クレハは、技術立社として「ナケレバ、ツクレバ。」の精神を原点に、化学の力で社会に貢献してきた企業である。同社はグローバル成長市場において、ニッチ分野ながら高い技術力を誇る製品を展開し、業界内で独自のポジションを確立している。事業セグメントは機能製品(2025年度売上収益構成比37.9%)、化学製品(同18.2%)、樹脂製品(同22.7%)、建設関連・その他関連(同21.1%)の5つに区分されている。主力製品として、ポリフェニレンサルファイド(PPS)やポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリグリコール酸樹脂加工品(PGA)などを手掛ける。また、化学製品事業では農薬分野や工業薬品分野を、樹脂製品事業では家庭用ラップ「NEWクレラップ」などのコンシューマー・グッズ分野を展開し、社会に貢献する製品を幅広い分野に提供している。
主力製品のPVDFは、ポリフッ化ビニリデン樹脂で、耐薬品性や電気化学的安定性、接着性に優れ、主にリチウムイオン二次電池用バインダーとして使われる。従来は車載三元系電池向けが成長期待を担ってきたが、足元ではEV市場の停滞やLFP系電池の拡大により事業環境が変化している。一方、データセンター向けなどでESS用途のLFP系リチウムイオン電池需要は拡大しており、同社はESS用途に加え、LFP系EV用途や半導体製造装置・水処理などの工業用途への展開を進めている。
PGAはポリグリコール酸樹脂で、高強度、生分解性、ガスバリア性を特徴とする。同社では主に米国シェールガス・オイル掘削向けのフラックプラグ用途に展開している。使用後に地下で分解するため、掘削工程の効率化に貢献できる点が強みである。中高温鉱区向けのPGAプラグは、主要鉱区での市場シェア目標30%を超過するなど市場浸透が進んでいる。今後は、中高温鉱区向けを中心に黒字化を目指すほか、低温/超低温領域への広がりも想定している。
PPSはポリフェニレンサルファイド樹脂で、耐熱性、耐薬品性、難燃性、寸法安定性、電気特性に優れている。自動車部品、電気・電子部品、通信部品、産業機器部品などに使われ、金属代替や軽量化に貢献する。PVDFやPGAのような成長期待品とは異なり、PPSは安定収益基盤としての位置づけが強い。自動車向け需要が緩やかに伸びるほか、AI・クラウド拡大に伴うデータセンター向け光通信部品用途の需要拡大も期待される。
同社の強みは、第一に市場ニーズを起点とした高度な研究・技術開発力と確かな特許創出力である。長年蓄積した高機能樹脂の材料設計・量産技術では、PVDF、PGA、PPSといったいずれも汎用品ではなく、顧客用途に応じた品質、加工性、性能の最適化が求められる製品を開発。特に電池材料や掘削部材では、単に素材を供給するだけでなく、顧客の評価プロセスや用途開発に入り込む力が重要となる。また、新事業に関する特許出願件数は大幅に増加しており、2025年度の累積出願件数は126件にのぼる。これが新事業創出時の確度を高め、持続的な競争力の源泉となっている。第二に、樹脂製品事業における強力なブランド価値の保有が挙げられる。特にコンシューマー・グッズ分野の家庭用ラップにおいて高い市場シェアとトップブランドの地位を確立しており、安定した収益基盤として機能している。第三に、化学製品事業のライフサイエンス領域における強固な技術的基盤と事業展開ノウハウである。長年にわたる農薬研究開発、生物評価技術、安全性評価、生産技術の基盤に加え、販売アライアンスや海外委託生産等の知見を有しており、今後の成長を牽引する強力なパイプラインの創出を可能にしている。
2026年3月期の通期業績は、売上収益が161,688百万円(前年同期比0.2%減)、営業損益は18,592百万円の損失(前年同期は9,428百万円の利益)で着地した。機能製品のPGA、樹脂製品の家庭用品が増収となったものの、PVDFの販売構成の変化による販売単価下落などが影響した。また、PVDF製造設備およびクレメジン製造設備の減損費用365億円を計上したことで大幅減益となった。ただ、本業の収益力を示すコア営業利益は着実に改善しており、減損損失による固定費削減効果を含めて早期の収益健全化に向けた基盤は整っている。2027年3月期は、売上収益172,000百万円(前期比6.4%増)、営業利益11,000百万円を見込む。PGAが伸長するものの、PVDF、農薬、家庭用品、建設事業、環境事業などが減益要因となる。
同社は2035年度に向けた長期経営計画を策定し、「技術の収益化にこだわり、世界で勝ち抜く高付加価値企業」を目指している。2035年度の目標として、機能製品、樹脂製品の主力2事業に加え、ライフサイエンス領域を育成・強化することで3事業が均等に収益を支える利益ポートフォリオ体制を確立し、ROE12%の達成を掲げている。2026年度から2028年度までの中期経営計画では、この長期目標に向けた足場固めの期間と位置づけ、2028年度にコア営業利益190億円、ROE8.0%の達成を目指す。成長ドライバーとして、機能製品事業では、PVDFやPGAの新グレード製品投入による高付加価値化の追求や現有設備の効率的な運用を推進、樹脂製品ではブランド価値の向上と多角化を実施していく。また、化学製品事業では、農業用殺菌剤カルメコナゾールの世界各国での登録申請・上市による最大化や、バイオスティミュラント、癒着防止フィルムなどの新製品パイプラインの収益化を推進する。さらに、生産部門の業務効率化や自動化を進める生産革新プロジェクトの遂行により、コスト競争力を高めて持続的な成長を実現する方針である。機能製品の収益力回復と化学製品事業のライフサイエンス領域の立ち上げを着実に実行し、2035年度にはコア営業利益として、機能製品事業30%・樹脂製新事業30%・化学製品事業30%のポートフォリオを目指す。
株主還元について、利益配分においては、将来の事業展開に向けた積極投資に資する内部留保を充実させつつ、安定的な配当を行うことを基本方針として掲げている。2027年度以降もDOE5%を目安とした配当を計画している。2026年3月期の年間配当金は合計214円となり、2027年3月期の年間配当金は216円と増配を予想している。なお、配当利回り5%超えとなるなか、PBRは0.8倍と1倍を割り込んでおり、依然として割安感が残っている。
総じて、クレハは電気自動車市場の停滞による一時的な減損損失を処理し、リスクを先送りすることなく新たな中長期経営計画へと舵を切っている。既存の強力なブランド力を持つ樹脂製品や需要が旺盛なシェールガス掘削用途向け機能製品に加え、中長期的に高い収益貢献が期待されるライフサイエンス領域を第3の柱へと育成する明確な戦略を示している。安定的な株主還元方針を維持しながら、技術力を確かな収益へと結びつける同社の今後の動向に期待していきたい。