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欧州まで飛び火するガザの戦火。国際交渉人が描く最悪のシナリオ

カタールとエジプトの仲介、そしてアメリカの後押しにより、4日間の戦闘停止と人質の解放で合意したイスラエルとハマス。しかしその間もイスラエルはガザ北部への空爆の継続を公言しており、先行きは依然不透明と言わざるを得ない状況となっています。この紛争の行方を識者はどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、合意の中に戦闘停止を延長するインセンティブが設定されてはいるものの、停戦が永久には続かない理由を解説。さらに自身が考えうる「ワーストシナリオ」を挙げるとともに、その回避策を考察しています。

偽りの平和なのか。イスラエルとハマス“一時停戦”でも終わり見えぬガザ紛争

11月22日のニュースはイスラエルとハマスの一時停戦と人質解放についての合意の内容でした。

イスラエルとハマス双方にパイプを持つカタール政府とエジプト政府が仲介し、非常に難しい合意内容を築き上げましたが、その背後には、最後まで合意を渋るイスラエル政府に唯一影響力を行使できるアメリカ政府のプッシュがありました。

バイデン大統領は10月7日からしばらく、国内のユダヤ票田への配慮から、国内でも異様に映り、欧州や日本の同盟国からも理解しがたいほど、べったりのイスラエルサポーターの立場を貫いてきましたが、アメリカ各地で反イスラエルデモが頻発し、アメリカ各地でパレスチナ系住民への残虐な行為が目立つようになり、加えて国連安全保障理事会の場でも孤立を深めるにつれ、次第にイスラエル政府に対しても“自制を求める”発言をするようになってきました。

また人道的な配慮と一時停戦の要請をネタニエフ首相から突っぱねられたことに端を発し、次第にアメリカ政府の立場も意見も、イスラエルに厳しくなり始めてきました。

以前にも触れましたが、国連安全保障理事会の場でイスラエル非難の内容が提起される度に、アメリカや英国が拒否権を発動して、国連の場での対イスラエル非難と制裁をブロックし続けてきたこともあり、国際社会では国際法や国際人道法の観点は全くイスラエルには機能せず、従来、国際法や国際人道法の遵守を他国に強いるアメリカや欧州が、イスラエルに対しては弱腰であることも踏まえ、イスラエル問題はアンタッチャブルな感触で捉えられてきました。

私も国連紛争調停官時代に、安保理の会合に何度となく出席しましたが、イスラエルとインドに関する案件は常にブロックされることに違和感を抱いていました。

今回、先週お話ししたマルタによって提出された決議案が可決されたことで、そのタブーが気のせいか破られたように思いますが、その際もまだアメリカと英国は、拒否権ではなくとも、棄権するという事態になっていましたが、それはアメリカと英国の影響力をもってしても、イスラエルによる過剰な自衛権の行使と民間人や病院、学校などへの無差別な攻撃を庇いきれないと痛切に感じ始めたことを指していると考えます。

【関連】自衛という名目の“見境なき殺戮”。イスラエルが攻撃の手を緩めない理由

イスラエルも、安保理の場で暴言ともいえる主張をしながらも、次第に国際社会の潮流を感じ始めたようで、アメリカに促され、カタールとエジプトから、戦争終結後にイスラエルとアラブ諸国の話し合いの場を確保するとの保証を示されたことを受け、今回のディールに至ったと考えます。

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「合意が約束通りに実施されるのか」という大きな懸念

イスラエルとしても、国内世論が「ハマスを潰してしまえ」から「人質の解放が最優先課題であり、現在のイスラエル軍のガザでの攻撃は行き過ぎ感が否めず、国際社会におけるイスラエル、そしてユダヤ人の立場を再度悪化させるのではないかと懸念し、そして自軍の攻撃が、人質に取られている自国民と同盟国の人たちの生命を危機に晒していることは、イスラエルが行うべきことではない」というものに変わってきていることもあります。

10月7日にハマスによる一斉攻撃と、200人を超すイスラエル人と在イスラエル外国人を人質に取られるという大失態を演じたネタニエフ首相と政権は、すでに国民からの激しい非難の的になっており、戦争後の権力基盤を築くためにも、「ハマスの壊滅のためには多少の犠牲は厭わない」から「人質の解放が最優先課題であり、それをより確実にするための一時戦闘停止もやむを得ない」という姿勢に変わったとも言えます。

非常にセンシティブな交渉と困難な協議を経て「4日間の戦闘停止を行う。その間にハマスは50名の人質の解放に応じ、イスラエルも収監されているハマスの構成員を解放する。そしてイスラエルはガザ地区へのエネルギーの供給を許し、ラファ検問所を通じて、ガザ在住のパレスチナ人の傷病者がエジプトに逃れることと、ガザにおいて人道支援を行うスタッフのガザ入りを許可する」という内容の合意に漕ぎつけました。

完全に行き詰まりかと思われ、想像を絶する事態が終わりなく続くのではないかと恐れていましたが、この合意が遵守されれば、一応事態は落ち着くのではないかという期待が溢れています。

調停官・仲介者の観点からは「本当によくやった」と称賛されるべきですが、問題は、この合意が約束通りに予定通りに実施されるか(Executeされるか)というポイントです。

このexecutionの内容、プロセスへの合意の有無は、私がとても懸念している要素です。

合意を報じた各国メディアの論調や、ハマスの政治部門のトップのX(旧Twitter)のポストを見ると「これで一山越えた」的な雰囲気が漂っているように思われますが、これはよく困難な案件を“合意”に導いた際に起こるイリュージョンに似ており、ほっとするあまり、実施に関するプロセスの確認を当事者間で行ったかどうかは、ちょっと不安です。

そして別の懸念は、先週号でも少し触れたのですが、同じハマスでも政治部門と軍事部門の意思疎通がどれほどできているのかが分からないことです。

今回の合意はドーハに住むハマスの政治部門のトップと、イスラエル側の交渉責任者が、カタール政府とエジプト政府の仲介を受けて、そしてアメリカ政府からのプレッシャーを受けて、綱渡りのような交渉を続けていましたが、問題はここにハマスの軍事部門の利益代表者がいなかったことです。

ハマスの軍事部門は、イスラエル軍とガザで命を懸けて対峙していますが、ハマスの政治部門のトップはドーハでVIPの生活を送っていることから、現場からの信頼度が疑問視されていることです。

ガザ地区で活動する友人たちの話を総合的に分析すると、ハマスの軍事部門は政治部門の人たちのことをよくは思っておらず、常に反感を抱いているという内容をよく聞きます。

もしそうだとしたら、協議の場に軍事部門の利益代表がいないことは、容易にデリケートな合意が崩れる危険性が高いことを予想させます。

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互いの出方を探り合うイスラエルとハマス

実際に11月23日日本時間22時現在、イスラエルとハマスによる人質の解放が実施されたという情報はなく、イスラエル軍によるガザ北部への空爆も、予告通りに定期的に行われ、ガザでの被害者数が増え続けている現状が続いているようです。

イスラエルが行った制裁・報復措置であるガザ地区に対する通信妨害によって、ドーハからの“指示”がガザに届いていないのではないかという見方もあるのですが、どうも「どちら側が先にこの合意内容を実施するのか」を探り合っているような雰囲気も感じられます。

このような状況が続く限り、通常は合意の実施は、望んだような方向では進められないか、一向に起こらないことが明らかになっています。

今回は例外的な状況が起きることを切に祈りますが、紛争の当事者であり、戦闘の実施者であるものの声を代表しておらず、相互に不信感が色濃く残っている当事者間の合意はなかなか進められません。

そして今回の合意をさらにfragileにし得る要素が、イスラエルが合意成立後に発した「停止するのは地上侵攻であり、ガザ北部に対する空爆は継続する」という宣言です。

これにより合意内容が履行されるという保証がないことを意味し、かつガザサイドからすると、イスラエルの“約束”は、空約束であることが明白に感じられるようになります。

当初、イスラエルは地上侵攻前にガザ北部に住むパレスチナ人に警告を発し、南部に逃げる時間を与えると言っていていましたが、その移動・退避の列に空爆を加えて殺害するような事態が連発し、「ハマスが潜んでいる」という言い訳を通じて、国際社会からイスラエルに浴びせかけられる人道法違反を正当化しようとし、病院攻撃について出した“証拠”も、具体的に“どの病院”なのかは明かされないまま、病院地下やトンネル網の絵面だけを映し出して、ハマスの蛮行の証拠としていますが、これをまともに信じる人はいないでしょう。

アル・シャファ病院の地下に“あったトンネル”をハマスによる軍事拠点と、イスラエル軍の報道官が動画を通じて説明していますが、それが本当にシャファ病院かどうかの証拠は示していません。そして何よりも人道的な介入の必要性と、4日間の一時停戦、そして人質の解放が最優先と言いつつ、ガザ北部での爆撃は継続し、かつ口を開けば「ハマス壊滅までイスラエルは戦闘を止めることはない」と繰り返し訴えることで、自らが加わった合意の信頼性を著しく損なう事態になっているように見えます。

これからの4日間、本当に50名の人質(女性と子供)がハマスによって解放され、イスラエルによってハマスの構成員とされた囚人が解放されるのかは見ものですし、本当に戦闘は停止されるのか、そして燃料が本当にガザに運び込まれ、危機的な状況を少しでも改善するのか、しっかりと検証することが必要です。

今回の一時戦闘停止および人質解放の合意については、アラブ諸国は表向き歓迎しつつも、その合意が実施されるのか否か固唾をのんで見守っていますし、仲介を行ったアメリカ、カタール、エジプトの政府は、それぞれの面子に関わる問題であるため、イスラエル政府とハマスに迅速な合意内容の実施を促しています。

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アラブ諸国が一気にイスラエル攻撃を開始する可能性も

そのような中、調停・仲介に携わっているグループが共有している懸念があります。

仮に今回の合意内容が着実に実施されたとしても、元々200名を超える人質を取っているハマスとしては、今回もそうですが、人質を持っていることは強い交渉カードになるため、50名の解放には応じても、その後、追加の解放を積極的に行うことはないのではないかと見ています。

また、イスラエル側も、今、戦時臨時内閣を組閣して挙国一致体制で対応に当たっていますが、「今、戦闘を停止し、かつ燃料を与えることで、ハマスを勢いづかせる恐れが強い」として停戦実施に反対する勢力と、「人質の解放が最優先であるため、一時戦闘停止の実施はやむを得ない」とする勢力の意見の調整があまり上手く進んでいないと言われており、4日の戦闘停止がぎりぎりのラインだと見られています。

合意においては「4日の期限が過ぎた後、10人解放するごとに戦闘停止期間を1日延ばす」という内容がありますが、これは“人質解放が最優先”と考えるグループが押し込んだ内容と言われており、必ずしもイスラエル軍部は納得しておらず、その証拠にガザ北部への空爆は継続するという矛盾に満ちた主張を受け入れざるを得ない苦境に立っていると見ています。

実際に何名の人質がどのような形で解放され、それがいつまで続くのかは来週にならないと分かりませんが、確実に言えることは、「近いうちに人質全員、特に戦闘可能な男性が解放される見込みは非常に薄い」ことと、「戦闘停止は永久には続かない」ということです。

イスラエル軍とハマスとの戦闘が再開された時、most likelyなシナリオでは、戦闘はこれまでになく激化し、その後は戦闘のエスカレーション傾向が強まると考えられています。

これまでのところアラブ諸国やトルコはパレスチナとの連帯を示し、イスラエルの軍事行動を過剰防衛と全面的に非難していますが、直接的に介入することは控えています。

それは自国に戦火が拡大することを非常に恐れていることを示していますが、これ以上、ガザ地区における被害が拡大し、アラブに対する挑戦というように形作られるような事態が生まれた場合には、アラビア半島、北アフリカ、ペルシャ湾などへの戦争の拡大が予想されます。

今のところ、イランもヒズボラも自制していますが、最近、アメリカ軍による予防的な攻撃に晒されることが増え、これまでの恐怖感から、次第に対抗に打って出るべきという考えが強まっているという情報が入ってきています。直接アメリカ軍への攻撃をすることはないと思いますが、イラン革命防衛隊とイエメンのフーシー派、そしてヒズボラが、これまでの散発的な攻撃という距離感を縮め、ハマス不利と見た場合、一気にイスラエルに対する攻撃を開始する可能性が高まっていると感じています(ただし、イラン、フーシー派、ヒズボラは皆、イスラム教シーア派でイランの影響力の下にあるため、仮に戦闘拡大になった場合にも、スンニ派のアラブ諸国が、シーア派勢力と徒党を組んでまでイスラエル攻撃に加わり、イスラエルの標的になることを厭わないと判断して参戦するか否かは分かりません)。

もしそのような地獄のような事態が発生する場合、その戦火は広がり、東地中海を通じて欧州南部にも及ぶことは避けられず、さらにはトルコなどを経由して、南部からウクライナを飲み込む恐れも出てきます。

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八方塞がりの状況に陥りかねないゼレンスキー

ウクライナは、現在、大統領がユダヤ系ということだけでなく、従来イスラムに対しては冷淡と言われており、もし戦火が南部からウクライナを襲ってくる事態になった時、これまでウクライナと距離を取ってきたアラブ諸国とイランに“踏み絵を迫られる”事態になるかもしれません。

ウクライナとしては、アメリカから支援を受けていることもあり、アメリカに意向を確かめなくてはならないでしょうが、イスラエルはウクライナに直接的な支援をどのような形でも行っておらず、何の恩義も感じていないことから、どのように風を読んで行動するとしても、いろいろな勢力の板挟みになることは必至で、対ロ反転攻勢の苦戦と合わせて、八方塞がりの状況に陥る可能性が高まります。

そうなってしまったら、ウクライナ国内でも意見の統一が困難になり、それが、プーチン大統領が望んだように、ゼレンスキー大統領を食いつぶしてしまうかもしれません。

これはまさに最悪のシナリオの一部と言えますが、これが実際に起こらないように防ぐにはどうしたらいいのでしょうか?

残念ながら、今、特効薬は見つかりませんが、一つ言えるとしたら、安保理に集う国々は、少し変な言い方にはなりますが、「まずどの戦争を協力の上、終わらせるか」を決めて、迅速に合意し、実行に移す必要があります。

そうすることで飛び火も、延焼も免れることができるようになりますが、“どれを選ぶか”は、各国の複雑な政治的関心と事情が絡むため、とても困難な交渉を余儀なくされることになります。

まずイスラエルとハマスの問題を決着させるのか?

ロシア・ウクライナ戦争を何らかの形で(仮にロシアのプーチン大統領を利することになっても)一旦決着させるのか?

コソボにおけるセルビア系とアルバニア系勢力や、アゼルバイジャンとアルメニアに「今はおとなしくして」と懇願して、紛争の種を一旦摘むのか?

それとも…。

そもそも“国際社会”といわれる非当事国に、誰かの問題を解決する権限や力があるのでしょうか?

そしてそれはいかにして正当化できるのでしょうか?

外野でありつつ、口を出したがる非当事国は、そもそも当事国が抱く懸念や望みを本当にどこまで理解して、寄り添い、何とか懸念を払しょくし、望みをかなえる手助けをしようと本気で考えているのでしょうか?

たくさんの問いが浮かんできてしまいます。

このメルマガが皆さんのお手元に届く11月24日日本時間朝7時半ごろの時点までに、先の“合意”内容が履行され、人質が一人でも多く家族のもとに帰り、ガザの人々にほんの一瞬でも一息つく機会が与えられている状況が生まれていることを祈って。

そして4日間が過ぎた後、どうか私が描いたワーストシナリオが、ただの妄想に終わっていることを願って。

以上、今週の国際情勢の裏側でした。

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image by: Anas-Mohammed / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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