オリンピック史上最悪の出来事として歴史に刻まれるミュンヘン五輪「黒い九月事件」を題材とした映画『セプテンバー5』。未曾有のテロ犯罪を扱ったサスペンスドラマとして大きな話題を呼んでいますが、同作はまた日本のニュース番組の問題点をもあぶり出す作品ともなっているようです。今回のメルマガ『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』では著者の伊東森さんが、我が国のニュース番組が抱える「致命的な欠陥」を3つの観点から考察・解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:日本と海外のニュースはここまで違う!映画『セプテンバー5』が映しだす日本の報道番組の致命的な欠点 なぜ日本のニュースはBGMを多用するのか?エンタメ化する日本のニュース番組…専門家コメントは必要か?
もはや「報道」にあらず。映画『セプテンバー5』が映しだす日本のニュース番組の致命的な欠点
現在公開中の映画『セプテンバー5』は、1972年のミュンヘンオリンピックで発生した人質事件を、米ABCニュースの生中継という視点から描いた作品だ。この中継を担当したのが通常のニュース番組ではなく、スポーツ番組のクルーだったとはいえ、この映画を通じて、日本のテレビニュース番組の問題点を考察することができる。
特に、BGM(背景音楽)の使用、専門家コメントの扱い、ニュース番組の形式変遷という3つの観点から分析を行うことで、日本のニュース番組が直面している本質的な問題に迫ることができる。
まず、ニュース番組におけるBGMの使用についてだ。『セプテンバー5』では、緊迫した状況下でのニュース報道において、BGMは一切使用されていない。これは、事実を淡々と伝えることに徹した当時の報道姿勢を反映している。
一方、現代の日本のニュース番組では、BGMの過剰な使用が問題視されることがある。感情を煽るような音楽や効果音は、視聴者の判断を誘導し、客観的な情報伝達を妨げる。
次に、専門家コメントの扱いについて検討する必要がある。『セプテンバー5』では、事件の進展に応じて、現場の記者や専門家が冷静に状況を分析し、視聴者に情報を提供。対して、現代の日本のニュース番組では、しばしば「エンターテイメント系」のコメンテーターが起用される(*1)。
▽映画『セプテンバー5』とは?
- 2024年制作のドイツ・アメリカ合衆国の歴史ドラマスリラー映画
- 2025年2月14日に日本で公開
- 監督はティム・フェールバウム
- 主演はピーター・サースガード、ジョン・マガロ
- 1972年9月5日のミュンヘンオリンピックで発生した「黒い九月」事件を題材にしている
- テロ事件を生中継することになったテレビクルーの視点から描かれる
- 事件の発生から終結までの1日を90分間のサスペンスで描く
- 報道の自由、人権、メディアの責任など現代社会に通じる問題を提起している
- 第81回ヴェネツィア国際映画祭で先行上映され、高い評価を受けた
- 第97回アカデミー賞の脚本賞にノミネート
■記事のポイント
- 日本のニュース番組はBGMを多用し、視聴者の感情を誘導する傾向があるが、海外では事実報道の客観性を重視し、BGMを使用しないケースが多い。
- 日本のニュース番組では専門家コメントの編集が行われ、エンタメ系コメンテーターの発言が主流になっているが、海外では専門家が長時間詳しく解説することが一般的。
- 1953年のテレビ放送開始以降、日本のニュース番組はストレートニュースからエンタメ化が進み、視聴率競争の影響で報道の質や公正性が損なわれる懸念が指摘されている。
この記事の著者・伊東森さんのメルマガ
「ニュースにBGMを乗せる」という日本独特の演出
映画内に登場するABCニュースを含む海外の主要ニュース番組では、事実として原則としてニュース本編中にBGMを流さない。番組のオープニングやジングルとしてテーマ音楽が使われることはあるが、キャスターの読み上げや現場リポート中に音楽が被ることはほぼない。
これは、事実報道の客観性を保ち、視聴者の感情を不必要に誘導しないための配慮である。この方針は、CNNやBBCなどの海外の報道番組にも共通しており、背景に音楽を流さず、映像と言葉だけで状況を伝えるのが一般的である。
1972年ミュンヘン事件を伝えたABCの中継でも、冷静に事実を伝える姿勢が印象的で、現場音のみが伝えられた。
一方、日本のテレビニュース番組ではBGMの多用が目立つ。NHKなどの硬派なニュースでは速報やストレートニュース部分に音楽は付かないものの、民放の報道番組やワイドショー的なコーナーでは、しばしば映像に合わせてBGMが流される。
特に「特集VTR」やドキュメンタリー調のコーナーでは、悲しいニュースには哀調を帯びた曲、明るい話題には爽やかな曲を組み合わせるなど、場面の感情に沿った音楽が用いられることが多い。
BGMの有無は、視聴者のニュースに対する印象を大きく左右する。日本の番組で流されるBGMには、視聴者の感情を先回りして「悲しんでください」「感動してください」と誘導するかのようなものが多い。
重用される「エンタメ系コメンテーター」たち
また日本のニュース番組における専門家コメントの扱いは、近年、その実態と影響力について議論の的となっている。映画『セプテンバー5』内のテレビに登場した人物は人質だったコーチであるが、しかしコメントの真偽を含め、“編集”なしでそのまま生放送してあった。
海外のニュース番組、特にBBCのような信頼性の高い報道機関では、専門家のコメントを編集せずに生放送で伝えることが重視されている。専門家のコメントを編集なしで放送することで、視聴者に対して情報の透明性を保証する。
これにより、報道機関への信頼性が高まる(*2)。とくに生放送では、最新の情報や専門家の見解をリアルタイムで視聴者に届けることができる。これは特に緊急性の高いニュースや急展開する状況においてとくに重要だ(*3)。
一方、日本のニュース番組では、ほぼすべてのテレビ局において専門家のコメントが編集される。しかし、この過程で重要な文脈や詳細が省略され、本来の意図とは異なる印象を視聴者に与える危険性がある。
またある調査によると、ニュース番組でのコメントは「エンターテイメント系」コメンテーターの発話が75%を占め、「ジャーナリスト系」が17.5%、「その他の専門家」が7.4%となっていた(*4)。この数字から、専門性よりも視聴者の興味を引くことに重点が置かれている傾向が見て取れる。
ニュース番組の進化とともに失われる報道の「公正・中立」
日本のテレビニュースは、1953年のテレビ放送開始以来、社会の変化と技術の進歩に伴い大きく変遷してきた。初期のストレートニュースからニュースショー、ワイドショー、情報番組へと発展。
テレビ放送開始当初のニュースは、新聞社が制作する「ニュース映画」に近い形式で、大手新聞3社が日替わりで提供する「3社ニュース」が主流だった(*5)。この時期のニュースは、事実を簡潔に伝えることに重点が置かれ、客観的な情報提供を目的としていた。
1962年、TBSで日本初のキャスターニュース番組『ニュースコープ』が放送開始(*6)。アメリカの『CBSニュース』をモデルにし、田英夫や戸川猪佐武といった日本の第一世代のアンカーを輩出した。
1984年には、フジテレビの『FNNスーパータイム』が登場。ニュースにエンターテインメント的な要素を融合させ、視聴者の関心を引きつける演出が強調された(*7)。このスタイルは後の情報番組にも影響を与えた。
しかし、ニュース番組の進化とともに、いくつかの問題も浮上した。ニュースのエンターテインメント化が進むことで、報道の質や深さが失われる懸念が指摘されている。また、視聴率競争の激化により、センセーショナルな報道が増加。これにより、ニュース本来の役割である公正・中立な報道が損なわれるリスクが高まっている。
▽日本のニュース番組の1953年から現在までの変遷
- 1953年:テレビ放送開始。初期のニュースはラジオの影響を受け、アナウンサーが原稿を読む単調な形式
- 1960年:NHK『きょうのニュース』開始。総合編集型ニュースの始まり
- 1962年:TBS『ニュースコープ』開始。キャスターニュースの基礎を築く
- 1970年代:キャスターニュースの興隆。NHK『ニュースセンター9時』開始(1974年)
- 1980年代:報道の時間枠拡大、国際化進展
- 1990年代:朝の情報番組、週末午前の報道番組拡充
- 2000年代:ニュース番組の娯楽化傾向、ワイドショーとの境界曖昧化
- 2010年代:SNSの普及によるニュース伝達の多様化
- 現在:速報性重視、映像・音声・色彩の活用、視聴者の興味に即応した演出
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■引用・参考文献
(*1)鄭玟秀・戸田里和・国枝智樹「ニュース番組における解説機能の役割」上智大学
(*2)「あなたは、ニュースを信頼できますか?」BBC WORLD NEWS
(*3)「あなたは、ニュースを信頼できますか?」BBC WORLD NEWS
(*4)鄭玟秀・戸田里和・国枝智樹「ニュース番組における解説機能の役割」上智大学
(*5)倉澤治雄「テレビジャーナリズムの70年(前編)【テレビ70年企画】」民放online 2023年11月27日
(*6)倉澤治雄「テレビジャーナリズムの70年(前編)【テレビ70年企画】」民放online 2023年11月27日
(*7)倉澤治雄「テレビジャーナリズムの70年(前編)【テレビ70年企画】」民放online 2023年11月27日
(『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』2025年3月2日号より一部抜粋・文中一部敬称略)
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