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小池百合子が絶たれた「日本初の女性首相」への道。東京15区補選に“女帝”が出馬を断念した深刻なウラ事情

前任者の辞職に伴い28日投開票が行われる衆院東京15区補選。小池百合子東京都知事の出馬が噂され注目されていましたが、小池氏サイドは同氏が顧問を務める「都民ファーストの会」が母体である「ファーストの会」副代表の乙武洋匡氏を擁立、結局小池氏は不出馬となりました。その「裏側」を考察しているのは、政治学者で立命館大学政策科学部教授の上久保誠人さん。上久保さんは今回、「史上初の女性首相」をキーワードに、小池氏が出馬を見送った経緯をめぐる「2つの可能性」について解説しています。

※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

衆院東京15区補選の“奇妙な盛り上がり”。自民は裏金、小池は断念、乙武氏出馬、野党乱立…

小池百合子東京都知事自身が特別顧問を務める地域政党「都民ファーストの会」により設立された国政向け政治団体「ファーストの会」の副代表で、作家の乙武洋匡氏が衆議院東京15区補選への立候補を表明した。

乙武氏は、幅広く支持を得るため無所属として出馬するが、元々小池氏が、ファーストの会の公認候補として擁立するために、乙武氏を副代表に迎えた経緯がある。そのため、小池氏の補選出馬の可能性が消滅し、国政復帰を断念したとみられている。

東京15区補選は、小池氏の出馬が噂されたからこそ、全国注目の選挙区となっていた。この選挙区で現職が2度スキャンダルで辞任し、候補者を立てられない自民党と、その連立パートナーの公明党を除き、野党各党が政治的アピールを狙い、競って候補者を擁立した。現在のところ8名が立候補を表明する乱立状態となっている。しかし、当の小池氏が出馬しないことになった。

小池氏の悲願は、「日本初の女性首相」になることだ。元々、その悲願を達成するための布石として、16年の東京都知事選に出馬し、東京都知事となった経緯がある。

当時、安倍晋三政権が長期政権化する中、小池氏は安倍首相と対立的になった。閣僚・党幹部の役職に就けず、干されていた。「日本初の女性首相」への道は遠ざかるばかりだった。小池氏は悲願への活路を開くために、2016年、舛添要一都知事(当時)の辞職に伴う東京都知事選に出馬し、当選したのだ。

17年の総選挙で、小池氏は地方主権を掲げる政党「希望の党」を率いて自民党と戦った。敗れはしたが、前原誠司代表率いる「民進党」と希望の党の合流が発表された時は、安倍長期政権下で、最も政権交代を期待させた瞬間だった。21年には、コロナ禍で1年遅れながら東京五輪を開催した。都知事としての実績を積み重ねたのも、「日本初の女性首相」という悲願のためだっただろう。

そして、自民党の「派閥の政治資金パーティー裏金事件」で、岸田文雄政権の支持率が急落し、政権を失う危機にある今、小池氏が「日本初の女性首相」の悲願達成へ最後の挑戦に出ると噂されていた。そのためには、都知事を辞職して国政に復帰し、自民党総裁選に勝利するために動く、その一歩目が東京15区補選に勝利することだとみられていた。

小池氏が、東京15区補選に出馬すれば楽勝だろう。だが、単に国政復帰するだけでは、何の意味もない。出馬断念は、「日本初の女性首相」への道を絶たれたからに他ならない。

パー券裏金事件に関する処分で絶たれた小池氏「日本初の女性首相」への道

それは、自民党派閥の「政治資金パーティー裏金事件」に関する処分の問題に関係している。時をさかのぼって今年1月、東京地検特捜部は安倍派・二階派の会計責任者を虚偽記載の罪で在宅起訴、岸田派の元会計責任者も略式起訴した。

それを受けて、岸田首相は自らの岸田派の解散を表明し、安倍派、二階派も解散せざるを得なくなった。最大派閥の安倍派は、派閥の解散だけではなく、「安倍派幹部5人衆」など、岸田内閣で多くの要職を占めていた人物は全員が失脚した。また、疑惑と直接関係がない森山派、茂木派、谷垣グループも新たな政策集団へと移行した。麻生派だけが存続することとなった。

続いて、衆参両院の「政治倫理審査会」を経て、3月に自民党は安倍派と二階派の議員ら39人を処分した。安倍派の座長・塩谷立元文部科学大臣と、参議院側のトップ・世耕弘成前参議院幹事長が「離党勧告」、下村博文元政務調査会長と西村康稔前経済産業大臣は1年間の党員資格停止、派閥の事務総長・高木毅前国会対策委員長は半年間の党員資格停止、事務総長経験者の松野博一前官房長官と、萩生田光一前政務調査会長は1年間の党の役職停止となった。

二階派は、事務総長・武田良太元総務大臣、林幹雄元経済産業大臣、平沢勝栄元復興大臣が1年間の党の役職停止。ただし、5年間の不記載が3,526万円と最も多かった二階俊博元幹事長は次の衆議院選挙に立候補しない考えを表明し、処分対象外となった。

皮肉なことだが、この一連の「裏金問題」の処分という自民党の危機が広がる一方で、小池氏の悲願達成の芽は摘まれることになったと思われる。例えば、小池氏と親密な関係なのは、自民党東京都連会長・萩生田前政調会長だ。今年1月、萩生田氏のお膝元・八王子市の市長選で、自民党推薦の初宿和夫氏を小池氏が応援している。

萩生田氏が裏金問題の渦中にあり、選挙は異例の大苦戦の選挙となっていた。そこに小池氏が応援に入り、形勢を逆転させて初宿氏は辛勝できた。小池氏は萩生田氏の窮地を救い、恩を売った形となった。小池氏が国政復帰して首相を目指すならば、萩生田氏を中心に安倍派が担ぐ形になると思われた。しかし、萩生田氏の処分で、それは難しくなった。

さらに、二階俊博元幹事長が次期衆院選に出馬せず今季限りで引退すると表明した。二階氏は、小池氏が政界入りした90年代から、新進党、保守党、そして自民党と行動を共にしてきた。小池氏が自民党と袂を分かっても、その親密な関係は続いてきた。だから、小池氏が国政に復帰し、日本初の女性首相を狙うなら、最大の後ろ盾は二階氏だとみられていた。しかし、二階氏が政界引退を表明してしまった。

二階氏の引退には、岸田首相との「裏取引」が囁かれている。二階氏は、自身の三男を後継者とし、選挙区を「世襲」するつもりでいた。一方、離党勧告を受けた世耕前参院幹事長が同じ和歌山選出だ。将来首相の座を目指したい世耕氏は、二階氏の引退後、その選挙区を引き継ぎ衆院への鞍替えを狙ってきた。衆院選挙区を巡って、二階・世耕は「戦争状態」にあった。

そこに、岸田首相が「裏取引」をもちかけたというのだ。二階氏が政界引退すれば、裏金問題で処分はしない。その選挙区の後継を三男とする。そのために、世耕氏を「離党勧告」し、衆院に鞍替えする芽を摘む。さらに、世耕氏の参院選挙区に、二階氏の長男を公認候補として擁立することも検討するという。二階氏はその取引を受けたというのだ。

東京15区補選に見る国政の現状を象徴するような構図

この噂は、どこまで真実かわからない。言えることは、この一連の処分の流れで、岸田首相は、党全体に隠然たる影響力を誇る二階氏と、首相を最も牽制してきた安倍派の幹部で、参院を掌握していた世耕氏を自民党から追い出した形になった。そして、今後最大のライバルとなりうる存在だった小池氏の国政復帰の芽も摘むことにもなっている。

どこまで首相が意図的にやったことかはわからない。だが、派閥という牽制役がなくなって、首相の権力が、過去にないほど強大化していることは間違いない。

東京15区補選は、小池知事の国政復帰の場となるとみられたため、自民党・公明党を除く各党が競って候補者を擁立する状況となった。だが、当の知事が出てこないため、各党・候補者は「梯子を外された」形となった。

だが、それでも「奇妙な盛り上がり」は続いている。この選挙は全国289の小選挙区の1つで行われるものに過ぎないが、国政の現状を象徴するような構図となっている。自民党が候補者を擁立できない状況だからとはいえ、8候補が乱立している異様な状況そのものが示すものがある。

この補選は、次期衆院総選挙の前哨戦の意味合いが強い。岸田内閣の支持率、自民党の政党支持率が急落している状況で、「5年後の政権交代を目指す」と発言したことがある泉健太立憲民主党代表さえ、非自民各党で一致できる政策に取り組む「ミッション型内閣」を提唱し始めるなど、状況が変わってきた。野党にとって、次期衆院選は「政権交代」を目指すことになるはずだ。

ところが、東京15区補選では、野党各党がアピール合戦を繰り広げている。それは「違い」を一生懸命強調している。各党や候補者個人の「コアな支持者」に対しては、強いアピールになる。実際、「コアな支持者」からの反応はいいのだろう。手ごたえと充実感を感じているかもしれない。

だが、そのホットな闘いから一歩引いて、冷静にみたらどうだろう。野党はバラバラであることをわざわざアピールしているようだ。政権交代の千載一遇の好機なのに、それをつかみ取って、日本を改革しようという強い決意がまったくみえないのだ。

おそらく、野党には「コアな支持者」の声しか聞こえていないのだ。それは、大きな声ではあるが、全有権者の中では少数派に過ぎない。総選挙の結果を決めるのは、全国民の60%を上回っているといわれる「無党派層」だ。

無党派層には、中道的な考え方を持つ現役世代、子育て世代、若者らに加え、都市部で暮らすサラリーマンを引退した高齢者などが含まれる。普段は、イデオロギーに強いこだわりがなく、表立って声を上げない「サイレント・マジョリティ」である。

サイレント・マジョリティは、常日頃から支持している政党はないものの、時流や政局に応じて一票を投じ、選挙の結果を事実上左右する力を持ってきた。例えば、かつて民主党への政権交代を支持したのはこの人たちだ。また、第2次安倍晋三政権は、経済政策「アベノミクス」や、弱者を救済する社会民主主義的な政策でサイレント・マジョリティの支持を獲得し、憲政史上最長の政権を実現した。

ところが、現在のサイレント・マジョリティは、自民党はもちろんのこと、野党第1党である立憲民主党にも満足していない。彼・彼女らの票が流れ込んでいるのは「改革」を標榜(ひょうぼう)する維新である。

2023年4月の統一地方選を思い出してほしい。この選挙では維新の会が躍進した。大阪府知事・市長・府市議会を「完全制圧」し、維新に所属する全国の首長・地方議員の合計は774人となった。このうち505人は近畿圏であり、悲願の全国政党への脱皮は道半ばだが、それまで以上に維新に支持が集まったのは確かだ。その理由は「バラマキ」を是とせず、地方分権・行政改革・規制緩和などを志向するラディカル(急進的)な政策が評価されたからだ。

まず知るべき国民の大多数が野党の姿勢に白けきっている事実

無党派層が増大している現状が示唆することは、立憲民主党が共産党を切って、維新の会や国民民主党とともに中道主義的な政策路線を取るべきだということだ。そうすれば、安倍政権以降「社会民主的」なバラマキを続けてきた自民党に対する抵抗軸を明確に打ち出せる。無党派層から「政権担当可能な勢力」と認められることになる。だが、残念ながら、無党派層の想いは、「コアな支持層」しか見えていな野党には届いていないようだ。

今、サイレント・マジョリティである無党派層にみえているのは、自民党に代わる政権を担当する勢力になるのだという姿勢がまるで見えない野党の姿なのだ。国民の大多数が野党の姿勢に白けきっていることを、まず知るべきだろう。

特に問題なのは、立憲民主党だ。元江東区議の新人酒井菜摘氏を擁立すると発表した。問題は、その出馬会見で同席した手塚仁雄都連幹事長が、共産が擁立を発表している新人の小堤東氏について、「(昨年12月の)江東区長選でも共闘した経緯がある」と述べ、候補者調整を進める意向を示したことだ。そして、小池晃共産党書記局長は、小堤氏の擁立を取り下げ、酒井氏を支援する表明した。立民と共産の候補の一本化が実現した。

江東区は、元々不破哲三共産党元中央委員会議長の地元だった。共産党が強い地盤を持つ地域で、候補者一本化によって、酒井氏が有利に選挙戦を進める情勢となっている。しかし、この補選で勝利しても、来たる総選挙に向けて、立憲民主党になにが残るのかということだ。

立憲民主党が共産と共闘する姿勢を見せることは、コアな左派の支持を固める一方で、有権者の60%以上を占めるサイレント・マジョリティである無党派層の票を捨てるということだ。「万年野党」を目指すならば安定した票田だが、政権交代は遠のくばかりとなる。

乙武氏擁立は小池氏の悲願達成への「最後の仕掛け」か

一方、繰り返すが「ファーストの会」の副代表である乙武氏が、幅広く支持を得るため無所属として出馬する。この乙武氏の出馬には、自民党に担がれて「史上初の女性首相」になる道を閉ざされたかにみえる小池氏の悲願達成への「最後の仕掛け」があるのではないかと思う。

それは、非自民勢力を結集することで、小池氏が首相となるもう1つの悲願達成戦略だ。乙武氏が補選に勝利し、「ファーストの会」が国政政党になる。それを足掛かりに、次期衆院選にファーストの会として全国に候補者を擁立し、小池氏自身も出馬する。そして、維新の会、国民民主党、左派を排除した立憲民主党と共闘体制を築いて無党派層の票を狙う。過半数を獲得して政権交代を実現するというシナリオだ。

それは、かつて小池氏が政界入りを果たした「日本新党」が中心となった細川護熙政権の再現であり、小池氏が率いて政権交代を狙った「希望の党」の再結集と再挑戦でもある。

改革と地方主権を掲げる馬場伸幸維新の会代表、消費増税を封印し、安全保障政策などで現実路線を志向する泉健太立憲民主党代表、中道路線で与党と是々非々の玉木雄一郎国民民主党代表、そして、かつて民進党を希望の党に合流させて政権交代を狙った前原誠司氏。政策的には皆、現実的で自民党に満足できない層に響く、一致するところがある。

彼らがまとまれば、自民党政権を倒す「シン・野党連合」のようなものができる。もちろん、彼らには簡単に一緒になれない過去の様々な因縁がある。それを乗り越えて「シン・野党連合」をまとめ上げられる力量がある政治家が今の野党側にいないのが問題だ。だが、小池氏ならば、修羅場の経験値に裏打ちされた力量がある。

求められる「無党派層が望む政策」を実現させる強いリーダー

このような「史上初の女性首相」という悲願を達成する、もう1つの戦略が乙武氏の擁立には隠されているように思う。だが、それも難しい状況に追い込まれている。乙武氏の過去のスキャンダルが蒸し返されており、自民党、公明党が乙武氏の推薦を見送ったのだ。

さらに、小池氏を「文春砲」が襲った。カイロ大学を卒業したとする経歴を巡り、卒業を認めるカイロ大の声明文原案を知事側が作成していたなどと、週刊文春が報じたのだ。このスクープの衝撃もあり、乙武氏への支持が予想以上に広がらず、苦境に立たされている。

結局、東京15区補選からみえるものは、政権交代を実現する絶好の機会でありながら、そのためにまとまろうという姿勢がなく、バラバラに争うだけでサイレント・マジョリティである無党派層をつかめない野党のだらしない姿だ。これでは、青息吐息の自民党を延命させるだけであろう。

今、必要なのは、過去のいきさつを越えて野党をまとめ、サイレント・マジョリティが望む政策を実現するために指導力を発揮する、強いリーダーではないだろうか。

image by: X(@ファーストの会

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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