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カトリックとロシア正教は、なぜ和解するの?

分裂から962年、東西教会のトップが先日キューバで会談し、和解への大きな一歩を踏み出しました。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では、なぜ深い確執を乗り越えて今和解に踏み出さなければならなかったのか、北野幸伯さん独自の視点で分析しています。

カトリックとロシア正教は、なぜ和解するの?

キリスト教徒の少ない日本では、あまり話題になっていませんが。「歴史的」といわれるできごとが起こりました。カトリックのフランシスコ・ローマ法王と、ロシア正教のキリル総主教が、12日キューバで会談したのです。カトリックとロシア正教のトップが会談するのは、「史上初」だそうです。

キリスト教カトリック教会の頂点に立つフランシスコ・ローマ法王(79)と、ロシア正教会最高位のキリル・モスクワ総主教(69)が12日、キューバの首都ハバナの空港で約2時間会談した。両教会トップの会談は史上初。

(毎日新聞2月13日)

これが、なぜ「歴史的」かというと、キリスト教がカトリックと東方正教会に分裂してから962年間ではじめてのことだから。「史上初」の重みが違うのですね。

カトリックと東方正教会は1054年に分裂した。各国の東方正教会の中で、ロシア正教会は1億人以上の信徒を擁する最大組織。法王と総主教は初会談で、和解と協力に向けての歴史的な一歩を踏み出した。

(同上)

少し、宗教の流れをおさらいしておきます。

昔、アブラハムさんという人がいました。アブラハムさんには2人の子供がいた。イシュマエルとイサクです。

イシュマエルの子孫はアラブ人になり、そこからマホメッドが出てイスラム教をつくった。イサクの子孫はユダヤ人になり、モーセが出てユダヤ教をつくった。ユダヤ人からは、後にイエスが出て、キリスト教をつくった。

つまり、今ケンカしている、キリスト教イスラム教ユダヤ教は、もともとアブラハムさんという1人の人物から出ているのです。

さらに、キリスト教は、カトリックと東方正教会に分裂した。現在、東方正教会でもっとも信者数の多いのが、ロシア正教会である。カトリックは、後に分裂し、プロテスタントが大きな勢力になっていきます。

キリスト教徒は現在、世界に約20億人いるといわれていますが、カトリック、東方正教会、プロテスタントが主です。で、カトリックとロシア正教会は、長い間対立していたが、ローマ法王とロシア正教会総主教の会談で、和解への一歩を踏み出した。

キリスト教の危機

では、なぜカトリックとロシア正教は和解に動いたのでしょうか?

両者は共同宣言に署名し、過激派組織「イスラム国」(IS)によるキリスト教徒迫害に危機感を表明するとともに、中東からのキリスト教徒「追放」と「新たな世界戦争」を阻止するよう国際社会に要請した。
(同上)

中東でISや、その他の過激派組織が強くなり、キリスト教徒を迫害している。首切り処刑動画を全世界に配信するISが、中東のキリスト教徒にどんな残虐なことをしているか、想像するのも恐ろしいです。

「新たな世界戦争」を阻止

とありますが、これは何でしょうか? 詳細は明らかにされていませんので、意味は想像するしかありません。

しかし、中東は、いま相当ヤバいことになっています。中心は、やはりシリアですね。ロシアとイランが、シリア・アサド政権を支援している。欧米、スンニ派諸国(たとえばトルコ、サウジなど)が反アサド派を支援している。

ところが、シェール革命で世界一の産油・産ガス国になったアメリカは、中東への関心をなくし、イランと和解した。それで、サウジやトルコは、「俺たち自身がアサドを倒さなければ!」と決意している。トルコは、すでにシリア領内に軍隊を入れています。サウジも、「地上軍を派遣する!」と宣言している。

いずれにしても、中東は、「大戦争が起こってもおかしくない状況になりつつある。

衰退するキリスト教

新聞には書かれていませんが、カトリックやロシア正教は、共通の悩みを抱えています。

1つは、イスラム教の勢力拡大です。世俗化したキリスト教徒は、なかなか子供を産みたがりません。

一方、イスラム教徒は、一夫多妻で、どんどん増えていく。現状、「キリスト教徒は世界20億人」「イスラム教徒は14億人」と言われていますが、後20~30年したら逆転されることでしょう。

もう1つは、欧州キリスト教文明の危機です。皆さんご存知のように、欧州は今、シリア、イラク、アフガン、リビアなどからの難民問題でとても困っています。去年、ドイツだけで100万人難民が来たという。

難民を支える経済的問題もさることながら、「難民はみんなイスラム教徒」というのも、キリスト教から見ると問題でしょう。つまり、ドイツは去年、「100万人イスラム教徒が増えた」ともいえるのです。実際、このままだと、EUは、いずれ「イスラム圏」になってしまうことでしょう。

さらに、「キリスト教的価値観が崩壊していくのも、カトリック、ロシア正教共通の悩みです。キリスト教的価値観に代わって、欧米で支配的になってきたのは、「人権主義」です。「いいことじゃないか!」と日本人は思いますね。「そもそも、キリスト教と人権主義は違うのか?」とも思えます。しかし、結構大きく異なっているのです。たとえば、

・人権主義者は、「同性婚を認めよ!」と主張します。
・伝統的キリスト教は、「結婚は異性間のものだ」と主張します。

プーチンは、「同性婚に反対」ですが、これは「ロシア正教」の見解でもあるのです。

・人権主義者で、「一部の麻薬を合法化しよう」と主張する人がいます。
・伝統的キリスト教は、麻薬に反対しています。

・人権主義者で、「売春を合法化するべき」と主張する人がいます。「売春婦の人権を守れ」と。
・伝統的キリスト教は、売春に反対です。

・人権主義者は、「中絶に反対するのは非人道的」と主張します。
・カトリックもロシア正教も、中絶に反対しています。

・人権主義者は、「尊厳死を認めよ」と主張しています。
・伝統的キリスト教は、「寿命を決めるのは神様だけ」として、「尊厳死」に反対しています。

このように、「人権主義」と「伝統的キリスト教」の価値観は、細かいところで大きく異なっている。そして、欧米を見ると、伝統的キリスト教の価値観は衰退し、明らかに「人権教が勢力を伸ばしている。カトリックとロシア正教は、共に「伝統的キリスト教価値観を守りたい」という意志があるので和解に動いたのでしょう。

歴史的会談の影響は?

ローマ法王とロシア正教総主教が会談し、カトリックとロシア正教は、和解への道を歩みはじめた。だからといって、私たちの生活は何も変わりませんが。

しかし、カトリックとロシア正教の和解は、政治的に「イスラム教に対抗するため、キリスト教の欧米ロは一体化すべき」という潮流を作り出すかもしれません(イスラム教というと問題になるので、「イスラム原理主義」「IS」「イスラム過激派」などという用語がもちいられるでしょう)。

まさに、ハンティントン博士の「文明の衝突」ですが。日本は、かかわらないよう、まきこまれないよう気をつけましょう。むしろ「和の思想」によって、宗教観の和解を主張すべきです。

image by: Shutterstock

 

ロシア政治経済ジャーナル
著者/北野幸伯
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