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異例のシリア停戦。アメリカ、ロシアは何を提案したのか?

2月22日、アメリカとロシアが「シリア停戦」を呼びかける共同声明を発表しました。5年間で25万人もの犠牲者を出した内戦に、ついに終止符が打たれるのでしょうか? 無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者・北野幸伯さんは、影響力の強いアメリカが心底停戦を望んでいるためこのまま収束に向かうという見方をしながらも、未だ抵抗勢力も動きを弱めておらず、楽観視できる状態ではないと分析しています。

シリア停戦~各国の思惑

中東で、とても大きな動きがありました。まだ確定ではないですが、成功すれば歴史的」といえるかもしれません。なんでしょうか? アメリカとロシアが2月22日、「シリア停戦」を共同で呼びかけたのです。

<シリア内戦>焦点は「停戦の履行できるか」 米露共同声明

毎日新聞 2月23日(火)22時1分配信

 

【ワシントン和田浩明、モスクワ杉尾直哉】約5年間に及ぶシリア内戦を巡り、米国とロシアが22日、シリア時間27日午前0時(日本時間同日午前7時)からの停戦を呼びかけたことを受け、今後の焦点は停戦の履行に移る。

 

25万人以上の死者を出した戦いに終止符を打てるのか。

アメリカ、ロシアは何を提案したのか?

アメリカとロシアはこれまで、シリアで完全に別の勢力を支援し、「シリア内戦米ロ代理戦争」の様相でした。具体的には、ロシアが「アサド現政権」を支援し、アメリカは、「反アサド派」を支援してきた。それが「共同で停戦を呼びかける」のは、よほどのことです。米ロは、どんな停戦条件で合意したのでしょうか?

米国務省が発表した共同声明によると、停戦条件は

 

▽シリアの政治移行行程などを定めた国連安保理決議の受け入れ
▽全ての攻撃の中止
▽支配地域拡大の中止
▽人道支援の受け入れ
▽自衛のための反撃時に過度の武力を用いない

 

――の5項目。

(同上)

見事な停戦合意ですが、「例外」もあります。

停戦は、過激派組織「イスラム国」(IS)や国際テロ組織アルカイダ系の「ヌスラ戦線」、国連安保理がテロ組織に認定した組織には適用されない。

(同上)

IS」やアルカイダ系「ヌスラ戦線」への攻撃は今後も継続される。

次に関係各国、関係勢力の思惑をそれぞれ見てみましょう。

アメリカ~はやく中東問題を終わらせたい

前々から書いていますが、アメリカは中東への関与を「なるべく減らしたい」と考えています。なぜでしょうか?

第1の理由は、「シェール革命」です。アメリカが中東を最重要視してきたのは、中東が「資源の宝庫」だから。ブッシュ(子)が大統領になったとき、「2016年にアメリカ国内の石油は枯渇する」と予測されていた。だから当然でした。

しかし、「シェール革命」で、アメリカはいまや「世界一の産油産ガス国」になっている。それで、「中東とはあんまり関わりたくない」と思っている。

第2の理由は、「中国の台頭」です。オバマさんが、「アジアシフト」を宣言したのは2011年11月でした。ところが、ダラダラと中東にかかわりつづけてきた。そう、「シリア内戦」は、2011年にはじまったのです。アメリカは、反米アサド政権を打倒するため、「反アサド派」を支援しました。

2013年8月には、「アサド軍が化学兵器を使ったのでシリアを攻撃する!」と宣言した。しかし、翌9月には戦争をドタキャンし、世界を驚かせました。これは何かというと、アメリカは本音で、「もう中東はどうでもいい」と思っている。アメリカの態度は煮え切らないまま、ダラダラと時間だけすぎていきました。

ところが、2015年3月の「AIIB事件」で、目覚めます。イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、イスラエル、オーストラリア、韓国などなど「親米諸国」を筆頭に57か国が中国主導「AIIB」への参加を決めた。これでアメリカは、

「全世界の国々がわが国の要求を無視して中国に従っている!」
「中国はもはや『覇権国家』一歩手前まできている!」

こう悟った。それで、「アジアシフト戦略」(=対中国戦略)を早急に進めるため、「中東の整理」が不可欠になってきている

この2つの理由で、アメリカはシリア内戦の終結を本気で望んでいます。そして、「アメリカが平和を望んでいること」が一番重要なファクターなのです。アメリカは戦争をはじめることもできるし、終わらせることもできる。

ロシア~アサド政権を守りたい

シリアに海軍基地をもつロシア。シリア内戦が勃発した当初から、親ロシア・アサド政権を支援してきました。

2015年9月からは、シリアIS空爆を開始。ついでに「ヌスラ戦線」など「反体制派」への空爆も行いアサドを守ってきました。ロシアの空爆に支えられ、アサド軍は息を吹き返し、失地を続々と奪回しています。プーチンは、アメリカが中東への関心を失っているのを見て、停戦の主導権を握ったのです。

つまり、ロシアも停戦を望んでいる。それは、アサド政権を守るためです。

アサド~生き残りたい

そして、もっとも停戦を望んでいるのがアサド自身でしょう。2011年に内戦が勃発したとき、アサドは、イラクのフセイン、リビアのカダフィのような、「暗黒の未来」を想像したに違いありません。

しかし、ロシアとイランに支えられ、なんとか今日まで乗り越えてきた。「奇跡的」といってもよいでしょう。

今、ロシアだけでなく、アメリカも「停戦しようよ」といっている。戦況が有利なうちに乗ったほうがいいに決まっています。

反アサド~梯子を外された

では、反アサドはどうなのでしょうか? これは、さまざまな勢力がいるので難しいです。

停戦案を受け、アサド政権との和平協議(2月上旬から中断)に参加している反体制派主要組織は、諾否に関する協議を始めた。

 

有力な反体制派組織のうち、世俗派「自由シリア軍」系の「南部戦線」は停戦に前向きだ。

 

一方、イスラム武装勢力の「イスラム軍」と「アフラル・シャム」は難しい対応を迫られている。

(毎日新聞 2月23日)

欧米が、「穏健派反アサド」というとき、「自由シリア軍」をさすことが多いです。

いずれにしても、「反アサドアメリカから梯子を外され」戦闘を継続するのが難しくなっています。それでもアサドとの戦闘を継続するのか、しないのか? おそらく、「反アサド」の中で、意見が分裂していることでしょう。

欧州~難民の流れを止めるため、シリアに平和を

欧州は、シリアから大量の難民が押し寄せてきて困っています。それで、「シリアが安定し、シリア難民が欧州に来ない状態をつくりたい」という動機がある。

こう見ると、大国は皆「停戦に賛成。条件は「整っている」ように見えます。

抵抗勢力~トルコ、サウジ、イスラエル

しかし、停戦和平に抵抗する勢力がないわけではありません。シリア内戦は、スンニ派の大国トルコ、サウジアラビア等と、シーア派の大国イランの「代理戦争」でもあります。

アサドは、シーア派のアラウィー派で、イランから支援をうけている。

当然スンニ派諸国は、今回の停戦に反対でしょう。特にトルコは、既にシリア領内に軍隊を入れています(名目は、クルド人勢力の拡大を阻止するため)。

今回の米ロ合意前の記事ですが(日付に注目)。

シリア停戦実現に暗雲 トルコ、2日連続のクルド砲撃

AFP=時事 2月15日(月)11時46分配信

 

【AFP=時事】トルコは14日、シリア国内のクルド系組織への新たな砲撃を実施した。

 

シリア情勢をめぐっては同日、米国がロシアに対して反体制派への空爆停止を要求。

 

関係各国が12日に合意した「1週間以内の停戦」の実現に暗雲が漂ってきた。

今後もっとも注目すべきはトルコの動きです。

しかし、アメリカがトルコを支持しなければ、NATOからの支援も望めず、トルコは、アサド政権を支援するロシアと単独で戦うことになってしまう。そうなるとトルコに勝ち目はなく、エルドアン政権の「自殺行為」になってしまう。「無謀」ですね。

とはいえ、歴史には指導者の「愚かな行動」が満ち溢れているので、どうなるかわかりません。エルドアンが、冷静な判断を下すことを望みます。

最近サウジアラビアも、「シリアに軍隊を派遣する」と宣言しましたが、アメリカにとめられたそうです。

さて、今回の停戦合意にもっとも反対なのがイスラエルでしょう。アメリカは、イランと和解した。そして、反イスラエルのアサド政権は延命しようとしている。これはイスラエルにとって悪夢以外の何物でもありません。

シリア内戦は終わるか?

というわけで、状況を整理しておきましょう。

シリア内戦を終わらせたい国勢力

アメリカ
ロシア
欧州
イラン
シリア・アサド政権
反アサド派の一部

シリア内戦をつづけたい国勢力

トルコ
サウジアラビア
その他のスンニ派国家
イスラエル
反アサド派の一部

こう見ると、アメリカとロシアが「和平を望んでいる」ことが最大のファクターになります。

ウクライナの内戦時もそうでした。ロシアのクリミア併合は、2014年3月。その後、ウクライナ新政府と東部「親ロシア派」の内戦が勃発した。2014年9月の停戦合意はダメになりました。しかし、2015年2月の停戦合意は、いまに至るまでつづいています。これはなんでしょうか?

15年2月の停戦は、プーチン、ドイツ・メルケル首相、フランス・オランド大統領、ウクライナ・ポロシェンコ大統領の合意によって実現しました。アメリカは当初、これをぶち壊したかったようですが、翌3月に「AIIB事件」が起こり、「まあ、ウクライナはいいか。対中国の方が大事だ」となった。

シリアの場合も、アメリカが内戦継続を望まないことが決定的です。1回目でうまくいくかはわかりませんが、全体的にシリア内戦は終息にむかっているといえるでしょう。

5年間の内戦で25万人の犠牲者が出たといいます。シリアに平和が訪れることを、心から願っています。

image by: Wikimedia Commons

 

ロシア政治経済ジャーナル
著者/北野幸伯
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