アメリカ大統領選の共和党候補として支持率トップを走るトランプ氏とロシアのプーチン大統領が、お互いを褒め合うという「珍現象」が注目されています。両者の思惑は? 無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者・北野幸伯さんが読み解きます。
ええ!? プーチンとトランプは、相思相愛! なぜ?
心身ともにマッチョな指導者プーチン。制裁、ルーブル暴落、石油暴落で経済的には相当厳しい。しかし、約90%の支持率を維持している。そして、アメリカ大統領選で支持率トップを走るトランプ。この2人が、お互いを「ほめあう」という、奇妙な現象が起こっています。
プーチン大統領、トランプ氏を高く評価 「聡明で有能」CNN.co.jp 12月18日(金)15時7分配信
(CNN)ロシアのプーチン大統領は17日の年次記者会見で、来年の米大統領選で共和党の指名獲得を目指す実業家ドナルド・トランプ氏を「聡明で才能に恵まれた人物であることは疑いがない」と高く評価した。
プーチン曰く、トランプは「聡明で才能に恵まれた人物」だそうです。
もちろん、不動産王でアメリカ大統領選トップを走る人ですから、「聡明で才能に恵まれた人物」であることは間違いありません。
しかし、プーチンがいうと、「変な感じ」がしますね。プーチンが、オバマやブッシュについて、「聡明で才能に恵まれた人物」とほめたのを、少なくとも私は聞いたことがありません。
ちなみに、トランプは、「親ロ」ということで、ロシアでは人気があります。
他の共和党候補がロシアの孤立化政策を訴えるのに対して、トランプ氏は米ロ間の関係強化を主張している。
トランプ氏も17日、プーチン氏の発言を受け、「国内外で高く尊敬されている人物からほめられるのは非常に光栄なことだ」と好意的な発言を行った。
「私はテロ打倒や世界平和の回復に向けて、ロシアと米国は緊密に協力できるはずだと常々考えてきた。互いの尊重から生まれる貿易など他のあらゆる利益は言うまでもない」(同上)
トランプ曰く、プーチンは「国内外で高く尊敬されている人物」だそうです。ヒラリーさんは、「クリミア併合」について、「プーチンはヒトラー」と発言していた。えらい違いですね。
KGB(後FSB)でトップまでのぼりつめ、その後大統領になったプーチン。不動産王のトランプ。まったく違う2人が、「惹かれあう」のはなぜなのでしょうか?
プーチンは、「親ロ」なら誰でも歓迎
まず、ロシアから。
プーチンは、今「絶好調」といえます。まず、「クリミア併合」から起こった「ウクライナ問題」。欧米も世界も今や、ウクライナのことを、ほとんど思い出しません。哀れなウクライナ。欧米から見捨てられ、ロシアへの借金が返済できず、デフォルト状態になっています。
次に、「イスラム国」(IS)退治のためのシリア空爆。日本人にはちょっと想像しがたいことですが、ロシア国民は圧倒的にこれを支持しています。その結果、「支持率90%」という、驚きの数字になっている。
しかし、安泰に思えるプーチン政権にも、大きな悩みがあります。それが「経済」。ロシア経済は今、「トリプルパンチ」に襲われています。
- 欧米+日本による経済制裁
- ルーブル大暴落(クリミア併合前は1ドル35ルーブルだったが、今は70ルーブルまで下落)
- 原油価格大暴落(バレル120ドルが現在では3分の1以下まで大暴落)
ロシア、GDP 2015年は、マイナス4%程度になる予測。
そして問題は、「原油価格低迷は、シェール革命による供給過剰が原因である」こと。つまり、「長期化しそう」である。資源依存国家ロシアは今、「どうすれば不況から脱却できるか?」わからず、「明るい未来が描けない」状態なのです。
このような不景気が長期間つづけば、さすがのプーチン政権も不安定になる可能性が出てくる。
では、どうするか? とりあえず、ロシアの望みは、「制裁を解除してもらうこと」でしょう。そうすれば、欧米+日本の金融機関から資金を調達できるようになる。欧州まで、(ウクライナを経由しない)新たなガスパイプラインを建設できるようになるかもしれない。日本まで、「ガスパイプライン」をつくってもいいですね。いずれにしても、「制裁解除」は、いろいろな可能性をロシアにもたらす。
では、誰が「制裁解除」を邪魔しているのか? プーチン好きの安倍総理や、ロシアへの石油・ガス依存度が高い欧州ではありません。ロシアを制裁してもほとんど経済的打撃を受けないアメリカです。だから、アメリカ大統領を説得しなければ、制裁は解除されない。
しかし、アメリカ大統領候補は、1人を除いてみんな「反ロシア」である。唯一トランプだけは、「親プーチン」を公言している。だから、プーチンがトランプに期待するのは当然なのです。
トランプは、なぜ親プーチン???
プーチンがトランプをほめる理由はわかりました。では、トランプは、なぜ親プーチンなのでしょうか?
彼の内面まではわかりませんので、「想像」するしかないのですが。
まず、トランプは、どういう「世界観」をもっているのでしょうか? はっきりしているのは、彼が
・移民の大量受け入れに反対であること
このことは、以下の発言からはっきりわかります。
トランプ氏はこれまで、「メキシコ移民はアメリカに薬物や犯罪を持ち込み、レイプ犯もいる」と述べるなど差別的な発言を繰り返し、大統領になったら「国境に万里の長城を造る」と表明している。(日テレニュース24)
「国境に万里の長城をつくる!」
なんともわかりやすい表現です。トランプは、移民の大量受け入れに反対。
さらに、はっきりしていることがあります。彼は、
・反イスラム教である
このことは、以下の記事からはっきりわかります。
トランプ氏、イスラム教徒の米入国禁止を提案[ワシントン 7日 ロイター]
米大統領選で共和党の指名候補争いの首位に立っているドナルド・トランプ氏は7日、イスラム教徒の米入国を禁止するよう主張した。カリフォルニア州で先週発生した銃乱射事件の犯人はイスラム教徒だった。(ロイター12月8日)
ここまで、トランプが、「移民大量受け入れ反対」「反イスラム教」であることがわかりました。「反イスラム教」ですが、要するに「マジメなイスラム教徒」と「ISテロリスト」の「判別がとても難しい」ということなのでしょう。
トランプは、いつから親プーチンに?
では、彼は「いつから親プーチン」になったのでしょうか?
トランプ氏は9月にテレビ番組で、「ロシアはISISを排除したいと考えており、われわれもそうだ。ならばロシアの好きにさせればいい。ISISを排除させるのだ。気にすることなどない」と発言。シリア内戦への米国の深入りを避けるとともに、ロシアによる主導権の掌握を許容すべきだと主張していた。(CNN.co.jp 12月18日)
トランプが、「プーチン支持」を鮮明にしはじめたのは、「ロシアがシリアのISを空爆しはじめた時」だったのです。
今まで本誌で何度も書いてきましたが、アメリカと有志連合の空爆は、ほとんど成果がありませんでした。
2014年8月から空爆を開始した。ロシアが空爆を開始した9月末までの1年1か月、ISは弱体化するどころか、ますます支配地域を拡大していた。これは、「アメリカ軍がロシア軍より弱いから」ではもちろんありません。
ISは、非常に残虐で困った存在ですが、反欧米のアサド政権と戦っている。だから、欧米は、「ISを反アサドで利用したい」という下心があるため、空爆が真剣ではない。
※ ISにまつわる驚愕の事実は、こちらの記事をご一読ください。
● プーチン激怒~ロシア軍機撃墜事件の「深い闇」
● パリ同時多発テロが起きるほどにIS膨張を許した戦犯は誰か?
トランプは、こういう状況に腹を立てていたのではないでしょうか?
正直いえば、アメリカ人にとって、「アサドがシリアの大統領か、別の人が大統領か?」など、どっちでもいい。しかし、ISが強力になり、アメリカでテロを起こすのは、大問題です。だから、トランプは、オバマが「ダラダラ空爆」でISとまったく真剣に戦わないことにムカついているのでしょう。
一方、プーチン・ロシアは、たった2か月の空爆で、大きな戦果をあげています。ISをアサドと戦わせたい欧米とは違い、ロシアには、「『親ロシア』アサド政権を守るためにISと戦う」という、二面性のない動機がある。だから、空爆も真剣なのですね。
そして、トランプがプーチン支持なのも、「奴ならISを本当に退治してくれるかもしれない」と思っているからなのではないでしょうか?
トランプは、ポピュリストか? リアリストか?
トランプは、テロに怯えるアメリカ国民の心理を巧みにとらえたポピュリストなのでしょうか? 彼が大統領になれば、過激な言動で大問題を起こしそうな気がします。しかし、一方で、とても「リアリスト的」である一面もみえます。
もう一度CNNの記事を。
トランプ氏は9月にテレビ番組で、「ロシアはISISを排除したいと考えており、われわれもそうだ。ならばロシアの好きにさせればいい。ISISを排除させるのだ。気にすることなどない」と発言。シリア内戦への米国の深入りを避けるとともに、ロシアによる主導権の掌握を許容すべきだと主張していた。(CNN.co.jp 12月18日)
「アメリカはシリアへの関与を大幅に減らし、ロシアにやってもらおう」といっている。実はこれ、リアリストの大家・ミアシャイマー・シカゴ大学教授と同じこといってるのですね。ミアシャイマーさんは、2014年末に来日された際、「あなたが国務長官になったら何をしますか?」という質問に、
・IS問題を解決する
アメリカは関与を減らし、トルコやイラン、他の地域の大国にやってもらう(トランプは、「ロシアにやってもらう」といっているが、本質は変わらない)。
・ウクライナ問題を解決する
ウクライナは、「緩衝地帯」「中立」ということで、ロシアと合意する、と語りました。
※ ミアシャイマーさんの名演説はこちら。
そして、アメリカは、本当の脅威である中国との戦いに集中する。トランプは、「親ロシア」であると同時に、「反中国」なのです(ちなみに、トランプは「日米安保の片務性」について日本を批判しています)。
トランプは、ポピュリストなのか? それとも、リアリストなのか?
まだ何ともいえませんが、過激な発言の中に、「リアリスト的要素」が入っていることは、間違いありません。
今後の言動を注意深く見守っていきましょう。
image by: plavevski / Shutterstock.com
『ロシア政治経済ジャーナル』
著者/北野幸伯
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