前回記事で、「AIの進歩により、知的労働のコストが限りなくゼロに近づく現象がまさに今、私たちの目の前で起こっている」とDeepSeek(ディープシーク)を評した著名エンジニアの中島聡氏。今回はさらに踏み込んで、DeepSeekがAI投資に与える影響や、中国への情報漏えいリスクについて展望する。(メルマガ『週刊 Life is beautiful』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
エヌビディアなどAI関連株が急落「DeepSeekショック」どうみる?
先週、このメルマガでも紹介したDeepSeek-R1に市場が激しく反応し、月曜日にはNvidiaの株価が17%も下がりました。DeepSeek-R1が桁違いに安く作られたことを見て、NVIDIAのGPUのニーズが減るに違いないという憶測が週末にかけて広まり、月曜朝の投げ売りに繋がったのです(資料1)。
私は、12月のDeepSeek-V3の発表の際に、結構驚かされ、この時に「NVIDIAの株価が下がるかも」と身構えていたのですが(NVIDIAの株は、私のポートフォリオの中で、Teslaに続く2番目のポジションです)、そうはなりませんでした。市場の反応など、こんなものです。
現在、MicrosoftやMetaなどのハイパースケーラーたちの間で起こっているのは、「1日でも早く人間よりも賢い人工知能を作る」ためのスピード競争です。同じモデルを作るために、1万台のGPUで6ヶ月かかる場合、2万台のGPUがあれば3ヶ月で作れるため、過剰とも言えるほどの「AIインフラ投資」が行われているのです。
DeepSeekは、強化学習を活用することにより、これまでよりも桁違いに安く、最先端の人工知能を作ることに成功しましたが、だからと言って、「AIインフラ投資熱」がなくなることはありません。
DeepSeekが発見した手法を使えば、これまでの10分の1のコスト(=計算資源)で人工知能が作れるようになるのだとすれば、構築するAIインフラの規模を10分の1に減らすのではなく、計画していた通りのAIインフラで、10分の1の時間で、人工知能を開発するだけのことです。
DeepSeekが証明した3つのポイント
疑わしいと見ている人も多いようですが、本当にDeepSeekの手法が、人工知能の開発コストを10分の1にするのであれば、それは、単に人間の能力を遥かに超える人工知能の開発期間が、10年から1年に縮まるだけの話なのです。
DeepSeekが証明したのは、
- オープンな人工知能がクローズドな人工知能に追いつくスピードがさらに短くなった
- (輸出規制にも関わらず)米国と中国の技術力の差が縮まっている
- 人工知能のコモディティ化(低価格化)がさらに進んでいる
ことであり、これにより、AIインフラへの投資意欲が失われることはありません。
逆に、AIインフラへの投資意欲は高まる可能性が高い
この現象を理解するには、太陽光パネル市場に例えてみると良いと思います。技術革新により、太陽光パネルの効率が2倍になったとしましょう。その場合、太陽光パネルの需要は半分になりますか?なりません。太陽光パネルがより魅力的になり、太陽光パネルの需要は増えます。
AIインフラに関しても同じです。DeepSeekが見つけたAIインフラの使用効率を上げるテクニックは、太陽光パネルの発電効率を上げるテクニックと同様であり、だからと言って、AIインフラへの需要が減ることはなく、逆に増える可能性が大きいのです。
少ない計算資源で優秀な人工知能が作れることを証明したDeepSeek R1の存在が、なぜGPUの需要を減らすどころか増やすのかについては、AI開発の効率化とジェボンズのパラドックスというpodcastのエピソードを作ったので、そちらも参照してください。
OpenAIなど、AIそのものを提供する企業には向かい風
ただし、予想以上に早いスピードで起こっているコモディティ化の結果、OpenAIやAnthropicのような人工知能そのものをサービスとして提供している会社の黒字化がさらに先延ばしになる可能性は十分に高いと思います。
小さなAIベンチャーの中には、黒字化する前に資金が底をつき、倒産してしまうところもあると思いますが、それも自由競争・自然淘汰の当然の結果です。
情報漏えいを防ぐには、DeepSeekを米国サーバで実行
ちなみに、米軍がDeepSeekの利用を禁止したという報道がありますが(資料5)、当然です。TikTokに映像を投稿することが危険であるならば、中国のサーバーに置かれた人工知能に対して質問することはできません。
ただし、DeepSeekはオープンウェイト(=誰でも同じ人工知能を自分で走らせることができる)なので、ローカルデバイスや、米国のサーバーで実行する場合には、その危険はありません。
【関連】中島聡が中国製AI「DeepSeek-R1」に受けた衝撃と時代の大変化。私たちは「知的労働のコストがゼロになる」瞬間を目撃している
【参考資料】
- What Is China’s DeepSeek and Why Is It Freaking Out the AI World?
- DeepSeek resets the board
- DeepSeek Challenges Everyone’s Assumptions About AI Costs
- Asked if China’s DeepSeek stole American IP
- U.S. Navy bans use of DeepSeek due to ‘security and ethical concerns’
- DeepSeek AI collects, stores US user data in China – sparking eerily similar national security concerns that forced TikTok crackdown
- Jevons paradox strikes again!
- Be careful with DeepSeek, Australia says – so is it safe to use?
(本記事は『週刊 Life is beautiful』2025年2月4日号を一部抜粋・再構成したものです。全文(約2万字)はメルマガをご購読のうえお楽しみください。初月無料です)
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“Move 37″モーメント
AI業界が震撼した2016年3月。DeepSeekで同様の事例が近く起こる可能性も
DeepSeekインパクト
※本記事でご紹介した内容です
Stargateプロジェクト
孫正義氏、OpenAI、トランプ米大統領の巨額AI投資計画から見えてきたこと
AIの進化がもたらす二つの世界線
AI進化の方向性は二つ。それぞれどのような商品やサービスが考えられるか
映像版Life is beautifulの開発
メルマガを自動で音声化、さらには映像化する取り組み。成果はgithubで公開
私の目に止まった記事(9本)
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質問コーナー(13本)
検索エンジンからAIへの移行で「広告」はどうなる?/AIやロボット技術の進歩で貧富の差がさらに拡大?…などメルマガ読者からの質問に中島氏が回答
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