先日、米韓の合同軍事演習を激しく非難し、続けるならば「核攻撃」も辞さないとの警告を発した北朝鮮ですが、日本ではあまり話題になっていません。これまでの北朝鮮の度重なる「口だけ攻撃」に不感症とも言える状態になっているのかも知れませんが、無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者・北野幸伯さんは、世界情勢は最近大きく変化しており、決して楽観視できる状態ではないと警鐘を鳴らしています。
第2次朝鮮戦争は起こるか?
今年は、「北朝鮮問題」が大きく動いています。皆さんご存知のように、北朝鮮は1月6日、「水爆実験を行った」と宣言しました。2月7日には、長距離弾道ミサイル発射実験を行った。
1月の実験を受け、国連安保理は、制裁に関する協議を開始。3月2日、制裁決議案が採択されました。中央日報日本語版3月3日から。
国連安保理が2日(現地時間)、4回目の核実験および長距離ロケット発射をめぐる対北朝鮮制裁決議案に最終合意した。
歴代最も強力だという今回の決議案はこの日午前(日本時間3日0時)の安保理全体会議で採択された。北朝鮮の4回目の核実験から57日目だ。
過去に比べて長い時間がかかったが、はるかに強度が高い制裁内容となった。
「はるかに強度が高い制裁内容」とはなんでしょうか?
決議案を見ると、金正恩(キム・ジョンウン)政権に打撃を与えるものが多い。石炭・鉄鉱石など鉱物輸出禁止、軍事用航空燃料の供給中断、禁輸品の積載が疑われる北朝鮮船舶の入港禁止などだ。
ロシアの影響で旅客機への海外給油が認められ、朝鮮鉱業貿易開発会社(KOMID)幹部に対する制裁が抜けたが、重要な部分は変わっていない。
特に昨年の北朝鮮の対中輸出額24億ドルのうち鉱物の比率が45%を占め、外貨稼ぎに大きな打撃を与えることができる。
(同上)
さらに、アメリカと韓国は、「過去最大規模の軍事演習」を開始しました。
<米韓>過去最大の演習 30万人規模、「先制攻撃」想定も
毎日新聞3月7日(月)11時38分配信
【ソウル米村耕一】韓国で7日、定例の米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」と野外機動訓練「フォール・イーグル」が始まった。国連安保理制裁決議に北朝鮮が反発を強める中、演習は「過去最大規模」(韓国国防省関係者)で進められる。
演習には韓国軍約30万人と米軍約1万7,000人が参加。指揮系統訓練中心のキー・リゾルブは18日までの約2週間、フォール・イーグルは韓国各地で来月30日までそれぞれ行われる。
韓国メディアによると、キー・リゾルブには北朝鮮による核ミサイル発射の兆候をつかんだ場合、先制攻撃を仕掛けるシナリオも含まれる。
これに対し北朝鮮、「アメリカと韓国を『核攻撃』する!」と宣言しています。
北朝鮮、米国と韓国に核攻撃の警告
BBC News3月7日(月)11時53分配信
北朝鮮は6日、米韓両軍が7日から韓国で始める合同軍事演習を非難し、遂行するならば米韓両国に「無差別の」核攻撃を実施するとの談話を発表した。
「正義の核先制攻撃」を実施する方針という。
「正義の核先制攻撃」だそうです。
これは、本当にショッキングな話ですが、日本国民はほとんど反応しなくなっていることでしょう。北朝鮮の指導者が過激な発言をするのは、日常茶飯事。「オオカミ少年」のようになってしまい、日本国民も、「また言ってる。はは」という反応。特に恐怖も感じない。
しかし、朝鮮半島情勢は、確実に悪化しています。そして、戦争になる可能性もでてきています。理由は、「アメリカ側」の変化にあるのです。どういうことでしょうか?
「不可解」だった、アメリカの対北朝鮮政策
「核兵器開発問題」と聞くと、私たちは「2つの国」を思い出します。イランと北朝鮮。ともに2000年代に入ってから、「核兵器開発問題」で大騒ぎされるようになってきました。「同列」に語られることが多かった、イランと北朝鮮の「核兵器開発問題」。実をいうと、脅威のレベルは全然異なっています。
北朝鮮は、05年時点で「核兵器保有」を宣言した。そして、06年10月、初めての「地下核実験」を実施しています。以後09年5月、13年2月、16年1月と核実験を繰り返してきた。今では、「北朝鮮が核兵器を保有していること」に疑問を抱く人はいません。
一方のイラン。この国は、「核兵器を開発する」という意向を示したことすら、一度もありません。そして、実をいうと「アメリカ自身」も「イランは核兵器を開発していない」ことを認めていました。「トンデモ~、トンデモ~」という大合唱が聞こえてきます。では、証拠をお見せしましょう。
<イラン核>米が機密報告の一部公表 「脅威」を下方修正
[ワシントン笠原敏彦]マコネル米国家情報長官は3日、イラン核開発に関する最新の機密報告書「国家情報評価」(NIE)の一部を公表し、イランが03年秋に核兵器開発計画を停止させたとの分析結果を明らかにした。
(毎日新聞2007年12月4日)
どうですか、これ? NIEは、「イランは2003年秋に核兵器開発計画を停止させた」と分析していた。
アメリカだけではありません。世界の原子力、核エネルギーを管理、監視、監督する国際機関といえば、IAEA(国際原子力機関)。そこのトップ、日本人・天野之弥(あまのゆきや)氏は、2009年12月就任直前になんと言っていたか?
イランが核開発目指している証拠ない=IAEA次期事務局長
[ウィーン 3日 ロイター] 国際原子力機関(IAEA)の天野之弥次期事務局長は3日、イランが核兵器開発能力の取得を目指していることを示す確固たる証拠はみられないとの見解を示した。ロイターに対して述べた。
天野氏は、イランが核兵器開発能力を持とうとしていると確信しているかとの問いに対し「IAEAの公的文書にはいかなる証拠もみられない」と答えた。
(ロイター2009年7月4日)
どうですか、これ? 09年半ば時点で、IAEAの次期トップが「イランは核兵器開発を目指していない」と断言しているのです。こう見ると、
- 核兵器を実際に保有している北朝鮮
- 核兵器を持たず、開発する意志すら示したことがないイラン
という事実が理解できます。しかし、アメリカは、常に北朝鮮よりイランを敵視してきました。アメリカのトップが、繰り返し繰り返し「イラン攻撃の可能性」に言及してきたこと、皆さんもご存知でしょう。
一方で、「核兵器開発」でいえば「明白な脅威」であるはずの北朝鮮。好戦的なブッシュは、06年時点で、「北朝鮮を攻撃することはない!」と宣言しています。06年10月12日の毎日新聞。
<北朝鮮核実験>ブッシュ大統領「米国は攻撃意思ない」(中略)
北朝鮮が核開発の理由に米国からの攻撃を阻止する抑止力を挙げていることに対し、「北朝鮮を攻撃する意思はない」と明確な姿勢を示している、と説明した。
核兵器を開発してないイランには、「攻撃する!」と脅し、核兵器保有を宣言している北朝鮮には、「攻撃しない!」と宣言する。この「不可解さ」は何なのでしょうか?
イラン敵視、北朝鮮放置の真因
理由はいろいろありますが、とりあえず3つ挙げておきましょう。
1.石油・ガス利権確保
03年、理不尽な「イラク戦争」がはじまりました。なぜ「理不尽」なのか?アメリカが「開戦理由」にあげた2つ。すなわち、「フセインはアルカイダを支援している」「大量破壊兵器を保有している」は、共に「ウソ」だった。では、「本当の理由」はなんだったのでしょうか?FRBのグリーンスパン元議長は、こんな告白をしています。
「イラク開戦の動機は石油」=前FRB議長、回顧録で暴露
[ワシントン17日時事]18年間にわたって世界経済のかじ取りを担ったグリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長(81)が17日刊行の回顧録で、2003年春の米軍によるイラク開戦の動機は石油利権だったと暴露し、ブッシュ政権を慌てさせている。
(2007年9月17日時事通信)
「石油利権で戦争を起こすなんて!」
日本国民には、理解できませんね。そうは言いますが、日本がアメリカとの開戦を決意したのも、「ABCD包囲網」で「石油が入らなくなったから」です。
アメリカの場合、当時「2016年に自国の石油が枯渇する」という予測が出されていました。それで、世界中の「石油利権確保」にヤッキになっていたのです。原油埋蔵量世界4位、天然ガス埋蔵量世界1位のイランがターゲットになったのも理解できます。
2.「ドル基軸通貨体制」防衛
アメリカがイラクを攻めたもう1つの理由は、フセインが2000年11月、「イラク原油の決済通貨をドルからユーロにかえたこと」といわれています。06年4月17日付の毎日新聞。
イラクの旧フセイン政権は00年11月に石油取引をドルからユーロに転換した。国連の人道支援「石油と食料の交換」計画もユーロで実施された。
米国は03年のイラク戦争後、石油取引をドルに戻した経過がある
実をいうと、イランも、「原油の決済通貨をドル以外」にかえています。
イラン、原油のドル建て決済を中止[テヘラン 8日]
イラン学生通信(ISNA)は8日、ノザリ石油相の話として、同国が原油のドル建て決済を完全に中止した、と伝えた。ISNAはノザリ石油相からの直接の引用を掲載していない。
ある石油関連の当局者は先月、イランの原油の代金決済の「ほぼすべて」はドル以外の通貨で行われていると語っていた。
(2007年12月10日ロイター)
イランも、フセイン時代のイラク同様、「ドル基軸通貨体制」を崩壊させる動きをしていた。
3.イスラエル防衛
イランは、イスラエルにとって最大の仮想敵です。そして、イスラエルロビーは、少し前までアメリカで最強だった。それで、アメリカもイランを敵視していた。
3つ、アメリカが北朝鮮よりもイランを敵視していた理由をあげました。イラン、核兵器開発をしていないかもしれませんが、アメリカには、他に「攻撃したい理由」があったのです。それで、北朝鮮は、事実上放置されてきました。
アメリカ、戦略の変化と北朝鮮問題
しかし、オバマの時代になると、アメリカで大きな変化が起こってきました。最大の変化は、「シェール革命」です。アメリカは、すでに世界一の「産油、産ガス国」に浮上。「資源がたっぷりある」中東の重要度はどんどん下がっています。
もう1つの大きな変化は、中国が十分力をつけ、アメリカの覇権に挑戦するようになった。つまり、中国が「最大の脅威」に浮上した。このことを踏まえて、ここ数年の動きを振り返ってみましょう。
- 11年11月、オバマ、戦略の重点を「アジアに移す」と宣言
- 13年8月、オバマ、「シリア(アサド政権)を攻撃する!」と宣言
- 13年9月、オバマ、シリア攻撃をドタキャン
この頃、「イランとの和解」に動きはじめる。
- 14年3月、ロシア、クリミアを併合
アメリカは、日欧を巻き込んで「対ロシア制裁」を発動。
- 14年8月、アメリカと有志連合、イスラム国への空爆を開始
- 15年2月、ロシア、ドイツ、フランス、ウクライナ首脳、ウクライナ内戦の「停戦」で合意
- 15年3月、「AIIB事件」。親米国家群を多く含む57か国が、アメリカの制止を無視し、中国主導「AIIB」への参加を表明。以後、アメリカの「反中」はエスカレートしていく
- 15年5月、米中、「南シナ海埋め立て問題」で対立。「米中軍事衝突」を懸念する声も
- 15年9月、習近平、訪米するも冷遇され意気消沈。同月、ロシアは、ISと反アサド派への空爆を開始
- 16年1月6日、北朝鮮、「水爆実験」
- 16年2月7日、北朝鮮、長距離弾道ミサイル実験
- 16年2月22日、アメリカとロシア、「シリア停戦」で合意
- 16年3月2日、国連安保理、北朝鮮制裁決議案を採択
- 16年3月7日、アメリカ、韓国、「最大規模の軍事演習」開始。北朝鮮は、「米韓を先制核攻撃する!」と恫喝。
こうやって振り返ると、アメリカが、ウクライナ問題とシリア問題を解決し、アジアに重点をシフトしている様子がはっきり見えてきます。
00年代、石油の枯渇を恐れるアメリカは、中東を重視し、アジア・北朝鮮問題を事実上無視してきた。しかし、今は、シェール革命と中国の台頭で、中東の重要度が減り、アジアの重要度が増している。それでイランは救われ、北朝鮮問題が浮上してきたのです。だから、今までの延長で北朝鮮問題を見ていてはダメなのですね。
中国は北朝鮮を守る
日本ではよく、「中国も、わがままな金正恩に困っている」「中国も北朝鮮を見捨てる」という話をよく聞きます。確かに、中国がわがままな金正恩に困っているのは、そのとおりでしょう。しかし、「見捨てる」というのは違うと思います。なぜでしょうか?
「地政学的」な理由です。中国が北朝鮮を見捨てたらどうなるでしょうか? そう、韓国を中心に朝鮮半島は統一されるでしょう。そして、韓国は、米中間で揺れているとはいえ、「アメリカの軍事同盟国」です。ということは、「南北統一」後、アメリカ軍が中国の国境沿いに駐留することになる。統一後、北朝鮮、中国国境にミサイルでも配備された日にゃあ。こう見ると、中国には、「なんとしても北朝鮮を守りたい」動機がある。
ちなみに、国連制裁。成功するかどうかのカギを握っているのは、中国です。
しかし効果的な制裁になるには条件が1つ満たされなければいけない。北朝鮮貿易取引の90%を占める中国が徹底的かつ持続的に制裁に参加しなければいけないという点だ。
中国はその間、制裁に積極的に参加するような態度を見せ、時間が過ぎれば手綱を緩めてきた。これでは5回目、6回目の核実験を防ぐことはできない。
政府は国際社会、特に中国が国連制裁を徹底的に守るよう万全を尽くさなければいけない。
(中央日報3月3日)
中国の国益から見ると、「制裁を守るわけがない」ということになります。
第2次朝鮮戦争は、米中戦争に転化する?
もし「第2次朝鮮戦争」が勃発すれば、それは、韓国と北朝鮮の戦争では終わりません。米中戦争に発展する可能性も出てきます。
「そんなバカな! 米中共に、『核超大国』ですぞ!」という反論がでるでしょう。しかし、核超大国の米ロは、あちこちで「代理戦争」を繰り返しています。
まず08年8月の、「ロシア─グルジア戦争」。グルジアのサアカシビリ大統領(当時)は、「アメリカの傀儡大統領」として知られていました。
14年~15年の「ウクライナ内戦」。これは、アメリカが支援するウクライナ政府と、ロシアが支援する「東部親ロシア派」の戦いでした。
11年から始まり、今年2月に「停戦」に至った「シリア内戦」。ロシアはアサド政権を支援し、アメリカは「反アサド」を支援していました。
こういう例を見ると、「核大国同士の代理戦争は起こらない」とは決していえません。実際「しばしば起こっている」のですから。しかも、「第2次朝鮮戦争」が起これば、「代理戦争」では終わらないでしょう。なぜなら、アメリカにとって韓国は、グルジアやウクライナと違い「軍事同盟国」だからです。
つまり、第2次朝鮮戦争が起これば、アメリカ、韓国対中国、北朝鮮となってしまう。このことが、アメリカと中国にとっては、「戦争を回避したい動機」になることでしょう。
しかし、北朝鮮が始めてしまえば、アメリカも韓国を見捨てるわけにはいかず、参戦ということになります。そうなると、日本も、「集団的自衛権」を行使することになり、アメリカと韓国の支援をすることになるでしょう。ですから、戦争阻止のためにできるかぎりのことをしていく必要があるのです。
『ロシア政治経済ジャーナル』
著者/北野幸伯
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