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瀕死のイギリス。EUよりも先に「UK連合王国」がバラバラの危機へ

世界各国に重大な影響を及ぼすと言われる英EU離脱ですが、当然ながら「イギリスがもっとも大きな代償を払うことになる」と記すのはメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』。高野さんは、「今後離脱が多発しその存続が危ぶまれるEUよりも先に、英連合王国が解体の危機を迎えることになる」と持論を展開しています。

「後悔先に立たず」で混沌の海に溺れる英国──EUよりも先に連合王国が解体の危機へ

世間が犯す数々の過ちの中でも、「後悔先に立たず」は代表的なものの1つで、「転ばぬ先の杖」「濡れぬ先の傘」「死んでからの医者話」「覆水盆に返らず」など類似の諺には事欠かない。英語でも、It is no use crying over spilt milk(ミルクをこぼしてから泣き叫んでも役に立たない)とか、Repetance comes too late(後悔はいつも手遅れ)とか言うらしい。ものの弾みでEUからの離脱を選択してしまった英国で、その翌日から始まってますます広がりつつあるのは、そのブレグレット離脱後悔の世論である。

離脱に投票した人々が怒っている直接の原因は、プロパガンダの先頭に立ってきた英国独立党のファラージ党首や保守党のジョンソン前ロンドン市長が盛んに振りまいてきた決め言葉、「英国のEUへの拠出金=週3億5,000万ポンド約480億円をストップして国民医療サービスに回すというのが嘘で、実際には、EUから英国に分配される補助金などを差し引くと週1億数千万ポンドにしかならないことが明らかになったことである。

ファラージはTV番組であっさりと間違いを認め、また別の離脱派幹部も「離脱すれば移民を制限できると言ったのは少々大げさで、移民をゼロにできる訳ではなく、少しだけ管理できるようになるだけだ」と弁解して、離脱に投票した人たちを失望させた

本誌は前号で「何よりも重要なのは、主権者1人1人に、十分に的確な判断ができるだけの情報が与えられた上での熟議」であるはずだと述べたが、世界で最も成熟した民主政体を誇ってきたはずのこの国で、こんな馬鹿げたことがどうして起きるのか、今なお信じられない気分である。米ワシントン・ポストは「英国人は何に投票したのか本当は分かっていなかったのかもしれない」と嘆いた。

幾重にも錯綜する矛盾

何が何だか分からなくなるのは、英国とEUとを取り巻く問題が余りに錯綜していて、幾重にも矛盾が重なってもつれ合っているからだろう。

まず1つには、EU自身における理想と現実との間の矛盾がある。EUの本質は、あくまで「不戦共同体」への人類史上初めての壮大な実験というにある。

16世紀以来、休むことなく戦乱に明け暮れて、20世紀に至って2つの世界大戦の主戦場となって勝者と敗者の別のない皆殺し戦争を体験したヨーロッパは、1951年のECSC(踏襲石炭鉄鋼共同体)に始まって、58年のEEC(欧州経済共同体)、67年のEC(欧州共同体)、93年のEU(欧州連合)、99年の統一通貨ユーロの導入と、一歩ずつ踏みしめるように国家の枠を超えた人々の融合を深化させてきた。それは、遠い将来の「欧州合衆国」という理想を見据えて、国家エゴイズムのぶつかり合いという近代国民国家の「業」をいかにして克服していくかを賭けた、覚悟の上の悪戦苦闘のプロセスだった。

経済は否応なくグローバル化し、人も物も金も国境を超えて自由に行き来することを求め続け、それによって、「国家主権がすべて」という近代的な国民国家の観念は掘り崩されていく。その時に、アメリカ的、ないしはアングロサクソン的な新自由主義は、国家などもはや役に立たず、「頼るものは個人しかない」というアナーキーな超個人主義に無責任に逃げ込んで行く。他方では、それに反発して何が何でもこれまでの国家主権を防護しようとする反動的な国家主義もまた強まらざるを得なくなる。その狭間にあって、国家の野放図な解体を傍観するのでなく、かと言ってただ昔の姿に戻そうと無駄な努力をするのでもなく、どうしたら近代的な国家主権の機能を、超国家=EU、従来通りの国家、地域・地方の3次元に段階を追って上手く振り分けて、分権していくことが出来るか、というのがEUの試みである。

たぶん、人類が国家エゴイズムを超克して戦争のない世界を実現できるとすれば、この国家主権を3分割するコントロールされたプロセスを進めるしかない。その意味で、英国のコラムニスト=ロジャー・コーエンが離脱選択について「個人的な喪失『感』」を口にし、「ヨーロッパ『統合』は、欠点はあっても、私の世代の夢だったのだ」(6月28日付NYタイムズ)と苦しげな言葉を吐いているのに、私は同感する。こんなことがあったくらいで、EUの理想とそれへ向かっての悪戦苦闘を意味のないものであるかに言うことは許されない。

ところが、そこで問題は、実はEU自身が、アメリカ流金融グローバリズムに安易に同調して、西谷修=立教大学特任教授の言葉を借りれば「セミ・グローバリゼーション」(7月1日付東京)の道へと逸れてきてしまったことである。

EUは原理的に言ってグローバリズムへの巧妙な防波堤でなければならないというのに、そうではなしに、ドイツの金融的強大さを背景にしてセミ・グローバル化してしまったのでは、EU加盟国間でも各国内でも格差が深刻化するのは当たり前で、救いを見いだせない。

フランスの皮肉屋エマニエル・トッドは、「新自由主義は突き詰めれば『国はない。あるのは個人だけ』という超個人主義。英米はそれに耐えられるからこそそれを他国にも押しつけてきたが、英米でさえ社会の分断・解体が進行し、低所得者層にしわ寄せがきて、中間層にも及び、『あるのは個人だけ』という考えに耐えられなくなっている。新自由主義の夢は悪夢に変わりつつある」(6月28日付読売)と語っていて、その通りだが、EUがそのグローバリズムの代案となる社会民主主義的な経済政策を示しきれずにきたことが致命的にまずいのである。

こうなってみると、米英流にせよEU風にせよ金融資本主義のふしだらと一貫して距離を置いてきた北欧福祉国家群のほうが遙かに上手くやってきたとも言える訳で、そこに、EUのそもそもの理想はよかったけれども現実の到達点はそこから酷く外れているという現状が浮き彫りになっていると言える。

経済実利だけの英国の姿勢

第2に、そのEUに対して、崇高な政治的理念の部分を共有せず、専ら経済的な実利だけで関わってきた英国の基本姿勢の矛盾がある。

戦後直後に「ヨーロッパ合衆国」という理念を最初に口にしたのはチャーチル英首相だったとされているが、それは戦争を繰り返してきた大陸欧州への「上から目線の忠告にすぎず、英国自らがその実現に邁進するつもりなど毛頭なかった。67年にECが出来て、その6年後にそれまでの仏独伊など原初6カ国に加えて新たに英国がアイルランド、デンマークと共に加盟し、欧州に単一市場を設立する作業に参加するが、その姿勢は国益重視の是々非々主義が基本で、85年に成立したEU内の人の移動を自由にするためのシェンゲン協定にも、98年に創設された統一通貨ユーロにも英国は参加しなかった。

EUの本質は、上述のように「不戦共同体」であり、そのために各国が「国家主権」というやっかいな代物をどう取り扱って、お互いに我慢して譲り合ったり身を削ったりしながら知恵を出し合っていく、それこそ「熟議」のプロセスを重視しなければならない。が、英国は「欧州の一員」としてフラットな立場でそれに参加するつもりがなく、むしろ米国との「特殊な関係」=アングロサクソン同盟を背景に大陸を一段下のものであるかに見下して、ドイツが再び強大化したり、そのドイツ主導で欧州がロシアと接近しようとしたりすることがないよう、米国に成り代わって「監視」する役目さえ引き受けてきた。

冷戦崩壊後に、大陸で「脱NATO」の機運が生じ、独仏が中心となった欧州共同防衛軍創設の構想が出かかった時にも、米英は協力してこれを潰し、米国の事実上の指揮権下にあるNATOの存続とその東方への拡大を画策した。

このようにして、かつての大英帝国の栄光へのノスタルジアと中途半端な冷戦意識の残存が入り交じった英国流の大国主義の下では、EUのリベラルな基本精神を共有することなど出来る訳がない。そうすると、EUとの関係は、単に損得だけで計ることになり、それが今回さらに歪曲されて「EUへの拠出金を国内に回せ」「移民や難民を入れるな」という離脱派の幼稚としか言い様のないキャンペーンに国民がコロリ騙される事態を生んだのである。

その先には何の建設的な展望もない。EUとの離脱交渉は、公式には2年間と言われているが、実際には難航を重ね、5年でも10年でもかかるかもしれない。その間、独仏側は決して英国に「いいとこ取り」を許さないという態度を貫くだろうから、英国は何とか実利を確保しようとして激しい消耗戦を強いられた上多くの果実は得られないだろう。そんなことに精力を使い果たすよりも、EUのよりよき一員としてその理想の達成のために内部から改革に努力する方が遙かにマシだったと思うが、もはや後の祭りである。

「連合王国」が先に分解

第3に、離脱派の主観的意図は、「国家主権を取り戻す」ことにあったはずだが、結果として起こるのは「連合王国がバラバラになって、最も極端な場合、イングランドだけが取り残されることになりかねないという矛盾である。

英ケンブリッジ大学のブレンダン・シムズ教授は、英国が73年にEUに加盟しても、ユーロには加わらなかったのをはじめ国家主権を手放さなかったのは賢明で、「必要なのは『欧州化する英国』ではなく『英国化する欧州』なのだ」(6月19日付読売)と言う。彼は残留派ではあるのだが、その主張は一風変わっていて、EUの間違いは「全てが緩慢」なことにあって、さっさと「1つの国庫、1つの軍、1つの議会を持つ連邦国家」になってしまえばいいのに、と言う。そうはなっていない現状では「連合国家英国の解体はあり得ない。連合国家という300年続いてきた政治制度に対する信頼と忠誠」のほうが大事だ、と。

このレトリックはいささか分かりにくいが、要は中途半端なEU統合より連合王国のほうがマシということだろう。しかし、ブレグレット(離脱後悔)の流れの中では、むしろ力学は逆方向に働くのではないか。

スコットランドはあくまでEUに留まるという目的のために、もう一度独立のための住民投票を実施する準備に入った。残留派が多数を占めた北アイルランドでも、このままでは北アイルランドとアイルランド共和国との国境が連合王国とEUとの国境になってしまい、自由な行き来が妨げられるので、実生活を考えれば、連合王国から独立してアイルランドと合邦したほうがマシだという方向に傾き始めた。

ウェールズは離脱派が多かったものの、ウェールズ自治議会で最大野党の「プライド・カムリ(ウェールズ党)」のウッド党首は、「連合王国は近い将来に終わる。その時にウェールズだけがイングランドと共に取り残される訳にはいかない」と言って、ウェールズの独立を求めていくと表明した。

それどころか、イングランドの中にあって例外的に残留派が多数を占めたロンドン首都圏でも独立の声が出始めていて、収拾のつかないことになっていく可能性がある。

シティの金融機能も喪失?

第4に、英国として一番守らなければならない経済権益であるシティの国際金融機能がかえって損なわれかねないという矛盾である。

周知のようにロンドンには、約250の外国銀行が法人や支店を置き、約16万人が働いている。英語環境とそれ故に世界から集まる金融機関やそれを支える優秀な人材、国際的な金融実務を知り尽くした会計・法律事務所のサービス、金融業を優遇する法律的な制度の整備、世界と欧州のハブとしての交通・通信インフラ、一流のオフィスと住宅の十分な準備、優れたレストランはじめ文化的な充実──などが世界一の金融センターを支える条件となってきたが、それも、英国がEUの一員であるが故の「シングルパスポート制度の適用があればこそ活かされたのであって、もしそれが失われることになれば、すべての金融機関は少なくとも従業員の一部をEUのどこかの都市に移さざるを得なくなる。同制度は、英国で金融業の免許を取得すればEUのどの国でも営業することができる仕組みで、国際金融機関がロンドンを本拠にEUに事業を展開するのに便利だった。

ジェームズ・スチュワートが7月2日付NYタイムズに書いているところでは、ある大手金融機関の幹部は「大陸に異動させる社員は10~40%になる。業界全体では数十万の従業員とその家族がいて、彼らはみな百万長者だ」と、その影響の大きさを憂慮している。

人だけでなく、シティの重要な機能も低下もしくは喪失することになろう。ユーロ建て取引の決済機能は以前から圧倒的にロンドンに集中しており、それをやっかんだ欧州中央銀行が11年、「ユーロ建て取引の決済はユーロ圏内で行う」という方針を打ち出した時には、英国が「欧州単一市場の理念に反する」と欧州司法裁判所に提訴して阻止した。今回、英国の方からその「単一市場から撤退する決定をした以上、この権益を守りきることは出来ない。ユーロ建て債券の発行や、世界の4割を超えるシェアを持つ外国為替取引でも、従来のようなトップの座を維持するのは難しい。

スチュワートが、上述のようなシティを支えてきた好条件を点数化して「引っ越すとすればどこがいいか」のランキングを算出しているが、第1位はアムステルダム(55ポイント)、以下フランクフルト(54)、ウィーン(51)、ダブリン(50)、パリ(43)、ルクセンブルク(40)などが続く。

金融は英国のGDPの約1割を締めており、その目に見えた縮小が新しい英国病の発症の引き金となりそうである。

image by: Ms Jane Campbell / Shutterstock.com

 

高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋
著者/高野孟(ジャーナリスト)
早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
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