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ロシア機撃墜は、トルコが石油利権を守るためだった

11月24日に起きたトルコによる露軍機撃墜事件。トルコ政府はロシアに領空侵犯があったと主張しますが、メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』は「攻撃はトルコ政府がISからの石油密売ルート問題を隠すために行った幼稚な戦術」と手厳しく論じています。

ロシア機撃墜で墓穴を掘った?トルコ──IS「石油輸出」幇助疑惑に国際社会の目

11月24日にシリア北部のトルコとの国境地帯でトルコ軍F16 戦闘機がロシア軍Su24爆撃機を撃墜した事件の真相は、まだ詳らかではないが、トルコ側のきわめて軽率かつ混乱した判断によるものであった可能性が濃厚である。

「国籍不明機が領空侵犯した」というのがトルコ政府の主張だが、そのトルコ政府の国連への公式報告では、ロシア軍機がトルコ上空を通過したのは「17秒間」であり、それすらもロシア政府は否定していて領空侵犯はしていないとしている。そもそもこの一帯でロシア軍機が活動していることは公知の事実であって、それを国籍不明機としていきなり撃ち落とすこと自体が異常としか言いようがない。

トルコのややこしい思惑

NATOの一員でもあるトルコは、米国主導の対IS「有志連合」に参加はしているものの、実はIS撲滅にそれほど熱心ではなく、サウジアラビアや湾岸産油国の「親米スンニ派」諸国と同様、シリアの「反米シーア派系アラウィ派」=アサド政権の打倒を最優先する立場である。

それに加えて、トルコ独自の事情として、シリアとの900キロ(さらにその東に続くイラクとの国境を加えれば1,200キロ)に及ぶ長い国境地帯を中心に1,500~2,000万人近いクルド人少数民族を国内に抱えており、イラク国内のクルド人自治政府やシリア国内のクルド人勢力が、ISとの戦いで力を増して、トルコ国内のクルド人を刺激して、「大クルド国」への独立志向が強まることを何よりも恐れている。

そのためトルコ政府は、シリア国内のクルド人地帯にモザイク状に入り交じって点在する(民族的に親戚筋に当たる)トルクメン人部族を積極的に支援して、反アサド武装勢力として育成を図ってきた。このシリアン・トルクメン人は、反アサドではあるが必ずしも反ISではなく、しかしトルコ政府にとってはそんなことはどうでもよく、本音は彼らが力を持つことでシリアとの国境の南がシリアン・クルド人の支配地域になることを牽制することにあった。

ロシアの至極真っ当な戦略提案

このトルコのややこしくも小賢しい思惑をブチ壊したのが、ロシアの軍事介入である。

ロシアは一貫して、米欧などの有志連合がアサドを主敵とする戦略を少なくとも一時は棚上げにして、正統な主権国家の代表であり国連加盟国でもあるシリア政府との和解に基づく合意と許可の下、(この紛争の当事者としてはほとんど唯一まともな軍隊と言える)シリア政府軍を地上戦の前面に押し立てて、対IS壊滅作戦に全力を集中すべきであるという、至極真っ当な戦略を提案し続けた。しかし、9月の国連総会とその機会を捉えた露米首脳会談ではオバマの決断するところとならず、その2日後にロシアは単独での対IS空爆に踏み切った。

しかしロシアは周到極まりなく、空爆に踏み切りはしたものの有志連合を代表する米国との間で空爆のための空域管理についてルールを確認して自軍の飛行ルートも事前通告するなど、無用な事故を防止する措置をとると共に、(ここが肝心なところだが!)あくまでシリア政府軍の要衝アレッボ奪回を目指す地上作戦と連動させて空爆を行った。

すると、何が起きたかというと、これは詳細な情報がないのであくまで推測にすぎないが、クルド人とトルクメン人及びアルカイーダ系の反体制勢力が混在する国境西部一帯では、シリア政府軍の進撃にトルクメン人及びアルカイーダ系の武装勢力が抵抗し、それに対してロシア軍機が空爆を以てシリア軍を支援した。それが、西側報道で「ロシアはISを攻撃しないで反アサドの反体制勢力を空爆している」と言われていることの実相である。

それに対してトルコは苛立ち、「我々の親戚であるトルクメン人を爆撃するとは何事か」という思いを募らせた。それで、おそらくトルコのエルドアン大統領は「もし明白な領空侵犯があって大義名分が立つならロシア機を撃ち落としても構わない」という命令を下していたのではないか。IS壊滅よりもシリアン・トルクメン勢力の擁護とクルド人支配地域の拡大防止を優先するという戦略的な錯乱である。

ISの「石油輸出」を断ち切る

以上のような事情があるので、トルコのシリアとの国境に対する管理はまことに緩い。もちろん国境線が長く、地形も複雑で、なおかつその両側ともクルド人地域が多くて支配が行き届かないという難しさはあるけれども、それにしても、ISと世界とのほとんど自由な行き来を許しているのはトルコ国境であって、テロリストの出入りも、物資や武器や資金の出入りも、すべてそこで行われている。ISの壊滅と戦闘員の全世界的拡散を止めるには、この国境を完全封鎖するしかない

もちろんトルコ政府は公式には、国境警備に全力を挙げていると言ってはいるが、それを信じる者はいない。

とりわけ問題なのは、ISがイラク北部のモスルはじめ多数の油田を制圧して独自に原油を生産し、精製工場まで建設して製品を製造し、もちろん自家消費分はあるけれどもその大半を輸出し「1日200万ドル(約2億5,000万円)」とも言われる莫大な収入を得て、それを主要な資金源としていることである。

それをどうやって輸出しているのかと言えば、ISの南はシリア、イラク、西はイランで出口がないから、全量がトルコ経由と考えられているが、その事実を知りながら米国はじめ有志国は取り立てて問題視してこなかった。トルコの立場への遠慮、石油施設を完全破壊することで後々の復興が困難になるという配慮などからのことで、実際、米国は昨年9月以来の空爆で一貫して石油施設の破壊を避けてきていた。その優柔不断がISの増長をむしろ助けてきたのである。

それに対してロシアは、ISの最大の資金源である石油輸出を断ち切ることが肝心だと考え、11月13日のパリ惨劇の直後から、石油施設やタンクローリーによる陸上輸送ルートに遠慮会釈ない爆撃を加え、またそのことを国際的にアピールし始めた。

▼プーチンは11月16日、テロ対策が中心議題となったトルコ=アンタルヤでのG-20首脳会議後の会見で「ISに資金提供している国がG-20加盟国を含めて40カ国以上に上る」として、油田からトルコ国境へと向かうタンクローリーの車列を映した偵察衛星画像を首脳会議の席上で公開したことを明らかにした。トルコはもちろんG-20の一員であり、エルドアン大統領はこのサミットのホスト役。プーチンの爆弾発言に震え上がったにちがいない。

▼プーチンは、ロシア機撃墜の2日後の26日には、オランド仏大統領との会談後の会見で初めてトルコを名指しして「略奪された石油を積んだ車列が、昼夜を問わず、シリアから国境を越えてトルコに入っており、まるで動く石油パイプラインのようだ。これをトルコ政府が知らないとは信じられない」と非難した。

▼またロシアのラブロフ外相は26日、モスクワでの会見で「撃墜が故意ではなかったとの説明に、われわれは深刻な疑いを抱いており、計画された挑発行為ではないかと考えている。撃墜はロシア軍機がタンクローリーや油田を極めて効果的に爆撃し始めた後で起きた。この事件によってISの違法な石油取引の状況に新たな光が当たるようになった」と指摘した。

▼さらにシリアのムアレム外相は27日、訪問先のモスクワで「トルコがロシア軍機を撃墜したのは、エルドアン氏の娘婿の石油利権を守るためだ」と語り、これを受けてロシアのペスコフ大統領報道官も28日の国営テレビ番組の中で「エルドアン氏の娘婿のベラト・アルバイラク=エネルギー相がISの石油利権に関わっているとの一定の情報がある」と述べた。

もちろんエルドアンはISの石油輸出への関与を激しく否定して「ロシアがもしそれを証明するなら大統領を辞任する」と語り、さらに「ISの石油を買っているのはアサド政権と、それを支援する者だ」として、シリアとロシアの二重国籍を持つシリア人実業家の存在を示唆した。トルコ政府が直接にISの石油輸出に関与しているとは考えにくいが、娘婿をはじめとした政府高官がトルコのマフィア勢力や国際密売組織と手を結んでそこから賄賂を受け取っているというのは(この国では)大いにありうることであるし、そうでないとしても同政府が密売ルートを黙認してきたことは疑いのない事実である。

こうしたロシアの暴露をさすがに米国も無視することが出来なくなって、23日ペンタゴンは、シリア北東部のISの石油精製工場付近でタンクローリー238台を空爆で破壊したと発表した。ロシアと米国が共にISの石油密売ルート潰しに向かうというこの事態に、エルドアンは周章狼狽し、その翌日にロシア機の撃墜を命じたと思われる。ロシアを悪者に仕立て「NATOで結束してロシアに当たるべきだ」とアピールすることで、石油密売ルート問題から目を逸らさせようという幼稚な戦術で、もちろんそれは失敗した。

IS撃滅への道筋

本誌が繰り返し述べてきたように、ISを壊滅させるには、シリアにおいてはシリア政府軍を、イラクにおいてはイラク政府軍とクルド族民兵を地上戦の前面に押し立てて、それをイランの革命防衛隊やレバノンのヒズボラなど戦闘能力の高い部隊で後押しし、それに米露などの特殊部隊が随伴して情報収集や作戦立案を補助し、その上で米仏露などの空爆で支援するという重層的な配置を取る必要がある。なぜなら、IS部隊を軍事力で打ち負かすことだけでなく、奪回したIS支配地域で治安と社会の秩序を立て直し経済と生活の再建に着手なければならず、それには残存する部族勢力と和解しその協力を求めていく政治力や、その秩序を維持していく行政管理能力が不可欠だからである。米国には、ブッシュ弟などのように、今も「米国が本格的に地上軍を送るべきだ」という馬鹿な議論があるが、彼はブッシュ兄がイラクの国家と社会を破壊しただけで何ら後始末ができなかったことがISを生み出したという歴史の教訓が何も分かっていない。

ロシアはすでにシリア政府軍をロシアの特殊部隊でバックアップするという形をとりつつある。今回の撃墜事件でパラシュートで脱出した2人のパイロットのうち生き残った1人は、「ロシアとシリア政府軍の特殊部隊の約12時間かけた徹夜の作戦」で救出された。しかしその作戦中に「ヘリが過激主義者に銃撃されて損傷しロシア海軍歩兵1人が死亡した」(ロシアNOW 11月25日付)。ということは、アレッポ奪回に向かっているシリア政府軍には相当に練度の高いロシアの特殊部隊や海軍歩兵(米国の海兵隊に当たる)部隊が随伴していることを示す。

米国やトルコは、未だに反体制派をISに立ち向かわせようとしているが、彼らはそもそもISと戦う意志が薄い上に、十分な戦闘力を持ち合わせず、また仮にIS支配地域を奪回してもそこで秩序回復を成し遂げる政治力も行政能力もない。全く無駄な努力である。

幸いにして、米国がロシアに同調して石油施設爆撃に踏み切り、フランスの仲介もあってロシアのシリア北部爆撃の意味もようやく理解するようになって、事態はロシアのペースで推移しつつある。ここで米国はじめ有志連合が思い切って「アサド打倒が先決」「そのための反体制派支援」という誤った戦略方針から決別しないと、IS壊滅は適わず、今回の撃墜事件のような無意味な混乱と犠牲を生み、米本国を含む凄惨なテロの拡散が広がるばかりである。

image by: Valentina Petrov / Shutterstock.com

 

『高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋

著者/高野孟(ジャーナリスト)
早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
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