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新元素「ニホニウム」の違和感。新聞各紙も報道に大きな「温度差」

日本の科学者が発見した113番元素の名称案が「ニホニウム」であることが6月8日に明らかになりました。国名を冠した新元素が周期表に記載されるとあって大きく報道されていますが、新聞に関して言えば各紙で「温度差」があるようです。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』の著者でジャーナリストの内田誠さんが、主要4紙の伝え方を詳細に比較しています。

各紙は、ニホニウムの発見に何を見たか

◆1面トップの見出しから……。

《朝日》…「共通投票所 4市町村のみ」
《読売》…「クリントン氏 女性初候補」
《毎日》…「113番元素「ニホニウム」」
《東京》…「舛添氏進退 問う声強く」

◆解説面の見出しから……。

《朝日》…「弱点共通」(米大統領選)
《読売》…「「異例」2氏 本選に照準」
《毎日》…「「日本発」悲願かなう」
《東京》…「「対日強硬」一騎打ち」(米大統領選)

ハドル

はて、どうしたものか…。1面トップと解説面を見る限り、米大統領選構図決定かニホニウム、あるいは舛添都知事の三つに集中しています。特に、大統領選の記事量が多いですが、昨日に続いて取り上げるほどではありません。ということで、ちょっと「意外感」があるかもしれませんが、「ニホニウム」を取り上げます。これ、実は面白いことがいくつか詰まったなかなかのテーマのようなのです。今日のテーマは…「各紙は、ニホニウムの発見に何を見たか」です。

基本的な報道内容

理化学研究所の研究チームが発見し、日本で初めて命名権を得た113番元素について、国際純正・応用化学連合は8日、名称案を「ニホニウム」、元素記号案をNh」と発表。他の三つの新元素についても名称案と記号案を発表した。

113番元素は昨年末、森田浩介九州大教授が率いる理研チームによる発見と認められ、チームから提出されていた案を検討して、今回「推奨される案」として発表。5ヶ月間の意見募集を経て正式決定され、元素周期表に掲載される。

「ニホニウム」は亜鉛(30番)の原子核をビスマス(83番)に高速で衝突させ、核融合させることによって作られた。9年間で360兆回の衝突を試み、3個の合成に成功。自然界に存在しない「ニホニウム」は僅か0.002秒で崩壊するため、実生活に役立てることは難しいが、国際純正・応用化学連合の元会長で名古屋大学特任教授の巽和行さんは「日本生まれの元素が刻まれた周期表は、科学を学ぶ日本の中高生に大きな刺激を与える。研究に進む若者が増える効果は何物にも代えがたい」と喜んでいる。

淡々と…

【朝日】は1面の中央付近に450字程度の短い記事のみ

uttiiの眼

元素の周期表を載せ、今回新たに付け加えられることになる四つの元素の場所を赤で目立たせている。記事はごくごく基本的なことだけで、文章も非常にクール。特色は、ニホニウム以外の三つ、モスコビウム、テネシン、オガネソンの名も記していることくらいか。

科学界のエピソード、トピックスという扱い。

国威発揚の具

【読売】はやはり1面中央付近に基本的な情報の記事。ビスマスに亜鉛を衝突させ、核融合してニホニウムができている場面の模式図を載せている。35面社会面に「歴史発掘的な大きな関連記事があり、短くQ&Aも付いている。この35面記事から、見出しを何本か拾っておく。

・100年越し「日本」名
・新元素ニホニウム
・幻の「ニッポニウム」
・1910年代、10年間記載
・理研 先駆者への敬意込め
・実験で原子衝突400兆回
・取り消された名称使えず

uttiiの眼

1面記事の文章からして、《朝日》とは取り上げ方が大きく違っている。例えば、「日本由来の元素名が確定すれば、欧米を中心に発展した近代科学史上で初の快挙となり、世界中の化学の教科書に『ニホニウム』の名称が掲載されることになる」という書き方から、記者の「高揚感」を読み取るのは容易い。

35面記事は、今回の発見を、日本の元素化学の歴史における輝かしい到達点として記録したいという意思が感じられる。

上に書き出した見出しをツラツラ見て頂くだけでも感じ取れると思うが、要は、100年前の一時期、「ニッポニウム」という元素名が公認されており、後に抹消されたという悲劇があり、今回の出来事は「日本の国名を冠した元素名が、1世紀の空白を経て、永久に残ることになった」快挙だというのだ。

東北帝国大学の小川正孝博士が留学先で発見し、当時未発見だった43番の元素として帰国後の1908年に論文を発表、周期表に「ニッポニウム」が記載されていたという。ところが、後に、イタリアの科学者が43番はニッポニウムと異なる別の元素であることを明らかにして、テクネチウムと命名。小川さんの発見は間違いとされた。

ところが、東北大学名誉教授の吉原賢二さんによると、小川さんが発見していたのは、その当時未発見だった75番で、その後、レニウムと命名されたものと同じものだったことが判明。「小川博士が新元素を見つけたのは事実」(吉原)という。そして今回、一度取り消された「ニッポニウム」は使えなかったが、同じように「日本」を示す「ニホニウム」が周期表に載るのだ、と。

思うに、《読売》はこうした経過を「ニッポンが雪辱を果たして栄光を手にした」と、まるで「国威発揚に資する出来事のように描き出している。

《読売》のこうした書きぶりの中には、中国の発展を目の当たりにしてすっかり自信を喪失してしまい、その反動で他国や他民族に対する敵意や反感の炎を燃やし、とりわけ嫌韓・反中に熱中する人々と共通するものを感じる。「日本がいかに凄いか」を「立証」しようと躍起になる近時大流行のテレビ番組も同根だ。

小川正孝博士がレニウムを発見していたことは偉業であるに違いない。しかし、同じことが21世紀の日本で起こっていたらどうだっただろうか。小川博士は、75番を43番と間違えて「ニッポニウム」などと名前をつけ、世界に日本の恥をさらしたペテン師野郎だと、連日のようにバッシングを受けていた可能性はないだろうか。メディアによる評価の仕方が軽薄であればあるほど、批判に回った時の激しさと執拗さは度を超したものになりがち。最近のいくつかの例を見るだけで明白だ。

《朝日》のように冷たくなくてもいいが、少しは冷静になった方がよい

その「冷静さ」を回復する手掛かりが、同じ《読売》の35面記事に書き込まれている。研究チームが「ニホニウム」を提案するにあたって説明したことは、「新元素発見の研究に尽力した小川正孝博士への敬意」と並んで、「東京電力福島第一原発事故の被災者の科学への不信を払拭する願い」だったという。《読売》はこの「科学への不信」とは、原子力への不信のことであり、それを払拭するということは、つまり原子力は安全に扱うことができる、引いては、原発は安全に運転できるという意味を読み込もうとしているのかもしれない。だとしたら、はたして《読売》の読み込みは当たっているかどうか。

氷と炎

【毎日】は1面トップに加えて3面の解説記事「クローズアップ」を充てている。1面記事にはニホニウムを含む周期表の一部分を掲載。周期表全体は3面記事の方に。

uttiiの眼

《毎日》1面の書き方には不思議な冷静さが漂っている。リードにあるような「教科書でお馴染みの元素周期表に初めて日本生まれの元素が掲載される」という筆致には、確かに、学校教科書への仄かな懐かしさと明るいファンタジーが含まれている気がするものの、全体は、《読売だったら血涙を拭いながら力説するような材料を、《毎日》の場合はサラッと書いていて好感が持てる。

例えば、小川正孝博士と「ニッポニウム」については、「1908年に『発見した』と発表した43番元素(後に誤りと判明)に命名した経緯がありIUPACのルールで使えなかった」とだけ記している(IUPACとは「国際純正・応用化学連合」のこと)。

ディテールも丁寧で、「ニホニウム」の「寿命は平均0.002秒しかなく、崩壊を繰り返して別の元素のドブニウム(陽子105個)やメンデレビウム(同101個)に次々と姿を変えていく」と詳述している。この崩壊の過程を示すことは命名権の獲得にとって非常に重要な要素だったので、意味のある記述だと言える。ただし、そのことが書いてあるのは1面ではなく3面の解説記事の方。

3面は、逆に、かなり興奮した調子の記事になっている。見出しに「「日本発」悲願かなう」。リード部分では「欧米陣が独占してきた新元素の発見や合成に風穴を開ける金字塔」だとし、「極めて困難な新元素の合成は国の技術力の集大成」であり、「日、米、露、独を中心に各国が威信を懸け、次の新元素を合成すべく激しい国際競争を展開している」という。

紹介されているエピソードも、「ニホニウム」提案を決めた理研チームの会合では、森田浩介九州大教授が「自分たちの国で作った元素だとアピールできる名前にしたい」と語ったとか、改めて小川正孝博士の「幻」の発見、さらに戦前、理研の仁科博士率いるグループが93番の合成を試みて失敗したことなどが綴られ、今回は「3度目の正直」と位置づけられている、と。

《毎日》3面は日本の「悲願」を強調しているが、厳しい国際競争が今後も続く理由について丁寧に説明しているのが特徴。研究の意義については、「科学を学ぶ日本の中高生に大きな刺激」といった次元に止まらず、「人間は宇宙が何でできているか考えずにはいられない。元素は宇宙誕生時や星の大爆発で盛んに作られてきた。元素を知ることは宇宙を知ること」(桜井博儀東大教授)という最も基本的な意義を押さえている。また新元素の探索は欧米が牽引してきたこと、99番や100番は水爆実験の灰の中から発見されていること、研究に必要な加速器は各国が新しいものを建設したり拡張したりしていることが書かれている。巨大設備を必要とする研究が、しばしば「国の威信を懸けて」行われることは間違いない。

原爆の歴史背負う

【東京】は1面左肩に基本的な記事。3面左側に比較的大きな記事。森田九州大教授のにこやかな笑顔と立派な体躯が紙面のなかにドンと座っている風情。1面と3面の見出しを並べておく。

・新元素名「ニホニウム」
・「新元素合成は原爆の歴史背負う」
・「ニホニウム」提案 森田教授

uttiiの眼

《東京》によれば、森田氏は「(歴史的に)ウランより重い元素を作ろうとして核分裂を発見し、その後、爆弾の開発に駆り立てられた。核の災害によって生命を失い、不自由を被った人と関連がないわけではない」と硬い表情で自らの思いを明かしたという。学会での命名理由説明の中で福島第一原発の事故に言及、信頼を取り戻したいとするチームの望みを紹介していると。

これは、少なくとも、原発の安全性を保証しようというような話でないことだけは確かだ。原発は科学が犯した過ちだ、とまでは言っていないが、原発事故が科学の信頼喪失につながったことから、科学そのものを救い出したいという気持ちのように思える。たとえて言えば、「原発のことは嫌いでも、科学のことは嫌いにならないで下さい!」ということか。

新元素の合成は、歴史的に見て、核開発と表裏一体の研究だということだろう。《毎日》はネプツニウムを合成しようとしていた仁科博士の名前を出し、また、アインスタイニウムとフェルミウムは水爆の灰から発見されたという事実を摘示しながら、「核開発」や「原爆」という言葉に到達しなかった。

あとがき

以上、いかがでしたでしょうか。

随分前になりますが、ノーベル医学生理学賞を受賞した利根川進博士が帰国した際に、成田で共同会見に参加したことがありました。確か1987年ですから、29年前のことになりますね。私は敢えて、こんな質問をしてみました。

「『故郷に錦を飾る』という言葉がありますが、今、先生はそのような感慨をお持ちでいらっしゃいますでしょうか?」

利根川さんは「全くありませんと即答されたので、「意外」という受け止め方が多かったからでしょう、その模様が大変大きく報じられたことを思い出します。利根川さんは「帰国」という言葉さえ使わず、終始、「訪日」とか「訪問」と仰っていたような記憶です。理想的な環境のアメリカで研究を続けてこられた先生は、ご自分の受賞が、ナショナリスティックな大騒ぎに結びつくことを大変嫌がっておられたように感じました。

科学に国境はあるのかないのか。

カミオカンデの研究者がノーベル賞を受賞した時には、さほど「国粋」的な話は出なかったように思います。今回は、命名権を初めて日本の研究グループが獲得したこと、そして「ニッポニウム」の因縁と「ニホニウム」の名、こうしたことが、国粋的な感情にフィットしてしまったのかもしれません。それはある程度仕方のないことかもしれませんが、せめて、「毒消し」として、核開発と新元素合成の関係くらいには言及しておいてほしいものです。

image by: Shutterstock

 

uttiiの電子版ウォッチ』2016/6/9号より一部抜粋

著者/内田誠(ジャーナリスト)
朝日、読売、毎日、東京の各紙朝刊(電子版)を比較し、一面を中心に隠されたラインを読み解きます。月曜日から金曜日までは可能な限り早く、土曜日は夜までにその週のまとめをお届け。これさえ読んでおけば「偏向報道」に惑わされずに済みます。
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