トランプ氏銃撃の衝撃も冷めやらぬ中、バイデン大統領が11月のアメリカ大統領選挙から撤退することを正式に表明した。SNSでは早速「バイバイデーン」なるダジャレが飛び交っているが、これは多くの日本人にとって米国の政治は馴染みが薄く、今後の選挙戦の「見どころ」が分かりにくいためかもしれない。本記事では、世界や日本の命運をも左右する米大統領選の最新情勢を、米国在住作家の冷泉彰彦氏が分かりやすく解説する。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:米大統領選、激変した構図
米民主党がバイデンにバイバイ、大統領選から撤退決定
米国東部時間の7月21日、バイデン大統領は11月の大統領選から撤退することを表明しました。
まず、撤退と任期満了までは現職を継続するという書簡が発表され、続いてハリス副大統領への後継指名を推薦するとの意思が流れる、という順番でした。
タイミングとしては、6月27日のTV討論で体調不良が顕在化した後、頑張って単独会見をやったわけですが、状況は改善しませんでした。そんな中で、トランプ暗殺未遂があり、共和党大会がありという流れを「やり過ごす」ことになったのでした。
結果的には、この週末に「民主党大会での指名手続きの詳細」を決める事務方の会議がセットされており、それが延期になったという辺りで「タイムオーバー」になったと考えられます。
公表された内容としては、バイデンは孤独な決断をしたということになっていますが、これを額面通り受け取ることはできません。側近や家族が必死になって説得する中で、時間を要したというのが恐らく真相だと思います。
そうだとしても、このタイミングというのは十分に想定内でした。世界に数多くある「決められない中で時間が浪費」という決定のパターンと比較すると、まだましという格好です。
後継候補はカマラ・ハリス(現副大統領)で一本化。ただしオバマは…?
問題はハリスへの後継指名ですが、バイデンが明確に推薦を出したこと、それが批判されていないというのは、まあ想定内です。ですが、ハリスと同じカリフォルニアのリベラル人脈に連なる同州のニューサム知事がいち早くハリス支持を打ち出すなど、意外と党内の動きは「ハリス一本化」へ向けて動き出したようです。こちらは想定よりスムーズに動いています。
クリントン夫妻も即座に支持を表明していますが、彼らは直前まで「バイデン陣営への献金を」と言っていたので、一見すると掌返しという感じを受けます。ですが、バイデン陣営とハリス陣営は選挙資金という面では一体なので、全くそこに矛盾はないのです。
また、彼らが強く支持することによって、大口献金者のマネーが、この24時間に一気にハリスに流れ込むように誘導した、そんな見方もできます。
ちなみに、バラク・オバマはバイデンの撤退は歓迎したものの、ハリス支持は打ち出していません。この件ですが、かなり昔の話になりますが、ハリスがまだ上院議員にもなっていないカリフォルニア州の検事総長だったときに、妙なエピソードがあります。
オバマは、ハリスのことを「最も美しい検事総長」と形容してしまい、物議を醸したことがあるのです。その際に、ミシェル夫人が珍しく激怒したという話も伝わっており、恐妻家オバマとしては「即時支持表明」は見送ったということかもしれません。
バイデンがボケの技術で抑えていた「ゴタゴタ」ハリスどう対応?
さて、そうは言ってもハリスには多くの課題があります。といっても、全く新しい課題ではありません。
バイデンが過去5年近く老獪な、あるいは独特のボケ味で「ごまかし」ながら奇妙な挙党態勢を維持する中で隠されてきた問題が、ハリスに代わった途端に顕在化するという問題です。
まず、大きな課題は、党内の左右対立です。
とにかく現在のアメリカ民主党というのは、穏健派と左派の連立政権になっているといって良い状態です。全く違う2つのグループが、バイデンという不思議なリーダーシップと、トランプ憎しという2つのファクターによって手を組んでいるだけと言って良いでしょう。
穏健派はグローバリストであり、グローバリズムに最適化することで、アメリカ経済を成長させようとします。中国との関係も是々非々であり、安全保障上は牽制しても経済では依然として何らかの国際分業は続けて良いとの立場です。
国策としては知的産業をより高度化するのが最優先であり、付加価値の小さな製造業については空洞化しても構わないと考えています。
福祉や格差是正については、例えば富裕層への課税については、民主党ですからある程度は積極的です。ですが、市場を冷却しかねないようなキャピタルゲインへの強めの課税には賛成しません。
一方で、左派はあくまで国内雇用重視です。
製造業の空洞化に反対するだけでなく、シリコンバレーに対してはEU的な発想法で、プライバシー侵害に抗議する立場だったりします。またウォール街への憎悪も激しく、これは「占拠デモ」以来の伝統ですが、金融機関への強めの規制を主張しています。
例えば、クリントン夫妻などはウォール街がスポンサーについていることで、左派から憎まれています。
アメリカを「日本のような国」にするべきか否か?
民主党の左右対立の中で、経済政策として一番シャープに意見が分かれているのは、医療保険問題でしょう。
オバマが創始した「オバマケア」は、既存の営利企業による民営医療保険を温存したうえで、加入を強制し、その代わりに自営業の人々などには半額近くを政府が助成するものです。
共和党はその廃止を主張していますが、民主党左派は反対に「英国や、日本、カナダのような」政府による公営保険を主張しています。この点で、左派はオバマ、クリントンと激しく対立する存在です。
問題は、ハリスの立場が明確に穏健派であることです。以前から問題になっているのは、ハリスの持っている人権の闘士イメージと、経済政策は穏健派という組み合わせにミスマッチ感があることです。支持者の中でもこの経済政策の左右対立があります。
例えば、ハリスの熱狂的な支持者は「Khive(Kハイブ)」と呼ばれています。彼らは、今回のバイデン撤退ハリス支持の報を受けて、SNSなどでココナツとヤシの絵文字を展開して喜んでおり、改めて存在感を示しています。
ですが、この「Khive」は、過去に左派と激しく対立した歴史があり、例えばサンダースやAOC(オカシオコルテス議員)などは、本稿の時点ではハリス支持を打ち出していません。
党内融和の雰囲気がないわけではなく、例えば左派の代表格の一人、エリザベス・ウォーレン議員(上院、マサチューセッツ選出)などは、早速ハリス支持を表明しています。ですが、この先、AOCなどの急進左派を含めて、ハリスは民主党の大統領候補として活動するだけでなく、民主党の全会員議員候補に対して「与党党首」として選挙戦を牽引しなくてはなりません。
そこでバイデンと同様に行動できるかは大きなハードルです。2016年に左右対立を引きずる中でヒラリーがトランプに負けたミスを繰り返さないということは大切です。
広報下手のハリス陣営。移民問題やパレスチナ問題にどう対応?
ハリスに関しては、南部国境問題を担当したのに実績がないという批判が物凄く広がっていて、一種の定説になっています。まずは、この説に対してしっかり反論するというのも大切です。
彼女については「主担当になって9ヶ月も南部国境に行かなかった」と批判されていますが、それは「難民申請者と一緒にいる写真」を撮られると「ハリスは移民導入を進めている」という解説付きで言われるので回避しただけだと思います。
それよりも何よりも、当初深刻だったホンジュラスからの移民流入を止めたことでは、大きな成果があったのは事実です。この点をもっとアピールすべきで、これは広報の問題だと思います。
鬼検事の手法でギャング取り締まりのノウハウを伝授してきたのですが、左派系の広報がそうしたことをPRするとハリスの人権派イメージを傷つけるとでも勘違いしたのかもしれません。今からでも遅くないのでカバー可能な問題だと思います。
もちろん、現在はベネズエラからの難民申請者が多いのですが、ベネズエラ問題については、ロシアとの関係もありアメリカの外交政策という大きなテーマになります。また、ベネズエラを追い詰めたのはトランプでもあるわけで、そこを徹底して突いていく戦法もあるでしょう。
外交ということでは、ウクライナとガザの問題があります。とりわけ、今週にはネタニヤフが来米する中で、早速ハリスの外交力が問われるように思います。ハリスの夫君はユダヤ系ですが、ハリウッドの弁護士ということもあり、連れ子たちも含めて対パレスチナ強硬派では「ありません」。
ここで、バイデンより数ミリだけパレスチナ寄りで、しかもネタニヤフが呑めるような和平案を説き伏せるようなことができれば、一気に評価も上がるかもしれません。
バイデンより数ミリだけパレスチナに寄るということは、党内左派との融和にも繋がります。難しいですが早速正念場です。
とにかく、バイデンは大統領を辞めないにしても、ここからは事実上この政権はハリスが主導してゆくし、またそのように見られていくわけです。失敗は許されないのです。
アメリカのZ世代はハリスの「若さ」に期待している
こうした政策論について調整とアピールが必要な一方で、バイデンからハリスへと22歳の若返りをするということの意味は大きいものがあります。
例えば、Z世代に絶大な人気のある歌手のチャーリー・XCXは、若者にしか通じないスラングでハリスの登場を歓迎して話題になっています。
彼女自身は英国人ですが、とにかくデジタルと無縁、21世紀の文化とは無縁の世代であったバイデンに対して若い世代が「猛烈に嫌」だったのは事実です。ですから、少なくとも自分たちと何らかの通じ合いのできる世代のハリスが登場するということは、若い世代にとっては大きな意味があると考えられます。
いずれにしても、発表から24時間で一気に民主党には新しい動きが出てきました。本稿の時点では「ハリスへのシフト」は想像以上に上手くいっているようです。
これからシカゴでの民主党大会までは、まだ4週間あります。この間に、左派との調整を行って挙党態勢を作り上げ、事実上の大統領として行動して存在感を見せるには十分に時間があります。
副大統領候補に誰を指名するかという問題も重要ですが、この点について熟慮する時間もあると思います。
全くの私見ですが、中西部に影響力のある、そして国内経済や雇用問題に敏感なウィットマー・ミシガン州知事が一番いいように思います。女性=女性のチケットというのも、この2024年にトランプに挑戦するには効果的という考え方もあるからです。
共和党の副大統領候補、JDヴァンスが超強力なライバルに
一方の共和党ですが、この間にJDヴァンス上院議員を副大統領に指名しました。詳細は改めてお話したいと思いますが、簡単にまとめると、この人選の効果は抜群だと思います。
「草の根の忘れられた白人の代表イメージは圧倒的」
「そのくせ中の人は中道インテリ」
「明晰な頭脳を駆使して右派ポピュリストの役を精一杯演じている」
「39歳という若さは圧倒的。トランプの高齢を十分に補完」
「演説巧者ということではビル・クリントン並。聴衆のコールを遮るのではなく、同調してしまうという凄い芸風」
「ただし、従軍経験をベースにした新孤立主義論はトラ本人以上の迫力があり、NATOや日米安保には大きな脅威」
「彼を引っ張り出したトランプの息子たち(ドンJRとエリック)は、ヴァンスを2028の大統領候補に想定しているようでキングメーカー気取りだが、どっこい、そのストーリーが猛烈な勢いで走り出している」
「これで共和党の労働者の党というイメージのシフトが完成へ」
ということで、この一週間で選挙戦の構図は全く様変わりしたと言えるでしょう。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年7月23日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。「体操と飲酒喫煙の問題を考える」「東海道新幹線運休、なぜ敦賀迂回を報道しないのか」「石丸伸二氏の社会保障改革案を評価する」「防衛省不祥事の意味を真剣に考える」の各記事もすぐ読めます
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