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北朝鮮に自衛隊の特殊部隊を送り込むことは可能か?専門家が分析

「北朝鮮の拉致被害者は自衛隊の特殊部隊に救出させればいい」という声が頻繁に上がりますが、実際可能なのでしょうか。軍事アナリストの小川和久さんは『NEWSを疑え!』で専門家のコメントを紹介しつつ、「不可能に近い」と断言しています。

朝鮮語ができないのに北朝鮮に潜入?

ロシアの軍事的介入がシリアのアサド政権の対反政府勢力や対イスラム国(IS)の戦いで効果を上げているのを無視できなくなってきたのでしょうか、米国のオバマ政権も少し本腰を入れはじめたようです。

<米大統領> IS掃討作戦で特殊部隊最大50人派遣を承認

 

米政府高官は30日、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦の一環として、オバマ大統領がシリアへの最大50人の特殊部隊の派遣を承認したと明らかにした。IS戦略の立て直しの一環で、シリアへの米軍地上部隊の派遣は初めて。米軍の地上作戦拡大を示すもので、戦闘の激化を招く恐れもある。

 

米政府高官によると、少人数の特殊部隊はシリア北部に配置される。重要目標である北部ラッカの攻略に向け、軍事顧問として反体制派を地上で支援する狙いがある。米メディアによると、オバマ大統領は29日に地上部隊の派遣を承認。同高官によると、トルコ南部の基地に複数の対地攻撃機A10とF15戦闘機を派遣することも了承した。

 

オバマ政権はIS掃討のためイラクに派遣した軍事顧問団と同様に、シリア派遣部隊の任務も反体制派の作戦支援や米軍による空爆の誘導などに限定するとみられる。オバマ政権は「長期の大規模地上戦闘作戦を行わない」としている。

 

シリアでのIS掃討作戦を巡って、オバマ政権は反体制派の訓練・育成を断念し、ISと戦う反体制派への武器供与に方針転換。イラクと合わせ、空爆と地上作戦の強化を打ち出している。ISが首都と主張するラッカの攻略には、地上部隊の派遣が不可欠と判断したとみられる。

 

米政府高官によると、シリアへの特殊部隊派遣のほか、イラクのアバディ政権と、IS幹部を標的とする特殊作戦部隊の創設について協議する。IS対策のためヨルダンとレバノンに対する軍事支援の強化についても承認した。

(10月31日付け毎日新聞)

こうした報道が行われ、「特殊部隊」という言葉が見出しに躍るようになるほどに、日本国内ではまるでひとつ覚えのように「北朝鮮に自衛隊の特殊部隊を投入して拉致被害者を救出せよ」という声が聞こえるようになります。

拉致被害者の帰国はもとより、調査すら進展しない現状への苛立ちは理解できますが、ことはそう簡単ではない、いや、むしろ不可能に近いことは知っておいてもらいたいと思います。

まず、自衛隊の特殊部隊で米国のグリーンベレーや英国のSAS(陸軍特殊空挺連隊)に近い水準にあるのは陸上自衛隊の特殊作戦群だけですが、人員は300人ほど。そのオペレーションを支える態勢は、情報収集に始まって皆無と言ってよい状態です。

警察の特殊部隊SAT海上保安庁のSSTは、それぞれ精鋭を集めているとは言っても、軍事的な作戦行動を前提とした組織、装備ではありませんし、訓練も警察の特殊部隊のもの以上ではありません。

それだけではありません。米軍自身が北朝鮮での特殊部隊の活動は容易ではないということを明らかにしているのです。

おなじみ西恭之氏(静岡県立大学特任助教)は2014年1月22日号のミリタリー・アイに、米陸軍特殊部隊グリーンベレーが2013年、韓国軍とともに北朝鮮に潜入し、反政府ゲリラを組織する想定で合同演習を行った際、演習に参加した2人の大尉の以下のような指摘を紹介しています。

  1. 北朝鮮では対空火力の脅威が大きいので、Aチームがヘリコプターで移動できるのは、北朝鮮へ潜入する際の1回に限られる
  2. 朝鮮人民軍には通信を傍受する能力があるので、Aチームは上級部隊の指揮を受けることができず、独立して行動しなければならない。
  3. 隠れ場所のない禿山が多いので、移動は夜間の徒歩に限られる。そのうえ道路が少ないので、政府側は1カ所の検問所で広い地域を統制できる。
  4. 敵と接触した場合、砲兵と航空機の火力支援も、地上の即応救援部隊も、直ちには期待できない。
  5. 負傷者をヘリで移送できないので、できるだけAチームが治療し、秘密裏に移送しなければならない。

これを見るだけでも、北朝鮮の弾道ミサイルを発射前に攻撃するためや拉致被害者を救出するためといっても、特殊部隊を北朝鮮で行動させることがいかに困難かわかるでしょう。

日本国内の特殊部隊投入論にとどめを刺すようなコメントもあります。

高英起氏(デイリーNKジャパン編集長)による10月31日の論考「自衛隊は絶対に『拉致被害者』を救出できない」です。関係部分だけ紹介しておきます。

(前略)仮に北朝鮮の軍を空から攻撃しなければならない情勢になれば、まず間違いなく、韓国空軍や米軍(空軍・海軍・海兵隊)が動くだろうから、航空自衛隊に出番があるとは思えない。

 

陸上自衛隊が北朝鮮に進出する可能性はゼロに近い。理由は簡単だ。朝鮮語(韓国語)が分からないからである。

 

ちろん、自衛隊でも一部の人員に語学の訓練を施してはいるが、北朝鮮で現地の人々と十分なコミュニケーションを取れる人材はほとんどいないだろう。捕虜を尋問できる人間など、文字通りゼロではないだろうか。(後略)

同じ問題は、北朝鮮に関する日本政府を挙げての情報収集にも潜んでいます。

米軍のように韓国軍が協力するなら朝鮮語の問題は少しは改善されると思いますが、いまの両国関係では韓国軍が「日本軍」に協力することは考えられません

このような現実に目をつぶってきた結果が、いまだに拉致被害者の安否情報をつかむことすらできていない現状だということは、忘れてはならないでしょう。

image by: Keith Tarrier / Shutterstock.com

 

NEWSを疑え!』第440号より一部抜粋

著者/小川和久
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。
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