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絞られてきた本命。米大統領候補者「ザ・ビッグ5」ってどんな人?

2月1日に幕を開けた米大統領選。民主・共和党ともまれに見る接戦を繰り広げていますが、どうやら民主党は2人、共和党は3人の候補に絞られつつあるようです。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では米メディアが「ザ・ビッグ・ファイブ」と呼ぶその5人の対外政策を分析した米大学教授の評論を紹介しつつ、アメリカの、そして世界の前途について独自の視線で論じています。

「アメリカ帝国」はどこへ彷徨っていくのか?

米大統領選は、2月1日のアイオワ州初戦から9日のニューハンプシャー州第2戦へと向かう中で、早くも、民主党はヒラリー・クリントン前国務長官とバーニー・サンダース上院議員の2人、共和党はテッド・クルーズ上院議員、ドナルド・トランプ不動産王、マルコ・ルビオ上院議員の3人に絞られつつあって、米メディアはこれら5人を「ザ・ビッグ・ファイブ」と呼び始めている。

第3の候補=ブルームバーグも手を挙げる?

しかしこの状況は、民主・共和両党の中枢部や重鎮、旧来からの支持者たちにとっては悩ましいことこの上ない。

民主党では、早くから本命視されていたクリントンをサンダースが猛追し、アイオワ州ではほとんど「同率首位」と言える位置につけ、その後に米キニピアック大学が行った全米の支持率調査でもクリントン44%に対しサンダース42%と拮抗に近づきつつある。昨年12月の同調査で61対30とクリントンがダブルスコアで引き離していたのを思えば、隔世の感がある。次のニューハンプシャー州でサンダースがトップに立つと、長年無所属で過ごしてきた「民主社会主義者」が民主党の大統領候補者になるという「まさか」の大珍事が起きないとは言えなくなってくる。

共和党は、トランプとクルーズのどちらがむちゃくちゃの度合いが小さいかという負の選択に追い込まれつつあるが、アイオワ州で第3位につけたルビオが漁夫の利を得る可能性は残っている。

仮に民主党が左派のサンダーズで、共和党がヘイト・スピーカーのトランプか超保守のクルーズかネオコン亜流のルビオになった場合、クリントンが立つ民主党中道辺りから共和党のリベラル・中道までの広大な領域に空白が生じ、米有権者は何をどう選べばいいのか分からなくなってしまう。そうなった時には、マイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長が無所属の第3の候補として躍り出てくる可能性もある。

ブルームバーグはウォール街の出身で、金融情報サービス会社の「ブルームバーグ」を創業してトランプを遙かに凌ぐ大富豪になった。長く民主党員だったが、NY市長に立候補する際に共和党に鞍替えし、後に無所属に転じたことから、民主党の中道から共和党リベラルにまたがって支持を得られるかもしれない。実際、彼は財政政策では共和党的な緊縮路線だが、社会政策では民主党的なリベラル路線である。しかし、クリントンでさえ「ウォール街から金を貰っている」というサンダースからの攻撃にタジタジになっているのだから、ウォール街の大富豪そのものが出て来ても、少なくともサンダースの支持基盤の「ミレニアルズ(世紀が変わった2000年以降に成人した若い世代で、何と人口の4分の1を占める!)」は見向きもしないだろう

結局、国内政策の面から見れば、経済格差や人種差別でかつてなく引き裂かれてしまった米国社会を救えるのは誰か、という選択になるのだろうが、しかしその先、資本主義の総本家としての米国が金融資本主義のふしだらが破裂した後にどのような21世紀的な経済社会モデルを世界に示すことができるのかは、まだ全く見えてこない。

ほとんどマンガと化している対外政策論議

とはいえ、もっと深刻なのは対外政策論議の不毛というより無毛な状態である。ハーバード大学で国際関係論を講じるステファン・ウォルト教授は、2月2日付の米「フォーリン・ポリシー」電子版のヴォイス欄で「ザ・ビッグ5と2016年対外政策の悲惨な状態」と題した論評をこう書き出している。

「ルビオは無邪気なネオコン。クルーズは誰からも嫌われ者。ヒラリーはタカ派。サンダースは外交どころではない。そしてトランプが世界をどれほど引っかき回すかは誰にも分からない」

この選挙キャンペーンの全光景にすっかり絶望したので、それが米対外政策にとって何を意味するのかという問題を語ることをこれまで避けてきた。いや、トランプのことだけを言っているのではない。この国が次期指導者を選ぶのに、1年間という時間と何十億ドルの金を費やし、メディアが世論調査のちょっとした変化や論戦のくだらない瞬間を絶え間なく報じるという悲惨な現実のことを言っている。他のどこの先進民主国もこんなやり方をしない。カナダは先頃、同国の歴史上で最も長い選挙を経験したが、その日数は78日間だった──と、教授は選挙戦そのものの馬鹿らしさをひとしきり歎いた後に、この5人の誰かが大統領になるとどんな対外政策になるのかをスケッチしている。それを参考にしながら、我々も今から心の準備を始めることにしよう。

トランプ

トランプは軍事力の増強を絶えず主張している。米国の軍隊は今「非常に脆弱で、かつてなく装備が貧弱になり、しかも徐々に削減されつつあるので、もっと大きく、もっと有能で、もっと強力な、そして何よりも技術的に最先端の軍を建設して、誰も我々に手出しが出来ないようにすべきだ」。「核兵器はまさにパワーであり、その荒廃は私にとって大問題だ。誰も、誰も、誰も、我々に手出しが出来ないようにしてやるのだ」。「トランプ・ドクトリンはシンプルだ。それは力だ。力だ。誰も我々に手出しが出来ないだろう」。……これが米国の大統領になるかもしれない人物の言葉なのだろうか。

尤も、彼が何でもかんでも軍事力で解決できると思っているのかというとそうではなくて、彼はベトナム戦争に反対してきたと主張しているし、イラク戦争については「中東全体を不安定化させる大変な誤りだ」と批判し、リビア介入にも反対であると言っている。ただし反対の理由はちょっと風変わりなもので、サダム・フセインやカダフィ大佐が今も権力の座に留まっていれば、国際テロリストが両国内で活動するのを押さえ込んでくれたに違いないと言うのである。

しかし北朝鮮に関しては強硬で、「ひとたび彼奴(金正恩)が運輸システム(核の運搬手段のこと)を持てば核を使用するだろう。その時が差し迫っているから、核施設を閉鎖しなければならない」。CBS の記者が「北の原子炉に爆弾を落とすつもりなのか」と訊ねると、トランプは「私は何かをするつもりだ」と答えた(つまり、爆撃を必ずしも否定しなかった)。

イラクでも、ISの資金源となっている油田を爆撃する予定で、「私は爆撃で彼らを叩き潰す。ポンプを爆撃する。パイプを吹き飛ばす。1インチも残さず吹き飛ばす。後には何も残らないようにしてやる」。イラク政府が反対するのでは? と問われると、「構うもんか。イラク政府なんて丸ごと腐敗しているんだから」と。それでISを壊滅できるのか? 「ロシアがISを追放しようとしているから、ロシアにやって貰うのがいい。プーチンは非常に頭がよくて才能に恵まれた人物だ」。

本当にこれが米国の大統領になるかもしれない人物の言葉なのだろうか。ウォルト教授は言う。「本当の心配は、トランプの外交政策がどんなものになるのか、我々が全くノー・アイデアであることだ。彼がこういう問題で誰の意見を聞いているのか(たぶん誰にも聞いていない)、どんな本を読んでいるのか、現代の外交や実際の戦争がどう行われているのかを理解しているのかどうか、分からない。……トランプを大統領にするのは暴挙で、私はそんな途方もない社会科学的な実験に参加するつもりはない」と。

クルーズ

キリスト教右派やティーパーティ的草の根右翼に支持があるクルーズは、ブッシュ息子政権のような単独行動主義」に走る可能性が高い。

ISをいかにして打ち負かすのか? 「圧倒的な空軍力で彼らを1人残らず完全に破壊する。絨毯爆撃だ。湾岸戦争では37日間に1,100回の空爆をやったが、それと同じような猛爆を行えば、後にはほとんど何も残らない。次にクルド族を武装させる。その上で、米軍を送って、くだらない『交戦規則』などに縛られずに戦わせる」。爆撃で市民が犠牲になるのは避けられないのではないか? 「ISの部隊だけを爆撃する」。ISが町から離れて砂漠で野営していると思っているのか?

絨毯爆撃は彼が最も好む戦術であるらしい。彼は、オバマ政権が主導してようやく国際的に成立したイランとの核合意に反対していて、大統領に就任したらすぐにこれを廃棄すると公約している。そんなことをすれば、イランの核開発が再び野放しになり、核合意を支持した各国が怒り出すに決まっているが、ウォルト教授の推測では、クルーズは「知ったことか。イランを絨毯爆撃すれば一発で問題は解決する」と考えている。

ところが不思議にも彼は、シリアの反体制勢力に武器を与えてアサド政権を崩壊させようとすることには「反対」を表明している。

いずれにせよ、クルーズのキャンペーンでは、対外政策の位置づけは低く、共和党お得意の「オバマは弱腰だ」「強い軍事力が必要だ」「移民には反対だ」程度のお題目しか用意されていない。しかもクルーズ陣営の対外政策の責任者は知り合いの美術史の先生が務めているという。上記のような絨毯爆撃発言は単にその場の思い付きで右翼受けすることを口走っているだけで、整合性のある政策は何も持っていないと見るべきだろう。

ルビオ

ルビオはまさに「無邪気なネオコン」で、ブッシュ政権をアフガニスタンとイラクの戦争に引きずり込んだネオコンたちの牙城であるシンクタンク「アメリカ新世紀プロジェクト(PNAC)」とその周辺が対外政策のアドバイザーを務めている。実際、ルビオのキャンペーン用のウェブサイトはトップページの「新しいアメリカの世紀に向かう心構えはできているか?」という問いかけで始まる。

ネオコン連中はルビオを、ブッシュ息子やサラ・ペイリンと同じく、情報に疎くてナイーブな人物と捉えていて、彼らの極端な世界観を吹き込んで操作するのに格好の対象と見ているのだろう。そんなルビオが大統領になればブッシュ息子の二の舞いになるのは確実で、米国はネオコンが中東はじめ世界に撒き散らした害毒の悲惨な結末から何一つ学ばなかったのだろうかと、全世界を落胆させることになる。

イランの脅威を強調する点ではクルーズと同じだが、IS壊滅に関しては今オバマが迷いながら遂行している政策と余り代わり映えはしない。中国については、経済関係は大いに強めるが、中国の人権侵害には厳しい態度をとり、またサイバー攻撃は封じる。TPP は賛成で、推進する。要するに、ここにも整合性のとれないままの混沌がある。

サンダース

サンダースが03年のイラク戦争に反対した数少ない議員の1人であったことは知られているが、そうかといって筋金入りのハト派というわけでもなく、別の軍事力行使には何度か賛成し、またF-35戦闘機の開発予算にも賛成している。しかし、どちらにしても、今のサンダースは経済格差や新しい貧困に怒る若い人たちの支持を集めてクリントンを猛追することのみが関心事で、対外政策まで頭が回らないというのが実情だろう。

クリントン

となると、元ファーストレディで前国務長官のクリントンだけが対外政策に明るい候補ということになる。民主党中道の彼女には、外交政策エスタブリッシュメントの精鋭から成るチームが編成されるだろうし、オバマの過去7年間のブッシュの2つの戦争の後遺症を克服しようとする苦心惨憺の努力も基本的に継承することになろう。

しかし、資質的には彼女はオバマに比べて遙かにタカ派的で、上院議員時代には湾岸戦争を支持し、国務長官時代にはアフガニスタンへの兵力増派やカダフィ打倒を推進した。常に断固たる軍事力の行使を優先しがちなのが彼女で、それは冷戦時代と同様に米国が「グローバル・リーダーシップ」を発揮すべきだと考える古い世代の世界観・米国観から逃れられないからだと、ウォルト教授は指摘している。

米国の外から客観的に眺めれば、この大統領選の最大の焦点は、衰えたりとはいえ依然、世界最大の軍事力と経済力を持つ米国が、そのパワーを振り回しさえすれば世界を気儘に操れると思い込む帝国幻想からきっぱりと卒業できるかどうかにある。

本当は米国は、冷戦が終わると同時にそのことを考え始めるべきだったが、当時のブッシュ父大統領は「冷戦という名の第3次世界大戦に勝利した。旧ソ連がなくなって、米国は唯一超大国になった」と錯覚し、湾岸戦争を発動し、今日の中東大混乱に至る最初の火種を撒いた。次のクリントン夫政権は、軍事費を大幅に削減し、軍事技術を大胆に民用に転換して、軍事力よりもむしろITハイテクと金融で世界をリードする新しい米国を追い求めたが、それを確実な軌道に乗せるには至らなかった。その次には、間の悪いことにブッシュ息子が登場し、その暗愚に付け込んでネオコンが政権中枢を占拠したところへ、さらに間の悪いことに9・11が起きてしまった。

ブッシュ息子の歴史に対する罪の最大のものは、父の「米国=唯一超大国」という誤った時代認識を、「単独行動主義」や「先制攻撃主義」などの現実の専横的な対外政策として具体化し、やらなくてもいい2つの戦争に米国を引き込んだことにある。そのブッシュ父子の度しがたい誤謬の後遺症を何とかして克服しようと悪戦苦闘したのがオバマで、ひと言でくくれば、「米国は世界の警察官ではない」と宣言したり、「核廃絶」を口にしたり、中国やロシアを新しい世界秩序の中に引き込もうとしたり、帝国幻想からの脱却に力を注いだものの、旧秩序は崩壊しつつあるのに新秩序はまだ出来ていないという歴史の裂け目に填ってジタバタしている内にISと世界的なテロの横行という事態を招いてしまったということだろう。しかし彼が新秩序の形成に向かって努力したことは疑いのない実績で、それを引き継ぐ政権が次に登場するのかどうかが世界の関心事である。

ネオコン・ジュニアのルビオやネオコンにも繋がるキリスト教右翼のクルーズでは世界は闇だし、トランプでは世界は地獄である。サンダースは世界のことには関心がなく、クリントンは関心も知識もあるが、オバマよりタカ派で、オバマの悪戦苦闘を正しく受け継ぐことが出来そうにない。なぜならブッシュ父の「唯一超大国」論と民主党旧世代の「グローバル・リーダーシップ」論は、同じ帝国幻想の2つのバージョンでしかないからである。こんな米国と世界はどう付き合っていけばいいのだろうか。

image by: Shutterstock

 

高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋
著者/高野孟(ジャーナリスト)
早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
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