経産省渾身の「パワポ芸」は日本をどこに導くか?絶望的にダメなスライドを分析してみえた製造業の敗因と「逆転への道」

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経済産業省が作成した「製造業を巡る現状と課題 今後の政策の方向性」なるパワポ資料が「めちゃめちゃ面白い」「いや絶望的にわかりにくい」と喧々囂々の議論を呼んでいる。全141ページにおよぶスライドの中で、我が国の製造業の弱点と課題はどのように整理・分析されているのだろうか。米国在住作家の冷泉彰彦氏によれば主な論点は5つ。それぞれに、ものづくり日本を誤った道に導きかねない問題点がある。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:敗北を認めて製造業の改革を

“経済産業省のパワポ”が示す、ものづくり日本の危機

経産省が作成したスライド、具体的には「第16回 産業構造審議会 製造産業分科会」で配布された「資料4 製造業を巡る現状と課題 今後の政策の方向性」が話題になっているようです。
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/pdf/016_04_00.pdf

そもそも、現状・課題・政策の方向性などという抽象的な議論を先へ進めるために、141ページのパワポ(9MBものPDFファイル)を作るというところに、ダメな理由が現れているわけです。

つまり簡潔な本質論を提示して合意形成し、後は演繹的に徹底的に実行してゆくということができないのです。現状認識についても、課題についても、まして政策の方向性などということでは、百家争鳴といえば聞こえは良いものの、簡潔な本質論ではたぶん合意ができないのでしょう。

そこには、世界観の相違、過去の成功体験の束縛の深さ、リスクが取れないという権限のなさ、英語が通用しないというコミュニケーションの問題などが横たわっています。

その結果として、俗に「ポンチ絵」と言われる巨大なパワポで「見える化」しないと、話が進まないのだと思います。まず、この点が絶望的にダメだということに気づかなくては先へは進めません。

経産省のスライドは何を訴えているのか?論点は5つ

そこで、本稿では、このパワポの前提になっているらしい、問題提起のほうを最初に取り上げて議論したいと思います。「資料3 御議論いただきたい論点(PDF形式:782KB)」です。
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/pdf/016_03_00.pdf

この資料にあるリストが今回の議論の内容というわけです。そのタイトルだけを並べてみますと、

  1. グローバル競争力強化に向けた組織・コーポレートの機能の在り方
  2. 製造DX
  3. Hard-to-abate産業におけるGXの方向性
  4. 経済安全保障を巡る国際情勢と政策の方向性
  5. 航空・宇宙

となっています。

一般の世論を「煙に巻く」ためか、あるいは内輪の言葉に閉じこもるためなのかわかりませんが、すでに翻訳が必要です。一つ一つ見ていくことにしましょう。

トヨタなど「日本発の多国籍企業」に関する経産省の致命的な勘違い

まず、「(1)グローバル競争力強化に向けた組織・コーポレートの機能の在り方」ですが、経産省の問題意識はわかりやすく言うと「製造業の海外比率が高まっているのに、米欧と比較するとその利益率は低いようだ。どうしたら利益率の向上ができるのか?」という話と、「今は6割の従業員が海外現地採用になっており、これに対応できるような経営組織はどうあるべきか」ということのようです。

この問題ですが、前提条件が不明確です。

まずもって、日本企業とは何かという問題があります。日経新聞の読者と同じように、また経団連のお歴々がそうであるように、経産省も「日本発の多国籍企業は日本企業であるし、その収益の合計は日本経済である」という前提で話をしています。

これは一般の世論もそうで、例えばトヨタが世界における自動車販売台数で1位になると、何となく祝賀ムードになります。また欧州のある国の高速鉄道や、アメリカのある大都市の地下鉄車両を日本の企業が受注すると、やはり良いニュースになるようです。

ですが、実際は違います。トヨタの場合、売上における海外比率は、この経産省のスライド(141ページある方)の10ページのチャート(力作ですが、若手官僚が何時間かけたんでしょうか?)にあるように、76%ぐらいあります。

鉄道車両の場合は、特に先進国では雇用確保が重要ですので、公共性が強いこの種の事業の場合は現地生産が前提になります。

さらに言えば、株主も多くの場合は外国人比率が高くなっています。トヨタをはじめ多くの企業はNYの株式市場にADR方式などで上場しており、実際の企業の所有者である株主も多国籍化しています。もっといえば、各国の現地法人は多くの場合トップも役員も現地の人材になってきています。

とにかく、日本が発祥の地であり、日本ぽい名前がついていても、多くの国際化した企業は実際は多国籍企業となっているのです。ですから、こうした議論を日本の経産省が主導するということ自体が、非常に奇妙です。

経産省というのは、日本政府の役所です。その役所は憲法に基づいて国民が選挙権を行使して選んだ多数党の組閣によって成立する行政府の一部門に過ぎません。日本発の多国籍企業の「秘密サロン」の応援団である根拠はそもそも希薄なのです。(1)に関しては、まずはこの点が非常におかしいのです。

もちろん、日本発の企業が多国籍化して世界で存在感が高まれば、誇らしいというのはわかります。また、多少はロイヤリティの収入はあるでしょう。ですが、実際の投資(キャッシュの動き)で見てみれば、人口減によって市場が縮小する日本ではなく、儲けたカネは海外に再投資されるわけです。

つまり、日本発の多国籍企業が海外でどんどん市場を拡大しても、こうした企業活動が日本のGDPに貢献することは、極わずかなのです。

どうして、豊かであったはずの日本国内で貧困が蔓延しているのか、非正規雇用が増えているのか、そして通貨がここまで安く叩かれているのか、その背景にはこの問題があります。

ですから、経産省の問題提起そのものがおかしいわけです。

もちろん、日本がトランプのように保護貿易に傾斜してもロクなことはありません。ですが、様々な判断のタイミングにおいて、「その判断は日本のGDPに寄与するのか?」あるいは「キャッシュフローとして国内に還流するのか?」という観点でもう少しバランス感覚を持っていれば、ここまで国内が貧しくなることはなかったと思います。

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