先日サウジアラビアで開かれたウクライナ和平会合で、中国までもが不承認の立場を示したロシアによるウクライナ領土の併合。ますますますます苦しい立場に追い込まれたとも言えるプーチン大統領ですが、早期停戦の可能性はあるのでしょうか。今回のメルマガ『国際戦略コラム有料版』では日本国際戦略問題研究所長の津田慶治さんが、一進一退の様相を呈するウクライナ戦争の戦況を解説。さらに西側に見られ始めた「足並みの乱れ」と、プーチン大統領が2024年11月までは軍事侵攻を続けるであろう理由を紹介しています。
ウ軍・ロ軍ともに消耗戦に突入
ウ軍は、諸兵科連合作戦が行えないようである。ウ軍の下士官の多くがロシア式の訓練を受けているので、諸兵科連合作戦の指揮ができずに、欧米で訓練してきた兵員のいうことが理解できないようで、作戦実行が無理のようだ。
このため、ロ軍と同様な消耗戦での戦い方になっている。砲兵戦で、敵の砲兵を叩き、その後、敵陣地の砲撃を行い、その後地上部隊を前進させて、敵陣地を攻略する手法である。
ロ軍は、砲兵戦で負けて、砲撃での敵陣地の消耗ができないことで、航空攻撃にシフトして敵陣地への空爆を行い、その後地方部隊を突入させる方向になっている。
ロ軍には誘導弾もないので、無誘導弾での空爆になり、低空飛行を行っている。もし、スティンガーがあれば、撃ち落せするが、東部戦線にスティンガー携帯ミサイルが配備されていないようである。
どちらも消耗戦へのスタイルになってきた。ウ軍に機甲部隊の電撃戦を期待したが、それはできないことになっている。
クピャンスク方面
ロ軍はシンキフカに攻撃したが、撃退さえている。その東のペルショットウブネバ付近では、南に前進している。
また、ロ軍はペトロパブリフカとキシリフカのウ軍陣地に空爆を行っている。
スバトバ方面
ロ軍は、カジマジニフカでゼレバッツ川を渡河し低地帯を占領したが、ウ軍は高地から低地の露軍を砲撃し、その後、ウ軍増援部隊が低地に攻撃して、ロ軍をゼレベッツカ川の西側から完全に追い出した。
しかし、ロ軍はノボセリフカの市内に攻撃して占領した。
クレミンナ方面
ロ軍は、ディプロバの南からセレブリャンスキーの森方向に空爆後地上部隊で、ウ軍陣地を突破して、ドネツ川に到達したようだ。
逆に、ウ軍は、ディプロバの西で攻撃を行い、わずかに前進している。どうも、ロ軍は先に地上部隊の攻撃をせずに、空爆後の攻撃にシフトしたようである。
リシチャンスク方面
ロ軍は、激しく空爆をビロホリフカの北側に行い、その後、地上部隊の攻撃で、高台にあるウ軍陣地のいくつかを占領したようである。
ロ軍の攻撃パターンができつつあるようだ。もう1つ、ロ軍はテルミット焼夷弾から白リン焼夷弾に切り替えたようであり、構造の簡単な白リンの方が製造が楽なのであろう。
このため、ウ軍は、ロ軍空爆を阻止する必要になっている。英国はASRAAM空対空ミサイルをトラックに搭載した急造対空兵器をウクライナに供与することで、ロ軍空爆を阻止するようである。
バフムト方面
市内南側では、クリシチウカ付近や線路の西側一帯からロ軍は撤退した。代わりに、この一帯にロ軍は激しい砲撃を行っている。アンドリウカ付近のウ軍は、線路の東側に偵察隊を送り、ロ軍砲兵の位置を見つけている。
クデュミウカは市街戦になって、西側をウ軍、東側をロ軍という配置で攻防戦をしている。
ウ軍は、北西方向の攻撃部隊を南に回して、南で攻撃を加速しているようである。ロ軍も同様に南に予備兵力を回して、防御するようである。
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ドネツク市周辺
ロ軍は、アウディーイウカ要塞とプレボマイスクを攻撃したが撃退されている。ロ軍は、マリンカに攻撃したが、ウ軍に撃退されている。
ウ軍は、ミキルスク付近、ノボミハイリフカの南、ボロデミリウカの北、ボハレダラの南で攻撃を開始している。この付近のロ軍は、予備兵力をベルアノボシルカ軸やオリヒウ軸に取られて、手薄になっていることを、ウ軍が突き止めて、攻撃を開始したようだ。
ザポリージャ州方面
1.ベルカノボシルカ軸
中央では、ロ軍は、スタロマイオルスクとウロジョイナのウ軍を攻撃したが、事前に分かり、待ち伏せて反撃したことで、ロ軍に大きな損害を与えたようである。
2.オリヒウ軸
ウ軍は、ロボティネの東側一帯を奪還して、ベルポベ方向、ノボポクロフカ方向に進軍して、この地域の地雷原を除去し、マリャル国防次官によると、この地域のロ軍の第1防衛線を数カ所で突破したが、ロ軍は、主要な高地にコンクリートの要塞を建設し、これ以上のウ軍の突破が難しいという。しかし、ウ軍は、ロ軍の弱点を見つけたようだ。
南部作戦司令部のフメニウク報道官は、「南部戦線でロ軍は砲兵の優位性を失いつつある。主導権は、非常にゆっくりと、しかし非常に自信をもって、ウ軍に移っている。弾薬庫の破壊の為に、ロ軍は弾薬の数量で負け、領土的にも負け始めている」とした。
これは、ロ軍の兵站を止めたことによる。クリミアと南部メルトポリを結ぶチョンガル道路橋を6月22日に攻撃・破壊し、7月29日にはチョンガル鉄道橋も破壊した。このチョンガル橋経由の補給が7割を占めるので、それを破壊されたことで、前線への弾薬・食糧の補給が遅れているようだ。その上に、ストームシャドーで、後方の兵站拠点や弾薬庫を叩いたことも大きく影響している。
その上にクリミア大橋も破損しているので、南部戦線への補給は、東部からマリウポリ経由で行うか、クリミアとヘルソン州を結ぶアルムヤンスク橋経由で行う必要がある。
補給が少なく、砲兵戦でもロ軍はウ軍に負けていることで、ウ軍は徐々に前進している。
ヘルソン州方面
ロ軍は、ここでも空爆を増加させ、ウ軍は砲撃を強化して、ロ軍砲兵隊を潰している。
それにより、ウ軍は、アントノフスキー橋の橋頭保、南西に第2の橋頭保を構築したが、更に南西に第3の橋頭保を構築して、そこから偵察部隊をロ軍占領地に送っている。ウ軍は本格攻撃を準備しているようにも見える。
ウ軍は精密砲撃ができる利点を最大限活用して攻撃をし、ロ軍は航空勢力優位の利点を活用して攻撃するという、両方ともに、自軍の優位を最大限活用した攻撃になってきた。
その他方面
5日、ロシアの商業タンカーがケルチ海峡付近でウ軍の水上ドローンに衝突され爆発して、航行は困難となっているようだ。
航続距離の長いウ軍の水中ドローンができて、4日にノボロシスクのロ海軍基地で、揚陸艦オレネゴルスキー・ゴルニャクが、このドローン攻撃を受けて、深刻な損害を受けた。
ロ海軍は、クリミア半島セバストポリからロシア領内のノボロシスクに移したが、それも攻撃されることから、ソチにロ海軍基地を移すしかない可能性がある。
特に、この水中ドローンの発見は難しいようであり、特に夜間攻撃時には、より難しいようである。ロ軍は対水中ドローン用に水雷防御網を復活させたようだ。
この他、モスクワ地方のアハカソポ村の酸素電池倉庫が爆発炎上した。クリミアのベルジャンスク空港も弾薬庫が爆発、フェオドシアの大規模な石油貯蔵施設を攻撃、モスクワ・シティの政府関連機関の入るビルをドローンで2日連続で攻撃した。
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ウクライナの状況
F-16戦闘機の訓練を行う西側プログラムに参加するウクライナ人パイロット8人が選ばれたが、訓練開始日はまだ決まっていない。さらに英語が多少できる20名は今月から語学コースを開始できる見込みであり、さらに32名を訓練予備軍に指名した。ウ軍は、早くF-16が欲しい。
しかし、デンマークも退役するF-16を、アルゼンチンに売却することが決まり、ウ軍への供与はなくなったようである。次にオランダとベルギーのF-16がF-35と入れ替えになるが、このF-16の供与になるのであろうか。
そして、5月のゼレンスキー大統領のベルリン訪問後、約束された110両のレオパルド1戦車のうち引き渡されたのはわずか10両のみで、20台のマーダー歩兵戦闘車とアイリス-T防空システムはまったく引き渡されていない。というように、西欧の「ウクライナ支援疲れ」が見えてきている。ドイツではウクライナ支援を止めるという政党の支持率が上昇している。
ウ軍が機甲戦から消耗戦にシフトしたことで、戦車より弾薬の方が優先度が高くなってきたことにもよるが、トルコからウクライナはDPICMクラスター弾の供与を受けている。もう1つが、防空システムであり、リトアニアがNASAMS発射装置をウクライナに供与のようだ。
その上、ブルガリアは、ウクライナへの装甲兵員輸送車ほぼ100台の供与が決まった。ロシアの脅威を感じる東欧諸国の供与が多くある。
ウクライナは、8月5日~6日のサウジで開催される和平会議で、グローバル・サウスの支持を得る方向で、準備をしている。40カ国が参加予定で、中国も参加する。
もう1つが、停戦・和平後のウクライナの安全保障の協定作りを開始した。まず、米国との間で行うが、そこでの協議で決まったことをEU全体にも拡大する思惑であろう。この戦争の終わり方に米EU共に目を向き始めている。
西欧の「ウクライナ支援疲れ」や2024年11月の米国大統領選挙でトランプ大統領が当選すると、ウクライナも米国の援助を受けられなくなることも考慮する必要があるからだ。
その上、ポーランドとの関係もおかしくなっている。ウクライナの穀物をリトアニアの港から積み出すことが決まり、ポーランドを貨物列車で通過するだけであるのに、ポーランドはウクライナ産穀物の自国内への持ち込みを拒否した。
これに対して、ウクライナ外務省は、ポーランドの拒否はおかしいと述べたが、ポーランド政府はポーランド農民の利益のためにそうするという。
ポーランドとしても、ウクライナ産穀物が輸出できないことで国際穀物価格が上昇することを望んでいることがわかる。
ということで、リトアニアの港の利用もできないことになった。
ウクライナ産穀物の輸出阻止は、ロシアだけではなく、ポーランドなどのEUの農業国も望んでいることがわかる。
トルコのエルドアン大統領も、プーチンと話し穀物合意への復帰を持ちかけたが、条件が整えば、復帰するという。
ロ農業銀行へのSWIFT接続が条件であり、ウクライナもその条件を飲むしかないと思われたが、その途端に、イスラエル船など6隻がウクライナの港に到着した。
ロ海軍は、黒海で、ウクライナに向かう船を攻撃するとしたが、ウ軍の水上、水中ドローンの攻撃を受けるので、手出しができなかったようである。トルコ海軍艦艇もいるし、トルコとの関係も悪くなり、ロ海軍は、口だけの攻撃しかできないようである。
一方、ウクライナでのドローン技術が発展して、モスクワの特定ビルにドローンを2度も突入させている。空中ドローン「ビーバー」の航続距離は、1,000km程度であり、モスクワに到達可能である。
ノボロシスクのロ海軍基地まで届く、水中ドローン「マリッチカ」も開発した。
S200ミサイルを地対地ミサイルと活用して、ロシア領内を攻撃している。この戦争でウクライナの軍事技術は大きく進展している。ソ連時代の一大軍事産業地域だけはある。その開発スピードも早い。
それでも、長期の消耗戦になると、ウクライナが不利になる。ロシアの防衛産業の規模は、西側全体の防衛生産量を仰臥している。このため、ウクライナに支援できる量もロシアが使用できる量と比べると少なくなる。
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ロシアの状況
ロ国防省は、ベルゴルド州とクルスク州の領土防衛隊に武器と車両を供与したが、武器は猟銃であるという。プーチンは、領土防衛隊が反乱することを恐れているのであり、チェチェンのアフマド軍をベルゴルド州の国境に配備したが、地元民の家に押し入り、その家の住民を追い出している。
このため、領土防衛隊を組織しているが、これは反乱のリスクがあるということで、プーチンに忠誠を誓うチェチェンのアフマド軍を使うことになる。すると、狼藉をチェチェン軍はするので評判が悪い。このため、反乱のリスクも高まるということになる。
一方、ウ軍参謀本部は、ロ軍が同国の戦闘損失の規模を隠すために自らの死者を焼いているとし、ロ軍はザポリージャ州メリトポリに火葬場を設置したという。ロ軍内では負け戦であることを認識され始めている。ロ軍は手一杯で、兵站、物資、人員、武器に問題を抱えている。特にウ軍の後方補給拠点への攻撃で物資が足りない。
このため、ウ南軍報道官のフメニュク氏は、ロシア占領軍・政府の家族や財産はすでにクリミアから避難している。これらはすべて、ロシア上層部が将来の和平交渉の準備をすでに整えていることを示す兆候だという。
負け始めたロシアは、ベラルーシに対して「スバウキ回廊」への攻撃を指示しているのはないかということで、ポーランドとラトビアは、ベラルーシとの国境の防衛を強化している。そして、ワグナー軍が、スバウキ回廊付近にいることである。
ロ軍は人員不足であり、早く追加の動員をしないと前線が維持できない。しかし、7月29日から8月2日までの5日間で、ロシア国内の徴兵事務所や関連施設への放火や放火未遂が少なくとも28件発生した。ロ情報機関「連邦保安局FSB」職員を名乗る人物から電話で放火を強要されたともいうが、この裏には国民の動員に対する嫌悪感が大きいことも分かる。
そして、今年の国防予算は当初4兆9,800億ルーブル(540億ドル)から9兆7,000億ルーブル(1,050億ドル)に倍増し、国防予算は国家予算全体の3分の1である。
戦闘における「ロシア劣勢」との報道、民間軍事会社ワグネルの武装蜂起などをきっかけに、ルーブルの下落が止まらず、対ドル94ルーブル、対ユーロ105ルーブルになっている。
ロシア中央銀行は、自国通貨の下落によって輸入物価はさらに上昇し、インフレ懸念が高まる展開を懸念し、7月21日、予想外の大幅利上げで8.50%にした。
その上、ロシアから海外へ、ヒト・モノ・カネの流出は増加している。ヒトは100万人も流出した。それによっても通貨安になり、輸入物価は上昇している。
しかし、「プーチンは、トランプが自分を助けてくれることを知っている。来年の米国選挙は事態を複雑にする。プーチンによれば、トランプが勝てば、ウクライナへの政治的支援は損なわれる」とダニエル・フリード前駐ポーランド米国大使は言うが、2024年大統領選挙で、トランプが選挙に出られないように、または選挙で勝たないように、バイデン政権は、国会議事堂襲撃事件などの訴訟を起こしている。
これに対して、トランプ前大統領は、2021年1月6日の国会議事堂暴動と2020年の大統領選挙を覆すための捜査に関連した連邦政府への無罪申し立てをした後、多くの法廷闘争に時間と費用を費やしている状況に不満を漏らし、最高裁による「仲裁」を求めた。
このようなトランプ氏の行為に対して、トランプ氏の弁護士ジョン・ラウロ氏は、トランプ氏がマイク・ペンス氏に法律を破るよう圧力をかけたことを認めた。ペンス氏もトランプ氏は大統領選挙に出るべきではないと言っている。
しかし、トランプ当選の希望がある限り、ロシアは戦争を止めないことも確かである。2024年11月までは続くことになる。
さあ、どうなりますか?
(『国際戦略コラム有料版』2023年8月7日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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