木製スプーンはおろか、人の歯や金属製スプーンさえ一切受け付けない、カチカチに凍ったアイスクリーム『スゴイカタイアイス』。このアイスクリームの存在が、日本社会に決定的なムダを生じさせる恐れを指摘するのは、米国在住作家の冷泉彰彦氏だ。歯や歯ぐきの健康とは別次元で、私たちが嵌まっているかもしれないイリュージョンとしての完全主義とは?(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:スゴイカタイアイス問題とは何か?
我が国の未来を左右、スゴイカタイアイス問題とは何か
日本の交通機関には、「スゴイカタイアイス」というのが2つあります。
1つは東海道新幹線ですが、これは車内販売が終了し、ホーム設置の自販機が登場してほぼ「正常化」されました。
具体的には、東海道新幹線における車内ワゴン販売の終了に伴って、アイスクリームの販売が、ホームに設置された自販機に移行したのです。
報道によれば、従来の車内ワゴン販売では「摂氏マイナス79度」のドライアイスで保冷していたためにアイスがカチカチになっていたそうですが、自販機の温度は普通の冷凍庫並みの「マイナス25度」のため、「スゴイカタイ」という状態は解消されるようです。
もう一つの「スゴイカタイ」は、ANAの国際線で機内食のデザートとして配布している小さいカップアイスです。
これも、新幹線バージョンに負けず劣らず、カチカチの状態で配布されます。
あくまで推測ですが、国際線のギャレーに搭載する際には、気圧の関係などで蒸発すると膨張するドライアイスは使用が難しいので、別の方法で「スゴイカタイ」状態を保っているのだと思われます。
こうした「スゴイカタイアイス」ですが、一言で言って迷惑と思います。とにかくガチガチの状態で供されても、すぐには食べられないからです。
時間をかけて柔らかくなるのを待つしかなく、その前に木製やプラ製のスプーンで掬おうとするとスプーンが壊れてしまう場合もあります。
食品なのですから、食べるのにちょうど良い温度で供されるのがよく、そうした観点からすればダメダメだと思います。
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何がスゴイカタイアイスの支持者たちを突き動かすのか
ところが、この「スゴイカタイアイス」にはファンもまた多いようです。ですから、新幹線の自販機移行に関しては、歓迎する声は少ないのです。
また、グリーン車に新たに提供される「スマホ注文サービス」を使うと、以前と同じように「スゴイカタイアイス」が買えるそうで、その「存続」を喜ぶ声があるようです。
そうした人々は、よほどカタイ歯の持ち主だとか、鋼鉄製の強化スプーンを持ち歩いているのかというと、そうでもないようです。つまりは、ガチガチの状態で購入して、それが多少柔らかくなるのを待つのが好きな人、ということのようです。
スゴイカタイアイスと、幻想としての完全主義
では、スゴイカタイアイスのファンは「非常にノンビリした人」だとか「待ち時間を楽しめる風流人」というイメージかというと、どうもそうではないのかもしれません。
これは全くの仮説ですが、金属製のスプーンを入れようとするぐらいに「スゴイカタイ」アイスの愛好家というのは、一種の潔癖症なのだと思います。
つまり、アイスが完全に凍った状態を10、完全に溶けた状態を0として、スプーンが入る程度の柔らかさが7、おいしく食べられる柔らかさの温度が5だとすると、5でも7でもなく、10というのが「理想品質」あるいは「完璧な品質」だという感覚です。
カネを出す以上は完璧な品質で欲しいという、一種のイリュージョンとしての完全主義ではないかと思うのです。
それは実質か形式かといえば、形式であり、意味があるのかないのかというと、要するに意味はないのだと思います。
問題はそのような形式主義、意味のない完全主義という感覚が、日本の消費文化やビジネス文化にあるのではないか、ということです。
例えばブランド店など小売店の過剰包装や、サービス業の過剰な「おもてなし」がそうです。
スゴイカタイアイスを愛する完全主義というのは、もしかしたら別のところで決定的なムダを引き起こしているのではないか、という反省は必要かもしれません。
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「スゴイカタイアイス」と「すごく正確なダイヤ」の決定的違い
ちなみに、東海道新幹線つながりで言えば、その秒刻みの運転ダイヤについては、スゴイカタイアイスのような過剰品質や、ナンセンスな完全主義にはあたらないと思います。
「1時間にのぞみ12本」というダイヤ――つまり最低でも「のぞみ」12本、「ひかり」2本、「こだま」2本の合わせて16本を毎時間運行しているあのダイヤに対して、訪日外国人の一部はムダな過剰品質との印象を持つようですが、全くの的外れです。
なぜなら、正確に運転すればするほど、運転士は安心してノッチをグイグイ押すことができ、結果的にシステムとしても最高のパフォーマンスが出る、つまり輸送力も安全性も最大になるし、運転士の心理的負荷も下がるからです。
さらに言えば、一年中ほぼ同じダイヤでありながら、関ヶ原の降雪によるある程度の遅延を吸収できるような「ダイヤの貯金」はちゃんとしてあるので、実はキチキチでもないのです。その意味で、スゴイカタイアイスとは全く違います。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年5月28日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。米大統領選や都知事選に関する記事もすぐ読めます
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