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【パナマ文書】日本政府がタックスヘイブン対策に消極的な理由

パナマ文書の流出で、続々と明るみに出る各国指導者や大企業の「錬金術」。彼らの行為は限りなく黒に近いグレーではありますが、我々にとってはどこか縁遠い世界の出来事のように感じてもしまいます。しかし、メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんは、そのしわ寄せは消費増税などの形で国民に襲いかかり、特権階級に属さない者は「タックス・ヘル」の中でのたうち回ることになると警鐘を鳴らしています。

タックスヘイブン対策の抜け穴を塞げ

いわゆる「パナマ文書」の流出で、世界の政治権力者やその近親者がタックスヘイブン(租税回避地)のペーパーカンパニーに資産を隠し税金逃れをしてきた実態が浮き彫りになった。

キャメロン、プーチン、習近平…ゾロゾロと具体名が出てきたのは周知の通り。親、親友、兄弟の名義にせよ、ご本人たちの蓄財と疑われるのは当然だ。税金を徴収する側の人間が、本来なら課税されるはずの資産を秘密口座にしまいこんでいるというのだから、巨悪そのものである。

「パナマ文書」といわれるデータは、パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した電子メール、契約書、パスポートのコピーなど約40年分、1,150万件のファイルだ。

南ドイツ新聞が匿名の人物から約1年前に入手した。同紙のバスチアン・オベルマイヤー記者が暗号化されたチャットを受信し、機密文書の存在を知った。だが、あまりに膨大なデータで、一社では歯が立たず、米非営利組織「国際調査報道ジャーナリスト連合」ICIJ)に公開し、共同で解析を進めた。

「ICIJ」は世界76カ国、107の報道機関に所属する約190人のジャーナリストが共同で調査報道を行うためのネットワークだ。

グローバル化が進み、権力の乱用が世界を脅かすなか、国境を越えた調査報道が必要とされているにもかかわらず、時間と手間と人手がかかるため、どこの国のメディアも、日々のニュースをこなすのが精いっぱいというのが実情だ。そうした危機感から、国や会社の垣根をこえて調査報道で協力し合おう、そのためのネットワークをつくろうという趣旨で、同連合は誕生した。

そのウエブサイトを検索すると、パナマ文書によってこれまでに判明した事実のレポート「THE PANAMA PAPERS」が掲載されている。メディア各社のパナマ文書に関する記事は、このサイトをもとにしているので
あろう。

いまのところ、日本人や日本の企業の名前は出てきていないが、実はICIJには「オフショアリークス・データベース」という別のサイトがある。2013年に、タックスヘイブンを利用している企業や個人を世界規模で調査、公表し、それをデータベースとして、検索できるようにしている。

国名リストのなかから「japan」を選択し、キーワードを入れずにsearchボタンを押すと、アルファベット順に個人名や企業名が縦一列にずらりと並ぶ。「ABE Atsushi」「ABE Daisuke」とのっけから「アベ」の名前が出てくるが、安倍首相とは無関係のようだ。

日本を代表する企業の名も見ることができる。「Mitsubishi Corporation」(三菱商事)。これをクリックすると、オフショアにある関連会社らしい法人名が2つ出てきた。

同社の直近の有価証券報告書によると、そのうちの1つ「ENERGI MEGA PRATAMA INC」は英領バージン諸島のロードタウンに所在し、三菱商事が25%、5,200万ドル(約57億円)を出資する連結対象の関連会社であることがわかる。同社は2001年に設立されインドネシアの石油・ガス開発プロジェクトを行っている会社だが、会社登記地は、はるか遠く離れたカリブ海の英領バージン諸島というわけである。

同じ英国領のケイマン諸島と並び、ほとんど税金を徴収されないタックスヘイブンの代表格といえるのがバージン諸島だ。ENERGI社はその利益に課税されず、配当を受け取る三菱商事もまた、日本の「外国子会社配当益金不算入制度」により、配当金の95%が益金不算入にしてもらえるのだ。関連会社の発行済株式の25%以上を保有していればこの制度の対象となる。

こうして多国籍企業は合法的に税金逃れをしているが、その分、国庫に入るべきカネが少なくなっている

タックスヘイブンは、単に金持ちの節税対策に使われているという生やさしいものではない。世界の金融資産の半分以上が、そのように呼ばれる国々の秘密主義の銀行に集まり、世界のマーケットとの間を行き来しているのである。

莫大な利益をあげている多国籍企業や金融資本家が、タックスヘイブンにつくった会社を利用してさまざまな取引スキームをひねり出し、税率の高い本社の利益を税率の低い現地法人に移して貯めてゆく。これが基本的な税逃れの仕組みだ。そして、コントロールのきかないマネーが蓄積され、やがて巨利を求めて暴走
すると、バブルを生み、当然の帰結として崩壊し、世界を経済危機に陥れる

多国籍企業や富豪たちはコンサルタント会社に依頼し、収入に比べて少ない税金ですむよう、タックスヘイブンの利用をせっせとやっているが、タックスヘイブンとは無縁の一般市民は、ささやかな収入の中から、どうやって税金をねん出しようかと苦しんでいる。

大金持ちの企業や個人がふつうに納税してくれれば、庶民はもっと楽ができる。社会保障の予算が削られ、負担ばかりが増し、そのうえリーマンショックの時のように、投資銀行の失敗の尻拭いまでさせられては、たまったものではない。

むろん、各国の税務当局も黙って見逃しているわけではあるまい。日本にはタックスへイブン対策税制があり、「税負担が日本の法人税に比べて著しく低い外国子会社の留保所得」に対し、株式所有割合に応じて日本の株主の所得とみなし合算して日本で課税することになっている。

しかし、これではとても十分な対策とはいえない。留保所得に課税するのであって、配当に課税するのではない。留保所得をつかむのさえ、タックスヘイブンの銀行が秘密主義である以上、難しいにちがいない。

節税でも脱税でもなく、いわばグレーゾーンにある租税回避は、いまやグローバル資本主義になくてはならないものとして組み込まれている。それだけに、各国政府としても、税収奪還を厳しくやれば世界経済戦争にのぞむ自国の企業に不利というジレンマに悩んでいるのが実情だろう。

昨年8月13日の日経新聞にこんな記事が載った。

経済協力開発機構(OECD)とG20に加盟する合わせて40カ国余りが、租税回避地(タックスヘイブン)を使った企業の過度な節税策を防ぐ税制を全面導入する見通しとなった。日米英などの主要国が採用している課税の仕組みを、インドやオランダなどの10カ国以上が導入する。税率の違いを突く節税策を防ぐ国際的な取り組みの抜け穴をふさぐ狙いだ。

けっして十分とはいえない日米英のタックスへイブン対策税制の仕組みを他国が真似して、どれほどの効果があるのだろうか。

そもそも、タックスヘイブンがここまで勢力を持つようになった源流は、イギリスの国策にあった。ケイマン、バージン、バミューダ諸島、アイルランド、ドバイ、香港など旧英国領に多いのはその証拠だ。

英国は第2次大戦後、国力の復活をかけて米国ウオール街の資金を呼び込むため、ロンドン(シティ)をオフショア金融市場とする政策を採ったことがある。その後、英仏海峡、カリブ海、アジア地域の領土や旧植民地の支配から手を引きながらも、現地議会への英金融界の影響力を保持し、シティに代わるタックスヘイブンに衣替えさせていったのだ。

大ざっぱな言い方をすれば、英国が建てたタックスヘイブンを舞台に米ヘッジファンドなどが金融テクノロジーを駆使して、相場を大きく揺るがせている構図だ。

日本の金融機関もケイマン諸島などに設けた特別目的会社を使い、証券化商品を売って、しこたま儲けている

日本銀行の「直接投資・証券投資等残高地域別統計」(2013年度)によると、日本からケイマン諸島への投資額は55兆円にのぼっている。たった1つのタックスヘイブンについてもそれだけ莫大なマネーが日本から流出しているのだ。にもかかわらず、日本政府は大企業に対する優遇税制を強めるためか、フランスやドイツにくらべ、タックス・ヘイブンとの租税条約情報交換協定の締結に消極的な姿勢をとり続けてきた。

自国のグローバル企業の世界競争を税負担軽減で有利に導きたい一方で、国の税収も確保したいというのが、財務当局の悩みだ。経済のボーダレス化は進むが、国境は厳然として存在する。

とどのつまり、タックス・ヘイブンとは無縁の国民に消費増税などのかたちでしわ寄せがくる。

金融資本、多国籍企業、そして彼らと結託して私腹を肥やす政治権力者が欲のおもむくままにふるまう限り、国による税の差を利用したグローバル時代の錬金術を容易に手放そうとしないだろう。このままでは、特権階級に属さない者は、何も知らされないまま、タックスヘル地獄にいつまでも耐えていかねばならない

この不条理をなくするため、法の抜け穴を塞ぎ、オフショア利権を解体する必要がある。各国が協力し合い、税務情報を共有するネットワークづくりを進めてゆくべきだ。

その意味でもICIJのジャーナリストたちの活動には頼もしさを感じる。世界のメディアがもっとこの問題を取り上げねばならない。マネーゲームに支配されつつある各国政府を覚醒させねばならない。

image by: Shutterstock

 

国家権力&メディア一刀両断』 より一部抜粋

著者/新 恭(あらた きょう)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。
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