大半の人間より優秀な「AGI(汎用人工知能)」や、人間の知能をはるかに凌駕する「ASI(人工超知能)」の実現は時間の問題だ――。そんな話を最近よく聞くようになった。私たちはすでにAIが人間を超える未来を「知っている」わけだ。だがそれでも「腑に落ちている」とまで自信を持って言える人はまだ少ないのではないか。本記事では著名エンジニアの中島聡氏が、ASI誕生は必然であるという事実に「腹落ち」した理由を語る。(メルマガ『週刊 Life is beautiful』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
世界のテック企業が「AIは人間を超える」と確信する理由
ここ2年ほどの間、AI技術の先端を走る企業の経営者や研究者たちから、「AGI(大半の人間よりも優秀なAI)の誕生は目前だ」「その先には、ノーベル賞学者クラスのAI(ASI)が誕生し、科学の進歩を加速する」という言葉が聞かれるようになりました。
あまりにも非現実的な話で、一般の人たちにとっては、理解も納得もし難い話で、私も当初は懐疑的でした。
しかし、最近になって、私なりにようやく「腹落ち」する感覚を得ることができたので、今回はその話をします。
彼らの言葉の根拠になっているのが、スケーリングの法則(Scaling Law)もしくは、スケーリング仮説(Scaling Hypothesis)と呼ばれるニューラルネットの特質です。
- ニューラルネットのパラメータ数
- ニューラルネットに与える学習データの量
- ニューラルネットの学習に使う計算量
を増やせば増やすほど、ニューラルネットの能力が上昇する、というものです。
OpenAIが最初のGPT(GPT1.0)を発表した2018年ごろから、「仮説」として研究者の間で認識されるようになりましたが、その後は、OpenAIだけで、GPT3、GPT3.5、GPT4、GPT4o、o1, o3と毎年のようにより優れたモデルが発表された結果、今では「法則」として認識されるようになりました。
Microsoft、Meta、Googleなどのハイパースケーラーそれぞれが$100billionに迫る規模の投資をAIデータセンターに費やしている理由の背景にあるのが、この「スケーリングの法則」なのです。
その事実だけでも、AGIやASIの誕生を予測するには十分なのかもしれませんが、私にとっての「腹落ち」は、今のAIの進化を生物に例えた結果、得たものです。
人間の脳もまた「スケーリングの法則」で進化した
人間は地球に存在する生物の中で、最も知能が高い生物と言われています。
しかし、人間の脳と他の動物の脳(例えば、猿・犬・ネズミの脳)を生物学的に比較した時に、質的な違いは存在しないことが知られています。脳の大きさに違いはありますが、どちらもニューロンの集まりで構成されており、人間の脳だけに備わる、特別な「器官」は存在しないのです。
人間は、突然変異と自然淘汰の結果、ネズミや猿のような動物から進化しました。ネズミや猿と人間を比べた場合、一番の違いは、「知能」であり、「知能」があるが故に作られた「言葉」や「道具」が、人間の繁栄をもたらしています。
しかし、人間が猿から進化する過程で、自然は何か特別なもの(=器官)を発明する必要はなかったのです。
人間が言葉や道具を使いこなせるまでの知能を得るために、唯一必要だったのは、「脳の容積」だったのです。
重い脳を支えるために、人間は直立歩行するようになったし、出産後に脳を成長させることにしたために、人間の赤ん坊は他の動物と比べて無防備な形で生まれてくるようになったし、人間の出産は他の動物と比べて大きな苦痛とリスクを伴うものになりましたが、結果として人間は高い知能を手に入れ、地球の覇者となったのです。
私は、この「人間が高い知能を得るために唯一必要だったのは、脳の容積を増やすこと」だった事実と、ニューラルネットの「スケーリングの法則」が、実は同じことを指し示していることに気がついた時に、まさに「目から鱗が落ちる」思いをしたのです。
ニューロンの集まりである「脳」は、突然変異と自然淘汰がもたらした、自然の偉大な発明の一つですが、その1番のメリットは、ニューロンの数を増やせば増やすほど知能が向上する「スケーリングの法則」にあったのです。
人間の脳の容量には限界があるが、AIにはそれがない
AIの研究者は、人工的な知能を作るために、人間の脳を模倣したニューラルネットという仕組みを作りました。当初(1960年代)は単に、「機械学習による人工的な知能」を作るためのテクニックでしかありませんでしたが、その時、研究者が知らずに手に入れることになったのが、この「スケーリングの法則」だったのです。
AIの研究者たちが、自分たちで作ったニューラルネットが「スケーリングの法則」を持つことに2018年まで気付かなかった1番の理由は、その効果が得られるほどの大規模なニューラルネットを作ることが当時の技術では不可能だったことにありますが、GPUの誕生と、GPUのニューラルネットへの活用により、ニューラルネットが元々持っていたポテンシャルが、一気に解放されたのです。
ここまで考えた私が、さらに気がついたことは、「人間の脳の容量には限度があるけど、人工知能にはない」という驚異的な事実です。
人間の脳の容量は、高々1400立方センチ、ニューロンの数にして860億個(86 billion)しかありません(LLMのパラメータ数に相当する、シナプスの数はその1000倍以上)。それに対して、ニューラルネットの方は、お金さえかければ、いくらでも大きくすることが可能なのです。
人間の脳と、ニューラルネットには構造上の違いがあるので、1対1の比較はできませんが、(大学生に匹敵する知能を持つ)最新のモデルのパラメータ数が、数兆個(数百billion)に達しているのは偶然ではありません。
一時期は、「これ以上、学習データを集めることは不可能なので、AIの進化のスピードは鈍るかもしれない」という悲観論が広がったことがありますが、DeepSeekが(学習データを必要としない)強化学習でさらにニューラルネットの能力を高めることが可能であることを証明してくれたように、たとえ与えることができる学習データ容量に限界があったとしても、ニューラルネットのパラメータ数と、学習に費やす計算量さえ増やせば、さらなる進化が可能なことは明らかです。
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近い将来、AIの知能レベルは人間をはるかに凌駕する
そう考えれば、近い将来に「博士課程の学生程度の知能を持つAI」が作られるだろうことは明らかだし、その際には「ノーベル賞クラスの学者の知能を持つAI」を作る開発競争が起こります。
ひとたび「ノーベル賞クラスの学者の知能を持つAI」が作られてしまえば、さらなる投資により、そんなAIを1万個、1日に24時間、休まずに働かせることも可能になってしまうため、ノーベル賞クラスの発明が毎日のように起こるようになり、その後は、AIが科学の進歩を担うようになってしまいます。
そんな時代をもたらすために、どのくらいの投資が必要で、そのインフラを動かすためにどのくらいの電力が必要なのかはまだ分かりませんが、人間の知能の上限が1400立方センチ・860億個ニューロンという物理的制約により決まっているのに対し、AIの知能の上限は、投資額と供給できる電力で決まり、結果として「AIが到達できる知能レベルは、人間のそれよりもはるかに高い」ことは、ほぼ確実であると、私なりの納得(=腹落ち)をした次第です。
(本記事は『週刊 Life is beautiful』2025年2月18日号を一部抜粋・再構成したものです。全文(約2.5万字)はメルマガをご購読のうえお楽しみください。初月無料です)
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「スケーリングの法則」と私なりの「腹落ち」
※本記事でご紹介した内容です
AIが社会に与える影響
OpenAIサム・アルトマン氏の最新の考えについて
医師国家試験とAI
AIは将来の医療をどう変えるか
トランプ大統領が発令した関税
カナダ・メキシコに25%、中国に10%。米国内の反応は
Elon MuskによるOpenAI買収の件
イーロン・マスク氏の狙いについて
私の目に止まった記事(1)~(10)
AI行動サミット、ドローン配達サービス、OpenAIの自社製AIチップなど、中島氏が気になった最新ニュースを解説
質問コーナー(1)~(17)
「AIにより米国ITセクターの失業率が高まっている?」「トランプ大統領をどう見ている?」「テスラの自動運転に関して懸念があるのですが?」…などメルマガ読者からの質問に中島氏が回答
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