【自衛隊】歴史が証明する軍事力による「自国民保護」の危うさ

© Oleg_Zabielin - Fotolia.com
 

むずかしい国際法上の位置づけ

第3に、それでも日本が武力による「邦人救出」をやるという場合にそれを国際法的にどう位置づけるかというのはなかなかの難問である。

(1) 相手国の同意

主として1990年代に世界で行われた自国民救出活動の事例を研究した防衛研究所の論文(★)によると、ほとんどの場合に救出活動は相手国の事前同意を得て行われているが、そうでない場合もあり、特に米国、英国、フランス、イスラエルなど「軍事国家」にその例がある。
★橋本靖明・林宏「軍隊による在外自国民保護活動と国際法」(防衛研究所紀要2002年2月号)。

米国は、上述のように、イラン、グレナダ、パナマなどで相手国の同意を得ることなく軍を派遣した。フランスは、同意取得が原則であるとしながらも、1997年のザイール(現コンゴ民主共和国)の場合は、同国政府が崩壊状態で連絡すら取れない状態であったため、同意なしに軍を送った。イスラエルは1976年、同国人が登場する旅客機がハイジャックされてウガンダのエンテベ空港に着陸した際、ウガンダ政府から同意を得ることなく軍特殊部隊を同空港に突入させて犯人グループと交戦、人質を奪回した。ウガンダはこれを主権侵害と非難したが、イスラエルはこの直後に開かれた国連安保理事会で「自国民の生命の危機は国家の危機であり、自衛権をもって対処した」と主張した。日本を含む多くの国はこれを違法としたが、米国だけはイスラエルの立場を強く支持した。

日本は、このような軍事国家の真似をして相手国の同意なしに自衛隊を送って「侵略」呼ばわりされても開き直るという態度をとることは到底できないので、シンガポールやフィリピンなどと同様、相手国の同意を基本的前提としなければならないのは当然である。

(2) 同意の内容

シンガポールの場合は、軍用機派遣、領空通過、空港着陸、携行武器とその使用基準、機体周辺以外の安全確保は相手国の責任、救出に当たり国籍による優先順位は設定しない、などの原則が予め決まっていて、それに基づいて相手国の同意を取り付け、後で問題になりそうな微妙なところは明文化までして、一切の誤解が生じないよう配慮している。相手国の治安が悪化して機体周辺以外でも救出部隊を自ら護衛しなければならないような場合は、それでも救出活動を実施するかどうか改めて判断するとしていて、慎重の上にも慎重である。

フィリピンは、相手国の同意を必須とし、救出部隊は非武装を前提にしている。タイは、普段から大使館が、緊張が高まった場合の注意喚起という「レベル1」から、実際に戦闘が始まって大使館や指定ホテルに全員退避の「レベル4」までの対応が準備されていて、しかも大使館員だけで人手が足りないことを想定して現地在住のタイ民間人に救出活動の役割を分担させる体制をとっていて、そのレベルに応じて相手国の同意を速やかに得ることを原則としている。マレーシアは、相手国の同意を前提とし特に救出部隊の携行武器については相手国の考えを尊重して無用の刺激を与えないよう配慮するとしている。また、救出に当たっては婦女子を優先し、外国人の扱いに差別を設けない。

(3) 自衛権の拡大解釈?

上述のように、米国などは相手国の同意があろうとなかろうと「自衛権」の名において自国民保護の軍事活動を行うが、これについて国際法の世界では賛否両論がある。他方、自国民救出のための部隊派遣と武力行使は、国連憲章が禁じた武力による威嚇または武力の行使(2条4項)に抵触しないので、自衛権の拡張解釈をする必要がないという学説もある。さらに、相手国の同意が得られない場合は、何らかの形で国連による授権が必要だとする意見もあって、要するに国際法上、救助活動をどう理論づけるかについて定説がない。

print
いま読まれてます

  • 【自衛隊】歴史が証明する軍事力による「自国民保護」の危うさ
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け