、ロ国防省は、ワグナー軍から戦車・ミサイルや大量の弾薬等を引き渡されたとし、事実上の武装解除を行い、ワグナー軍の多くの兵員をロ軍に組み入れたいようである。
しかし、ベラルーシ国防省は、ワグナー軍は、ベラルーシ軍の教官となるだろうと述べた。ワーグナーのプリゴジンもベラルーシから動画を出している。
また、ベラルーシ国内の複数の訓練場に約2,000人のロ軍訓練要員が駐留していたが、現在、ほぼ全てのロ軍兵がベラルーシ領から撤退したという。
恐らく、ウクライナの東部前線に送られたのであろう。予備兵がほとんどいない状況は、今でも変わらないことになっている。
このため、ロシアは最近、兵員希望の受刑者の数が減っており、移民を強制的に徴兵して前線に送ろうとしている。このため、ロ情報筋によると、労働移民に対する大規模な家宅捜索が行われているという。
ロシアは、外交問題も出て、8月のBRICS首脳会議にプーチンではなくラブロフを出席させるという南アフリカのシリル・ラマフォサ大統領の要請をロシアは拒否した。まさか、プーチンが出席することになると、南ア共和国は、逮捕するしかないことになる。
外交的に四面楚歌になってきて、トルコに対しても弱い対応になり、南アにもどうするかですね。その上、経済的にも行き詰まり、ロシア経済は、経常黒字93%減の54億ドルになっている。
このため、ロシアのペスコフ大統領報道官は、プーチンが中国への訪問を計画しているとした。ロシアの頼りは、中国しかないようだ。しかし、その中国もロシア産原油からイラン産原油に乗り換えて、ロシアの輸入を減らしている。
さあ、どうなりますか?
(『国際戦略コラム有料版』2023年7月17日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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