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15億人が1ヶ月断食。アラブ在住の日本人が伝える、ラマダーンのリアル

以前にくらべてイスラーム諸国に関する報道が増えるにつれ、耳にすることが多くなった「ラマダーン」という言葉。断食月、ということはわかるのですが、その実態はどのようなものなのでしょうか。アラブ首長国連邦(UAE)在住20余年、無料メルマガ『アラブからこんにちは~中東アラブの未知なる主婦生活』の著者・ハムダなおこさんがその実態を紹介しています。

試練の時間

今年6月18日にイスラームの断食月ラマダーンが始まりました。イスラームの行事を決める太陰暦は、1年が約354日、12ヶ月に分かれており、その9ヶ月目にラマダーン月があります。ラマダーンは1ヶ月間ずっと断食をするように決められていて、世界に15億人いるムスリムは、いっせいに断食を始めました。太陰暦の1ヶ月は29日間か30日間となり、予定では7月16日頃に終わるとされています。つまりあと数日です。

しかし、これも夜空に浮かぶ新月を見てから判断されるので、まだ決定ではありません。夜空に月が見えるのは夜の8時半頃で、ラマダーン月が30日間あるかどうかは、29日目の晩にならないとわかりません、その晩、たまたま悪天候である場合は、天文学的な計算で算出されるので、遅くとも7月19日には太陰暦の翌月が始まることになっています。つまりどんなに遅くても7月18日にはラマダーン月は終わるということです。

今年のラマダーンには一番長い日が含まれます。6月22日の夏至がそれで、UAEでの断食時間は朝の4時15分から夕方の7時15分まで、24時間のうちの約15時間、最も長い断食時間となりました。

ラマダーンは、ムスリムの少ない日本ではあまり知られていませんが、日が出ている間に食べない、飲まないだけの期間ではありません。一言でいえば、「内省の時間」です。断食の大きな理由は「飽食を省みる」ためですが、これは食生活に限られることではなく、自分は必要以上の生活をしているのではないか、自分の欲望だけに固執していないか、世界にはどれほど貧しい不運な人たちがいるか、自分にまわってきた幸運(経済的な、物理的な、あるいは国家的な、時間的なものも含む)を不運な人たちに十分廻していないのではないか、貧しい人を省みていないのではと、食べない苦しい時間を共有しながら延々と省みる1ヶ月となるのです。

この期間は何よりも祈りが優先されます。日本人のように嵐が来ようと地震が起ころうと仕事の効率を優先する国民には想像できないでしょうが、誰もが、他人が祈ることを阻まず、また阻んではいけない時期です。その人はどこかに苦しいものを抱えていて、祈ることでそれを省み、受け入れ、どうにか解決を見出す道を模索しているかもしれません。それは外部の誰にもわからないし、祈るうちに解決策を見出せなければ、その後の1年間をどうにもやっていけないほどの苦しみを抱えているのかもしれません。だから、多くの職場や省庁では、勤務時間が短縮になると同時に、職場にあるモスクに職員が入り浸っていても、夜のお祈りの時間に出勤しないことがあっても、それを深く追求したり、責めたりはしない慣例になっています。

>>次ページ ハムダ家に訪れた大きな試練とは?

今年のラマダーンは、我が家にとっても大きな試練がやってきました。我が家というよりは私個人に、といった方が正しいかもしれません。

最初は、1年半勤めたメイドが、5月始めに突然変なことを言い出したことです。

「この家にはジン(アラブの魔人)がいる。夜に私の部屋に出てきて、金縛りで動けなくなる。国に帰りたい

と言うのです。我が家ではすで子どものうち4人が高校を卒業し(多くのアラブ諸国では成人とみなされる)、ひとりは春先から働き始めています。家に残っているのは16歳の次女と私だけ。家が汚れるわけでもないし、食事の量も洗い物もわずかで、仕事なんて大してありません。給与は他の家以上に払っているし、私や娘がひどい仕打ちをすることもないし、それほどメイドと親しくも話さないので、この家に文句をつける理由が見つからないまま、メイドは国へ帰る理由をあれこれ探したのでしょう。そこで、魔人を持ち出して下手な芝居を打ったのです。最近のメイドの隠れた悪習は、ラマダーンのように夜昼なく食事の用意をさせられる期間には、働きたくないことです。だから、その直前にどんな理由をつけても帰国できるよう図ります。実際、私が、

「ジンなんかいるわけないでしょ。怖いなら電気をつけたまま寝てもいいし、クルアーン(編集部注:コーラン=イスラームの聖典)を流してあげるわ」

と言っても断ります。部屋にクルアーンを置いたり、部屋でCDを流してあげても、メイド本人が途中で止めています。ジンはクルアーンがある場所には出没できないし、ラマダーン中も人間世界に出てくることはできないので、メイドとしてはその理由付けをした限り必死だったでしょう。

そのうち、「金縛りで体が痛くて仕事ができない」と言い始め、ベッドに寝転んだままハンガーストライキを始めました。呼んでも返事もしない、目も開かない、ベッドでごろごろ動いているから死んでないのはわかってますが、食事も摂りません。仕方なく3日目に医者に連れて行くと、医者はそんな例を腐るほど見ているのでしょう。ぞんざいに熱と脈を測り、目と喉を診て「何も問題ないよ」と面倒臭そうに栄養注射してくれました。病院では普通に歩いていたり、待合室のメイドたちのジョークに笑っていたのに、家に戻るとまたゾンビに戻り、働かないどころか、ベッドから一歩も動きません。仕方なく、翌日に身体を引っ張って起こし、床に座らせ、こちらの条件を出して呑むか訊くと、「わかった」と言って渡したばかりの給与と自分で買った金のチェーン、家からもらったものを全部差し出すので、その日にチケットを買って帰国させました。

さあ、そこからはメイドのいない生活です。夏休みで文化センターの仕事がないため、別にメイドがいなくたって、私だけでも何とかなるのですが、ラマダーンは日常の月よりずっと大変で、「メイドがいなければギリギリだな」と予測していました。この灼熱の真夏気候と、ラマダーンという食生活が夜昼ひっくり返る断食月と、おまけに近所と食事の送り合いをするため4軒分の食事を用意しなければならないこととを加味すると、「自分に出来るか??」と自問の繰り返しです。

しかし、昨年も一昨年もラマダーン月の半分は旅行していたので、今年もイタリアでインターンシップをしている次男を訪ねて、家族旅行をしよう計画を立てました。半月ならなんとかなる! と鉢巻を締めなおして、私のラマダーンは始まりました。

image by: Shutterstock

アラブからこんにちは~中東アラブの未知なる主婦生活
国際結婚して24年、アラビア湾岸にあるUAEから5人の子育て、地域活動、文化センター設立などを通して、アラブ世界を深く鋭く観察し、エッセイで紹介。
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