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アメリカは常に正義なのか。核兵器開発の濡れ衣でイランを叩いた理由

2003年、イラクのフセイン政権を倒し、さらにその隣国イランに対しても「核兵器開発疑惑」を盾に厳しい経済制裁を科したアメリカをはじめとする欧米諸国。経済制裁自体は歴史的な核交渉合意を経て解除されましたが、そもそもイランは核兵器開発など計画しておらず、すべてがアメリカによる「でっち上げ」という情報すら流れています。そこには、どのような政治的な意図があったのでしょうか。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者・北野幸伯さんが複雑怪奇な各国の思惑を詳しく解説しています。

アメリカ、ロシア、サウジ、イラン関係の真実

読者の誠神大和さまから、ご質問をいただきました。

日高義樹氏の御著書『トランプが日米関係を壊す』(徳間書店)に「国際社会に緊張を与えているプーチンと、核兵器の開発をやめないイランの過激派政府を倒すためにアメリカとサウジアラビアが手を結び、石油の安値攻撃を始めている」と書かれています。

 

「2015年2月10日に米国家情報局のジェームス・クラッパー長官は、アメリカ議会の情報関係者に対して、イラン政府が核兵器の開発製造をあきらめた徴候はったく見られないとつたえた。」とも書かれています。

 

一つ目の質問は、そもそもイランの「核兵器製造計画」は米国のイランに対するイチャモンだったと記憶していますが、実際のところはどうなっているのでしょうか。

 

二つ目の質問は、米国とサウジアラビアの関係は険悪なのに、ロシアのプーチンを叩くために手を結ぶことなどできるのでしょうかという点です。

 

よろしくお願い申し上げます。すめらぎ弥栄!

一つずつ見ていきましょう。

イランは、核兵器を開発しているのか?

一つ目の質問は、

そもそもイランの「核兵器製造計画」は米国のイランに対するイチャモンだったと記憶していますが、実際のところはどうなっているのでしょうか。

です。

世界情勢を少しでも追っている人なら、アメリカとイランが10年以上対立していた事実をご存知でしょう(1979年のイラン・イスラム共和国建国時から「ずっと対立している」とも言えます)。

実際、03年4月にイラク・フセイン政権を打倒した後、アメリカ政府の高官たちは、「イランと戦争をする可能性がある」ことを、繰り返し語ってきました。理由は、イランが、「核兵器を開発しているから」。日本人のほぼ100%が、この話信じていると思います。

まず、基本的な話から。みなさん、以下の事実をご存知でしょうか?

  1. イランは核兵器を開発する意向を一度も示したことがない。
  2. アメリカも数年前まで、イランには「核兵器を開発する意図がない」ことを認めていた。
  3. 核兵器開発が「戦争」の理由であるなら、真っ先に攻撃されるべきはイランではない。

まず、「1.イランは核兵器を開発する意向を一度も示したことがない」。

「イランが核兵器を開発している」というのは、欧米だけが言っていること。当のイランは「核兵器を開発する」とは一度も言っていません。「核開発、「原発用」だとしています。

次に、「2.アメリカも数年前までイランには『核兵器を開発する意図がない』ことを認めていた」について。こちらをごらんください。

〈イラン核〉米が機密報告の一部公表 「脅威」を下方修正

 

[ワシントン笠原敏彦]マコネル米国家情報長官は3日、イラン核開発に関する最新の機密報告書「国家情報評価」(NIE)の一部を公表し、イランが03年秋に核兵器開発計画を停止させたとの分析結果を明らかにした。
(毎日新聞2007年12月4日)

どうですか、これ? NIEは、「イランは03年秋に核兵器開発計画を停止させた」と分析していた。

アメリカだけではありません。世界の原子力、核エネルギーを管理、監視、監督する国際機関といえば、IAEA(国際原子力機関)。そこのトップ、日本人・天野之弥(あまのゆきや)氏は、09年12月就任直前になんと言っていたか?

イランが核開発目指している証拠ない=IAEA次期事務局長

 

[ウィーン 3日 ロイター] 国際原子力機関(IAEA)の天野之弥次期事務局長は3日、イランが核兵器開発能力の取得を目指していることを示す確固たる証拠はみられないとの見解を示した。ロイターに対して述べた。

 

天野氏は、イランが核兵器開発能力を持とうとしていると確信しているかとの問いに対し「IAEAの公的文書にはいかなる証拠もみられない」と答えた。
(ロイター2009年7月4日)

どうですか、これ? 09年半ば時点で、IAEAの次期トップが「イランは核兵器開発を目指していない」と断言しているのです。

イランは一度も核兵器保有を目指す意向を示したことがない
アメリカもIAEAもつい最近までそのことを認めていた

という事実。よろしいですね。

それでも、イランは「核兵器保有」を目指しているのかもしれません。私も、断言はしません(ですから、誠神大和さまの「実際のところどうなっているのでしょうか?」という質問に、「絶対こうだ!」と答えることはできません。評論家で、「イランは絶対核兵器を開発している!」あるいは「絶対開発していない!」という人は、はっきりいえば、「ウソ」を言っているのです。そんなことは、わかるはずがありません)。

私に言えるのは、「アメリカの諜報、情報機関もIAEAも、イランは核兵器を開発していないと結論づけていた」という「事実」です。

しかし、イランはひょっとしたら核兵器を開発しているのかもしれない。たとえそうだとしても、イランだけがターゲットにされるのはおかしいのです。なぜか? 次を見てみましょう。

「3.核兵器開発が「戦争」の理由であるのなら、真っ先に攻撃されるべきはイランではない。」

アメリカがイランを攻撃するのは、「核兵器保有を目指しているからだ!」としましょう。ところで、もうとっくに核兵器を持っているやっかいな国がいませんか? そう、北朝鮮

みなさんもご存知のとおり、北は06年10月9日に核兵器の実験を成功させ、世界を驚かせました。

北朝鮮とイランどっちが危険かは一目瞭然です。北朝鮮は、核兵器を保有している。実験もしていて、世界中がそのことを知っている。イランは、核兵器を保有していない。また、核兵器を保有する意志を一度も示していない。どっちが悪いか、「一目瞭然」ですね。

ところが、イラン攻撃の可能性を何百回も公言しているアメリカは北朝鮮は攻撃しないと断言しています。例えば、06年10月12日の毎日新聞。

〈北朝鮮核実験〉ブッシュ大統領「米国は攻撃意思ない」(中略)

 

北朝鮮が核開発の理由に米国からの攻撃を阻止する抑止力を挙げていることに対し、「北朝鮮を攻撃する意思はない」と明確な姿勢を示している、と説明した。

このように、アメリカの行動は常識的に考えるとメチャクチャなのです。「核兵器開発」が本当の理由でないとすると、いったいなぜ、アメリカは「イランバッシング」を続けていたのか?? ありえる可能性を、書いておきます。

1.ドル体制防衛

イランも、フセイン時代のイラク同様、ドル体制に反逆しています。

2.石油、ガス

みなさん、グリーンスパンさんの衝撃発言、覚えておられますか? 曰く、「イラク戦争の理由が石油であることは、誰もが知っている事実である」。

BPのデータによると、イランの原油埋蔵量は、1,570億バレルで、世界4位。また、イランは、天然ガス埋蔵量世界1位。世界有数の資源大国なのです。アメリカは、当然この石油ガス利権を他国に渡したくなかったことでしょう(その後、「シェール革命」で事情は大きく変化しました)。

3.イスラエル防衛

イランが、アメリカと非常に近い(近かった)イスラエルを敵視していることも理由の一つと考えられます。

[ワシントン=犬塚陽介]オバマ米政権は、イスラエルが単独でイラン核施設の攻撃に乗り出す可能性に懸念を強めている。イランが核施設攻撃の報復に打って出れば、原油高騰など世界経済に悪影響を及ぼすのは確実。

 

一方で大統領選をちょうど1年後に控え、米国内のユダヤ票の行方には神経質にならざるを得ない。イランの核問題はオバマ大統領の再選戦略を揺るがしかねない。
(産経新聞2011年11月6日)

4.中国封じ込め

米中覇権争奪戦の観点から見ると、アメリカにとって、イランは非常に重要です。

中東産油国の民衆は、イスラム教徒で概して反米。しかし、トップは、おおむねアメリカと良好な関係を築いていました。とはいえ、中東産油国で反米の国もあります。その代表がイラクとイランでした。しかし、アメリカはイラクを攻撃し、傀儡政権をつくった。残るはイランです。

これは非常に重要なのですが、アメリカがイランに親米反中傀儡政権をつくれればほぼ中東支配を完了したと言えます。すると、どうなるか? 米中関係がいざ悪化してきたとき、中東産油国を脅して中国に石油を売らせないようにすることができる。

中国の方にもそういう危機感があります。そのため、中国は陸続きのロシアや中央アジアとの関係構築に必死になっているのです(アメリカは、イラン政権を打倒して屈服させるのをあきらめ、「和解して味方につける」方針に転換しました)。

アメリカがイランと和解した背景

さて、皆さんご存知のように、アメリカ、ロシア、他4大国とイランは2015年7月、核問題に関して最終合意」に達しました。これで、イランの「核問題」は、事実上解決したのです(誠神大和さまのメールに、「『2015年2月10日に米国家情報局のジェームス・クラッパー長官は、アメリカ議会の情報関係者に対して、イラン政府が核兵器の開発製造をあきらめた徴候はまったく見られないとつたえた。』とも書かれています」とありますが、この6か月後にアメリカとイランは和解している。つまり、オバマ政権は、クラッパーさんの分析、発言を重視しなかった)。

そして、2016年1月には、対イランの経済制裁が解除されました。イランは、サウジアラビア、イスラエルを敵視しています。それで、イランと和解したアメリカと、サウジ、イスラエルの関係がとても悪化している。

アメリカ、サウジの関係悪化について。産経ニュース2016年4月21日。

オバマ米大統領がサウジ訪問 友好ぶり「演出」も歓迎ムード乏しく 国王出迎えなし、対イラン政策など根強い不満か

 

【カイロ=大内清】サウジアラビアを訪問したオバマ米大統領は20日、サルマン国王と会談し、ホワイトハウスの声明によると「両国の歴史的な友好と深い戦略的パートナー関係を再確認」した。

 

しかし、サウジには、対立関係にあるイランに対する米国の姿勢などへの不満がくすぶっており、今回の訪問は両国関係の良好ぶりを「演出」するだけにとどまった形だ。

サウジは、イランの影響力拡大が中東の不安定要因だと認識しており、米国が昨年、イランとの核合意を成立させたことを「裏切り」とみる向きも強い。
(同上)

現地からの報道によると、サルマン国王がオバマ氏を空港で出迎えないなどサウジ側に歓迎ムードは乏しく、オバマ氏が今回の訪問をシリア和平や過激派対策での成果につなげられるかは不透明だ。
(同上)

国王が「出迎えにこない」というのは、重要なシグナルですね。

原油安は、アメリカとサウジの共謀ではない

質問2にいきます。

二つ目の質問は、米国とサウジアラビアの関係は険悪なのに、ロシアのプーチンを叩くために手を結ぶことなどできるのでしょうかという点です。

できません

最近の原油安には、「二つの陰謀論」が存在します。一つは、「アメリカとサウジが組んで原油価格を下げ、プーチンをつぶしている」というもの。もう一つは、「アメリカのシェール企業をつぶすために、サウジは減産を拒否し、原油価格を下げている」というもの(原油価格の低迷がつづけば、シェール企業は採算がとれず、撤退に追い込まれるという読み)。

原油価格が1バレル110ドル台から一時30ドル台まで大暴落したのには、いろいろ理由があります。

  1. 長期的にはシェール革命による供給増
    アメリカは、40年ぶりに原油輸出を再開した。
  2. 中国経済減速による、エネルギー需要減少
  3. 核問題解決で、資源大国イランが世界市場に戻ってきたこと
  4. サウジが、減産を拒否したこと

などなど。いずれにしても、険悪な仲のアメリカとサウジが、プーチンを潰すために原油価格を下げているというのは、「そんなことないだろう」と思います。

アメリカ―中東情勢まとめ

ここ数年のアメリカ─中東情勢をまとめておきましょう。

  1. 08年からの「100年に1度の大不況」で、アメリカは沈み、中国は浮上した。
  2. アメリカは危機感を強め、オバマは11年11月、「アジア回帰」を宣言する。これはつまり、「中東よりアジアを重視する」という意味でもある。
  3. シェール革命進展で、「資源の中東」の重要度が薄れていく。
  4. 2013年9月、オバマはシリア攻撃をドタキャンし、サウジ、イスラエルを失望させる。
  5. 2014年8月からIS空爆を開始するも、やる気なしで、ISは弱体化せず。
  6. 2015年7月、「イラン核合意」で、核問題は事実上解決。
  7. 2016年2月、米ロ主導で、シリア内戦の「停戦」が実現。
  8. 2016年4月、オバマ、サウジを訪問も、冷遇される。

超単純化すると、アメリカは、中国の脅威増大と、シェール革命により、中東を重視しなくなった。それで、イランと和解しサウジとイスラエルを見捨てた

となります。

説明し終わったところで、最後に、誠神大和さまの質問に関する回答を。

一つ目の質問は、そもそもイランの「核兵器製造計画」は米国のイランに対するイチャモンだったと記憶していますが、実際のところはどうなっているのでしょうか。

■ 回答

完璧にはわかりません。しかし、アメリカもIAEAも、09年時点で「イランは核兵器開発していない」と結論づけています。その後もイランバッシングが続いたのは、「核兵器開発」ではなく、上に挙げた他の理由によるものでしょう。

二つ目の質問は、米国とサウジアラビアの関係は険悪なのに、ロシアのプーチンを叩くために手を結ぶことなどできるのでしょうかという点です。

■ 回答

アメリカとサウジの現状を見るに、「反プーチンで手を組むことはないでしょう。よって、原油価格の下落は、上に挙げたような他の理由によるものと思われます。

image by: a katz / Shutterstock.com

 

ロシア政治経済ジャーナル
著者/北野幸伯
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