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中国当局に「スパイ容疑」で逮捕されそうになった男の6年越しの告白

中国で日本人がスパイとして拘束されるという事件はたびたび耳にしますが、その難をギリギリのところで回避したというのは『異種会議:戦争からバグパイプ~ギャルまで』の著者・加藤健二郎さん。事の経緯と中国当局の意外な対応をメルマガ内で明かしています。

中国スパイ事件リスク

中国で、日本政府(外務省や公安)の依頼を受けて活動していた日本人がスパイ容疑で逮捕されるケースは珍しくない。1996年には日本人スパイが逮捕され約7年間投獄させられた事件もあるし、日本大使館の防衛駐在官も何度か逮捕されている。2015年中には、10人前後かそれ以上が、日本公安関係者として中国当局に逮捕されている。2010年には、そんなスパイ容疑逮捕者の仲間入りをする可能性があったカトケンの上海でのことをちょっと書いてみる。

上海万博でのバグパイプ演奏依頼は、2010年8月下旬から日程等の打ち合わせが本格化し、9月の第1~3週を指定されてきた。開幕前のプレイベントに関しては、本メルマガ2015年12月29日発行号に記している。そして、本番演奏指定の日が近づいてきたのだが、上海政府側からの情報は、上海への到着指定日と上海を離れる帰国日のみで、その間の演奏スケジュールや滞在先、演奏のない時間帯の過ごし方や居場所、自由行動の有無などについては、一切、説明がなかった(2010年1月のプレゼン時は自由行動ゼロだった)。

8月末になっても期間中の動き方がまったく知らされないので、カトケンの方からキャンセルの意志を示した。間に入った日本企業通訳さんは「中国というのは、こういう国なんですよ。現地へ到着すれば、あとは全てを任せておけばうまくいきますから」と言うが、あまりにも中身が曖昧未満=からっぽ、なので、そこの詳細説明がこないかぎりキャンセルすることに心は傾いていた。

すると、宿泊場所は上海政府の官僚宿舎を手配した、との報告。中国の官僚宿舎に泊まれるというのは、珍体験好きのカトケンとしては、かなり魅力は高い。あと、滞在する約2週間の中での演奏スケジュールが来れば「やはり、キャンセルせずに行こうかな」という気持ちになってきた。しかし、スケジュールはいっこうに来ないので、通訳にはキャンセルの意志を伝えたままとした。

そこで、カトケンとして、ひとつの試しに出た。「現状では、自分が上海空港へ到着しても、誰と待ち合わせしてどこへ行くのか、または、自力で指定の場所へ行くのか、が指示されていないので、到着しても動きようがない。このことをあえて、こちらから質問せずに放置しておいて、相手が、空港到着後のことを言ってくるかどうか、を試す」ことにした。こちらから「空港到着後は?」と質問してしまうと、ウソでも間に合わせの急造回答でもしてきてしまうだろう。だから、こちらからは質問せずのままとした。

すると、成田空港から乗るべきフライトのeチケットナンバーが出発指定日の2日前にメールで送られてきたのだが、空港到着後の動き方と期間中のスケジュールはなにも来なかった。期間中のスケジュールよりも、空港到着後のことがなにもないので、カトケンとしてキャンセルを決意。日本企業の通訳さんに伝えた。通訳さんからは「キャンセルとは残念です…。」で始まるメールが来て、それに続いて「上海側は、これこれの演奏場所を用意して待っていたのに…」と、その時になってはじめて、4か所ほどの演奏場所と、中国テレビ局の放映が入ることなどの内容が送られてきた。その内容は、上海万博会場の中央にあるホールでの演奏など魅力的なものだった。最初からその内容を言われていたら、行ったかもしれない。しかしこの期に及んでも、上海空港到着後の動き方の指示はふくまれていない。

そして、ここで初めて気づいたことは、通訳さんが、私のキャンセル意志を上海政府に伝えてなかったことだった。つまり、こちらからの「演奏スケジュールがないゆえ不信感」という意図があちらには伝わってなかったのだ。

今回、上海公演を断ったのは、滞在期間や場所、移動手段など、基本的な部分で自分のコントロールがきかない上に詳細情報ナシだったことが、チョー不安だったということ。VIP待遇で招待される人生に慣れている人だと、そういう基本部分を他人に任せられるのだろうが、カトケンはやり、招待される側の人格者でないということか。自分で自分の動きを掌握できていないと落ち着かない。

で、キャンセルした日の翌朝に、尖閣諸島沖で中国漁船が拿捕され中国人船長が逮捕された。しばらくして、その報復として、中国に滞在していたフジタ社員たちが逮捕された。この状況を見て、中国ツウの友人のほぼ全員から「カトケンがもし、上海の官僚宿舎にいたら、フジタ社員でなくて、お前だよ」と言われた。「防衛省OPLの人間が、バグパイプ奏者と身分を偽って、立ち入り禁止区である官僚宿舎に入った」というストーリーだ。報復逮捕する中国側としては、フジタという民間社員よりも、防衛省OPLの肩書きのほうがおいしい。「尖閣漁船事件と上海万博バグパイプはまったくリンクしていないとおもうが、いざとなったら身柄拘束できるおいしいエサ(防衛省OPLという肩書きの日本人)を手の内にキープしとくことは、中国の戦術かもなあ」

北京へよく出張してる建設業友人からは「カトケン、よく土壇場でキャンセルしたねぇ。戦場の勘?」といわれ、メーカーの友人からは「中国からばかりでなく、日本からもドタキャンくらいしてやったほうがいいんだ、あの国には」と、上海万博における日本人側からのキャンセル第1号になったカトケンの行動が、関係悪化に向かう日中関係の中でチョー歓迎ムードになった。

ただ、カトケンとして、中国側から賠償請求が来るのでないか、という恐怖はあった。ところが、日中関係の悪化が幸いし「そんなもん来ても蹴られる」というムードが日本企業からも強まっていた。そして約1か月後、10月に入ってから、上海政府からメールが来た。「今回は、こちらの手配不足で嫌な思いをさせてしまいましたが、今後、上海に演奏に来たいという気になっていただけたときは、全面的に大歓迎します」という内容だった(通訳を信用すればの内容だが…)。

ドタキャンした相手に対して、怒りや賠償をぶつけるのではなく、謝罪して歓迎の意を示す、という中国人の社交術には、肝っ玉の小さいチンケな自分は負けた気がした。日本人だったら、怒りの態度しか選択肢になかろう。これは、「中国でトラブってもトラブっても中国好き」という日本人がたくさん育つのはわかる。さすが、13億人をなんとか1つの国として統治している民族の社交のスケールの大きさ。

日中関係は、日に日に悪くなっていく状況で、中国の悪口を言えば日本では賛同されるが、中国を評価する言動をすると「中国に懐柔されてる親中国派」と扱われる空気が強かったので、このときの「中国人、謝罪してくるとはたいしたもんだ。日本人より、何枚もうわてだ」という意見は身近な人にもあまり発しないことにしておいた。ただ、自分の社交術には、この中国人式を取り入れようとは思った。

もう1つ自分を知る意味でよかったのは、カトケンは、自分のスケジュールなどの一切をすべて他人に委ねて招待されることを居心地良いと感じず不安になる性格だから、VIP待遇を受ける人間に一生なれないだろう、ということ。この一線を越えられない人間は、偉い人にはなれない、ということもなんとなく感じ、自分は自分の足で地面を歩かなければ安心できない歩兵であることを再認識。

ただ、中国ツウの友人は「えっ、中国政府側から謝罪? それは、ホントにカトケン、狙われてたかもよ。で、スルリと直前ドタキャンで逃げ出されたことで、あちらもなにかの情報漏れを怖がった上での謝罪という対応かもと思える」と。いやはや、危ないもの好きのカトケンとしては、こういうことによって、中国の魅力にはまっちゃったりして…。

image by: Shutterstock

 

異種会議:戦争からバグパイプ~ギャルまで

著者/加藤健二郎
建設技術者→軍事戦争→バグパイプ奏者、と転身してきてる加藤健二郎の多種多様人脈から飛び出すトーク内容は、発想の転換や新案の役に立てるか。
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