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有事に日本国民は餓死する。農水省がコッソリ降ろした「食料自給率向上」の看板

食料安全保障のリスク回避のため、高水準を保つことが望ましいとされる食料自給率。しかし我が国は38%と、先進国の中で最低水準となっています。そんな中にあって農水省が今国会に提出予定の「食料・農業・農村基本法」改正案は、専門家が首をひねるような内容となっていました。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野さんが、農水省が「食料自給率向上の看板を半ば降ろす羽目に陥った」理由を考察するとともに、食料・農業・農村政策審議会の言い訳めいた答申の数カ所を引き、それぞれについて厳しい視線で解説を加えています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年2月19日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

農水省の大迷走。食料・農業・農村基本法改定で有事に国民餓死決定か

農水省は今国会に「食料・農業・農村基本法」改正案を提出しようとしているが、1999年制定の現行基本法で前面に掲げていた「食料自給率の向上」の看板をこっそりと降ろして――と言ってもさすがに捨て去ることはできないので「食料安全保障の目標の1つ」に格下げして、出来ればこの言葉を国民に忘れてもらいたいかの態度を示してきた。何のためかと言えば、自給率の向上がどうにも難しいので「輸入先の安定化」を目標に取り入れるためである。

それに対しては、当然にも、自民党の農林族から反発の声が上がり、そのため「自給率その他の食料安全保障の確保の目標を設定する」というように文言としては蘇らせて族議員を納得させはしたものの、かつてあれだけ大騒ぎした食料自給率向上に「あんまり触れないようにしよう」という同省の本音は変わらないだろう。

否応なく浮き彫りになる農政の失敗の歴史

なぜ触れないようにするのかと言えば、そこを見れば農政の失敗の歴史が否応なく浮き彫りになるからである。

1961年制定の旧農業基本法は、池田内閣の「所得倍増計画」を都市サラリーマンだけでなく農業者にも及ぼすことを企図した。その具体的な方法は、農家の大半を占める貧農層を切り捨てて大規模経営化を推進し生産性向上を図る一方、それで余った労働力を都会の第2次・第3次産業へと総動員して一気に高度経済成長を実現しようという、徹底的な経済合理主義イデオロギーによるものだった。こんなアクロバット的な政策が巧くいく訳がなく、1960年に1,766万人あった農業従事者は75年に1,373万人、90年に849万人、2005年に196万人、そしてついに2020年には60年前のほぼ10分の1の160万人にまで激減した。

それで一定の生産性向上効果があったのは事実だが、肝心の食料自給率は、1960年に79%あったのに対し75年には54%、90年に48%、2005年に40%、2020年には38%と無惨に減り続けた。その途上で、危機感を抱いた農水省は1999年に基本法を現行のものに改定し、その際に「食料自給率向上」を高々と掲げたのだったが、それは何の歯止めにもならなかった。根本原因は、上辺はいろいろ繕ってもベースの大規模化、機械化・化学化による効率化という、日本農業の実態におよそ相応しくない欧米流の農業近代化を模倣しようとする致命的誤謬がそのまま続いたことにある。それでとうとうお手上げになり、「食料自給率向上」の看板を半ば降ろす羽目に陥ったのが今回である。

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農水省がこねる「食料自給」を諦めるための屁理屈

しかし官僚組織は無謬性神話を死守しなければならないので、「今まで間違っていたので、ごめんなさい」と言うことはありえない。一般には分かりにくいありとあらゆる屁理屈を捏ねて隠微な形で軌道修正を図るのが常で、この場合はそれは昨年9月にまとまった「食料・農業・農村政策審議会」の答申によく表れている。

ここでは「食料自給率」に関わる文言を3カ所抜き出して示すが、前後の文脈から切り離されていて分かりにくいかもしれない。関心の深い読者諸兄は、農水省HPにある全文のP.41以下「第3部 食料・農業・農村基本計画、不測時における食料安全保障」の項を参照して頂きたい。

食料・農業・農村政策審議会 答申

まず、現行基本法で「食料自給率向上」が前面に押し出された理由が次のように説明される。

▼我が国の国民が必要とする食料を確保していくためには、国内農業生産と輸入・備蓄を適切に組み合わせることが不可欠であるが、食料の輸入依存度を高めていく方向ではなく、自国の農業資源を有効活用していくという観点で、国内の農業生産の増大を図ることを基本としていくべきとされた。

▼こうした中で、現行基本法において、基本計画の記載事項として食料自給率目標を位置付けた。これは、食料自給率の低下に対して生産者・消費者が不安を抱いていることから、その向上を図る目標としたものである。

▼供給熱量ベースの食料自給率は、国内で生産される食料が国内消費をどの程度充足しているかを示す指標であり、国内で生産される食料を国民が消費するという過程を通じて決まるので、その維持向上を図るには、国内生産・国内消費の双方にわたる対応、すなわち、農業者、食品産業、消費者、行政といった関係者のそれぞれが問題意識を持って具体的な課題に主体的・積極的に取り組むことが必要となる。こうした生産・消費についての指針として食料自給率の目標が掲げられるならば、それは食料政策の方向や内容を明示するものとして、意義があるものとされた。

《私流のひねくれ解説・1》

食料確保には国内生産と輸入の組み合わせが不可欠だというのは一般論を語っているようだが、実は、現行基本法では国内生産増強の一本槍だったこと、そのために「食料自給率向上」を前面に掲げたのであり、それはそれで啓蒙的な意味もあったのであることを述べていて、全体として、「輸入」の観点を入れ込んだ「食料安全保障」への論点ずらしの布石を打つための文章である。

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クドクドしい弁解から「自給だけではダメだ」という決めつけへ

次の個所では、もっとはっきり、しかしまだ遠慮がちにではあるが食料自給率目標の「取り下げ」――と言って言い過ぎならば「相対化」が謳われる。

▼現行基本法に位置付けられた基本計画における目標は食料自給率のみであった。

▼食料自給率は、食料自給率目標の下に、生産努力目標と望ましい消費の姿を示すこととなっているが、現行基本法の理念に照らせば、農業の持続的発展の延長線上にある国内での生産の拡大により、食料の安定供給と多面的機能の発揮が図られるほか、望ましい消費の実現により、国民が健康で充実した生活を送ることが図られる。

▼これらを統括する目標として、国内生産が分子、望ましい食生活が分母に反映されるものとして、食料自給率が現行基本法の基本理念の実現をトータルとして体現する目標として、関係者の努力喚起及び政策の指針として適切であると考えられていた。

▼しかしながら、現行基本法が制定されてからの情勢変化及び今後20年を見据えた課題を踏まえると、輸入リスクが高まる中で、国内生産を効率的に増大する必要性は以前にも増している。一方で、

等、基本理念や基本的施策について見直し、検討が必要なものが生じており、これらを踏まえると、必ずしも食料自給率だけでは直接に捉えきれないものがあると考えられる。

《私流のひねくれ解説・2》

この文章の第2、第3パラグラフは、現行基本法が「食料自給率向上」を表看板にしたのは決して間違っていなかったのだというクドクドしい弁解。そこを飛ばせば、「現行基本法は食料自給率のみを目標にした」(第1パラ)けれども、「時代の変化があり、もはや食料自給率だけでは直接に捉えきれない」(第4パラ)というのが、ここで言わんとしている本筋である。

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歴史の検証に耐え得るものではない「その場限りの机上の空論」

さらに3番目の個所ではこう述べられている。

▼基本計画の見直しにあわせ、自給率目標は、国内生産と望ましい消費の姿に関する目標の一つとし、上述した食料安全保障上の様々な課題を含め、課題の性質に応じ、新しい基本計画で整理される主要な課題に適した数値目標又は課題の内容に応じた目標も活用しながら、定期的に現状を検証する仕組みを設けることとするべきである。

《私流のひねくれ解説・3》

自給率目標は残すけれども、新基本法とそのための基本計画で設定される様々な課題に応じたいくつかの目標の1つとしてであって、それ以上には位置付けることはしないという宣言である。しかし、食料輸入の強化が食料安全保障に資するという話は今まで聞いたことがない。

この点について、資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表は2月12日付「日本農業新聞」への寄稿で、基本法見直しでは「平時における国民1人1人の食料安全保障を考えると宣言しておきながら、いつの間にか議論は『不測時における安全保障』〔のための輸入先確保〕にすり替わっている」と指摘、さらに次のような重大な問題点を指摘している。

「世界の食料市場を支配する穀物メジャーあるいはフードメジャーへの言及がない。……2019年の世界の農産物貿易額1兆3,300億ドルの内の少なくとも40%はカーギル、コフコ(中糧集団)、ADMなどのフードメジャーだ。……彼らが有事の際に食料を日本向けに優先して供給してくれる保証はない。政府は、今回の『食料・農業・農村基本法』改革の一丁目一番地であるはずの『国内農業生産の増大』を真剣に取り上げるべきだ」

その通りで、農水省のこの「食料自給率向上」断念、「輸入の安定化」への切り替えという取り組みは、その場限りの机上の空論の類で、とうてい歴史の検証に耐え得るものではない。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年2月19日号より一部抜粋・文中敬称略)

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 image by: Ned Snowman / Shutterstock.com
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