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東電元トップらを強制起訴。「東電裁判」を新聞各紙はどう報じたか?

福島第一原発の事故に関連して、元東京電力会長ら3人が強制起訴されました。検察が2度に渡り不起訴処分とした3人の責任を問うこの裁判の争点を、新聞各紙はどう伝えたのでしょうか。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』の著者でジャーナリストの内田誠さんが独自の分析を行っています。

東電元会長らの責任を問う裁判について、各紙は争点をどう報じたか

今日のテーマは…各紙は、東電元会長らの責任を問う裁判について、その争点をどう報じたか、です。

基本的な報道内容

福島第一原発の事故を巡り、検察審査会から起訴議決を受けた東電の勝俣元会長武藤元副社長武黒元副社長の3人について、検察官役の指定弁護士は29日、業務上過失致死傷の罪で東京地裁に強制起訴した。

起訴した検察官役は、石田省三郎氏、神山啓史氏ら弁護士5人。起訴状によれば、3人は原発の敷地の高さである10メートルを超える津波が襲い、建屋が浸水して電源喪失が起き、爆発事故などが発生する可能性を予測できたのに対策を取る義務を怠った。その結果、東日本大震災で10メートルを越える津波で原発が浸水、水素爆発などが発生。がれきなどで作業員13人を負傷させ、周辺の病院から避難しようとした入院患者ら44人を死亡させたとされる。

検察審査会の議決書によると、東電は2008年に15.7メートルの津波を試算し、高さ10メートルの防潮堤建設も検討。しかし、その後に方針が変更され、対策は先送りされていた。方針変更は武藤元副社長の指示で、試算などは被告3人に報告されたという。勝俣元会長は報告を受けたことを否定しているという。

有罪が難しいのはなぜ?

【朝日】は1面中ほどに基本的な情報を載せる小さな記事。関連の形で2面の「時時刻刻」と16面の社説を置く。見出しは以下の通り。

・大津波の予測可能性 焦点
・東電元会長ら強制起訴
・原発事故の責任 法廷へ
・「究明を」被災者ら期待
・新たな証言 注目
・「15.7メートル」試算対策 東電先送り
・原発強制起訴 検証の重要な機会だ(社説)

1面記事には、裁判の基本的な構図が書かれている。

この起訴を受けて、福島原発告訴団長の武藤類子さんは「裁判が開かれることは、いまも困難と悲しみの中にある被災者の大きな励みになる」と語っている。他方で、強制起訴された過去の8例中有罪確定は2例のみ。不起訴処分とした検察からは「有罪判決は難しいだろう」との見方が強いと。

ポイントは関係者の生の証言と東電の議事録など新たな内部資料。

争点は、津波が事前に予見できたか否か。東電が社内で得ていた15.7メートルの津波試算は、政府の地震調査研究推進本部が2002年7月に公表した長期評価に基づいて行われている。

uttiiの眼

まさしく争点になるのは、津波とその原因となる大地震が予測できたか否かだが、《朝日》は「震災前、日本周辺ではマグニチュード9級の大地震は起こらないとの考え方が地震学者の間で一般的だったが、沿岸部の堆積物の調査などで、貞観津波などの大津波が繰り返されていたことが明らかになってきていた」と微妙な書き方をしている。だが、その前後には、地震調査研究推進本部が大地震の可能性を指摘し、さらに、それをもとにして東電が試算して、実際に起きた15.5メートルの津波と同規模の想定を為しえた事実を指摘。対策には数百億円規模の費用と4年の時間が必要との試算を得ていたが、当時、原子力・立地副本部長だった武藤副社長が、津波の評価手法は確立していないとし、「直ちに設計に反映させるレベルではない」と判断を下している。さらに、土木学会の専門家らに検討を委ね、その検討状況は武黒氏に、さらに勝俣氏へは社内会議の場で複数回、説明がなされたとされている。

総じて、《朝日》の書き方は、起訴された3人が事故を十分予見でき、防ぐことが可能だったにもかかわらず、コストを考えて費用な対策を行わなかったという、検察側のストーリーがそのまま当てはまるように読める。「有罪判決は難しいだろう」という見方を紹介しながら、どこがどのように難しいのか、記事を見る限りは分からない。

申し訳ない言い方だが、取材者は、裁判そのものに対する関心があまり高くないのではないかと思った。

立証は困難だが指定弁護士は腕自慢

【読売】は3面の解説記事「スキャナー」とそのすぐ横に社説を掲げている。見出しは次の通り。

・巨大津波の予見可能性 焦点
・東電元会長ら強制起訴
・原発事故 責任立証 高い壁
・補充捜査に限界 有罪確定2件
・証拠に照らした公正な審理を(社説)

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《読売》もリードで「自然災害に伴う事故の過失責任を問うハードルは高く、立証は困難が予想される」としているが、記事の中身では、検察官役(指定弁護士)の意気込みにも触れた後、有罪判決を得ることの困難さについて、詳細に書いている。

まず、指定弁護士には、ロッキード事件などの弁護を担当した石田省三郎弁護士、さらに東電女性社員殺害事件でネパール人男性の再審無罪を勝ち取った神山啓史弁護士など、「強制起訴事件では過去最多の5人で臨む」とする。弁護士たちは起訴議決から7か月、第一原発の視察、東電下請け社員らへの事情聴取など新証拠の収集に努め、石田弁護士は「この事件はいける」と周囲に自信を語っているという。

このあと、《読売》記事は「困難性に目を向ける。まず、巨大地震の想定と津波試算については、当時、地震本部の長期評価以外に巨大地震と津波発生の具体的な予測はなく、長期評価自身が「裏付けのデータが乏しい」との見方もあったこと。さらに、試算結果に「すぐに対策を取る必要があると考えるほどの信頼性があったかどうか」で公判は大きく左右されるという。また予見可能性は、「具体的に予見できたか」が問われることになるとも。さらに、元会長らに試算結果がどう報告されたか、さらに犯罪の成立には、対策を講じていれば事故を防げたという「結果回避可能性」の立証も必要になると。

加えて、検察側の困難として、強制起訴のケースに伴う困難が語られる。《朝日》が指摘しているように、過去の強制起訴事件で有罪が確定したのは8件中2件に過ぎないこと。小沢一郎議員を強制起訴した指定弁護士が振り返るのは、補充捜査が難しい点。今回の件については「事故の先例がなく、証拠の量も膨大なはずだ。東電のどこかに問題があったとしても、巨大組織の最高幹部の過失責任にまでつなげるのは大変な作業だ」とみているという。

この「スキャナー」は極めて冷静に、この強制起訴事件の入り口に立って、今の段階で言えることをうまく整理した記事だと言える。この事件が、裁判史上も非常に意義深い一件であることが浮かんでくる。

個人の刑事責任を問う困難

【毎日】は1面トップと3面の解説記事「クローズアップ」。見出しは以下の通り。

・「原発事故 津波対策怠る」
・東電元会長ら強制起訴
・東電「想定津波15メートル」争点に
・元会長ら無罪主張へ
・有罪立証 高いハードル

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リード部分には、立証は困難だが「公判を通じて新たな事実が明らかになることへの期待も寄せられている」とあり、「期待ベースの文章になっている。本文では、大地震の想定と津波の試算にも関わらず対策を講じなかった理由ついて、武藤被告と武黒被告の主張は、対策が必要ないと判断したからであり、経済合理性を優先した結果ではないという主張であること、当時の勝俣社長は自分には「報告がなく、緊急に津波対策が必要と認識していなかった」と責任を否定していることが書かれている。

記事の後半は、強制起訴事件に伴う問題について。元検事の高井弁護士は「1,000年に一度とされる震災によって起きた事故の責任を個人に負わせることには無理がある。常識的に考えて予見できたと言えなければ、刑事責任を問うべきではない」として、そもそも不起訴の理由が「嫌疑不十分」ならば強制起訴の対象から外すべきだという。それに対して、やはり元検事の古川弁護士は、3人が事故の発生を予測できたと言え、「裁判を通じた事故原因の解明も求められている」と肯定的。

今回の指定弁護士に関する情報は、《読売》以上に詳しい。石田弁護士は、神山弁護士が関わった東電女性社員殺害事件をともに担当していたことが書かれている。《毎日》がわざわざこの情報を載せるのは、東電女性社員殺害事件では被告の無罪を勝ち取った2人の弁護士が、今度は有罪を求め、「逆の立場でどのような立証をするかも注目されている」と書きたかったがためのようだ。何か、独自の視点、論点、あるいは表現を追求するのは、物書きとして極めて健全な態度だと思う。《毎日》の記事はやはりどこかユニーク

強制起訴制度の問題

【東京】は1面トップに大きな記事。さらに3面の解説記事「核心」も充てている。以下、まずは見出しを。

・巨大津波予測 最大の争点
・東電元トップら強制起訴
・福島事故 「検察役」最多5人
・過失立証 ハードル高く
・非公開資料 法廷提出も

1面記事で提出されている裁判上の論点について。まず主なものとして、他紙のところで書いた「大地震の予測と津波の試算」について書いている。試算結果に従って対策を取るはずだったのが武藤氏の提案で方針を転換したこと、勝俣会長は関与を否定していること、そして東電も、津波は想定された発生源とは比較にならないほどの広範囲で発生し、予測できない状況にあったとしている点。他に、「津波対策を取っていれば事故を防ぐことができたか」や「原発事業者の経営トップとしてより高度な注意義務を負うか否か」について双方の主張がぶつかるとみている。

3面記事では、冒頭、なぜ原発事故の刑事責任追及が困難なのかと問いを立て、「それは、刑法が原則、個人の責任追及を目的とし、福島第一原発事故のような自然災害に伴う大規模事故で個人の過失責任を問うには、そもそも限界があるからだ」と言い切っている。

また業務上過失致死傷に問うのであれば、有罪判決が出た薬害エイズ事件のケースや渋谷の温泉施設爆発事故の設計担当者のように、当事者に明らかな過失があったり、悪質性を示す証拠が見つかったりする必要があると、実質的な論点に踏み込んでいる。そして、だからこそ非公開の東電資料が新証拠として提出されることが期待されるということになる。「期待される新証拠」として《東京》が挙げるのは、「地震対応打ち合わせ」の際に被告3人に配布された資料と、津波が最大15.7メートルになるとの試算を元副社長に報告した際の説明資料などだ。

《東京》は、《読売》と同じく元検事の高井弁護士の話を載せていて、「組織の業務だった原発の事故の責任を東電ではなく、元役員個人に追わせようとするのは間違いだ」、「強制起訴の対象は、検察が起訴猶予にしたケースのみにするべきだ」と言わせている。

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小沢一郎議員に対する強制起訴事件もあったからか、検察審査会による強制起訴決定に対して、《東京》は批判的ないし慎重な姿勢を取っているように見える。「核心」の後半には、「検察官による起訴のあり方をチェックする仕組みは必要だ」というそもそも論を展開している。現在の制度のあり方は完全ではないという含意だろう。高井弁護士の主張のように、起訴猶予のケースのみを強制起訴の対象とするか、明石市の歩道橋事故で指定弁護士を務めた安原弁護士の言うように「審査段階で当事者に陳述する権利を与えるべき」なのか。とくに結論は出していない

 

 

uttiiの電子版ウォッチ』2016/3/1号より一部抜粋

著者/内田誠(ジャーナリスト)
朝日、読売、毎日、東京の各紙朝刊(電子版)を比較し、一面を中心に隠されたラインを読み解きます。月曜日から金曜日までは可能な限り早く、土曜日は夜までにその週のまとめをお届け。これさえ読んでおけば「偏向報道」に惑わされずに済みます。
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