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米史上最悪「フロリダ銃乱射」事件さえも政治利用する大統領候補たち

フロリダ州のナイトクラブで起こった銃乱射事件は50人の犠牲者を出し、米国史上最悪の銃撃事件となりました。父や元妻などの証言から射殺された容疑者の人物像が少しずつわかってきましたが、全米を震撼させたこの事件を防ぐ手段はなかったのでしょうか。そして銃規制、移民・同性愛者差別など、この事件が大統領選に与える影響は?メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の著者で、米国在住の作家・冷泉彰彦さんが詳しく分析しています。

フロリダ乱射事件とその影響

一回の乱射事件で50名が殺害されるというのは、アメリカの銃撃事件の歴史の中でも最悪のものでした。現時点での事実関係を整理しておきますと、事件が発生したのはフロリダ州オーランド市にある有名なゲイ・ナイトクラブパルス』で6月12日東部時間午前2時ごろに銃撃が発生しています。当時、店内には200名以上の客がいたようです。

警察の発表によれば、狙撃犯はナイトクラブのトイレに立てこもったので、SWATチームは建物の外側から車両を突入させて壁に穴を開け、人質を逃すと共に、外へ出てきた狙撃犯を銃撃戦の末に射殺したとしています。

犠牲者数に関して、当初は20名」とされていたのが、事件発生後10時間ほどを経て急に「50名に増加したのは、当初は「爆発物の残留が懸念されており、二次被害を避けるための爆発物処理班の活動が優先されたためで、警戒が解除されることで、初めて更に30名の犠牲者の存在が確認されたということです。

現時点では、50人の死者に加えて53名の負傷が確認されています。極めて大規模な被害となったために、近隣の救急病院も、救急隊もすぐにキャパシティがあふれてしまい、重篤な負傷者に関しては自家用車での搬送や、場合によっては市民が人力で搬送するなど混乱を極めたようです。

このナイトクラブでは、この晩は「ラティーノ・ナイト」というイベントが進行中で、ヒスパニック系の人々が多く集まっていました。犠牲者の中ではプエルトリコ系の人が目立っているそうです。

ちなみに、このナイトクラブ「パルスの位置ですが、オーランド市といってもアムトラック駅の至近であり、いわゆる「オーランドダウンタウン」のエリアに属します。従って、ディズニーやユニバーサルなどのテーマパーク地区とは、全く別の地区であることは確認しておきたいと思います。

一部の報道では、この狙撃犯はディズニー・リゾートも狙ったという情報があるようです。ですが、正確に言うと今回の事件現場となったダウンタウン地区にある、「ディズニー・ダウンタウン」という施設も襲撃候補に入れていたということであり、そもそも金属探知を含むセキュリティ・チェックの厳しい「ディズニー・ワールド」のことではありません。

射殺された狙撃犯ですが、オマルマティーン容疑者29歳)であると特定されています。米国生まれの米国市民で、警備会社に勤務していたそうです。いわゆる民間のガードマンというわけで、警備対象として派遣された先としては、地域の裁判所やゴルフコースなどが挙げられており、名の通った警備会社であるようです。また、そのような警備会社に勤務していたことから、業務上、銃器の扱いには慣れており相当な訓練もしていたようです。

既に父親がインタビューに応じていますが、この父親はシャデークマティーンといって、アフガニスタン出身であるだけでなく、過去にはアフガンの大統領選に出馬という話もあったというパシュトン人の大物だという報道もあります。

また、現在でもタリバンに人脈があるそうで、フロリダ在住ですがワシントンの政治家や国務省などと頻繁に行き来をしている人物だという報道もあります。そうなると、ビル・クリントン政権以来、国務省が模索している「タリバン無害化工作のチャンネルの一つだった可能性もあります。

このマティーンという男ですが、現在は2回目の結婚をしており、幼い子どももいるようです。また、以前に短期間だけ結婚していたという元妻がインタビューに応じていますが、大変に暴力的で身の危険を感じたので別れたということのようです。この元妻によれば、その異常性は、ほとんど精神疾患のレベルだったそうです。

その父親の証言によれば、マティーンは数年前に「自分の目の前で男同士がキスをしているのを見て激昂した」ことがあり、それが凶行の遠因になったのかもしれないとしています。

このマティーンですが、FBIは過去2回テロリストとの関係を疑って取り調べを行ったという履歴があります。職場の関係者に「過激思想」を匂わすような暴言を吐いて通報されたり、SNSに怪しい書き込みをしたりというのが発端とされています。但し、そのいずれもが「過激思想への傾倒は真剣なものではない」「テロ組織との濃厚な関係は認められない」という結論となっており、今回の事件を未然に防止することはできませんでした。

事件を受けてFBIのジェームズ・コーメイ長官が会見していますが、マティーンに関しては、10ヶ月間に及ぶ調査を行ったとしています。ですが、「イスラム教徒だということを理由に、同僚に差別発言を浴びせられたのに激昂した」という「個人的な憤怒の事例という分析で終わってしまっていたそうです。

尚、ISILとの関係についてですが、確かにマティーンはISILを信奉していたようで、乱射事件の最中に自分から911緊急通報番号に電話をしてISILのバグダディとの関係を喋ったりしています。また、ISILも戦士である」などというコメントを出しています。ですが、少なくともISILの側のコメントは完全に「後追い」のものですし、事件前における「犯行指示があった可能性は否定されています。

また、フロリダ州法では、このような「過去2回テロ組織の関わりを疑われた人間でも、全く自由に銃火器も弾薬も買えるようになっています。ちなみに、マティーンは「軍用のボディジャケット」つまり強力な防弾チョッキを購入しようとして、これは販売店から断られているようです。

さて、今回の事件の政治的影響ですが、まず本稿の時点(現地時間の月曜日、13日の午後)では、まだ犠牲者全員の特定ができていません。また、そのことを裏返しとして、家族の消息が分からないという人も残っています。そして、全国のLGBTコミュニティは衝撃と悲しみの中にあります。捜査に関しては端緒についたばかりです。

そのような状況ですから、この時点で事件を政治問題化するというのは著しく不適当と考えるのが常識でしょう。にも関わらず、この13日の月曜日一日、この事件は「大統領選の争点」であるかのように扱われました。

というのは、他でもないドナルド・トランプが激しい勢いで、この事件を政治問題化しているからです。トランプは、事件当日の12日からツイートで攻勢を開始し、13日の午前中にはTV各局の電話インタビューを受けると共に、13日の午後にはニューハンプシャー州で支持者を集め、スピーチを中継させるという方法で、全米に対して主張を繰り広げました。

その内容ですが、「イスラム教徒の移民を即時停止する」「銃規制には反対する」ということに加えて、オバマ大統領とヒラリー・クリントン候補を徹底的に罵倒するというものでした。とにかく、事件をチャンスと捉えて「一気に政治的な攻勢をかけよう」という姿勢は明らかです。

トランプ候補は、ここ数週間苦境にありました。自分の詐欺まがいのビジネス(「トランプ大学」)が訴えられている訴訟を指揮する連邦判事を「ヒスパニック系」だから「自分を敵視している」と決めつけて、暴言を繰り返した結果、共和党の本流政治家から激しい批判を浴びていたのです。

にも関わらず、謝罪のタイミングを失ったトランプは、ジリジリと支持率を下げていました。反対に「ようやくの一本化」が進展し始めた民主党のヒラリー陣営は勢いをつけていたのです。

トランプとすれば、これで形勢をひっくり返すチャンスが来たと思っているのでしょう。13日午後の演説では、どこかに「嬉々とした」表情すら浮かべていたのですから、こうなると不謹慎という以前に、人間として大きな欠陥を抱えているとしか言いようがありません。

トランプの主張については、容易に反論が可能なものばかりですが、全く聞く耳を持たないばかりか、罵倒するような反論を浴びせるだけとなっています。

まず、狙撃犯のマティーンに関しては「アメリカ生まれ」であるから、移民を取り締まっても意味はないという反論に対しては、「この一家が全部怪しい」のだから「即時に移民排斥をするのが一番効果がある」と断じています。例えば、2015年12月にカリフォルニア州のサン・ベルナルディーノで発生した乱射事件にしても、男の方でなく妻の方を問題にして「いい加減な婚姻ビザでパキスタンから入れたというのが問題」と、とにかく「イスラム系移民の即時禁止」を叫ぶだけでした。

更に「イスラム教のコミュニティが怪しい」のだとして、例えばDV被害に遭って離婚した狙撃犯の前妻に対しても、「怪しければ通報すべきで、イスラム教徒はモスクの中に何かを隠している」と一方的に断じていました。

また、これを機会にLGBTコミュニティーにラブコールを送っており、「口先だけのオバマ、ヒラリーではなく、あなた方を守れるのは自分」だとして、トランスジェンダーのトイレ使用問題ではヒドいことを言っていた過去を忘れたかのような発言を繰り返していました。

また銃規制に対しては激しく反対しており、「事件現場に銃があったら、こんなに死なずに済んだ」というNRA(全米ライフル協会)の主張をそのまま繰り返しているばかりか、「銃規制とは善人から銃を取り上げることだ。そうなれば銃を保有するのは悪人ばかりになる」としていました。

これに対してヒラリー・クリントン候補は「今日という日に問題を政治化したくない」としながらも、トランプの攻勢に対しては反攻しないわけにはいかない中で、オハイオ州のクリーブランドで演説して「銃規制」と「イスラム差別レトリックを許さない」という点で、徹底的にトランプに対抗していく姿勢を見せています。

本稿の時点では、そのような政治的な戦いが激しい形で始まったということをお伝えするに止めておきますが、一言だけ今後の見通しを申し上げていくのであれば、この論争は今回の大統領選を左右する大きなものになる可能性を指摘しておきたいと思います。

実は大統領選において、銃規制を争点にするのは困難が伴います。というのは、山岳地帯や大平原を中心に民主党支持者の中にも銃保有者が多数存在するからで、そのことがサンダース候補への支持にもなっていた経緯があります。この点について、例えば「アサルト・ライフルと多弾マガジンの規制」という一点に絞って民主党サイドとしての「意見統一」ができるかが一つのポイントとなると思います。

一方で、トランプに関しては「イスラム系移民排斥」をここまでブチ上げてしまった以上は、もう引けないことになるでしょう。となると、異常なまでの国論分裂を引き起こすことになると思います。いずれにしても、何とも言えないタイミングで、大変な事件が起きてしまいました。

大統領選には大きな影響があるのは必至、というよりも既に1日経っただけで完全に「争点の中心」になっているというのが実情です。先ほども申し上げましたが、全く不謹慎極まりないのですが、いずれにしても世界にも大きな影響を与えそうに思います。

image by: Christopher Penler / Shutterstock.com

 

『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋
著者/冷泉彰彦
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1~第4火曜日配信。
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