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深まるテロ首謀者の謎…新聞各紙による「事件分析」を徹底比較

パリ近郊で多発テロの容疑者と警官隊の銃撃戦が起こるなど、揺れに揺れるフランス。新聞はテロの全体像をどのように捉え、何を報道したのでしょうか。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』では各紙の分析を解説しています。(この記事は11月19日朝刊をもとに書かれています)

各紙はテロ事件の全体像に係わって、何を伝えたか

◆1面トップの見出しから……。

《朝日》…「テロ首謀者潜伏か 銃撃戦」「2人死亡 7人拘束」
《読売》…「パリ近郊 銃撃戦7人拘束」「テロ首謀者捜索中」
《毎日》…「パリ近郊 潜伏先急襲」「治安部隊銃撃戦」
《東京》…「安保法 自衛隊リスク増」「PKO参加国 戦闘死者446人」

◆解説面の見出しから……。

《朝日》…「首謀者標的 未明の急襲」
《読売》…「露、対テロ連携を強調」「孤立脱出へ仏と『同盟』」
《毎日》…「首謀者 自由に往来」「「開かれた欧州」逆手」
《東京》…「指令待つ潜伏戦闘員」

4紙の1面トップと解説面のテーマ8項目のうち、実に7項目パリ連続テロ事件の続報に当てられています。もちろん、昨日の捜索と銃撃戦という、ショッキングな出来事があったからですが、各紙、この機会に、既報部分の凸凹を調整する機会になったようです。他紙が先行して報じたことを後追い的に確認取材し、自紙に載せるということがあります。昨日のどこかの新聞に出ていたことが、今日は別の新聞に出ている、そんな感じの情報も多く、結果として、各紙はライバル紙を横目で見ながら、ほぼ共通する情報源に基づいて、一連のテロ事件報道の輪郭が収斂していく、そんな感じでしょうか。

◆そこで、今日のテーマは……。

各紙は「テロ事件の全体像に係わって、何を伝えたか」としたいと思います。

肥大化する容疑者像~神出鬼没

【朝日】は1面で、パリ近郊で起こった捜索と銃撃戦についての記事。2面の解説記事「時時刻刻」では、首謀者とされこの日の捜索対象だったと思われるアブデルアミド・アバウドという容疑者の人物像に迫っている。他に関連記事は、9面にフランス観光業への打撃についての経済記事、13面にフランス、イギリス、アメリカ、ロシア各国の対IS共闘の機運についての国際面の記事、38面には銃撃戦のあったサンドニ周辺住民の恐怖についての社会面の記事。

1面記事。今回の捜索は、13日の事件の際に発見された実行犯のものらしき携帯電話からサンドニの拠点が分かり、その場所に対して行われたものだった可能性を示唆。ビジネス街に対する新たなテロ計画も分かり、アバウド容疑者が潜伏している可能性が高いと見て踏み込んだこと等を記す。アバウド容疑者がそこにいたか否かは不明という。

2面はそのアバウド容疑者についてのプロフィール。いくつかのテロ未遂、シリアへの渡航、戦闘員勧誘などでマークされてきた人物だが、厳戒下で潜伏を続け、ISの機関誌でのインタビューでは、「警官は手配写真と私を見比べたが、私だと気付かなかった」(ベルギーでの警察署を狙ったテロ未遂事件の際)と発言。「十字軍の情報収集能力は恐れるに足りない」と豪語している。またYouTubeに公開された映像には、遺体を乗せたトラックの運転席で「運んでいるのは背教者」と笑顔で語るアバウド容疑者の姿も。

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首謀者と目される人物が、こんな「有名人」だったというのは驚きだ。中東とヨーロッパを自由に移動しても一向に捕まらない理由を《朝日》は「イラクのフセイン政権が養成した秘密工作員の潜伏技術が、元イラク軍人を通じてISに伝授されて」いるという話を、フランス治安機関の元職員の言として紹介している。もっと基礎的な条件として、ベルギーはブリュッセルのモランベーク地区のような「聖域」が存在しているという条件もあるのだろうが、それにしても、そんなことで逮捕を免れることができるのかと疑問に思う。

テロ支援国への変貌

【読売】も1面トップで、サンドニでの銃撃戦の記事。さらにその下に「仏露、シリア空爆連携」の見出しで、両国の軍事行動の調整が行われることなど、3面は解説記事「スキャナー」で、ロシアの思惑を中心とした国際「政局」記事、6面はベルギーのイスラム系移民集住地区モレンベーク(ブリュッセル)のルポ、7面は国際面の連載「パリ襲撃」(中)、39面はサンドニ銃撃戦についての住民目線のドキュメント。

1面記事のなかで、《読売》は、首謀者と見られるアバウド容疑者について、「『イスラム国』の幹部」と表記する。また、フランスとロシアの空爆連携を伝える記事の中では、イギリスがシリア空爆に参加する意向であること、さらに、前日、ロシア軍は潜水艦から初めて「イスラム国」の拠点に向けて巡航ミサイルを撃ち込んだと、昨日の《東京》のみが載せた情報の後追いも果たしている。

7面記事では、「イスラム国」が軍事的な苦境に立たされ、武器・弾薬、戦闘員の補充も困難になる中でテロを起こし、影響力を再び拡大させる狙いがあるとする。そして原油代金などで2,500億円の資金を得ている、小規模な国家並みの財政力を使い、「わずか2週間ほどで、世界有数のテロ支援国家になった」との興味深い分析を紹介する。

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《読売》の記事が描き出す全体像の中には、興味深いものがある。事件後のシリアにおける軍事行動という点で、ロシアの「熱心さ」は突出しており、そのことを強調する文脈で、「潜水艦からの巡航ミサイル発射」は後追いする価値のある情報だったのだろう。また7面記事で紹介されている、「イスラム国」の「変貌」はやがてその正体に迫る可能性を秘めた情報だと思われる。少なくとも、こうしたテロ行為の根源の1つは、「イスラム国」が原油を換金することを可能にしているシステムであり、あるいは資金を提供し続けているアラブ富裕層の存在…そのあたりまでは簡単にたどり着けそうではないか。まだ、その先があるのだろうが。

肥大化する容疑者像~残忍性

【毎日】も1面トップでサンドニの銃撃戦、2面は1面から続いて、「テロ活動の温床」との見出しで、ベルギーの首都ブリュッセルのモレンベーク地区について。3面の解説記事「クローズアップ2015」ではアバウド容疑者のプロフィールと、自由な往来が可能な中でアバウド容疑者が警察の手もすり抜けて行動していたさま、8面は欧米各国がテロ厳戒態勢に入っている状況についての記事、社会面29面は、サンドニ銃撃戦の周囲の状況など。

1面記事はアバウド容疑者を「『イスラム国』のメンバー」と呼称。サンドニの捜索は、ドゴール空港などを標的とした新たなテロ実行の直前だったと報じられているという。

3面記事には、ISのウェブ版英字機関誌「ダビク」に掲載されたアバウド容疑者の写真が付いている。アバウド容疑者は、シリア穏健反体制派兵士の遺体を引きずり回す映像が公開され、残忍さで知られているという。また13歳の弟をシリアに連れ去り、「最年少の戦闘員」にしたと批判されたことも。

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アバウド容疑者の残忍性を強調したプロフィールが書かれている。やはり、疑問に思わざるを得ないのは、それほどの「有名人」がEUの中を動き回っていたのに、なぜ逮捕されずに新たな事件を起こし続けることができたのか、ということだ。別のところで書いたようないくつかの理由が考えられるが、正直、どれも説得力十分というわけではない

身構えるフランス

【東京】は1面の中央に「テロ主犯潜伏先 制圧」の見出しで比較的短い記事を置き、関連は3面の解説記事「核心」と9面国際面、29社会面のそれぞれ。

1面は基本的な情報だが、自爆死した女性はアバウド容疑者のいとこの可能性があると報じられているという。

3面の解説記事「核心」は、見出しが「指令待つ潜伏戦闘員」。「欧州をはじめ世界各地に過激派組織『イスラム国』(IS)の潜在的な戦闘員がいる」とする。テロ実行の機会を待つ「スリーピングセル(休眠細胞)」と呼ばれるもので、難民に紛れ込んだり偽造パスポートを利用したりして欧州に潜伏しているという。なお、アバウド容疑者については「大物戦闘員」と表現。

9面の国際面は、「仏テロ対策 改憲視野」の記事の他にも、「なぜフランスが狙われる?」に答えるQ&A、ISがロシア機墜落事故で使用した爆弾の写真を公開した件も。

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9面の記事は、フランスのオランド政権が、「2重国籍の剥奪」「入国拒否」「モスク閉鎖」などの措置によって、テロに身構えようとしていることに対する警鐘になっている。非常事態を3ヵ月延長する法律はまもなく提案され、可決される見込みだというが、非常事態下では令状なしでの家宅捜索や報道規制、紹介の禁止などを命じることができる。さらにオランド大統領は国家に権限を集中させるため、憲法の一部改正も目指すという。911後のアメリカを模倣するかのようだ。

Q&Aでは、フランスの「世俗主義」に触れている。公共の場でヘジャブを付けることを禁止しているのがまさしく世俗主義の表れだが、シャルリー・エブドがムハンマドを描くことを「表現の自由」として認めるなら、ヘジャブ着用を1つの表現としてなぜ認めないのだろうかというシンプルな疑問に突き当たる。世俗主義は政治や公共の世界に宗教を持ち込まない考え方だろうが、世俗主義自体が1つの宗教、「国教」と化してはいないのだろうか。そんな疑問も浮かんでくる。

image by: Hadrian / Shutterstock.com

 

uttiiの電子版ウォッチ』2015/11/19号より一部抜粋

著者/内田誠(ジャーナリスト)
朝日、読売、毎日、東京の各紙朝刊(電子版)を比較し、一面を中心に隠されたラインを読み解きます。月曜日から金曜日までは可能な限り早く、土曜日は夜までにその週のまとめをお届け。これさえ読んでおけば「偏向報道」に惑わされずに済みます。
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